合流
リアンとエリンの二人が崖の仮装で戦っている頃、上の方に残されたレイチェル達三人も強敵との戦闘を繰り広げていた。
人数が減ったといっても、残された三人もまた戦闘のプロであり、戦況は決して不利なものではなかった。
『コズミックレイン!』
「グガッ⋯⋯!?」
雨のように大量に降り注ぐ光槍がの双頭の魔物の体へと突き刺さると、魔物は思わず呻き声を上げて引き下がる、
「怯んでる、トールさん!そっちはどう!?」
「⋯⋯レイチェルさん。」
トールはプリメラの言葉を聞いて隣で刀を構えて精神統一をするレイチェルの顔を覗き込む。
「⋯⋯いけるわ。」
数秒ほど待っていると、レイチェルはゆっくりとその瞼を開きながら、雰囲気を真っ白に、そして冷たく切り替えると、淡々と小さな返事を返す。
「⋯⋯っ。」
(間違いない⋯⋯入ってる。)
その尋常ならざる集中状態を見て、トールは彼女が〝心眼〟の状態に入っていることを見抜くと、視線をそのままプリメラへと返す。
「プリメラさん!いけます!」
「りょーかい、畳み掛けるよ!」
レイチェルが中段の構えから腰を落として構えを切り替えると、トールとプリメラの二人は手のひらに魔力を込めて詠唱を始める。
『ホーリーシャイン!』
『ボルテージボルト!』
プリメラは両手に二本の巨大な光の筒を、トールは左手に電撃の球を作り出すと、同時に魔物へと投げ飛ばす。
「レイチェルさん!」
「レイチェルちゃん!」
剣を一度鞘に収め、舞い上がる煙を貫くように走り抜けながら、レイチェルは一気に魔物との距離を詰める。
「「今です!」だよ!」
二人はお膳立てをすませると、最後の一撃をレイチェルに託してそう叫ぶ。
「⋯⋯飛剣術——」
「ゴアアァァァァ!!」
レイチェルが納めた刀に手を掛けると、魔物は迎え撃つようにその二つの頭から紫色のブレスを吐き出す。
「⋯⋯っ、瘴気のブレス!?」
「相殺する!」
プリメラが浄化魔法でレイチェルの進む道を開こうとするが、既に魔物とレイチェルの距離は数メートル程しかなく、完全に手遅れであった。
そして、その必要もなかった。
『——蒼断』
鞘から抜き出された斬撃は、風圧だけで瘴気を振り払い、強力な風魔法にも匹敵する程の、強烈な一撃を魔物へと叩き込む。
「「⋯⋯っ!!」」
そのあまりの威力をみて、二人は大きく目を見開いて気圧されてしまう。
「アァ⋯⋯ガッ⋯⋯!?」
魔物はザックリと大きな刀傷から夥しい量の血を吹き出してその場に崩れ落ちる。
「まさか剣圧だけで瘴気を弾き返すとは⋯⋯。」
「それどころか触れてすらいなかった筈の魔物の身体にまで届いてる⋯⋯すっごいね。」
二人は彼女が魔法が使えないのは知っていたが、コレほどまでの力があるのであれば、魔法など必要ないのかもしれないと考える。
「⋯⋯っ、ふぅ。」
レイチェルはそんな二人の言葉をほとんど聞くこともなく、一人その場で深いため息を吐きながら集中を切らす為に目を瞑る。
よく見ると彼女の身体はゆらゆらとふらついており、額にはじんわりと汗が滲んでいた。
(肉体的にはそうでもないけど、精神的な疲労が出てる⋯⋯。)
(当然だけど、ノーリスクじゃあんな技使えないか。)
額にうっすら滲む汗や発動と解除に要する時間を見てプリメラは即座にその技の弱点を見抜く。
「⋯⋯大丈夫?レイチェルちゃん。」
プリメラは崩れそうになるレイチェルの身体を片手で受け止める。
「問題ないわ、それよりさっさとあの二人の回収に行きましょう。」
「それもそうだね⋯⋯⋯⋯ん?」
そう答えると、プリメラは空中に舞う何かに気がついて首をかしげる。
「⋯⋯っ、あれって!?」
プリメラはすぐさまその正体に気がつくと、大きく目を見開いて声を上げる。
時刻はリアンとエリンが契約魔法を発動したタイミングまで遡る。
「後ろに三体、来るぞ!!」
契約魔法を発動させたとはいえ、結局戦える程の力を持たないリアンに出来ることはやはり指示出し程度が限界であった。
「はい!」
エリンは先程とは違い、その指示に従順に従いながら一匹一匹を落としていく。
本来、リアンの契約魔法は彼の実力依存の強化技であるため、彼がカバー出来る弱点を持った者に大きな恩恵がもたらされる。
魔法の操作が苦手なノアやマリーナが、魔法操作が得意なリアンの能力を上乗せされることで戦闘の幅が広がるのが一番いい例であった。
が、契約魔法の本領はそこだけでは無かった。
明確な弱点を持つ者には、その弱点をカバーするように、そして、彼女のように弱点らしい弱点のない戦士に対してはまた別の顔を覗かせる。
それは純粋で単純な強化。
『アイスコフィン!』
得意な魔法も、高い身体能力も、契約魔法はそれらを支え、能力値を引き上げる。
「よし⋯⋯⋯⋯って、こっち来やがった!?」
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
周囲に拡散する凍結の氷壁に捕まって全身を凍らせる魔物を見てリアンは小さくガッツポーズを取ると、それに気がついた魔物達がリアンに向かって遅い掛かってくる。
「くっそ⋯⋯迎撃⋯⋯を⋯⋯?」
できもしない迎撃をする為に剣を抜くが、その行動は意味を成さなかった。
「触れるな⋯⋯羽虫が。」
エリンの冷たい微笑と共に放たれる高速の魔法がリアンへ襲いかかる魔物に衝突するとその身体が内側から弾け飛ぶ。
「わ、悪いな。」
一瞬の出来事に、リアンは気の抜けた声で恐る恐るエリンに向かって礼を言う。
「いいえっ、お気になさらず。」
エリンはそれを聞いて人を殺せそうな笑顔から、弾けるような可愛らしい笑顔に切り替えて返事をする。
(だから怖えって⋯⋯。)
彼女のあまりの変わりように、リアンは思わず恐怖を抱いてしまう。
「とりあえず敵が怯んだ!逃げるぞ!」
「はい!」
恐怖を振り切り、思考を切り替えると、リアンはすぐさま次の行動を取る。
(魔物は追ってこない⋯⋯。)
魔物と魔物の空いた空間を抜けて走り出すが、魔物達には既にエリンの強さの前に、追撃する勇気は無かった。
それを好機と取ると、更に次の指示をエリンに向かって提示する。
「よし、このまま魔法で飛び上がるぞ!」
「え⋯⋯?その⋯⋯どうやって⋯⋯?」
あまりに突拍子も無いその指示に、エリンは契約魔法によるおかしなテンションすら消え去って、思わず素の態度でそう尋ねる。
「着地の時に俺がやったやつだよ。風の魔法で下から掬い上げるイメージだ。今のお前には俺の力が宿ってる。出来るはずだ。」
つまりは風魔法で自らの身体を吹き上げることで、落ちてきた崖を一気に登るという作戦だった。
「私の身体に⋯⋯リアンのが⋯⋯。」
「言い方考えろ。次言ったら縁切るからな。」
頬を染めながら放たれる、妙に卑猥に聞こえるエリンのその発言に、リアンは淡々と真顔でそう問いかける。
「そんなっ⋯⋯!?」
冗談半分で言ったリアンの発言に、エリンは世界の終わりのような絶望顔を見せる。
「いいから早くやってくれ!敵が怯んでるうちに!」
ここまで大きな反応をするのは、普段のエリンならあり得ないが、正直言って今それをされても困るだけであった。
リアンは苛立ち混じりに強い口調でそう叫ぶ。
「はいっ!」
『風の力よ、荒れ狂う暴風を掴み、我が元に集いたまえ。』
するとエリンは元気に返事をした後、リアンの腕を掴み、長い詠唱を開始する。
「行くぞっ!」
『バウンドウインド!!』
リアンの合図と共に魔法を発動させると、二人の周囲に竜巻のように空気が収束し始める。
「いっけえぇぇぇぇ!!」
直後、真下から強烈な風が吹き荒れ、二人の体は引っ張り上げられるように空高く舞い上がる。
(⋯⋯飛べたっ!?)
自分で下とはいえ、まさか本当に出来ると思っていなかったエリンは風を切って移動する現状に混乱を隠せずにいた。
「⋯⋯他のみんなは何処に?」
それでも動揺した心理状態のままリアンに次の指示を求める。
「四時の方向、さっきと同じ場所だ。」
エリンの問いかけに、リアンはその方向に目を向けて迷う事なく即答する。
「了解です!」
い。エリンは魔力を集中させて風の流れを掴むと、それを利用してリアンの指示した方向へと流れを切り替えて推進力に変える。
そしてリアン達が落ちた崖から少しだけ離れた所の上空を飛んでいると、リアンは生い茂った森の奥に三つの人影を見つける。
「——リアンくん!?」
その中で一人、桃色の髪の冒険者がこちらを見てその名前を呼ぶ。
「⋯⋯ほら、見っけたぜ!」
「⋯⋯前進!」
リアンはそれが分かっていたかのような態度でニヤリと笑うと、迷わず次の指示を出す。
「⋯⋯はぁい。」
エリンはリアンの指示に素直に従うと、艶かしい声で返事をする。
三人の近くまで寄っていくと、エリンは魔法の向きを切り替えフワリと風に煽られたまま二人はゆっくりと着地をする。
「⋯⋯おっ、とと。」
「リアンさん!」
「大丈夫?」
ふらつきながら着地をするリアンとエリンに、トール達は心配そうな表情で歩み寄ってくる。
「ああ、大丈夫だよ。悪かったな迷惑かけて。」
リアンはそれを見て申し訳なさそうに小さく呟く。
「ふん、そのまま一人で落ちれば良かったのに。」
「⋯⋯そうだな。」
リアンはその言葉に、何も言い返すことは無かった。
自分の未熟さが原因でエリンに迷惑をかけたのは紛れも無い事実であったからである。
「⋯⋯⋯⋯。」
「契約魔法、使ったんだね。」
そんなリアンとエリンの身体を交互に見合わせた後、プリメラは二人にそう問いかける。
「ああ、危ないところだったんでな。」
「ええ⋯⋯。」
自分の言葉に続いてエリンが嬉しそうにニッコリと笑うと、リアンは咄嗟に彼女に向かって手を伸ばす。
『⋯⋯っ、契約を解除する!』
リアンの言葉に反応して、エリンの身体が小さく輝くと、黄金色の光は弾けるように宙へと霧散していく。
「ああっ⋯⋯!」
(あっぶね〜⋯⋯迂闊に喋らせたらまた余計なこと言いそうだしな。)
悲痛な表情でそれを惜しむエリンには申し訳無かったが、魔力の消費もあるうえ、無暗に使いっぱなしにしておくわけにも行かなかったのである。
「⋯⋯ううっ。」
「エリンちゃんも大丈夫?」
あからさまにテンションの下がるエリンに、プリメラはリアンと同じように首を傾げてそう尋ねる。
「⋯⋯え?⋯⋯⋯⋯あ、えっと⋯⋯大丈夫、です。」
(良かった、いつも通りだ⋯⋯!)
それに応答するエリンの姿は、いつも通りのコミュ症っぷりを発揮していた。
「⋯⋯なんか一瞬雰囲気違くなかった?」
が、プリメラはそのわずかな変化も敏感に感じ取っていた。
これが一流の戦士の勘とでもいった所だろう。
「気のせいだろ、それよりそっちは無事だったんだな。」
リアンは目線を逸らしながら声色を抑えて別の話題へとすり替える。
「仮にも全員一流だしね。本気出せばなんとかなるさ。」
「それよりそっちはなんかあった?」
ヘラヘラとそう答えると、プリメラは表情を一層真面目なものへと切り替えてリアン達に同じような質問を返す。
「ああ、そういや一匹、それっぽいのがいたぞ。」
それは先程勝つのは難しいと踏んで、やり過ごした大きな蜘蛛型の魔物の事であった。
「ホント?どの辺にいた?」
「えっと確か⋯⋯あっちかな?」
「⋯⋯⋯⋯うん、たしかにあっちみたいだね。」
リアンがその方向を指差して答えると、プリメラは苦々しい笑みを浮かべながらその言葉を肯定する。
「⋯⋯⋯⋯?」
「気配が近付いて来てる。」
訳がわからない、とリアンが首を傾げているとエリンがプリメラと同じ方向を向きながら同じく真剣な顔つきでそう呟く。
「形は、蜘蛛?思ったよりデカイわね。」
「ええ、全長⋯⋯十メートルほどですかね。」
レイチェル、トールも同様に気付いているようで、二人の言っている特徴は先程見た魔物とほとんど的中していた。
(⋯⋯気配辿れるのって標準装備なの?)
当然そんなことは無いが、彼女らの実力者となれば気配を辿る事など造作もない事であった。
まして国のトップクラスの実力者ともなれば気配だけでその姿形まで把握出来るのだが、リアンにはそれが全く理解できなかった。
が、それだけでは終わらなかった。
「いや、待って!もう一体いる!」
「⋯⋯あっちにも一匹、大きい⋯⋯!?」
レイチェルとエリンの二人はほぼ同時に、別の方向を向いて新たな敵の接近を確認する。
「嘘でしょ⋯⋯?」
先程出会った蜘蛛型の魔物に加えて、レイチェル、エリンが感じ取ったこちらに近づく二つの気配。
というとはつまり——
「核モンスターが⋯⋯三匹?」
「⋯⋯っ、ダメだ!逃げよう!勝てる訳がねぇ!!」
呟くように口に出されたその言葉を聞いて、リアンはすぐさま四人にそう叫ぶ。
「もう遅いかも。」
プリメラは苦笑いを浮かべながら短くそう答える。
「⋯⋯クキッ、クカカッ⋯⋯!」
次の瞬間、先程見た巨大な蜘蛛型の魔物が、目の前の草木をかき分けて飛び出してくる。
「クソがっ⋯⋯!」
リアンはどうすることもできず、歯軋りしながら押し殺すようにそう叫ぶ。
「文句を言っても変わらないよ。出来るかどうか分かんないけど⋯⋯。」
が、他の四人の思考はリアンとは違った。
「もうやるしか無い。」
逃げることができないのであればもはや、彼らには次が来る前に迎え撃つ選択肢しか無かった。
「ですね⋯⋯総員、武器を構えて!!」
「全力で迎え撃ちます!」
トールの号令に合わせて、プリメラ、レイチェル、エリンの三人は戦闘態勢に入る。
次回の更新は六月二十四日になります。