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思わぬ嫉妬


 その頃、リアンとエリンはオルトロスの攻撃によって、崖下まで突き落とされていた。



(落ちる⋯⋯!)



 リアンの身体を支えながら、徐々に近づいてくる地面を見てエリンの焦りは膨れ上がっていく。



『風の力よ——』



『か、ぜの⋯⋯。』


 咄嗟に二人は風魔法の詠唱を始めるが、エリンはあることに気がつくと、詠唱を止めてしまう。


「⋯⋯っ!」


(どうやって撃てば⋯⋯。)


 真下に向かって放てばその風圧で落下の速度を軽減できるが、発動のタイミングがシビアになり、自分たちに向かって直接放てばタイミングによるミスはほとんどなくなるが威力の調整が難しくなる。




『受け止めろ!』



 リアンがそう叫ぶと、攻撃とは程遠い風の魔法が、二人を包み込む竜巻のように発生して落下の速度を落としていく。


 魔法の威力が小さく、そしてその操作能力が誰よりも高いリアンだからこそできる芸当であった。


 だが、威力が低いということは、軽減できる落下の衝撃もまた低くなり、結果として二人はかなりの速度で群生していた草木の上へと突っ込んでいく。



「わぷっ⋯⋯。」



「うおっ⋯⋯!?」



 青々と生い茂った草木はリアン達の落下の勢いを乱暴に止めて根元のほうへと落下させる。



「いってぇ⋯⋯。」



 細かな切り傷や擦り傷はあったものの、リアンは無事に着地を成功させていた。


 が、エリンは違った。



「う、ううん⋯⋯。」



 落下の瞬間、エリンはリアンを庇い覆い被さるように彼の身体を守った。


 その結果彼女の腕には割れるように大きく開いた切り傷がついてしまっていた。



「⋯⋯っ、大丈夫か!?おい!」



 リアンが慌てて声をかけると、エリンはゆっくりと目を開けて起き上がる。



「大、丈夫⋯⋯っ!」



 エリンは気丈に返事を返そうとするが、肩に走る痛みに思わず声を上げる。



「⋯⋯血、出てるみたい。」



 反射的に抑えた手にはベッタリと真っ赤な血がへばりついていた。



「治療しねえと⋯⋯。」



「大丈夫、医療キットは持ってきてるから。」



 じんわりと滲み出す血液量を見てリアンが慌てふためくと、エリンはそれを片手で制してバックを漁り出す。



「そ、そうか⋯⋯。あ⋯⋯。」



 リアンが返事をしながら手を引こうとした瞬間、ある事に気がついて、エリンと同じようにバックに手を入れてゴソゴソと漁り始める。


「⋯⋯ん?」



「面白いもん見せてやるよ。」



 エリンが首を傾げるとリアンはニッコリと笑って返事をする。


 そして1つの指輪を取り出す。



「なにそれ?」



 引き込まれそうなほどの赤い輝きを放つ宝石がはめ込まれた指輪を見て、エリンは滲み出す汗をぬぐいながらそう問いかける。



「まあ見てろって⋯⋯。」



 リアンは指輪を自らの中指にはめ込み、エリンに向かって手を伸ばす。




『——コネクトヒール』




 その詠唱と共に淡い光を放つ線がエリンの傷へと伸びる。


 そしてその光が身体に触れると、ゆっくりとその傷を塞いでいく。



「傷が⋯⋯消えてく。」



「⋯⋯よし、壊れてない。」


 傷が完全に塞がり、指輪を見ると、前回のようなヒビや亀裂が入っていないのを確認する。


 どうやら今回は壊れる事なく魔法の発動が成功したようだ。



「回復魔法なんていつの間に?私でも使えないのに⋯⋯。」



 エリンが知る限り、リアンの使える魔法は先程の自己紹介の時に言ったものが全てであり、回復魔法なんてものは少なくとも学生時代には使おうともしていなかった。


 だからこそ不思議でならなかった。



「この指輪の力だよ。あらかじめ魔法をセットしとくことで魔力を使わなくても発動出来るんだ。」



 リアンははめ込んだ指輪を外しながらエリンにそう答えると、外した指輪を手渡してそう言う。



「へえ⋯⋯すごいね。」


「この前会った時に一緒に居たちっこいのいただろ?そいつの力を借りたんだ。」



 まじまじと指輪を見つめるエリンに、リアンは自慢げにそう説明する。



「ああ、あの女の子ね。⋯⋯随分と仲が良いみたいね。」



 するとエリンの表情は幼い少女の無邪気な顔から、氷のように冷徹な表情に変化する。



「そうだな、図々しいがなんだかんだ人懐っこいし、関係性は一番まともかもな。」



 リアンはそんな事になど気づくこともなくノアの顔を思い浮かべてそう呟く。



「そうなんだ⋯⋯。」



 エリンはそれを聞いて今度はシュンと悲しげな表情を浮かべる。



「それよりこれからどうするよ。」



 それにすら気がつかないリアンは話題を次へと進める。



「すぐに合流しよう。心配される訳にはいかないし。」



 エリンは今度はすぐさま表情を真剣モードに切り替えるとハッキリとした口調でそう答える。



「⋯⋯⋯⋯。」



 リアンは黙り込んだままその様子をじっと見つめる。



「⋯⋯なに?」



 なんの反応も示さないリアンを見て、エリンは可愛らしく首を傾げる。



(コイツ本当、二人きりの時ははっきり喋るんだよな⋯⋯。)



 そんなことを考えながらリアンは黙って小さくため息をつく。


 他の人間に対してもそうすればいいのになどと考えてはみたが、それができるなら苦労はしないのは幼馴染であるリアンが一番よく理解出来ていた。



「なんでもねえ、それより悪かったな。俺が気抜いてたせいでお前にも迷惑かけちまって。」



 だからこそ何も言う事なく話を進める。



「相手が悪かったから仕方ないわ。それに⋯⋯。」



 エリンはそこまで言うと、モジモジと口をつぐみながら言い淀んでしまう。



「それに⋯⋯?」




「私は別に⋯⋯二人きりでも⋯⋯。」



 リアンが問い返すと、エリンはそのまま顔を赤くして俯いてしまう。



「⋯⋯⋯⋯?それよか今はこの状況をどうするかだ。戻るにしたって随分と転がり落ちてきちまった。安全なルートを探さねえと。」



「分かってる。⋯⋯っ!」



 エリンはリアンに返事をするとハッと何かに気が付き、リアンの身体を強引に引き寄せ、その口元を抑える。


 後ろから抱きつかれるように身体を拘束され、口元を抑えこまれる。そんな体制になれば当然、当たるところも当たる。特に背中辺りに。



「モゴッ⋯⋯!?」



「静かに!」



 思わず悶え声を上げるリアンをエリンは真剣な表情で黙らせる。



「⋯⋯っ!?」



(あれは魔物か⋯⋯!?)


 エリンの向いている方に視線を移すと、そこには巨大な蜘蛛型の魔物が見えた。

 


「⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯あれ、コアモンスターか?」



 魔物こちらに気づいている様子もなく、悠然とした態度で二人の横を通り抜けて行く。



「分からない、さっきのオルトロスが核なのかもしれないし、アレなのかもしれないし、もしくは両方の可能性もあるわ。」



(今ここで⋯⋯は、流石に無理か。)



 事実上エリン一人で、目の前の敵に勝てるか思案した後、剣に手をかけるが、どう考えても無謀であった。



「みんなと合流して、オルトロスを倒してから奴の相手をしよう。」



 だからこそ剣を納め、冷静な態度でリアンに指示を出す。


「ああ、分かった。」


「行こう。」


 リアンが素直に返事を返すと、二人は元の場所へと戻るため、獣道を歩いて行く。








 同じ頃、別のチームでは、リアン達と比べ比較的安全なルートを進みながら、着実にコアモンスターを倒していた。



 が、このチームに関して言えば、五人チームのうち、ある一人の人間の活躍がほとんどであった。



「⋯⋯こんなもんか。」



 その男の名はヴォルグ。イスタル最強ギルド、ドラゴスパーダの戦闘員が一人。



 ヴォルグは体調十五メートルほどある巨大な熊の亡骸を踏み付けながら、退屈そうにそう呟く。



 数分前まで魔物であったその肉塊は黒煙を上げながら地に伏しており、左腕であった場所は、もはや原型が残らないほど燃えて灰になっていた。



「お疲れ様。」



 そんな男に、一人なんの臆面もなく話しかける少女がそのチームにはいた。



「テメェ⋯⋯今までどこ行ってた?」



 ヴォルグは自分と同じく無傷で歩み寄ってくる感情の起伏の乏しい少女、ノアに向かって訝しげにそう問いかける。



「危ないから下がってた。」



 ノアはなんの躊躇いもなく当然の如くそう答える。



「堂々とサボり宣言かこの野郎。」



 ヴォルグは青筋を立てながら苛立ちをぶつけるようにそう尋ねる。



「仕方ない、私はサポート無しじゃ攻撃出来ないから。」



「ああ?」


 ノアがなんの反省も見せずやれやれといった様子で答えると、ヴォルグはその言葉に対して、怒りではなく疑問が浮かんでくる。



「あ、でも回復は出来るよ。どこか怪我してない?」



「するかこんなクズ一匹相手に。」


 淡々と話を進めるノアに流され、質問する機会を失うと、興味を失ったのか、ヴォルグはため息混じりにノアに背を向ける。



「じゃあ今回は役目無しだね。」



「そこの雑魚の回復でもしてろ。一応連戦になる可能性もあるからな。」



 ヴォルグは真横で怪我を負っているチームの他の三人に向かって指をさしてそう言う。


 とはいっても、その三人はあくまでヴォルグと共に戦っていた訳ではなく、彼の戦闘の邪魔をせぬよう、その他の魔物の露払いをしていたに過ぎなかった。


 つまりヴォルグはたった一人で核モンスターを倒したのである。



「なら他のチームの助けに行くの?」



 連戦という単語を聞いて、ノアの脳裏にはすぐさまその選択肢が浮かんでくる。



「いいや、周辺の捜索だ。一応隅々まで調べる。」



 敵が弱いからといって、自らの持ち場を離れるほどヴォルグは幼稚ではなかった。


 見てくれや態度が悪くとも、中身はしっかりとプロの仕事をしていたのである。



「りょーかい。」



 ノアは素直にその意識の高さに感心しながら短くそう答える。



「⋯⋯リアン、大丈夫かな。」



 その場から立ち去る瞬間、ノアは遥か遠くの木々を見つめながら、その男の安否を憂うのであった。



次回の更新は六月三日になります。

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