色恋もほどほどに
その後、彼らのパーティーはリアンの不安とは裏腹に、特に大した問題もなく、五人で円を作って自己紹介をするところまで進んでいた。
ただし、その円の中の雰囲気は最悪ではあったが、それでもレイチェルはプロの冒険者であり、多少は嫌悪感を抑えて振舞っていた。
「このチームのリーダーをさせてもらいます。トールです。雷と風の魔法が使えます。」
まず最初にリーダーであるトールが生真面目な挨拶をすると、ざっくりとした魔法の紹介を続ける。
「プリメラです。得意な魔法は光と水、後は浄化と回復の魔法が使えます。」
トールが話し終えると、今度はその隣に立つプリメラが元気よく自己紹介をすると、同じように大まかな魔法の説明をする。
同時にリアンは名前と使える魔法を軽く説明するのが冒険者流の挨拶であることを理解する。
「レイチェルです。魔法は使えません。剣術しか出来ません。」
次にその隣にいたレイチェルが短くぶっきらぼうな態度でそう言うと、次にエリンに視線が集まる。
「⋯⋯え、エリンです。⋯⋯その、魔法は一応五属性使えますけど⋯⋯得意なのとかは⋯⋯無くって⋯⋯。」
エリンはピクリと肩を揺らすとオドオドと視線を泳がせながら途切れ途切れに言葉を紡いでいく。
「⋯⋯ゴホン、リアンだ。使える魔法は、火、水、風、浄化⋯⋯それと契約魔法が使える。」
徐々に声が小さくなっていくエリンの姿を見かねて、リアンは軽く咳払いをした後、静まり返った空気を断ち切りながら、前の四人に倣って自己紹介をする。
「契約魔法!?⋯⋯それって精霊の使うアレ?」
その紹介に食いついたのは、唯一彼の契約魔法の事を知らないプリメラであった。
「そうだ。けど連続では十分くらいしか持たないし、他の魔法も大した威力が出ない。」
予想以上のオーバーな反応に、戸惑いながらも、その力を過信されぬようあらかじめ釘を刺しておく。
「契約魔法だったか〜⋯⋯どおりで嗅いだことのある匂いだと思った⋯⋯。」
プリメラはそんな自虐的な紹介には耳を貸すこともなく、ひたすら一人で自らの思考の中に閉じこもる。
「⋯⋯ん?なんか言った?」
「ああ、いやいや、なんでもないよ。」
リアンが問いかけると、プリメラは首を大きく横に振ってニッコリと笑う。
「みんな知ってると思うけど最近冒険者になったばっかりで剣も魔法も全部微妙だ。というか基本的に足手まといだ。よろしく頼む。」
プリメラが半分くらい聞いていない事を理解すると、最後にもう一度念を押して自らの弱さをアピールする。
「あはは〜、普通自分で言う?」
あまりに自信のないその言葉をプリメラも思わず声を上げて笑う。
「そんくらいの評価の方が気持ち的に楽なんだよ。」
リアンはそんなプリメラに対して大真面目な態度でため息混じりにそう答える。
「役立たずなのは事実だしね。」
それまで黙って聞いていたレイチェルはそれに付け足すように視線を外しながら小さく呟く。
「お前はもっとオブラートに包め。」
「あはは〜。」
相変わらず仲の悪い二人を見て、プリメラはほんの少しだけ乾いた笑みを浮かべる。
「そ、それでは、そろそろ始めましょうか。」
トールはそんな雰囲気を察して無理矢理に話を断ち切ると、四人にそう促す。
森の中を進む時の並びは、前衛がレイチェルとエリン、真ん中にプリメラ、そして後列がリアンとトールの二人であった。
当然、その布陣を不満に思う者も約一名いたが、メンバーを見る限り、これが最も安全であるのは目に見えて分かっていた為、結果として誰一人不満を口にする者はいなかった。
「——それにしても⋯⋯。」
リアンは最後列を歩きながら、その最前列を歩く二人を見つめる。
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
二人は黙り込んだまま無表情のまま淡々と歩みを進めていたが、その雰囲気はとても辛いものが差していた。
「⋯⋯めちゃくちゃ雰囲気悪いな。」
「⋯⋯特にあの二人ね。」
リアンは小さくそう呟くと、数歩前を歩くプリメラがこちらを振り向いて同じく小さな声で反応する。
「アイツは仕方ねえしな。嫌いな奴二人も一緒なら機嫌も悪くなるわ。」
しかもそのうち一人は隣を歩いているのであれば、嫌が応にもストレスが溜まる。
「エリンちゃんは?」
「⋯⋯⋯⋯。」
そう聞かれてエリンに視線を向けるが、その姿は相変わらず挙動不審で隣を歩くレイチェルの顔を見たと思えば地面に視線を落とし、そして再びレイチェルに視線を向けるの繰り返しであった。
「多分あっちの方は平常運転だ。」
リアンの知っている限り、エリンのその行動は話しかけようかどうか迷っている時のそれであった。
そして十中八九話しかけないで終わるパターンのやつであった。
「リアンくんはレイチェルちゃん嫌いじゃないの?」
先程からなにかとレイチェルを擁護するリアンを見て、プリメラはリアンのレイチェルに対する好感度に疑問を呈する。
「嫌いだぞ?けど今はそんなこと言ってらんねえからな。」
リアンはすっぱりと断言した後、苦々しい表情でそう答える。
「仕事とプライベートは別ってこと?一丁前にプロだね〜。」
嫌いでも仕事ならば個人的な感情は必要ない、というのは当然であったが、リアンの場合、もう一つ理由があった。
「違う、そんなことを考えてる余裕が無いだけだ。」
いつ魔物に襲われるか分からない極限状態で、嫌いな奴に意識を割いているほど、リアンの心には余裕が無かった。
「ああ⋯⋯なるほど⋯⋯。まあ、それはそれとしてっ!」
プリメラは遠い目で同情を寄せた後、パンッと手を打ち鳴らして話を切り替え、くるりとトールの顔を見つめる。
「⋯⋯?」
「そろそろ教えてくれないかな?このメンバーの理由。」
「⋯⋯っ。」
明るい笑みから黒い笑みに切り替えて、プリメラはトールにそう問いかける。
「⋯⋯なんか変か?」
「そりゃ変だよ。⋯⋯だってこの面子、強さ的には今回のクエストに参加してる中じゃ全員上から数えた方が早いもん。」
リアンが首を傾げると、プリメラはヘラヘラと明るい表情に切り替え直してそう笑う。
「当然、貴方は例外だけどね。」
それを聞いていたエリンが、リアンに向かって短くそう呟く。
「知っとるわ。⋯⋯つーか、それって一番弱い俺がいるからじゃないのか?」
軽くツッコミを入れた後、リアンはその原因が自分の弱さにあるのでは?と答えを提示する。
「⋯⋯皆さん、一度見て欲しいものがあります。」
どうやら答えは違ったようで、トールはその場に立ち止まると、真剣な表情でそう切り出す。
「なんだ?いきなり改まって。」
「⋯⋯これが今回我々の担当する区域です。」
リアンもそれに合わせて立ち止まると、トールは懐から一枚の地図を取り出し、そして探索区域であると思われる場所を指差す。
「⋯⋯⋯⋯はぁ、よく分かったよ。」
「⋯⋯そういうことだったのね。」
その地図を、そしてトールの指差す先を見ると、レイチェルとプリメラはほぼ同時にため息をついて肩を落とす。
「⋯⋯何が?」
赤く塗られた区域を指差すトール。その意味はリアンには伝わらなかった。
「私達の担当する区域、これまでの調査でも一切手をつけてない区域なの。どおりで遠い訳だよ。」
首を傾げるリアンに、プリメラは丁寧に説明を始める。
調査で手をつけられなかったのはおそらくプリメラの言った通り遠すぎる距離にあるのだろう。
「本来ならあらかじめ先遣隊が軽く調査するのですが、この区域はそれがまだ出来てなくて⋯⋯。」
「つまり私たちが担当するところが今回のクエストで一番危険な区域ってこと。だから強引に強いのを固めたんだね。」
安全どころか、今どうなっているかすらも明らかになっていない場所ならば危険なのは当然であった。
「なっ!?なんでそんなところに俺がいるんだよ!?」
それを聞いて当然リアンにはそんな疑問が湧いて出てくる。
「リアンさんの契約魔法は万が一の時に切り札としての有用性があると判断して⋯⋯。」
トールは視線を動かしながら言い訳するようにボソボソと小さい声で呟く。
「買い被りが激し過ぎるわっ!そこまで大それたもんじゃねぇ!!」
(そんで恐らく、フェンリルナイツのメンバーが多い所は既に安全が確保されてる区域をやるのかな⋯⋯?)
リアンがそう叫ぶその横で、プリメラは地図を眺めながらそんなことを考える。
「まったく、やってくれるよね。あの化け猫も⋯⋯。」
味方が多く存在するチームには比較的安全な区域を割り当て、他ギルドが多く存在するところには危険な区域を割り当てる。
そんな指示を出したのはギルドマスターであるクインであることは容易に想像出来た。
その姑息なやり口に、プリメラはため息混じりに小さく愚痴を吐く。
「⋯⋯はい?」
そして生真面目な性格のトールはその化け猫に上手いこと言いくるめられたのまで想像出来た。
「なんでも無いよぅ。それよりリアンくん。契約魔法ってどんな感じなの?やっぱり本家の方とおんなじ感じ?」
そしてその事をこの場でトールに言ったところで何も変わらないのはよく分かっていたからこそ、プリメラは適当にはぐらかしつつ、別の話題に切り替える事にした。
「いいや、あっちは契約した二人のどっちかが死ぬまで解けないが、俺のは途中で解除して別の奴に付けることも出来る。」
リアンはプリメラの質問に、指先に黄金色の光を纏わせながら答える。
「ん?⋯⋯じゃあ、契約紋はどうなるの?」
実際の使用している場面を見たことの無いプリメラは矢継ぎ早に質問を繰り返していく。
「それは俺の意思で着脱できる⋯⋯そういや付けてなかったな。」
そこまで説明すると、リアンはその準備を全くしていなかった事に気がつく。
正直リアンの心の中は自分の命最優先であったため、そこまで気が回っていなかった。
「⋯⋯おい。」
リアンは黙って最前列を歩くレイチェルに声をかける。
「⋯⋯何よ?」
レイチェルは顔だけをこちらに向けて、不快感をあらわにしてそう尋ねる。
「ちょっと手貸せ、いつでも発動出来るようにしときたい。」
現状同じギルドの仲間が一人しかいないのであれば目の前の女に頼らざるを得なかった。
「⋯⋯いらない。」
が、その提案は短く、一言で却下される。
「はぁ⋯⋯?何言ってんだよ?」
この状態で未だに捻くれた態度をとるレイチェルにリアンは思わず強い口調で怒鳴りつける。
「そんなの無くても充分だって言ってるの。ていうか触らないで、あと必要な事以外は話し掛けないで。」
それでもレイチェルは冷たい表情で淡々とリアンを拒絶する。
「テメエ⋯⋯!」
「まあまあ、落ち着いて。」
ピキピキと額に青筋を立てるリアンを、プリメラが困ったような表情でたしなめる。
「くそ、これじゃマジでいる意味がねえ。」
当たり前のことだが、リアンの契約魔法は基本的に契約する対象がいなければ何の役にも立たない。
つまり相手に却下された現状、リアンは正真正銘のお荷物に成り下がったのである。
「とりあえず、トールさん付けといてくれねえか?」
もうこの際効果の薄そうなトールでもいいと言う結論に至ると、くるりと振り返ってそう尋ねる。
「僕にも出来るんですか?」
トールはそれを聞いて好奇心を疼かせながらそう問いかける。
「ああ、基本誰でも出来るし、三人までなら同時に付けたりも出来る。」
リアンが淡々とそう答えながらトールの手の甲に触れると、触れた箇所から黄金色の光を放つ小さな紋章が浮かび上がる。
「ほぇ〜、便利なもんだね〜。」
その様子を物珍しそうに眺めながらプリメラはそう呟く。
「便利なだけじゃ無いんだけどな。魔力の消費とか桁違いだし。⋯⋯お前もいるか?」
消費が早いからこそ、長くても十分ほどしか継続して発動出来ないのである。
「私はいいや、遠慮しとく。」
てっきり喜んで受け取ると思ったが、返ってきた答えは予想していたものとは違った。
が、そもそも彼女ほどの実力があればリアンの補助など不要なのはすぐに理解が出来た。
「そうか⋯⋯じゃあ、お前付けておくか?」
それを理解すると、最後にエリンに向かってそう尋ねる。
「⋯⋯私?」
エリンは一瞬、同じギルドであるトールですら見たことの無いほど嬉しそうな表情を浮かべ、すぐさま表情を元に戻してそう尋ねる。
「ああ、やり方は覚えてるだろ?」
リアンはそんな表情に気づくこともなく、再び指先に光を灯してそう続ける。
「エリンちゃんとは契約した事あるの?」
覚えている、という表現に反応して、プリメラはリアンに疑問を投げかける。
「ああ、幼馴染だしな。この魔法覚えるときに何回か手伝ってもらったんだ。」
「ほお⋯⋯?」
その言葉を聞いて、プリメラは悪戯っぽい笑みを浮かべて二人の顔を交互に見つめる。
「そんじゃ、手出してくれ。」
「あ、あのさ⋯⋯。」
リアンがそう言って手を伸ばすと、エリンはオロオロと躊躇いながら口籠る。
「⋯⋯?なんだ?」
話し慣れているはずの自分に対して、ごく稀に見せる恥ずかしそうな表情を見てリアンは首を傾げて問いかける。
するとエリンはブラウスのボタンを上から二つ外し、その下の布地がギリギリ見えないほどまでシャツを広げ、
「どうせ紋章つけるなら、いつものところがいいんだけど⋯⋯。」
鎖骨を露出しながら、頬を真っ赤に染めて視線を横に飛ばす。
「「⋯⋯っ!?」」
その行動を見て、生真面目なトールは少しだけ赤くなりながら、中身が女の子なプリメラは慣れた様子で二人は同時にエリンから視線を外す。
「おまっ、いつの話をっ⋯⋯!?」
確かにエリンの言う通り、幼い頃契約魔法の練習をする時は左胸に契約紋を付けて練習していた。
が、それはあくまで魔力が一番活性化しやすいのが人体で言う所の心臓であったからである。
慣れない術式の練習の為に心臓に一番近い位置に設置していただけであり、完全に契約魔法を使いこなしている今のリアンにはわざわざそこに触れて発動させる意味は無かった。
まして今や二人は立派な年頃の男女であり、リアンがそこに触れるのは躊躇って当然であった。
「やっぱりそういう関係?」
あらぬ方向に視線を送りながら、プリメラはからかうようにリアンに問いかける。
「ちげーっての!」
「⋯⋯付けないの?」
必死に否定の言葉を紡ぐリアンに対して、恥ずかしさが限界を迎えてしまいそうなエリンは上目遣いで早くするよう促す。
「⋯⋯⋯⋯〜〜っ!⋯⋯ったく、別に素肌なら何処でもいいんだよ。」
リアンはそう言って黄金に輝く指先で乱暴にエリンの鎖骨の辺りに触れる。
「あっ⋯⋯。」
心の準備は出来ていたが、それでも予想外のタイミングで触れられた事によって、リアンの指先の熱を感じ取ってしまい、思わず上擦った声が漏れ出してしまう。
「⋯⋯リアンくんのえっち。」
視線を外していたプリメラ達にはその声と雰囲気から察する事しか出来ず、結果としてそういう結論に至ってしまう。
「⋯⋯変な声出すな。」
誤解を招くその声に、リアンも思わず顔を赤くしてそう呟く。
「⋯⋯ごめん。」
エリンもその自覚があったせいで、顔の色は今にも蒸気が噴き出しそうなほどの濃い赤に変化していく。
「⋯⋯くだらな。」
最前列で待ちぼうけながら一部始終を見ていたレイチェルはとんだ茶番に付き合わされた気分になり、無性に腹が立った。
が、そんなゆるい雰囲気はすぐに遮られる。
次の瞬間、森の向こうの草木がガサリと小さく揺れ動く。
「「「「⋯⋯⋯⋯っ!?」」」」
リアン以外の四人が、同時に反応すると今度はリアン達の周りの草木がガサガサと激しく揺れ出す。
「何か来るよ!」
プリメラは目を大きく見開いてそういうと、直後に草むらや木の陰から一斉に一メートルほどのサイズの数え切れないほどの陰が飛び上がる。
「⋯⋯んなっ!?」
「コレは⋯⋯蜂!?」
二本の触覚に高速で振動する羽、黒と黄色のストライプの先に突き出された巨大な毒針。
大きさは桁違いではあったがその姿はまごうことなき蜂の姿であった。
「しゃ、シャレにならん⋯⋯。」
「来るよ!!」
彼らを取り囲むように陣を組む魔物達は、しばらくの間その動きを観察した後、リアン達に牙、もとい毒針を向けて襲い掛かる。
次回の更新は五月十三日になります。




