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変化を求めて


——翌日。



「悪いな、無理言ってついて来ちまって。」



 その日、リアンは昼食を食べた後、ジャージではなく私服を着てマリーナと共にある場所へと向かっていた。



「いえ、むしろありがたいっス。荷物持ちまでしてくれるなんて。」



「でもどうしてまた研究所なんか行くんだ?」



 露出の多い私服で隣を歩くマリーナに、リアンは不思議そうに問いかける。



「この前のクエストで壊れちゃった霊装、ようやく新しいのが出来たらしいんスよ。」


「それを受け取りに、か。」



 それを聞いて先日のクエストを思い浮かべながら納得する。



「リアンさんは?何の目的で行くんスか?」



「俺もなんか霊装を使おうかと思ってな。」



 周りは何も言わなかったが、リアンとしては先日のクエストにおいて、自分が最も足を引っ張っていたと感じていた。




 自分の魔力がもっとあればマリーナも余裕を持って戦えていたかもしれない。



 自分の力がもっとあればマリーナの戦闘のサポートも出来ていたかもしれない。



 自分が怪我をしなければオリヴィアの手を煩わせることもなかったかもしれない。




 あくまでそれはリアンの利己的な仮定に過ぎなかったし、事実そうであっても結果は然程変わらなかった、が、それでもやはり彼の中には罪悪感にも近いモヤモヤとした感情が渦巻いていた。



(剣も魔法も出来ないなら、せめて霊装で自己防衛出来ねぇとな⋯⋯。)



 だからこそ、自らの身は自らで守れるようになりたかった。



「おお!じゃアタシとお揃いのにするっスか!?」



「流石にあれは重すぎて使えねえよ。」



 マリーナは嬉しそうにそう提案するが、はっきり言ってリアンの筋力ではどう考えても持ち上がる気がしなかった。



「う〜、そりゃ残念っス⋯⋯あ、ついたっス。」



 がくりと肩を落とすマリーナのリアクションに、年齢以上の幼さを感じていると、その建物はすぐにリアンの目に入ってきた。



「⋯⋯おお、やっぱ研究所ってだけあってデケエな。」



 日差しを照り返してくる真っ白な壁に無機質な窓、何よりその圧倒的な大きさにリアンは思わず圧倒される。


「さあ、入りましょ。」


 ガッツリと大口を開けて建物を見上げるリアンとは違って慣れた様子でその敷地内へと足を進めていく。


「お、おう⋯⋯。」


 リアンもそれにピッタリとついていくように真っ白な塀に囲まれた門を抜けて建物の中へと入っていく。







「⋯⋯ん?リアン?リアンじゃねえか!」



 中に入って廊下を少し歩くと、一人の白衣を着た若い男性がこちらに気付き手を振って歩み寄ってくる。



「おお、ヒューストン!久しぶりだな!」



 声のする方へと視線を向けると、そこには高校の頃の同級生の姿があった。


 歳をとって見た目が変わっても案外互いに気付くものなのだなとしみじみとした感傷に浸りながら、リアンはその男に手を振り返す。



「久しぶりだなぁ、仕事辞めて冒険者始めたって聞いたが⋯⋯なんだお前、可愛い子連れて来やがってよ。」



 白衣の男はリアンの顔を見てフランクに話しかけていると、少しして大人しく隣に立つ健康的な小麦色の肌をした美少女を見てすぐさま背を向けてリアンの肩を組む。



「仕事仲間だよ。今日もそっち関係で来たんだ。」



 茶化すような言い草に若干の羞恥心を感じながらリアンは悲しみのこもった声色でそれを否定する。


「⋯⋯?」


 最初から最後まで蚊帳の外にいたマリーナは白衣の男の態度に違和感を覚えながら可愛らしく首を傾げる。



「てことは霊装の発注か?」



「いや、そういう訳じゃないんだ。」


 白衣の男は仕事、という単語を聞いてリアンから離れて仕事モードの顔つきで問いかけるが、リアンはなんとも言えない顔で言葉を濁す。



「今日は頼んでおいた霊装の受け取りに来たんスけど、担当の人いるっスか?」



 ようやく仕事の話に切り替わったことを察すると、マリーナはすかさず白衣の男に歩み寄り、上目遣いで首を傾げて問いかける。



「ああ、受け取りの方ですか、それならいつも通り奥の方にいますよ。」



 男はマリーナの美少女オーラに当てられて一際キリッとしたキメ顔になると、低い声色で廊下の奥にある扉を指し示す。



「ありがとうっス。」



 マリーナはそれを聞くと大きくお辞儀をして男には全く興味を示すことなく真っ直ぐに扉の方に向かって歩き始める。



「じゃ、仕事頑張れよ。」



 リアンはマリーナの後ろを歩きながら、白衣の男に向かって手を振る。


「おう、今度なんか奢れよ。冒険者サマ。」


 男は茶化すような言い方で仰々しくそう呼びながら手に持ったファイルをヒラヒラと振り返す。


「お前の方が貰ってるくせによく言うよ。」




「リアンさん、こっちっスよ。」



 ヘラヘラと軽口を叩いていると、マリーナはドアから顔を出してリアンの名を呼ぶ。



「ああ。今行くよ。」



 マリーナに促されるままドアを抜けると、中はデスクやテーブルがズラリと並んでおり、その上には実験に使われていると思われる魔石や金属、そしてそれらの資料がいたるところに散乱していた。



 その中にいる白衣を着た研究者と思われる人達はリアン達が入ってきたことに気づくことなくガラスケースの中や、発光する石など、各々の研究と思われるものに釘付けになっていた。



「すいませーん、頼んでた霊装の受け取りに来たんスけど。」



 マリーナがそこそこ大きな声で部屋にいる全ての人間に向かってそう問いかけると、それらの人達は一斉にリアン達の方に向かって振り返る。



「⋯⋯ああ、マリーナ様。いらっしゃいませ。担当のハバードでございます。こちらにどうぞ。」



 その中で一人、中年くらいの男性がマリーナの顔を見てそういうと、さらに奥にある小さな個室を指差して二人を案内する。




 個室の中は倉庫のようになっており、中には試作品と思われる様々な霊装が置いてあった。


 二人は立ったまま一分ほど待っていると、ドアの向こうに再びハバードの姿が見える。






「——こちらでよろしかったでしょうか。」




 ハバードは、肘あたりまでガッツリと覆えるほどの巨大な籠手を重そうに引っ張り出してくるとマリーナにそれを手渡す。






「ん〜⋯⋯⋯⋯、ハイ!バッチリっス!」



 マリーナはその霊装を装着すると、指の一本一本の動きや、実際に魔力を通しての使い心地などを確かめた後、満足げにそう答える。


 日常やスイッチをオフにしている時の奔放な態度とは裏腹に、真剣な話をしている時のマリーナはリアンにもプロとしての風格を感じされるものであった。


 そしてそれと同時に、その切り替え時の性格のギャップこそが彼女の真面目さを際立たせていることに気付く。



「それは良かったです。料金はいつも通りアリシア様名義でよろしかったでしょうか?」



「はい、それでお願いするっス。」



 一通り手続きを終わらせるとハバードは慣れた様子でそう問いかける。



「いつも通りって⋯⋯お前しょっちゅう壊してんのかよ?」



 慣れた様子で交わされるそのやり取りを聞いてリアンは違和感を感じる。



「そんなことないっスよ!まだ六回くらいしか壊してないっス!」



「それはもうしょっちゅうでいいと思うぞ?」


 マリーナが頬を膨らませて否定するが、もはやその答えは本人から出てきてしまった。



「マリーナ様の戦い方は特殊故、いくら頑丈に作ってもあまり長くは持たないんです。」



 それを聞いていたハバードは困った顔をしながらそう言ってフォローを入れる。



 だが、そのフォローも一理あった。



 本来霊装は使用者の戦闘の魔法的な補助がメインの目的であるが、打撃に魔法を乗せるマリーナの使い方は負担が大きくて当然であった。


 その上、籠手という物の性質上、どうしても咄嗟の時に防具として使ってしまうのは当然であり、そういった面から見ても消耗が早いのは仕方ないことなのであった。



「難儀な奴だなお前は。」



「ナンギ⋯⋯?」



 哀れむような表情でリアンはそう言うが、マリーナには言葉の意味が分かっていないようで、不思議そうに首を傾げる。



「それで⋯⋯お連れの方はどのようなご用件で?」



 ハバードは二人の会話を聞いて軽く笑みを浮かべると、リアンに向かってそう問いかける。



「ああ、俺最近冒険者始めたばっかりなんですけど、魔法も剣も微妙で⋯⋯せめて自分の身くらい守れないとなって思って。」



 自分で言っておきながらだんだん悲しくなってくるが、事実であるため仕方ない。



「そうでしたか⋯⋯ではどのような霊装が欲しいなどありますでしょうか?」



「攻撃魔法の威力を上げるようなのが欲しいんですけど⋯⋯。」



 正直どんなものがあるのか分かっていなかったため、何が欲しいなど具体的なことは決まっていなかったが、リアンの中で方向性だけは決まっていた。



「では⋯⋯試作品ではありますが、こちらの剣などいかがでしょう?」



「剣ですか?」



 ハバードはそう言って踵を返すと、背後の机から鉄と透明なガラスで出来た一本の剣を手に取る。



「この剣は使用者の魔力を吸い取り、術式を省略して魔法を放つ霊装です。少しお見せしましょう。」



 よく見るとその剣のガラスの部分が少しだけ変色しているように見えた。



「あ、お願いします。」



 リアンがそう言うと、男は真横にあるドアを開けて射撃場の様な部屋に出る。



「では⋯⋯。⋯⋯っ!」



 そしてゆっくりと構え、剣を振り下ろす。


 その瞬間、剣の鋒から暴風が吹き出し、前方十メートルほど先にあった的を真っ二つに両断する。



「うおっ!」



 ガラス越しに見ているにもかかわらず、リアンはその破壊力に思わず奇妙な声を上げてしまう。



「風の刃か⋯⋯凄えな。」



 ハバードが実験室から出てくるが、リアンは真っ二つになった的の方に意識がいっていた。



「使ってみますか?」



「いいんですか!?」



 子供の様に見入るリアンにハバードがそう提案すると、当の本人は目を輝かせて問いかける。


「どうぞ。」


 その剣を手に取った瞬間、リアンは身体の力を持っていかれるような感覚を覚えるが、直後にこれが魔力を吸い取られたからまと理解する。




「おお、それじゃ⋯⋯⋯⋯はぁ!!」




 そして色付いた剣を構えると先程のハバードと同様に剣を真っ直ぐに振り下ろす。



「⋯⋯っ、凄え!俺でも攻撃出来るぞ!」



 結果は先程と全く同じであった。


 真っ二つになって地面に落ちる的を見てリアンは興奮を隠すことなくハバードに向かって振り返る。



「気に入っていただけましたか?」



「ああ⋯⋯っ!?」


 バッチリだ、と答えようとした瞬間、部屋を出ようとするリアンの足がピタリと止まってしまう。



(これは⋯⋯?)



 同時に身体の力が抜けていく様な感覚が襲ってくる。




「どうかしましたか?」




「⋯⋯すいません、コレは俺の手には余るみたいです。」


 リアンは一度ため息をつくと、そう言って剣をハバードへと返す。



「なんでっスか?そんだけの威力あれば上々じゃないっスか。」



「確かに凄えけど、俺の魔力じゃ大した数撃てねえ。少し考えりゃわかる話だったわ。」



 リアンはすぐさまこの剣の弱点に気が付いた。


 魔法が攻撃としての形を保つには相応の出力が必要になる。そしてこの霊装は魔力を身体から吸い取り、不足分の魔力を上乗せすることで補助していた。


 問題だったのはこの剣は一度攻撃を放つと、使用者から自動で魔力を吸い取る機構が付いていたことであった。


 リロードが速く、自動でやってくれるのは本来とても便利な機能であるはずだったが、リアンにとってはマイナスな効果であった。


 体内にある魔力の量が少ないリアンにとって、自動供給は使用するたびに自分の首を絞めているに等しかった。



「そうですか⋯⋯残念です。」



「モノはとても良いんですけどね。俺には合わないみたいです。」



 その言葉に嘘は無かった。


 例えばこれを魔力が豊富なノアやオリヴィアが使えば、ほぼノーリスクで使えただろう。


 が、魔力の少ないリアンにとってはその霊装はやはり相性の悪い代物であった。



「⋯⋯それでしたら他のも見ていって下さい。試作品ばかりですが何か気に入ったものがあるかも知れません。」



「⋯⋯じゃあお言葉に甘えて。」


 そう言ってリアンは再び部屋に置いてある霊装の一つ一つに目を向けていく。



(⋯⋯といっても。)



(魔力を込めることで耐久力を上げるスーツに、魔力を使って水を鞭のように操る棒⋯⋯やっぱ冒険者の使うもんってのは魔力依存のものが多いな⋯⋯。)



 研究者自体の性質なのか、それとも自らの能力の低さが規格外なのかは分からなかったが、その部屋に置かれている霊装は悉くリアンの身体には合いそうにないものがほとんどであった。



「⋯⋯ん?コレなんすか?」



 だがそんな時、リアンはその中で一際小さく輝くそれに目をつける。



「指輪⋯⋯っスか?」



 中心に魔法陣の様な紋章が浮かぶ赤い宝石がはめ込まれたその指輪は、商品化された時を想定していたのか、小さな箱に十個入りで詰められていた。



「ああ、それは失敗作です。」



「ちなみにどういったものなんですか?」



 それを聞いて肩を落としながらとりあえず手に取って話だけでも聞いてみる。



「あらかじめ魔法を込めて、後から誰でも魔法を放出できるようにしたものなんですが、小型化し過ぎて放出の回路が組めなくて。」



 失敗した原因は思った以上に間抜けな理由であった。



「つまり魔法をストック出来るけど放出する事ができないって事ですか?」



「と言うよりは、放出するときに魔力操作能力に依存するのです。」



「元は魔法的な才の無い人間にも魔法を擬似的に使えるようにしたものだったのですが、使用時に術式を展開しなくてはならないとなるとその前提が崩れてしまって⋯⋯。」



 つまりはそもそものターゲットが使えないからこその失敗作なのであった。



「でもコレあればあらかじめ魔力の消費抑えたりできるんじゃないっスか?」



 魔法を使う時、術式を組み立てるだけならば魔力を使う事はない。


 つまり上手く使えばあらかじめセットしておいた魔法を消耗ゼロで放てることになる。



「我々もそう思って多めに作ってはみたのですが、後になってもう一つの弱点に気が付いて⋯⋯。」



「もう一つの弱点?」



 まだあるのかと呆れ果てながらリアンは半ば興味を失いつつもそう問いかける。



「⋯⋯使ってみれば分かります。」



 が、返ってきた思わせぶりな答えを聞いてほんの少しだけ興味を取り戻す。



「やってみたらどうっスか?」



「⋯⋯ならやってみるか。」


 マリーナに促されるままリアンはその指輪を薬指につけて実験室へと入る。



「宝石の部分に魔法を放てば勝手に吸収されます。」



「なるほど、ならとりあえず、火属性魔法!」


 言われるがまま指先にピンポン玉ほどの小さな炎の球を作り出すとハバードの言った通り、魔法は宝石の中へと吸い込まれる。



「おお、すげ⋯⋯。」



「そんで、拳を突き出して、術式の再展開。」



 的に向かって拳を突き出すと、指輪は自動で魔法陣を展開し、火の玉が真っ直ぐに放出され、真っ二つになった的のとなりの的に当たって炎上させる。



「⋯⋯?全然使えるけど⋯⋯。」



 魔力をロスした感覚も、狙いが逸れた感覚もせず、いまいち失敗作という烙印を押された理由が分からなかった。



「ではもう一度同じ事をしてみて下さい。」



 ハバードはまるでリアンの反応を予想してたかのように平然とそう続ける。



「⋯⋯?なら、もう一回火属性を⋯⋯。」



「そんで拳を突き出す。」



 魔法を込めて拳を突き出し、術式を展開し、放出する。


 一連の動作を先程と寸分違わず行うが、やはり狙いは逸れることもなく、魔力を無駄に消費した感覚も無かった。


「⋯⋯⋯⋯。」



「なんだよ、全然使えるじゃ⋯⋯ん?」




 気の抜けた態度でリアンが実験室から出ようとすると、ドアノブを掴んだ瞬間、その指輪の宝石の部分が砕け散る。




「壊れたっス!」



 そこでリアンはようやく失敗作の意味を理解する。



「軽量化、縮小化をし過ぎたせいで耐久性も大きく落ちてしまいまして、使えるのは一回、多くても二回といったところなんです。」



「特に強力な魔法などを込めると放出する前に壊れてしまう場合もあって⋯⋯。」



 つまりは例え魔法が使える者がこの道具を使いこなせたとしても、使用できるのはせいぜい一、二回であり使い捨て同然の扱いになってしまう。



「確かに折角持っててもすぐ壊れるんじゃちょっとな⋯⋯。」



 最早疑う余地もない失敗作であった。



(だが⋯⋯コレなら魔力の消費は限りなくゼロに近い。使いようによっては⋯⋯。)



 元から魔法を打てる回数が少ないリアンにとっては、使い捨てであろうと、やはり魅力的であった。



「⋯⋯コレ、いくつあります?」



「そこにあるので全部だと思いますが。」



 そう言われて指差された箱を覗き込むと、すでに一つを壊してしまった為、残っているのは箱に入った九つのみであった。



「全部で九個か⋯⋯。もっと作れますか?」



「設計図は既に捨ててしまったのでそれで全てです。」



「じゃあ、コレ全部下さい。」


 これ以上手に入らないのは痛いが、九つもあれば使い捨てという弱点も克服できる。


 だからこそリアンは迷わず即決で購入を決める。



「よろしいのですか?」



「すぐ壊れちゃうんスよ?」


 不安そうに問いかけるハバードと同様に、マリーナもリアンにそう問いかける。



「確かにそうだけど、コレだけあれば次のクエストくらいは乗り切れるだろ。」



「いくらです?」



「元々廃棄する予定でしたし、そんなもので良ければ差し上げますよ。」


 リアンはそう問いかけるが、返ってくる答えは容易に想像出来ていた。



「まじか、ラッキーじゃん。」



 だからこそそれを聞いてワザとらしくニヤリと笑う。







 ギルドハウスへと帰り、夕食を済ませると、リアンは早速指輪の性能を試す為、部屋へと篭っていた。




「——さて、どうするか。」




 ベッドの上で腕組みをしながら胡座をかいて目の前に転がる九つの指輪に目をやると、唸り声を上げながら、使用する時のシチュエーションを脳内にイメージしていく。



「なんの魔法を込めるかな。」



 リアンが現在使える魔法は五つ、火、水、風の属性魔法が三つに、光属性寄りの特殊魔法である浄化魔法、そして精霊の秘術、契約魔法。



 その中から選ぶ訳だが、正直その選択肢から契約魔法はすぐさま除外された。



 発動条件が特殊過ぎる契約魔法は、はっきり言って不確定要素が多過ぎるのであった。



 さらに言えば、発動した時点で術者の魔力を永続的に喰らい続けるような厄介な魔法をこの指輪に閉じ込めることなど出来るようには思えなかったからである。



(使うとしたら火か風の二択かな⋯⋯。)



 火か風という魔法に絞ったのは純粋に少ない出力でもそこそこのダメージを叩き出せるからであった。



 水であれば高圧水流や窒息などが狙えるが、あいにくリアンの水魔法はそれほどの火力も量もなく、浄化に関してははっきり言って通用する相手が少な過ぎた。



「つっても炎はライター程度だし風はカツラ飛ばすくらいが限界なんだよなぁ。」



 が、よくよく考えてみれば、比較的火力の出しやすい火や風ですらまともに攻撃にならないほど自分の魔力が弱かったのを思い出す。



「せめて風の刃くらい作れるようになれば俺の出力でも使い物になるんだが⋯⋯ん?」



 そうして頭を抱えながら自らの弱さを呪っていると、コンコンと部屋のドアがノックされる。



「誰だー?」



「ノアだよ。」


 間延びした声で問いかけると、ドアの向こうから律儀に抑揚のない声が返ってくる。


「入っていいぞ。」


 リアンが入るよう促すと、部屋のドアがゆっくりと開き、先日同様Tシャツに短パン姿のノアがひょっこりと顔をのぞさせる。



「うん、リアン。一緒にお風呂いこ。」



 側から聞いたらかなり危ない発言だが、リアンはすぐさまそれを聞いて部屋にある時計に目を向ける。



「お、もうそんな時間か⋯⋯みんな行くのか?」



「二人とも準備してるよ。」



 呼びに来たノアは一足早く準備を終えたのか、籠に入ったシャンプーの瓶をリアンに見せつけるようにしてそう答える。



「分かったちょっと待っ⋯⋯おいノア、ちょっとこっち来い。」



 待っててくれ、と答えようと立ち上がった瞬間、リアンの頭の中に一つの案が思い浮かぶ。



「⋯⋯?なに?」



 ノアはそんなリアンの考えなど気にすることもなくトコトコと部屋の中まで入っていき、許可もなくベッドの上に座り込む。



「試したい事があるんだ、サクッとこの指輪に魔法打ち込んでくれねえか?」



「⋯⋯いいよ、なに魔法?」



 軽い言い方に若干の鬱陶しさを感じながらもノアは素直にそれを了承し、放つ魔法をリアンに問いかける。



「風で頼む。」



 リアンは少し悩んだ後、短くそう言う。



「了解、ちょっと下がってて。」



「ああ⋯⋯。」


 リアンがベッドの上に一つの指輪を置いて、二人が離れると、ノアはゆっくりと息を吐いて身体に魔法を巡らせる。




『——吹き荒れろ』




 詠唱を唱えた瞬間、暴風とも呼べる強烈な風が、指輪めがけて突き進む。



「うおっ⋯⋯⋯⋯どうだ!?」



 拙い魔法操作の影響で、若干横方向へ漏れ出した風を受けながら、リアンは吸い込まれていく風を見つめる。



(⋯⋯いったか?)



 風が全て指輪に吸い込まれたと思ったその瞬間、指輪に嵌められた宝石にピキリとヒビが入り、全方位に暴風が吹き荒れる。





「⋯⋯なっ!?」



「⋯⋯きゃっ!?」



 二人はとっさの出来事にどうすることもできず、後方へと吹き飛ばされてしまう。



「今のなに⋯⋯?」



 風の影響で、その美しい銀髪を乱しながら、ノアはあんぐりと口を開けてリアンに問いかける。


 ノアからすれば放った魔法がそのまま自分に帰ってきたようなものであった。



「クッソ!大事な指輪がぁぁぁ!!」



 リアンは思わず指輪に駆け寄り、そして砕けた宝石を手にそう言って絶叫する。



「えっと⋯⋯ごめん?」



 大事な、という単語を聞いて、まず先に謝罪の言葉を述べる。



「あ、いや、今のは実験だったからしょうがねえんだ。」



(ノアの魔法じゃ出力が高すぎるか⋯⋯。コイツ操作は下手くそなくせに魔力だけはいっちょ前だもんな⋯⋯。)



 申し訳なさそうにするノアにフォローを入れると、すぐさま分析に入り、その火力に内心で小さく愚痴を吐く。



「ノア、今の魔法少しだけ出力抑えて撃てないか?」



「無理だよ、今のはかなり安全に配慮して撃ったつもり、これ以上は抑えられない。」



「そうか⋯⋯。」



「強過ぎても壊れる⋯⋯弱過ぎても無意味⋯⋯思った以上に扱いが難しいな⋯⋯。」



 どうりで失敗作な訳だ、と心中で愚痴をこぼしながら残った八つの指輪に目を向ける。



「⋯⋯せめて俺の魔力操作が上手けりゃ、もう少し出力出せるんだけどな⋯⋯。」



「あのさ⋯⋯。」



 ノアは自らをほったらかしにしてブツブツと呟きながら分析を続けるリアンの肩を叩いて声をかける。



「なんだ?」



「風じゃなければもう少し抑えられるよ?」



 ほんの少しだけ怖い顔で振り返るリアンに、ノアはおずおずと言いづらそうに提案する。



「⋯⋯それだ!」



 それを聞くと憑き物が晴れたかのようにすっきりとした表情で目を輝かせながらリアンはそう叫ぶ。


次回の更新は五月二日になります。


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