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銭湯に行こう


 リアンはすぐさま風呂場へと急行して、ジャージ姿のままペンチ片手に水道を弄ってみるが、シャワーにも蛇口にも水の気配はなかった。



「どうっスか?」



「直りそう?」


 その後ろでTシャツに短パン姿のマリーナとノアが作業の様子を覗き込みながら問いかける。


「ん〜⋯⋯⋯⋯多分無理だな⋯⋯。」



「なんで無理なのよ?」



 作業をするその横でレイチェルが訝しげに問いかける。


「軽く弄ってて分かったんだが、そもそも今この水道管には水が届いてねえ。」


 風呂場の他の水道も調べてはみたが、やはり部屋全体に水が届いてなかった。


「理由は?」


「水道管の破裂、もしくは引いてきた水を各水道に分岐させる魔道機構が壊れてる、のどっちかだな。」


 ノアの問いかけにリアンは工具を箱にしまいながら答える。


「でもさっき料理してた時は水使えてたっスよ?」


「となるとやっぱ魔導機構関連が怪しいんだよな。」


 リアンは苦々しい笑みを浮かべながらその天井を見上げる。



「魔導機構って⋯⋯魔石とか魔力で動くやつ?」



「ああ、多分引いてきた水を各水道に分岐させる為の機構の一部壊れてるんだと思う。」



 レイチェルはざっくりとした感覚で問いかけると、リアンは自らの分析を付け加えて説明する。



「一部?」



「ああ、台所や各部屋のトイレは使えただろ?だから多分ここにだけ水が来ないようになってるんだな。」


 通常家一戸に流れる水の水源は1つであり、それを魔導回路を用いて各部屋に分配される。


 が、1つの部屋にのみ水が来なかったということはつまり、回路全体ではなく回路の一部が壊れたと考えるのが妥当だった。



「水道管の故障くらいなら俺でもなんとかなるんだがな⋯⋯回路系となると、専門分野でもない限り修理は無理だ。」



 リアンの働いていた代行サービスには水道系の相談も多数あったが、その時も回路に異常のあった案件は全て専門業者に委託していた。



「だったらその機構ごと取り替えちゃえば?」



「その方法が一番簡単だし、もう一回壊れる心配も無いんだが⋯⋯注文して届くのはいつになるか⋯⋯。」



 業者に委託したところで発注してすぐ届く訳ではない為、当然その間風呂の使用は出来なくなる。



「どうすんのよ⋯⋯私お風呂入れないとか絶対嫌なんだけど!?」



 レイチェルは真っ青な表情でリアンの胸ぐらに摑みかかる。


「私も不潔なのは嫌。」


「どうにかならないっスか?」


 レイチェル程ではないがノアもマリーナも同じように心配そうな表情でリアンに問いかける。


「ん〜⋯⋯ならアイツに聞いてみるか⋯⋯?」


 レイチェルによって身体を前後に揺られながらリアンは一人の女性の顔を思い浮かべる。







 そうして四人が尋ねたのはオリヴィアの私室であった。


 入り口から奥まで本棚がビッシリと並んだその部屋の奥で一人間接照明を頼りに本を読むオリヴィアを見つけると、リアンが代表して相談を投げかける。




「——無理じゃ。どうしようもならん。」




 相談してみたものの返ってきた答えは予想の範疇を出ることはなかった。



「そんなっ!」



「魔導機構など妾とて専門外じゃ、素直に機器を発注するのが良かろう。」


 細かい文字がビッシリと敷き詰められた本に目を向けながら、オリヴィアはしっしっ、と興味無さげに部屋から出るよう促す。



「じゃあ、私たちはどうすればいいの?」



「風呂など無くとも浄化魔法でも使えば汚れは落ちるじゃろ。」



 オリヴィアはそう言ってパチンと指を鳴らすと、彼女の身体は聖なる光に包まれる。



「ああ、それがあったか。悪かったな大人数で押し掛けちまって。それじゃ⋯⋯ぐえっ!?」



 それを聞いてリアンは納得して外に出ようとするが、その襟首をレイチェルに掴まれ一瞬首が締まる。



「私魔法使えないっての!」



 悶えるリアンにレイチェルは怒りを露わにして怒鳴りつける。



「私も浄化魔法は使えない。」



「アタシも浄化魔法は⋯⋯サポートがあれば。」



 サポートという言葉が示すものは一つしかなかった。



 それは当然、契約魔法。



「「ああ⋯⋯なるほど。」」



二人は手を打ち鳴らして納得すると、今度は黙ってリアンの方を向く。



「絶対やらねえからな?」



「いいじゃないそのくらいしか役に立たないんだから。」


 レイチェルは表情を変えることなく容赦のない言葉の刃をリアンに突き刺す。



「お前、あれ一応精霊の秘術だからな?なんでそんなふざけたことに使わなきゃいけないんだよ。つーかそんなもたねぇっての。」



「はぁ⋯⋯⋯⋯ほれ。」


 騒ぎ出す二人にあきれ果てたため息を吐くと、オリヴィアはノアに向かって小さな麻袋を投げ渡す。



「ん?お金?」



 その中には数枚の銀貨と銅貨が入っていた。



「とりあえず今日の分じゃ、それだけあれば四人分行けるじゃろう。」



「⋯⋯⋯⋯?どこに?」



 四人は同時に首を傾げる。



「銭湯じゃ。」







 四人はその後、オリヴィアから受け取った金を手に銭湯へと向かうことにした。



「久々だな⋯⋯銭湯は⋯⋯。」



 気持ちのいい夜風を浴びながらリアンは小さくそう呟く。


「リアンは何回くらい行ったことあるの?」


「つっても数えるくらいだな、普段は家の風呂があったし、こんな時くらいしか行かねえな。」


 ノアの問いかけに、リアンは視線を上に向けながら考え込みそう答える。



「私初めて。」


「アタシもっス。」


「そんな奴いるんだな⋯⋯。」


 それを聞いてリアンはにわかに信じられないと言った表情を浮かべる。


「⋯⋯あら、今日は先客がいるわね、どうやら貸切じゃ無いみたいね。」


「そりゃ残念っス。泳げると思ったんスけど。」


 マリーナはしゅんと肩を落とすと、萎びた野菜のように身体の力が抜ける。


「いや、いなくてもダメだから。」


「⋯⋯しっかり面倒みとけよ。」


 マリーナの発言を聞いて二人は一気に不安になる。


「言われなくてもわかってるわよ。」


 リアンの問いかけにレイチェルは頭を書きながら自信なさげに答えると、女湯の暖簾が垂れた方へと入っていく。




「⋯⋯あーあ、ようやくあいつらから解放されるぜ。」


 リアンもそれを見送ると男湯の暖簾をくぐっていく。


男湯こっちは大分空いてるな⋯⋯。」


(そりゃ今のご時世どこの家庭にも風呂はあるしな⋯⋯。)


 一人暮らしの時も風呂など壊れたことも無かったのでリアン自身も銭湯など学生時代ぶりであった。



「こんなとこ来るとしたらそれこそ俺らみたいに風呂が壊れたと⋯⋯⋯⋯か?」




「⋯⋯ふう、あっちぃ〜。入り過ぎたな。」



 料金を払い、中に入って服を脱ごうとした瞬間、リアンはピタリと動きを止めると、入浴場から聞こえてくる声に耳を傾ける。



(この声⋯⋯何処かで。)



 リアンにはその声になんとなく聞き覚えがあった。


「さっさと冷てえ飲みもんでも⋯⋯ん?」



「⋯⋯っ!?」



 ドアが開くと、その答えはすぐに目の前に現れた。


 その身体は全身が筋肉で構成されていると錯覚させられるほど筋骨隆々で、所々に傷跡が刻まれており、水の滴る赤髪や目つきの悪い顔はその凄みをさらに増していた。



「てめえは⋯⋯。」



 ヤンキー風の水に濡れてぺちゃんこになった髪をゴシゴシと乱暴にタオルで拭いていると、すぐさまリアンの存在に気がつく。



「ひぃ⋯⋯!?」



「おいおい⋯⋯出会って早々悲鳴上げんのは失礼なんじゃねぇの?」



「あ、いや⋯⋯。」


 思わず上げてしまった悲鳴を聞いて男は青筋を立ててリアンを睨みつける。



「そもそも悲鳴より先にお前はまず俺たちになんか言うことがあるんじゃねぇのか?」



「俺たち?」


 リアンが真っ先に気になったのはその単語であった。



「ヴォルグさん、とりあえずパンツくらい履かないと凄みもクソも無いですよーっと。」



 そんな二人の会話に割り込むようにツインテールの冒険者、もといプリメラの声が聞こえてくる。



「⋯⋯ん?」



 リアンが声のする方へと視線を向けると、そこには椅子に座りながら濡れてツヤの増した桃色の髪を風魔法で乾かす人影が目に入った。



「うおっ!?いたのか!てかなんでここにいる!?」



 リアンは予想外の人物の存在に思わず両手で自らの股間のあたりを覆い隠す。



「なんで服着てるテメェが隠してんだよ。」



 その横でヴォルグが冷静にツッコミを入れる。



「なんでって、ここに来たってことは目的は一つでしょ。」



 プリメラはリアンの顔を見てニッコリとはにかむと至極真っ当な答えを返す。



「だからアンタは女湯あっちだろ!!」



「お?嬉しいこと言ってくれるじゃーん。」



 リアンのその言葉を聞くと、愉快そうに笑って照れた表情を見せる。



「バカか、こいつは男だ。」



 着替えを半分まで終え、短パン姿で近くの椅子に座り込むと、ヴォルグは呆れたようにため息をつく。


「はぁ!?まじかよ!?」


「マジだよ〜。だってほら、おっぱい無いじゃん。」


 驚愕するリアンにそう答えると、プリメラはTシャツの上からでも分かるように身体を横にして起伏の少ない身体を見せつける。



「いや、無いやつなら女でもいるだろ。⋯⋯⋯⋯ウチのノアみたいに。」



「そういうのは言わない方がいいと思うな。」



 あまりに容赦のない発言に、プリメラは思わず苦笑いでリアンを注意する。






 同じ頃、女湯では⋯⋯。



「⋯⋯ん!?」



「⋯⋯?どうしたっスかノアさん?」



 ピクリと何かに反応するノアに、マリーナが首を傾げて問いかける。


「なんか今、無駄に貶されたような気がする。」


「気にし過ぎよ。」


「そうかな⋯⋯。」


 第六感的な何かでそれを感じ取ってそう呟くがレイチェルに一蹴される。


「私先に入ってるからね。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 そう言って浴場へと向かうレイチェルの露わになった胸を眺めながら、ノアはジットリと据わった目付きになる。


「はーい。⋯⋯うんしょっと。」


 そしてその次にその横でシャツを脱ぐマリーナの胸を凝視する。


「⋯⋯っ!!」


 脱いだシャツから溢れ出るそれ《・・》に、ノアは思わず絶句する。


「⋯⋯ん?どうしたっスか?」


「⋯⋯なんでもない。」


 最後に自分の胸に手を当てると、ノアは誰にも気付かれることなく一人絶望に打ちひしがれるのであった。






 リアンはにわかに信じられないといった様子で再びプリメラを観察する。



「それにしても男には見えねえな⋯⋯。」



 きめ細かい肌、艶やかな髪、中性的というより完全に女性的な顔つき、リアンにしてみれば、見れば見るほど女にしか見えなくなってくる。



「肌と髪は手入れすれば誤魔化せるし、声は生まれつきだし、身体の匂いは浄化魔法で消せるしね。普通なら気付かないかも。」



「なるほどな⋯⋯って、浄化魔法使えるなら銭湯来る必要無くないか?」



「魔法で綺麗になってもやっぱり身体洗いたいじゃん。ウチのギルドの男湯壊れちゃったから来たの。」



 その辺の価値観はリアンとはどうやら違うようであった。



「それに君だって使えるじゃん。浄化魔法。」



「俺は魔力少ないから疲れやすいんだよ。余計なタイミングでは極力使わないようにしてんだ。」



 基本的にリアンのスタンスは使う必要性が低い時は極力使わないという姿勢であった。


「確かに浄化魔法って魔力の消耗多めだもんね。」


 同じ魔法を使うもの同士、苦労する点で共感する。


 そんなことは初めてであったが、これが冒険者かとそんなことを考えながらしみじみとした感情に浸る。


「⋯⋯プリメラ、金あるか?」


 話に飽きたのか、ヴォルグは自らの財布を漁りながら、プリメラにそう問いかける。



「そこにありますけど、なんで?」



「喉乾いた。」



 今度はプリメラの財布から銀貨を一枚取り出して問いかけに答える。



「じゃあ、私の分も買って来て下さい。」



「おーう。」


 ヴォルグは銀貨を指で弾きながら飲み物が置いてあるケースへと歩いていく。



「そういや、次のクエストの話聞いた?」



 ヴォルグがいなくなると、プリメラは気を取り直して再びリアンに話を振る。



「ああ、聞いたぜ。合同任務だろ?アンタらも来るのか?」



「もちだよ。次のはウチもフェンリルナイツも本気だからね。人数も倍以上になるかもね。」



「アンタらのギルドも人増やすのか?」



 未だに彼らのギルドの戦闘員を二人しか知らないリアンはそれを聞いてプリメラにそう問いかける。



「増やすけど、一人だけだよ。ウチのギルド元々戦闘員六人しかいないし、そのうち二人は今、国内にすらいないからね。」



「一人か⋯⋯。」



 彼らほどの実力者が複数人いれはその分だけ自分の命の危険が減ると期待していたが、一人だけと聞いてほんの少しだけ気を落とす。



「それと、聞いた?今回のクエスト三ギルド間で五人一組でチームアップするらしいよ?」



「てことは俺らは同じギルドの奴とはバラバラになっちまうかもしれないのか。」



「そうだね。せめて私達で組めるといいね。」


 リアンが不安そうに呟くと、プリメラは大して気にした様子も見せずに笑顔を向ける。



「俺の方は強い奴と組めるのは願ったり叶ったりだが、アンタらからしたらお荷物だと思うぜ?」



「大丈夫、この前のスライム程度だったら守りながらでもやれるから。」



 プリメラは躊躇うことなくはっきりとそう言い切る。



「おお、流石最強ギルドの戦闘員だな。」



 言葉の端々から感じ取れる強者の余裕と自信にリアンは嬉しそうに目を輝かせる。


「そのくらい言えなきゃ不真面目集団はお金貰えないからね。」


 無邪気な笑顔を浮かべながらプリメラは自信に満ちた表情でそう答える。


「おい、プリメラ、買って来たぞ。」


 そうしていると、入口の方からヴォルグが二本の瓶を手に持って帰ってくる。


「ありがとうございまーす。じゃ、帰りましょうか。」


 投げつけられる瓶を受け取るとプリメラはその場から立ち上がる。


「⋯⋯ああ。」


「じゃあね、今度は君の面白い魔法見せてね。」


 プリメラは去り際、桃色の髪をなびかせながらリアンにそう言って手を振る。



「おう、機会があったらな。」



「せいぜい足を引っ張らないよう気をつけな。」



 最後の去り際、ヴォルグはニヤリと小馬鹿にするような笑みを浮かべてリアンに問いかける。



「⋯⋯善処するよ。」



 リアンは苦笑いを浮かべたまま、曖昧な答えを呟いて二人を見送る。

次回の更新は四月二十九日になります。

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