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帰ってきた日常は脆く


 それからまた別の日。



 穏やかな昼下がり、冒険者ギルドフェンリルナイツの執務室では、ギルドマスターであるクインが外の訓練の様子を眺めながら、優雅なティータイムに耽っていた。



「クイン様!」



「⋯⋯⋯⋯?」


 クインが人肌程度まで冷まされた珈琲に口を付けようとした瞬間、部屋の外から自らの名を呼ぶ女性の声が聞こえてくる。



「あら、どうしたのウェンディ?」



 直後に乱暴に開かれるドアの方を見ると、クインは大した興味も示さぬまま再び隣接する演習場へと視線を動かす。



「これはどういう事です!?」



 外を眺めながら紅茶をブラックの珈琲を口にするクインへと歩み寄ると、ウェンディはテーブルの上に資料の束を叩きつける。



「どういうって⋯⋯昨日も説明したじゃない。新しいクエストよ。事が事だけにウチのギルドも本腰を入れなきゃお国一番のギルドの名が廃るでしょ?」


「知っていますし、理解もしています!ですが問題はそこではありません。」


 クインが面倒そうにそう答えると、ウェンディは興奮した様子で首を左右に大きく振る。



「貴女を特別チームの隊長に選んだ理由なら簡単よ?純粋に実力と信頼で選んだんだもん。」



「私ではなくエリンです!!」



「なにか問題でも?副隊長にしなかったのは単純に向いてなさそうだったからよ?ほら、あの子実力は折り紙つきだけど人付き合いが苦手じゃない?」


 そんなことは分かっているとでも言わんばかりの態度に少しだけ呆れながらクインは苦笑いでエリンの評価を伝える。



「確かに⋯⋯⋯⋯ではなく!!彼女は謹慎にするはずだったのでは!?」



 ウェンディの言う通りフェンリルナイツには必要情報の開示義務というルールがあり、彼女はそれに違反したエリンへの処罰が下っていないことを指摘しに来たのであった。



「ああ⋯⋯その事なんだけどね⋯⋯。」



 ウェンディの言葉を聞いて思い出したかのように声を出すと、クインはさらに苦々しい表情で笑いながらその時のことを思い浮かべる。







 クインはウェンディの指摘通り、エリンに処罰を与える為、五日ほど前に彼女を執務室へと呼び出していた。



「——貴女が呼ばれた理由、分かってる?」



「⋯⋯その、まあ⋯⋯⋯⋯。」


 クインの問いかけに、エリンはモジモジとはっきりしない態度でそう答える。



「ついさっき、先日の合同のクエストの報告を受けたわ。あの巨大スライムの件ね。」



「⋯⋯はい。」



 ボソボソと聞き取りづらい声は、言葉を重ねるにつれてさらに小さくなっていく。


「当然彼の魔法の事も聞いたわ。それと、貴女と彼の関係も調べさせてもらった。」


「⋯⋯⋯⋯っ!!」


 それを聞くとエリンはほんの少しだけ頬を紅潮させてピクリと反応する。



「幼馴染で、小中高、ずっと一緒だったんなら当然知ってたわよね?リアン・モングロールと、その魔法について。」


「⋯⋯はい。」


 エリンの声は更に小さくなっていく。



「なぜ黙っていたの?そういった情報の開示は義務化してる筈だし、あの時もちゃんと聞いたわよね?」



「⋯⋯⋯⋯。」



 ズカズカと質問責めするクインと、何も言えずに黙り込んでしまうエリンといういじめているような構図が出来上がり、思わず罪悪感を感じながらもそれでも質問を辞めずに自らのするべき事をまっとうする。



「なにか言えない理由でもあったの?」



 いつまで待っても反応がないと分かると仕方なく優しい雰囲気で問い直す。



「それは⋯⋯その⋯⋯。」



「⋯⋯?」


 直後、クインはエリンの様子がおかしいことにすぐに気がついた。



「あの⋯⋯その⋯⋯⋯⋯。」



 声色はいつも以上に震え、先ほどまで薄桃色程度だった顔色は今や真っ赤になり、目の焦点が全く合っていない。



「⋯⋯⋯⋯ん?」



 そんな彼女の反応は初めて見た。



(この反応って⋯⋯。)



 見たことはないが、クインにはなんとなく理解が出来てしまった。そしてすぐにその理由を理解できてしまった。



「リアンに⋯⋯ふ、二人だけの⋯⋯秘密にしてほしいって⋯⋯⋯⋯頼まれて⋯⋯⋯⋯。」



ファーストネームの呼び捨て。



「二人だけの秘密」などという露骨かつ、いかにもなワード。



いつも以上の話のキレの無さ。



いつもは見せない真っ赤な顔。



(おおっとぉ〜⋯⋯⋯⋯?)



 エリンの過剰なほどのその反応はいわゆる恋する乙女のそれであった。



「コホン、それはギルドへの信頼よりも大切だったの?」


 同情しそうになる感情を抑えながら、クインは自らのギルドマスターとしての体制を保つために心を鬼にする。



「うっ⋯⋯⋯⋯。」



 なんとも言えないエリンの反応を見て、クインの中にはもう一つの感情が生まれて来てしまった。




 それはギルドマスターとしての矜持でも、顔を赤くして黙り込む少女へと同情でもなく⋯⋯


「⋯⋯そんなに大事なの?カレシ君との約束は?」


 恋する乙女への小さないたずら心であった。



「かっ⋯⋯!?い、いえ⋯⋯そ⋯⋯そういうのでは⋯⋯⋯⋯大事⋯⋯とかではなくて⋯⋯。」


 ニヤリと笑いながら投げかけられた質問に、エリンは肩を震わせて裏返った声で反応するとその目には少しずつ涙が溜まってくる。



(ああ、もう!!なにこの可愛い生き物!!)



 それを見て思わず椅子を百八十度回転させ、後ろを向いてその愛くるしさに身悶えする。



 少しだけ嗜虐心を疼かせながらクインはいたずら心と同情の合間で揺れ動く。



「⋯⋯分かったわ、誰しも隠し事や人との約束なんてのは一つ二つあって当然よね。ごめんなさい、下がっていいわ。」



 大きく深呼吸した後、表情を作り変えてそう言う。



「⋯⋯⋯⋯失礼します。」



 エリンは泣きそうな顔で頭を下げる。








「⋯⋯それで?許しちゃったと?」



 そこまで話を聞いてウェンディは完全に脱力しながら呆れ果てる。



「だって仕方ないじゃな〜い?あんなにウブな反応されると思わなかったんだもん!可愛くってつい。」



「可愛くって、って⋯⋯それでは他の冒険者に示しが⋯⋯。」


 舌を出してそう言うクインに、ウェンディは怒りで肩を震わせながら拳を握りしめる。



「分かってるって、今回だけよ。」


「可愛いってものあるけど、これで罰を与えちゃったら、他の子たちに理由を説明しなきゃならないじゃない?そうなると当然周りは理由を探り出す⋯⋯。」


「結果、彼女のそういう感情が他の子達にまでバレちゃうじゃない。」


 そうなればただでさえ周りと馴染めていないエリンにさらに精神的な負担を与えてしまうというのがクインの意見であった。



「そもそも冒険者の身でありながらそういった事は⋯⋯。」



「別にウチは恋愛禁止じゃないしぃ、彼女が恥ずかしがって辞めるとか言われても困るしぃ、今回の件だってちょっと調べれば分かった事だしぃ?」



 ウェンディのストイックすぎる意見に、クインはぶー垂れながら甘々の意見で反論する。



「甘すぎます!あとその喋り方やめて下さい。」


 当然ウェンディが納得するはずもなかった。


「⋯⋯はぁ。」


「⋯⋯いくらウチが規則を重んじるからって、流石に人の色恋の邪魔は出来ないわよ。」


「しかし⋯⋯。」


 深いため息の後、それっぽいことを言うクインに、ウェンディは口ごもる。



「違反したことによる損害はほとんどなかった。違反は間違いなく今回に限ったもので繰り返す心配がほとんどなかった。罰したことによる脱退などの彼女の反応が怖い。」



「以上三つの理由よ。文句があるなら貴女が今の倍強くなってくれるなら聞いてあげるわ。」


 脱退させるのが一番怖いから甘やかすというのは完全に特別扱いであり、到底許せるものではなかったが、ウェンディから見ても才能の塊であるエリンがギルドを離れるのは大きな痛手であるのは重々分かっていた。



「⋯⋯⋯⋯はぁ⋯⋯本当に今回限りなんですね?」



 だからこそ素直に特別扱い(それ)をよしとしてしまうことはできず、念を押して確認を取る。



「ええ、代わりに次同じことしたら普通の倍の罰を与えるわ。」



「ならば私も折れましょう。」



 それを聞いて無理矢理に納得すると、ウェンディは肩を落として深くため息をつく。



「物分かりが良くて助かるわ。」


「それではもう一つ聞いてもよろしいですか?」


 返事を聞いてにっこりと笑うクインにウェンディは人差し指を立てて問いかける。


「どうぞ。」




「このクエストについてもう一つ、何故今回も合同のクエストにしたのですか?」




 ウェンディは最初にテーブルに叩きつけた資料に書かれた文字を指差して問いかける。



「トールからの報告でね、今回のスライムと同等クラスの敵を複数体相手取るためには他のギルドの助力は必須って言われたのよ。」



「⋯⋯では出発の日数が三日後というのは?事態が深刻ならばすぐにでも行くべきだと思うのですが。」



「流石にトールたちを休ませたいの。特に彼なんか一人で魔物の群れに突っ込んでったみたいだし。今回の件の後処理もほとんど彼が担当したみたいだからね。」



 ウェンディに一枚の紙を手渡しながらクインはため息をつく。



「ではトールは今は休養中ですか?」



 受け取った紙には他の冒険者達の出勤日が書かれており、トールのところには二週間連続出勤のマークがつけられていた。



「うん、二日前から、明日までの四連休よ。」


「⋯⋯それにあっちの彼も、戦えるくらいまで回復しておいて欲しいし。」


 ウェンディは小さな笑みを浮かべたまま窓の外へと視線を戻して深いため息をつく。







 その頃、リアン達〝アーク〟のギルドでは——



「——ありえねぇっての!!」


 全快したリアンが、一枚の紙をテーブルに叩きつけて抗議する。


「うるさいわね!!」


「声がデカイっス。」


「うるさい。」


 その周りに座る女性陣は次々にリアンに辛辣な言葉を投げかける。



「うるさいぞヘタレ。」



「うぐっ⋯⋯でも、おかしいだろ流石に!!前回あんだけボロボロになって怪我もようやく治ったってのに、もう一回同じ仕事って⋯⋯!!」


 気圧されそうになりながらも、リアンは諦めずにクエストの内容に異議を申し立てる。



「仕方あるまい、状況が悪化してるならはもう一度同じ事をせざるを得ないのは当然じゃろう。」



「もう仕方ないっス。」


 オリヴィアの言葉に、マリーナが苦笑いで同調する。



「身体がもたねぇっての!前回生きて帰れたのだって完全に奇跡だからな!?」



 彼女らと違って未だに感覚が一般人であるリアンは、平然としている彼女らの意見に賛同出来なかった。



「暇なときは暇、忙しいときは忙しい、それが冒険者じゃ、あの時妾の口車に乗った時点で貴様は覚悟を決めるべきじゃったのじゃ。」



「うぐっ⋯⋯⋯⋯納得いかねー⋯⋯。」



 ビシッと指を指されそう指摘されると、リアンは仕方なくその場に乱暴に座り直す。



「フェンリルナイツは人員を増やすと言っておった。危険度も前回ほど高くない。」



「それに先方も貴様の力を求めてこの合同クエストを提示してきたのじゃ。むしろ喜べ。」



「マジで⋯⋯!?」


 それを聞いて、リアンは嬉しいような不安なような複雑な感情に陥る。



「正しくは貴様と契約したこやつらじゃがの。口には出さなかったが、おそらく貴様の魔法の事も伝わっておる。」



「だよなぁ⋯⋯あんだけ必死に隠してたのに⋯⋯。」


 予想出来ていた事態を目の当たりにして、頭を抱えて深くため息をつく。


「ドンマイ。」


「ドンマイっス。」


「⋯⋯どうでもいい。」


 素直に慰めてくれる健気な未成年組と違い、意味もなく悪態をついてくるレイチェルに、リアンは無性に腹が立つ。



「なんなんださっきからテメーはよ!!」



「何よ!!うるさいわね!!」



 立ち上がって激昂するリアンに対抗してレイチェルもこめかみに青筋を浮かべながらそう叫ぶ。




「静粛に!!」



「「⋯⋯っ!!」」



 直後に放たれたオリヴィアの言葉に二人はびくりと肩を震わせてその場で黙り込む。



「ともかく、出発は三日後じゃ。各自準備しておくように、以上!解散じゃ。」



 あきれた様子でため息をつくと、オリヴィアは面倒そうにそう言って自室へと戻っていく。



「⋯⋯じゃあ、私お風呂入るね。」



「あ、ならアタシも一緒に入るっス!」



 全てを聞き終えるとマリーナ、ノアの二人はマイペースな態度で風呂場へと歩いていく。



「⋯⋯⋯⋯。」



 リビングに二人残され、その場に沈黙が流れる。



「⋯⋯ふん!!」



 レイチェルはリアンの顔を見ると分かりやすく舌打ちをして階段を登っていく。


「あんにゃろう⋯⋯。」


「⋯⋯くっそ、なんなんだマジで!」


 その態度を見てリアンはさらに頭に血がのぼる。



「とりあえず皿洗いでもするか⋯⋯。」



 が、いちいち怒るのも疲れてしまい、結局深いため息を吐いてそのまま台所へと踵を返す。



「リアンさん、リアンさん!」



「今度はなんだ?⋯⋯っどわぁ!?」


 直後に聞こえてくるマリーナの声に反応して振り返ると、リアンは彼女のその姿を見て思わず声を上げる。



「⋯⋯ん?⋯⋯っ!!」



 その声を聞いてレイチェルが二階から覗き込むと、素っ裸のマリーナがリアンの目の前に立っているのが見えた。



「だから服を着なさいっての!!」



 レイチェルは一度自分の部屋へと戻ると、すぐさま自分の服を取り出して二階からマリーナに向かって投げつける。


「⋯⋯お?」



「⋯⋯で、なんの用だ?」



「お風呂の水が出なくなっちゃたっス。」



 目を逸らしながら問いかけるリアンに、服を着ながらマリーナはそう答える。



「「はぁ⋯⋯!?」」


次回の更新は四月二十二日になります。

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