救援
——時は洞窟の中での準備時間まで遡る。
「俺もお前について行ってやる。」
「い、いいんスか?多分相当危険っスよ!?」
突然のリアンの発言にマリーナは戸惑いながら問いかける。
「理由は二つだ。今の俺が契約魔法を使ってられる時間は多く見積もって三分。だからその三分を少しでも長く戦闘に使えるように、直前で発動させる為だ。」
仮になかなか目標が見つからなかった場合、マリーナはリアンのサポート無しで戦わなければならなくなってしまう可能性が出て来てしまうからだ。
「もう一つは?」
「俺がお前のサポートをする為だ。」
ノアの問いかけに短くそう答える。
「出来るんスか?」
「普通なら出来ねえ、が、この状況なら出来ることがある。」
「お前あのスライム相手に火属性で戦う気なんだよな?」
リアンは自らの手のひらを見つめた後、頭をあげてそう問いかける。
「はい、そうっス。」
「それはやめとけ。」
即答するマリーナの答えに被せるように即座にその案を否定する。
「じゃあ、どうするんスか?」
「別にスライムの弱点は一つじゃないだろ。」
想定していた質問なのか、リアンはニヤリとはにかみながら問いかける。
「「⋯⋯っ、浄化魔法⋯⋯⋯⋯!」」
ノアとマリーナは顔を見合わせて同時に声を出す。
「で、でもアタシは浄化魔法なんて使えないっスよ?」
「そのためのサポート?」
先に答えにたどり着いたのはノアの方であった。
「そうだ。多分契約すれば俺の力を上乗せしたお前にも浄化魔法は使える。が、初めて使う魔法となれば上手く操れる保証はない。だから俺が外部から魔法を安定させるためにサポートを入れる。」
「そんなことしたら更に使用時間が⋯⋯!!」
「減らねえよ、あくまで術の発動はお前の魔力でやる。俺は安定させるために外側から詠唱を挟み込むだけだ。」
つまりはエネルギー元だけをマリーナに設定して術式の操作だけをリアンが担当するという作戦であった。
「でもそれだと発動中リアンが無防備になる。」
魔法や術式に詳しい分、やはりノアはその弱点にもすぐさま気づいてしまう。
「⋯⋯まあな。」
「⋯⋯っ、やっぱり私が火属性魔法で⋯⋯!」
「いいんだよそれで。」
それでもなお自らを犠牲にしようとするマリーナの発言を食い気味に断ち切ると、リアンはニッコリとそう笑う。
「でも⋯⋯。」
「お前は一応女の子だろ?両手に火傷の跡ついてちゃ嫌だろ?」
「ちっとはカッコつけさせろよ。俺だって冒険者なんだから。」
本当はやりたくはないし、なんならこの洞窟から出たくもない、というのかリアンの本音であった。が、完璧主義を通すためにはどの方法を取るのにもやはり自分の行動は必須であるのは分かっていたからこそ、吹っ切れることができた。
「リアン⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯分かったっス。」
そんなリアンの覚悟を汲み取ると、マリーナは小さく返事をする。
そして時間は現在へと戻る。
『——闇を滅する浄化の力よ。』
予め何度か練習しておいた術式を発動させると、その後ろからリアンが同じように構える。
『——その聖なる力を以って邪なる影を祓いたまえ!』
マリーナの詠唱を追いかけるように詠唱を重ねると、マリーナの腕が少しずつ光を帯び始める。
『『クリアクラッド!!』』
二つの叫びが重なる瞬間、マリーナの腕の光はその性質を変えて浄化の力を纏う。
「リミットは三分、その間にアイツを浄化し尽くせ!!」
「おいっサー!!」
「⋯⋯⋯⋯。」
マリーナは拳を打ち鳴らしながら返事をするとこちらに気付かず沈黙を貫く魔物へと拳を構える。
「おおおおぉぉぉっらぁぁ!!」
核のないスライムを倒すには再生できないよう細胞を燃やし尽くすか、浄化で消し切るかの二択、だからこそ狙うのは身体のど真ん中。
「⋯⋯ッ!?」
ズバッと、鈍い音を立てながらスライムの身体に大穴が開く。
「左、触手来るぞ!!」
が、それに気が付いたスライムはすぐさまのその触手をマリーナに向けて叩きつける。
「おいッ、サー!!」
両手を自らに向けて術式を維持するリアンの指示に従いながらマリーナは冷静に返事を返して触手を殴りつける。
「はああぁぁぁぁ!!」
スライムが完全に怯むと、マリーナは躊躇うことなく前に出る。だがしかし、その勢いはすぐさま消し去られてしまう。
「「⋯⋯⋯⋯っ!?」」
マリーナの拳はガンッ、と高音を打ち鳴らしながら弾かれる。
(硬質化⋯⋯こいつもかよ!?)
その原因にリアンは心当たりがあった。
レイチェルと初めて会った時に倒したスライムも同じような力を持っていたことを思い出す。
「こんなもん⋯⋯ぶっ壊す!!」
そんなリアンの思考など関係なくマリーナは硬質化したスライムの身体を強引に殴りつけると、スライムの身体はバキバキとひび割れながら硬質化した部分が弾け飛んでいく。
「⋯⋯ッ!!」
「ははっ、すっげぇ⋯⋯。」
あまりの脳筋っぷりに苦笑いが溢れるが、むしろ今回に関しては都合が良かった。
「けど⋯⋯。」
(このペースじゃ倒しきれるか怪しいな。)
確かにダメージは入ってはいたが、予想以上にスライムのリアクションが小さい事にリアンは少しだけ危機感を抱き始める。
「っ!?触手増えた!?」
そんな心配をよそにスライムはまた新しい手を使い始める。
「ちっ⋯⋯しかも早いっス。」
「このっ⋯⋯どわっ⋯⋯!?」
「⋯⋯手数が多すぎて攻撃に回れないのか。」
高速で降りかかるスライムの触手を回避しながら攻撃の隙を伺うがその後マリーナの身体は徐々に本体から引き離されていく。
「⋯⋯っ、リアンさん!!」
故意か偶然か、マリーナを狙う二十を超える触手の一本が、その軌道から外れる。
軌道の外れた触手はリアンの方へと真っ直ぐに伸びる。
「⋯⋯っ、やべっ⋯⋯!?」
気付いた頃にはもう遅かった。リアンはなすすべも無く触手の攻撃をその身体に受け、後方へと勢いよく吹き飛ばされる。
「ゴカッ⋯⋯!?」
(せ、背中がっ⋯⋯!?)
背後の岩場に激突した衝撃でリアンの背中は焼け付くように熱くなる。
「リアンさん!!」
「——いいからやれ!!時間がないんだ!!」
それでもなお心配するマリーナのサポートを止めることなく激昂するように声をかける。
「⋯⋯っ、おおおおぉぉぉ!!」
小さく頷くとマリーナは戸惑いをかき消すように叫びながら拳を突き出す。
「⋯⋯っ!?」
その拳が硬質化したスライムの身体へと触れた瞬間、マリーナの両腕に付けられた霊装がその衝撃で砕け散る。
「籠手がっ!?」
(なんでこんな時に⋯⋯!!)
「マリーナ、一旦引くぞ!!」
霊装の限界が来たのか、整備不足かはリアンには分からなかったが、それでも攻撃する手段がなくなった今、逃げる以外の選択肢などリアンの頭の中には無かった。
「まぁだぁだぁぁぁぁ!!」
リアンは必死で止めに入るために声をかけるが、それでも構わずマリーナは剥き出しになった拳を振り回す。
「やめろっ!それ以上は腕が⋯⋯!!」
守るものがなくなったその拳を突き出すたびマリーナの手の甲と指から血が飛び散る。
「おおおおぉぉぉ!!」
身体に負担を強いるそのラッシュは長くは続かなかった。
「⋯⋯っ、やばっ⋯⋯⋯⋯。」
まるで糸が切れたかのようにマリーナの身体から力が抜けると、彼女の身体はそのまま地面にへたり込んでしまう。
「マリーナ!!」
「んぶっ⋯⋯がはぁ!?」
リアンの叫びも虚しく、マリーナはスライムの身体へと飲み込まれる。
「⋯⋯くそっ!!」
(俺より先にあいつが時間切れかよ!!)
契約魔法を即座に解除し、自らに浄化の力を纏わせて走り出す。
「そいつを、離せ!!」
「ぐっ⋯⋯!?」
浄化の力を纏った拳を突き出すが、その攻撃はスライムには届くことなく触手によって弾かれる。
「ぐはぁ⋯⋯ゴホッ、ゴホッ⋯⋯。」
「ふ、ざけんな⋯⋯。離しやがれ⋯⋯!!」
胃液を吐き出しながら、それでもスライムの中で苦しそうにもがくマリーナに向かって必死に手を伸ばす。
「リ、アン⋯⋯さ⋯⋯⋯⋯。」
「止めろ⋯⋯⋯⋯。」
虚ろに力が抜けていくマリーナの表情を見て、リアンの頭に一気に血が昇る。
「⋯⋯止めろおおおおぉぉぉ!!」
最早魔法を使う力すら残っていないにも関わらず、リアンは無我夢中で走り出す。
『キラキラバースト☆』
直後に聞こえてきたのはあまりにも場違いな声色と言葉。
そして圧倒的なまでの浄化の光。
「⋯⋯ッ!?」
次の瞬間スライムの身体は縦一直線に大穴が空き、中にいたマリーナの身体一瞬で宙へと投げ出される。
「ぶはぁ⋯⋯!?」
「なっ⋯⋯!?」
苦しそうに咳き込みながら落ちてくるマリーナを受け止めながら、リアンは周囲を見渡す。
「これは⋯⋯浄化魔法!?」
「よぉやく見つけたぜ、元凶サンよぉ?」
真っ先に見つけることが出来た顔は、リアンもよく知っている顔であった。
「森中探し回ってようやくですよ。私もう疲れちゃった⋯⋯。」
ヤンキー風の男の背後から、先ほどの声の主である可愛らしいツインテールの冒険者が歩いてくる。
「あんたら⋯⋯。」
「んぁ⋯⋯?てめえ確か⋯⋯?」
「おお!!人がいたんだ。おーい助けに来たよ〜。」
リアンの声を聞いてこちらの存在に気がつくと、二人は各々態度を変えて歩み寄ってくる。
「は、はは⋯⋯マジでナイスタイミングだわ⋯⋯。」
冗談抜きで涙目になりながらリアンはその場にへたり込む。
「よっと、大丈夫かい?」
ツインテールの冒険者はマリーナの身体を優先して受け止める。
「リアン、さん⋯⋯。」
「マリーナ!!⋯⋯良かった⋯⋯⋯⋯。」
腰の抜けてしまったリアンはマリーナの弱々しい声を聞いて一気に深いため息を吐き出す。
「⋯⋯ッ!!⋯⋯ッ!!」
「おお、まだ生きてたかクソスライム⋯⋯。」
その一方で、リアン達にまったく興味を示さないもう一人の冒険者は身体の大半を失いながら未だ動こうとするスライムと向かい合っていた、
「元々結構弱ってたからやれたと思ったんですけどねぇ。」
「だからてめえは詰めが甘いんだよ。」
「ヴォルグさんには言われたくないですぅ〜。」
不機嫌そうに呟く男とは対照的に、ツインテールの方はどこまでもマイペースに返事をする。
「あ、あんたらドラゴスパーダの⋯⋯。」
「一応マナーだから聞くが、コイツ、貰うぞ?」
リアンの発言を完全に無視しながら男はバットのような棍棒でスライムを指し示して問いかける。
「⋯⋯⋯⋯むしろお願いします、だ。」
「んじゃ、遠慮なく行かせてもらおう。」
リアンの返事を満足げに受け取ると、ヴォルグと呼ばれる冒険者は一歩、また一歩と前に出る。
「悪いけど治療はちょっと待っててね。」
「——すぐに終わらせるから。」
もう一人の冒険者の方もマリーナにそう言って笑いかけるとそのままヴォルグの後を追って前に出る。
「てめえは休んでても良いんだぜ?プリメラ。」
「もうっ、ヴォルグさん!!自分ばっかり楽しむのはナシですよ!!」
ヴォルグがニヤリと笑みを浮かべながら問いかけると、プリメラと呼ばれた冒険者は頬を膨らませながら抗議する。
「遅れても文句言うなよ?」
「⋯⋯りょーかいです。」
次の瞬間にヴォルグが放った一言で、プリメラの表情は一気に真剣なものへと切り替わる。
「⋯⋯助かった。」
(あれ、安心したら⋯⋯なんか眠く⋯⋯。)
強者の風格を纏う二人の背を見届けながら、リアンはその意識を深い闇の中へと沈み込ませていく。
次回の更新は四月八日になります。




