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賭け


 冒険者達が武器を構えると、四方八方にリアンたちを取り囲んでいた熊型の魔物はなだれ込むように襲い掛かってくる。



「どわあ!?くっそ、速え!」



 リアンは飛び退きながら必死に魔物たちの攻撃から逃げ回る。



「それに数が多過ぎるっス!!」



 そんなリアンを守りながら、マリーナは一匹、また一匹と魔物たちを殴り飛ばしていく。


「ガアッ!!」


「⋯⋯ちぃ!?痛っ⋯⋯!?」


 一匹の魔物がマリーナの腕を鋭い爪で切りつける。



「マリーナ!!」


 肩口から舞う鮮血を見て、ノアは慌ててマリーナに走り寄っていく。



「ガアッ!!」



 するとそれを狙いすましたかのように一匹の魔物がノアに向かって爪を突き立てる。



「ちょ、危ねえ!!」




「ごめ⋯⋯っ!!後ろっ!」


 リアンに突き飛ばされることでその攻撃を回避することに成功したが、今度は突き飛ばした本人に魔物が迫り寄る。




「やばっ⋯⋯!?」



「カハッ⋯⋯!?」



 思わず両手で顔を覆うが、しばらくしても、リアンの身体に痛みも衝撃も走る事はなく、遅れて聞こえてきた呻き声のようなものに反応して目を開く。



「⋯⋯へ?」



 そこには地面に倒れ伏す熊の魔物と、既に自らを守るように背を向けたレイチェルが目の前にいた。



「⋯⋯レイチェル、ごめん。」



「今はそういうのはいいから!!早く準備・・しなさい!!」


 準備というのは当然、契約魔法のことであったが、リアンの事情を汲んで敢えてその単語を使わずに二人に向かってそう言う。



「⋯⋯っ、やろうリアン!」



 準備、と聞いてノアはすぐさまリアンににじり寄ってその顔を強い視線で見つめる。



「⋯⋯⋯⋯。」



 それでもなお躊躇うリアンは、一度黙り込んで周囲の状況を把握する為、周りを見渡す。



(どいつもこいつも自分の戦闘に集中してる。他に気を回す余裕はないか⋯⋯。)



 フェンリルナイツの面々は新人揃いだからか、自分の身を守る事だけで限界のようだった。


 そして、それを見てようやくリアンも覚悟を決める。



「ああ⋯⋯。」



 深いため息とともに返される返事と同時に、リアンはノアの身体を抱き寄せるように近づけて、耳元で小さく呟く。



『⋯⋯力を貸してやる、コイツら全員蹴散らせ。』



「⋯⋯っ。」



『⋯⋯任せて』


 リアンのあまりの大胆な行動に一瞬息を飲んだ後、その胸の中で自信満々にはにかみながら、小さくそう答える。



「⋯⋯⋯⋯。」



 二の腕に刻まれた文字から黄金色の光が溢れると、ノアの身体をじんわりと包み込み、やがてその光はノアの身体の中へと浸透していく。


「あれは⋯⋯!?⋯⋯っ、ノアさん!後ろ!!」



 その光に惹きつけられるように見入るトールは直後にその背後から襲いかかってくる魔物の姿を見て慌てて声をかける。



『——切り裂け』



 敵の姿すら視認せずに魔法を放つと、魔物はすんでのところでピタリとその動きを止める。


 一瞬遅れて鮮血が噴き出すと、同時に魔物の身体は縦に真っ二つに割れてぐしゃりと地面に崩れ落ちる。



「「「⋯⋯⋯⋯っ!!」」」



「なんて力だ⋯⋯!」



「やっぱりスゲーっス⋯⋯。」


 その様子を見て周りの冒険者たちは思わず目を奪われる。



「「「ガアアアアアアアァァァァ!!」」」



 そしてそれは魔物たちも同様で、危険を察した魔物たちはその狙いを真っ先にノアに集中させる。



「⋯⋯ちっ、ごめん!!そっち行った!!」



「⋯⋯やり過ぎんなよ。」



「⋯⋯分かってる。」


 レイチェルの言葉など全く気にする事なく、二人はマイペースに掛け合うと、距離を取り迎撃の体制をとる。



『吹き荒れろ——』



『——ブレイズファン!!』



「グギャ⋯⋯!?」



 全方位に放たれる風の刃は魔物たちを容赦なく切り刻む。



「凄いっ⋯⋯!」



「逃げるわよ!今のうちに。」


 呆然とそれを眺める冒険者達にレイチェルがそう叫ぶと、トールが真っ先に我に返って指示を出す。



「ええ、今ので他の魔物が襲ってくる可能性があります。至急第二拠点まで向かいましょう。」



「行くぞ!」


 ぞろぞろと遠目に見える追っ手を見て、リアン達はその場から走り去る。



「マリーナ⋯⋯!」



「はい?」


 足場の悪い山道を走りながら、ノアはマリーナに向かって手を伸ばす。




『コネクトヒール』




 するとノアの手のひらからマリーナの傷口に向かって光の回線が伸びる。



「おおっ⋯⋯!?」



 光の線がマリーナの傷に触れると、数秒としないうちに切り傷は塞がっていく。



「⋯⋯リアン、解除しなくて大丈夫?」



 治療を終えると、ノアは隣で荒々しく呼吸をするリアンを心配して声をかける。



「大丈夫だ、安全を確保するまではこのままでいく。」



「でも確か契約魔法って魔力の消費が激しいんじゃ⋯⋯。」


 リアン自身も当然それはよく分かっていた。が、それでも戦力差を少しでも埋める必要があったからこそ止める事はなかった。



「それでもしばらくはもつはずだ、俺が衰えてなければ。」



 社会に出て便利グッズ程度の魔法しか使ってこなかったリアンに、自身の魔力の限界量が分かるはずもなかった。


 そして、だからこそリアンには自嘲した笑みを浮かべてそう答えるしかなかった。



「それよりお前は周りを警戒しとけ、俺は気配とかは辿れないから迎撃は完全にお前頼みだ。」



「⋯⋯分かった。」


 身体能力まで上乗せされているからか、ノアはリアンより幾分余裕の持った態度でそう答える。



「⋯⋯また来たわよ!!」



「くっ⋯⋯!」


 横道から飛び出してきた魔物に、トールは防御の体制をとる。

 


「はあっ⋯⋯!!」



 が、レイチェルの声に反応して、ノアは即座に風の魔法で迎撃する。



「すいません、助かりました。」


 真っ二つになった魔物に目を向けながら、トールは申し訳なさそうに礼を言う。



「一旦隠れるわよ!」



「「「はい!」」」



「了解っス!」


 その言葉に冒険者達は素直に従うと、レイチェルはノアに対して指示を送る。



「ノア!目眩し!!」



『——吹き荒れろ』


 最後列で走るノアは、背後から追ってくる魔物ではなく、その足元に向かって魔法を放つ。


「ガアッ!?」




「⋯⋯横っ!!」


 砂利や砂埃が舞い上がり、魔物たちが怯んだ隙を突いて冒険者達は鬱蒼と茂った草木の中へと飛び込む。


「⋯⋯こっちっス!!」


「⋯⋯どわっ!?」


 反応できなかったリアンはマリーナに引っ張られて草むらに頭から突っ込んでいく。



「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」



 何がどうなったのか、マリーナに馬乗りになられながら必死に息を潜める。




「行ったか⋯⋯。」


 足音が消えるとリアンは大きく息を吐いてくたりと身体の力を抜く。



「⋯⋯みたいっスね。」


 マリーナも安堵のため息をついてリアンの上から降りる。



「さて、他の皆は⋯⋯。」



「ノアは⋯⋯そこか。」


 マリーナが他の仲間を探そうと周囲を見渡すと、リアンは真横を向いて草むらに向かって話し始める。



「うん、行った?」



 リアンの言葉に反応してノアが別の場所から頭を出してそう問いかける。



「みたいだ。」



「ふう、流石にあの数を捌くのはキツイからね⋯⋯。」



「レイチェルさんも⋯⋯みんな無事みたいっスね。」



 ノアの隣からレイチェルが頭を出すと、別の場所から次々と冒険者達が頭を出して安全を確認する。



「ええ、なんとか⋯⋯。」





「居ません!!」


 レイチェルがそう答えるとその言葉を遮るように一人の冒険者がそう叫ぶ。



「⋯⋯へ?」



「一人いないんです!」


 それを聞いて周囲を見渡すと、確かに視界に入った頭は最初の時よりも一つ少なかった。



「⋯⋯⋯⋯周囲にはいないっス!!」



 即座にマリーナが目を瞑って意識を集中させるが、人の気配が感じられず、焦燥感に駆られる。



「てことは⋯⋯!」



「⋯⋯攫われた?」


 魔物たちの足跡を見て、リアンが小さくそう呟く。



「追うわよ!!」



「はいっス!!」


 レイチェルとマリーナの二人は、何の迷いもなく足跡を辿って走り出す。



「ちょ⋯⋯!?」


「僕らも行きましょう。」



 二人の後に続くように、トールが指示を出す。



「「「はい!!」」」




「マジか⋯⋯。」


 響き渡る返事の中で、リアンだけが複雑な表情でそう呟く。






「⋯⋯なあノア。」


「⋯⋯何?」


 前を走る冒険者達に必死に食らいつきながら、リアンは一番近くを走るノアに声をかける。



「なんでアイツらは殺すんじゃなくて攫っていったんだ?」



「⋯⋯リアンは、お店で買った食材をその場で食べるの?」



 リアンの問いかけにノアは表情の一切を消し去りながら低い声でそう答える。



「てことは、食うつもりか!?」



「それで、買った食材が生きてる可能性は少ないよね?」



「もう殺されてるかも、ってか?」


 リアンはその言葉を聞いてカラッカラの乾いた笑みで冗談っぽくそう問いかける。


「否定は出来ない。」


「ヤベーじゃん!!」


「だから急いでる。」


 いちいちリアクションの大きなリアンをノアもこの時ばかりは鬱陶しく感じる。




「⋯⋯っ、いました!!」



 先頭を走っていたトールが声を上げて立ち止まると、ひたすら木々が生えているだけの密林を抜けてひらけた場所に出る。



「攫われたのはあいつか⋯⋯って、あいつら囲まれてやがる。」



 その奥にはレイチェルとマリーナの二人が、意識を失って横たわる一人の冒険者を守るように魔物と戦っている姿が見えた。



「助けに行こう。」



「⋯⋯マジで?」



「ええ⋯⋯総員、突撃!!」


 トールがリアンの問いに短く答えると、そのリアクションを取らせる前に出撃の命令を出す。



「「「はい!!」」」



『——風の刃よ⋯⋯。』


 魔物の群れに突撃する冒険者達の後ろで、既にノアも魔法を撃つ体制を整え始める。



「ちっ⋯⋯少しは躊躇えよ!!」



(俺は戦闘じゃ役に立たねえ⋯⋯⋯⋯なら!)



 あまりの切り替えの速さに、戸惑いながらリアン自身も下り坂の道を大きく旋回しながら自らの出来ることを探して周囲を見渡す。




「出来ることをやってやらぁ!!」



 魔物の死角となる方向に立つと、そのままレイチェル達に守られる冒険者に向かって真っ直ぐ走り出す。



『燃えよ!!』


『切り裂け!!』


 同時にトールとノアの魔法が魔物たちを襲う。



「どわっ⋯⋯⋯⋯へっ、届いた!!」



 二つの魔法に吹き飛ばされながらも、魔物たちの視線が釘付けになった瞬間、その間をすり抜けるようにして中心にいる冒険者の横にまでたどり着く。



「⋯⋯っ、リアン!」



「⋯⋯よし、息はある。後はこのまま⋯⋯⋯⋯。」



 即座にその冒険者を抱え上げると、かすかだが確かに生きていることを確認してホッとため息をつく。



「リアンさん危ない!!」



 直後、トールの声を聞いて背後を振り向くと、魔物一匹がリアンに向かって牙を突き立てて来ているのが見えた。



「⋯⋯やばっ⋯⋯⋯⋯!?」



『切り刻め!』


 咄嗟に防御の体制をとると、魔物の身体は風の魔法によって真っ二つに引き裂かれる。



「⋯⋯悪い、助かった。」



 魔法を放ちながら自らの横まで走り寄ってくるノアにリアンはため息混じりそう呟く。



「大丈、夫っ!!」



 ノアはリアンの言葉に返事をしながら、次々と魔物を迎撃していく。


 が、魔法を使うたびにノアの顔色が徐々に悪くなっていく。


 が、そうなるのも当然であった。


 普段からほとんど使っていない魔法を、かなりの高出力で、連発で使えば、当然すぐに魔力は切れる。



「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯うっ!?」



「どうしたノア!?」



「ごめん、ガス欠っぽい⋯⋯。」


 ついに限界を迎えたのか、ノアはフラリと力なくその場に崩れ落ちる。



「ガアッ⋯⋯!!」



「ちぃ⋯⋯⋯⋯ぶっ、ゴホッ、ゴホッ!?」



 迎撃する風の魔法の力も落ち始め、とうとうその場にうずくまって動かなくなってしまう。



「お、おい!!大丈夫かよ!?」



「あんまり、大丈夫、じゃ、ないかも⋯⋯。」



 ノアは正直にそう答える。



「ガアアアアアァァァァ!!」



「くっそ⋯⋯誰かっ!!」


 動けなくなったノアの横でそう叫ぶ。



「——づぉぉぉらぁっ!!」



 次の瞬間、荒々しい叫びと共に魔物はドゴォ、と鈍い音を立てて十メートル程遠くに吹き飛ばされる。


「⋯⋯んなっ!?」


 リアンは思わず目を見開くと、今度は目の前にマリーナがいつもなら絶対に見せない真剣な表情で立ち尽くしていた。



「⋯⋯ノアさん、無茶し過ぎっス。」



「ごめん⋯⋯。」


 いつも通りの口調ではあるが、いつもと比べて抑揚のない声色を聞いて、ノアは下を向きながら小さくそう呟く。



「マリーナ、助かったよ⋯⋯。」



 リアンは安堵のため息をつくが、二人の表情は一向に良くはならなかった。



「いいえ、全然助かってねえっス⋯⋯。」



「うん⋯⋯また囲まれちゃった。」


 事態は全く好転していなかった、むしろ先ほどの状況に逆戻りしていた。



「⋯⋯まじかよ。」



(どうする⋯⋯ノアはもう限界、俺は契約魔法以外役立たず、かといってマリーナ一人で三人守りながら戦うのは無理がある。)



 レイチェルの方を向くが、彼女は彼女で囲まれながらも一人で立ち回っていて、こちらに意識を割く余裕があるようにも見えなかった。



「何かっ、何かないか⋯⋯!?」



(契約魔法⋯⋯⋯⋯俺の身体能力と魔力じゃ、いくらマリーナ上乗せしたって誤差程度の違いしか⋯⋯⋯⋯っ!)



 リアンの魔法の恩恵を最も得られるのはノアのような魔法や魔力を扱う上で何かしらの欠陥を持っている者であり、マリーナのように元から高い戦闘能力を有する者に対してはあまり効果のないという弱点があったのである。



「⋯⋯⋯⋯いや、もしかしたら⋯⋯。」



 リアンは森に入る前のマリーナの発言を思い出す。



(魔法の展開が苦手で⋯⋯身体から離れるほど魔法の形を保つことができなくなっちゃう⋯⋯。)



「なら、うまくいけば⋯⋯。」



「⋯⋯マリーナ!!」


 そこまで思考をまとめると、拳を構えて魔物たちを牽制するマリーナの背中に軽く手で触れる。



「⋯⋯っ、これって⋯⋯!?」



「一か八かだ!やるぞ!!」


 背中に浮かび上がった紋章を見てマリーナは戸惑いの声を上げる。



「い、いいんスか!?」



「背に腹は変えられねえ!いくぞ!!」


 慌てて問いかけるマリーナの言葉を食い気味に遮ると、リアンは覚悟を決めて術式を展開する。



『俺の力貸してやる!だから、こいつら全員ブッ飛ばせ!』




『⋯⋯おいっサー!!』


 それはいつも通りの返事、マリーナだけが使うその聞き慣れた返事の直後、彼女の身体は黄金色の光を帯び始める。





次回の更新は三月十一日になります。

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