不安と恐怖とその他諸々
——冒険者としての初仕事
いつかは来ることがあると予想していたが、その始まりが唐突過ぎたためか、気持ちの整理に時間がかかる。
そんなリアンの葛藤など気にする事なくオリヴィアは手に持った書類を読み上げる。
「一連の魔物の異常発生、及び特殊個体の発生についての考察。」
「特殊個体⋯⋯?」
ごちゃごちゃと余計な思考が入り乱れる脳内は聞きなれない単語に敏感に反応する。
「まあ、聞いておれ。」
「あ、ああ⋯⋯。」
いきなり出鼻を挫かれたオリヴィアは殺意にも似た視線を向けてリアンを牽制する。
「特殊個体への考察。本来偶発的に起こるはずのモンスターの変質が、今年に入って計十二体ほど発見されている。」
そもそも特殊個体というものを知らないリアンにとって、十二体という数字が多いのか少ないのかなど分かるわけもなかった。
「硬質化するスライムを筆頭に、今回見られたいずれの性質変化もごく稀ではあるが自然で発生可能であることは確認済みではあるが、その発生率はすでに例年の六倍を超えており、議会当局としても看破できぬ状態にあると言える。」
自身もよく知っている事例が上がる事でようやく自らの疑問が解消される。
「また、都市部に頻繁に訪れるようになった魔物の大群も同様であり、一般市民や冒険者の被害も例年よりはるかに多い数値となっている。」
明確な数字はなくとも、はるかに多いと聞くと流石に背中にゾッと冷たいものを感じる。
「以上二件の問題について技術開発局に原因の調査を依頼したところ、いずれの事例も魔法的存在の影響を受けていると推測された。」
「魔法的存在?なんだそれ。」
「魔法を使う魔物か魔法使いの人間か、とにかく魔力を帯びた生物って認識でいいと思う。」
再び知らない単語を耳にして、問いかけを続けると今度は沈黙を貫いていたノアが説明を始める。
「特殊個体については魔法の影響を強く受けたのが原因って事ッスか?」
「という事らしい。」
リアンやノアの会話を聞いて、今度はマリーナが手を挙げて質問する。
「じゃあ大量発生の方の理由はなんなのよ?」
「そちらの方は更に直接的じゃ。」
「住処を追い出された、とかか?」
直接的、と聞いてリアンはハッと脳内に浮かんだ答えを口に出す。
「正解じゃ。冴えておるの。」
普通に言えば絶賛の部類に入るが、オリヴィアのまるで幼児を褒めるような態度にリアンは逆にほんの少しだけ顔を顰める。
「つまりはあの魔物の軍勢が尻尾を巻いて逃げる程のなにかが周辺の魔物の住処を襲っておるという事じゃ。」
「メチャクチャ強くて、魔法かそれに近い何かを使う魔物⋯⋯⋯⋯ドラゴンとかかしら?」
首を傾げながら問いかけるその仕草は可愛らしさすら感じるが、リアンにはその内容のおかげで全て台無しになっていた。
「怖えこと言うなよ⋯⋯。」
平然と、整然と話を進めていく女たちの中で、一人ビクビクと震え上がる姿は滑稽にも見えてしまう。
「残念じゃが、充分あり得るの。」
「ま、待てよ⋯⋯つーことはまさか依頼って⋯⋯。」
リアンはその言葉を聞いて、ようやく何かに勘づき始める。
「もう一枚の紙に書いておる。」
四人はすぐさま机の上に投げ出されたままの方の紙を手に取る。
「⋯⋯依頼状、今回問題になっている都市部への魔物の異常発生の原因となる魔法的存在の探索と排除。」
一番最後に紙を手に取ったノアが自らの確認も兼ねてその内容を読み上げる。
が、そんなことはもはやその場の全員が予想できていた。
「排除ってなに!?戦うの!?無理だよ!?」
その中で唯一心の準備が出来ていなかった男はオリヴィアの顔を見てくどいくらいにそう叫ぶ。
「議会としては討伐が好ましいようじゃが、開発局としては捕獲がベストだそうじゃ。」
「もっと無理!!」
リアンは半ばヤケになりながらそう叫ぶ。
「なお今回は〝フェンリルナイツ〟〝ドラゴスパーダ〟との合同依頼となっておる。」
「てことは競争ってことッスか?」
「はぁ!?無理じゃん。」
それを聞いてレイチェルはバンッと机を叩いて感情を露わにする。
「⋯⋯ドラゴスパーダって何?」
「この国の二大ギルドの一つだよ。この前私達に絡んできた人達が所属してるの。」
レイチェルのリアクションにリアンとノアの二人はピクリと肩を震わせて小声で会話をする。
「ああ、あの怖い奴か。」
リアンの脳内にはヤンキー風の青年の顔が思い浮かぶ。
「⋯⋯で、なんで無理なんだ?」
「フェンリルナイツは知っての通り擁立してる人数が多いから人海戦術が出来るし、ドラゴスパーダは少数だけど魔物討伐専門のギルドだからその辺のイロハがしっかりしてるの。」
「⋯⋯なるほど。」
そうなれば人数が少なく、かつポンコツ揃いであるこのギルドがその〝競争〟でまともに活躍出来るとは考え辛い。
「まぁ戦闘要員が五人しかいないギルドではその手の競争に弱いのは当然じゃな。」
「⋯⋯四人な?」
ちゃっかり自分が戦闘要員に入れられていることに訂正を求める。
「じゃが安心せい。先程の会議でフェンリルナイツから合同での捜索の打診があった。」
「つまり⋯⋯どうゆう事?」
半分ほど話の内容を理解できていなかったリアンはとうとう意味が分からなくなり、手をあげる。
「競争ではなく協力することになったという訳じゃ。当然報酬も山分けになるが。」
「はぁ⋯⋯なんかモチベーション上がんないわ。」
「⋯⋯で、いつ開始なんだ?」
途端にやる気をなくすレイチェルとは対照的に、リアンは面倒くさがりながらも仕事の話を進めていく。
「探索は既に始まっておる。が、貴様らは明日からじゃ。各自準備を整えておくように。」
——そして翌日
「⋯⋯で、来たわけですが。」
リアンたち四人はいつもより二時間ほど早く朝食を済ませた後、すぐさまギルドハウスを出てこの日の仕事場へと到着していた。
「⋯⋯なによ?」
不機嫌そうなレイチェルを無視して目の前の鬱蒼とした森に目を向ける。
「やだなぁー。ここ入んのかよ。」
足元を這う虫や、木や葉っぱの青臭さが五感を通じて脳内へ情報として入って来るたび、嫌悪感が増してくる。
「不安ッスか?」
「スッゲー不安だ。」
顔を覗き込むマリーナの問いかけに、情けなく堂々と返事をする。
「初めてだし、仕方ないかも。」
「そっスね。」
「ふん、情けないわね。」
寛容に受け止める二人とは裏腹に、レイチェルはため息混じりに容赦なくそう言いきる。
「てめ⋯⋯。」
言い返そうとするが、何も言い返すこともないことに気付き鋭い目つきで歯ぎしりする。
「まあ、頑張りましょう?」
「おう⋯⋯って、なんだそのゴツいの?」
マリーナが親指を立てて合図を送ると、リアンは彼女の両手に付けられた巨大な鉄製の籠手を指差してそう問いかける。
「ああ、コレっスか?」
「マリーナは戦い方が特殊だから、そうやって霊装で補助してるの。」
リアンが説明を求める前に隣にいるノアが説明を始める。
「補助?」
「えっと、アタシ実は魔法の展開が苦手で、身体から離れるほど魔法の形を保つことができなくなっちゃうんス。」
「⋯⋯?言ってる意味が?」
説明を聞いてもイマイチ理解が出来ず、口を開けたまま首を傾げる。
「つまり、攻撃魔法も防御魔法も身体に密着するほど近くないと発動しないの。」
「だからアタシは魔法を体に纏わせて戦うんス。」
するとマリーナの拳に少しずつ風の流れができ始める。
「でもそれだとは戦うたびに反動で体を痛めちゃうからその籠手で拳を守ってるの。」
「結局ポンコツってことか?」
「そうとも言えないよ。」
リアンが結論を出そうとすると、ノアがそれに待ったをかける。
「⋯⋯⋯⋯?」
「マリーナ、見せてあげなさい。」
「おいっサー!」
何故か本人とは関係ないノアが得意げにそう言うと、マリーナはトテトテと踵を返して歩き出し、一本の太い木の前で立ち止まり。
そして躊躇いもなく、
「⋯⋯そいっ!!」
——拳を振る。
辺りに強烈な衝撃が響き渡る。
直後に、その木はメキメキと軽快な音を立てて砕けるように崩れ落ちていく。
崩れ落ちた木は地面に強く叩きつけられ、二度目の衝撃が周囲に響くと、リアンはそこで我にかえる。
「⋯⋯はぁ!?」
一瞬遅れて気の抜けた声を発する。
「こんな感じで元の身体能力の高さと合わせると、かなりの破壊力になるの。」
「へ、へぇ⋯⋯。」
目の前で起こった出来事を、まるで何事もなかったかのような扱いで会話を続ける少女に、違和感を覚えながら、なんとも言えない返事をする。
「遊んでないで行くわよ!相手も待ってるんだから!」
もう一人の女性も何事も無かったかのような扱いで不機嫌そうに三人に声をかける。
「「はーい。」」
ノアとマリーナは正反対の声色をハモらせて返事をする。
「ほら、行こ?」
「お、おう⋯⋯。」
(アイツだけは怒らせないようにしよ⋯⋯。)
上目遣いで問いかけてくる少女に手を引かれながら、リアンはまた一つ自らの心に恐怖と戒めを刻み込むのであった。
次回の更新は二月二十八日になります。