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冒険者ギルド〝アーク〟


——数日後


 まだ日が高く、街に活気が満ち溢れている頃、リアンは冒険者ギルド〝アーク〟のシェアハウスの一室で一人頭を抱えていた。



「⋯⋯⋯⋯引き受けるとは言ったものの⋯⋯コレはちょっとなぁ⋯⋯。」



 空っぽの部屋の真ん中に積み上げられた段ボールの山を見つめて深いため息をついていると、部屋の外からコンコンとノックの音が聞こえる。



「⋯⋯ん?どーぞー。」



「失礼しまっス。」



 返事を返すと、部屋のドアがゆっくりと開き、その隙間からボサボサ髪で褐色の肌をした少女がひょっこりと顔を出す。



「ん、えーっと、マリーナか⋯⋯?」



「はいっス。暇なので助けに来ましたっス。」


 リアンが思い出すように名前を呼ぶとマリーナは敬礼のポーズをとってニッコリと笑う。



「⋯⋯マリーナぁ〜。」



「⋯⋯?なんで泣いてるっスか?」



 涙目で歩み寄るリアンを見てマリーナは首を傾げてそう問いかける。



「だって誰も助けてくれねーんだよ⋯⋯。こっちは仕事関係の手続きとか、引っ越しとかでめちゃくちゃ疲れてんのに⋯⋯。」



 リアンはその場に膝をついてブツブツと愚痴を吐き続ける。



「まあ、レイチェルさんは最後まで反対してたし、ノアさんは外出中っスからね。」



 そんなリアンを見てマリーナは苦笑いを浮かべて返事を返す。



「⋯⋯あの読書女は?」



 初めてここに来た時からずっとソファの上で本を読んでいた黒髪の女性の顔を思い浮かべる。



「オリヴィアさんのことっスか?今日はアリシア様について行ってるっス。」



「あの女オリヴィアって言うのか。」



 何気に初めて聞くその名前にリアンはそう問いかける。



「はいっス、オリヴィアさんはアリシア様が外出する時は必ず護衛について行ってるっスから今日はほぼ一日中留守っスね。」



「あの女も案外ちゃんと仕事してんのな。」



 リアンは女性の態度や言動から、仕事に対してやる気を見せないタイプと思っていたが、それを聞いて考えを改める。



「普段はずっとソファの上から動かないっスけどね。」



(じゃあ、もしかしてこいつが一番しっかりしてるんじゃ⋯⋯?)



 露出の多い服装や軽い口調から連想されるワイルドな印象とは裏腹に、面倒見のいいマリーナを見て、リアンは再び考えを改める。



「⋯⋯まあいいや、とりあえずやるか。」




「おいっサー!」



 リアンがそう言うと、マリーナは再び敬礼しながらそう答える。


「おいっサー⋯⋯?」


 返ってきたヘンテコな返答にリアンは戸惑いを見せる。



「ああ、ラジャー的な意味っス。」



「なら、ラジャーでいいんじゃね?」



「気持ちの入り方が違うっス。」


 本人なりのこだわりなのか、全く気にすることなく首を傾げる。


「⋯⋯そうか、とりあえずベッド動かすから手伝ってくれ。」


 これ以上は無駄だと判断すると、早速作業に取り掛かる。


「じゃ、アタシはこっち持つっス。」


 それに同調してマリーナも同じように作業を始める。


「持ち上げるぞー。せーのっ⋯⋯。」








——数時間後



「——終わったっスね。」



 空になった段ボールを折りたたみながら、綺麗に整理された部屋を見渡して、マリーナは隣に立つリアンにそう問いかける。



「ううぅん⋯⋯疲れた。」



 リアンはそれを横目にそう呟くと、フラリとベッドに倒れこむ。



「でも一日で終わって良かったっスね。」



 マリーナは対照的に大した疲れを見せずにニッコリと笑ってそう言う。


「ああ、マジで助かったわ。ありがとな。お前が居なかったら明日まで続いてた。」


 うつ伏せになりながらマリーナに顔を向けると、ニッコリとはにかみながら礼を言う。



「いえいえ、お安い御用っス。」



 ニッコリと笑ってそう言うと、マリーナのお腹がキュルルと可愛い音で鳴る。



「⋯⋯⋯⋯っ!!」



 マリーナは顔を赤くして恥じらいながらお腹を抑える。


「そういや、そろそろ夜か⋯⋯。」


 マリーナのお腹の音に反応して時計を見ると、既に時刻は夕方になっていた。



「うぅ⋯⋯。」



 どうやらマリーナの基準では下着姿を見られるのは良くて、お腹の音を聞かれるのは駄目らしい。

 


「キッチン何処だ?なんか作ってやるよ。」



 ベッドから飛び起きると苦笑いでマリーナにそう問いかける。



「リアンさん料理できるっスか?」


「仕事でやってたからな、材料さえあれば基本なんでも作れるぞ。」


 マリーナが首を傾げてそう問いかけると、リアンは得意げにそう答える。


「おお、そりゃ凄いっスね!」


「まあな、じゃ案内してくれ。」


 得意げにそう答えると、リアンはマリーナにそう問いかける。



「はい、コッチっス。」



 案内されるがまま一階に降りると、マリーナは三つ並んだドアの一際大きい真ん中のドアを開ける。


 その先には更に廊下が続いており、マリーナはその突き当たりにある二つのドアのうちの左側のドアを開けると、そこには最新の設備の整った立派なキッチンがあった。




「——おお、めっちゃ広いのな。」




 キッチンにつくとまず最初にその広さに感嘆の声を上げる。

 そこは以前料理を作りに行った家のキッチンよりも広く、台所と言うよりかは厨房と言った方が正しいような広さであった。



「そっスね、基本設備は全部充実してるっス。まあ、一番凄いのはお風呂っスけど。」



「風呂?って、お前なんでエプロンしてんだ?」


 リアンが顔を向けると、既にマリーナがエプロンの後ろの紐を結んでいるところであった。


「お手伝いしようと思って。」



「マジか⋯⋯。」


 先程から何度もこの少女には第一印象を壊され続けている。



「⋯⋯⋯⋯?」


(⋯⋯全然イメージと違ったわ。)



 首を傾げるマリーナの横でそんなことを考えながら、再び薄着のエプロン姿に目を向ける。


「そんじゃ、何作るかな。⋯⋯材料は一通り揃ってるな。」


 業務用と思われる大きな冷蔵庫を開けるとリアンは一通り中身を確認していく。



「うーん⋯⋯なあマリーナ、あいつらなんか食えないもんとかあるか?」



 作るものが決まらず、消去法で選択肢を絞る事にした。



「レイチェルさんはニンジンが嫌いで、ノアさんはピーマンが苦手っス。」



「ガキかアイツらは⋯⋯。」



 頭を抱えて呆れ果てながらため息をついてそう呟く。



「はぁ⋯⋯そんじゃそれは、おいおい食わせるとして、今日はその辺は抜いとくか。」



「して、メニューは?」



 呆れるリアンの顔を覗き込みながら可愛らしい仕草でそう問いかける。



「肉野菜炒め、生野菜のサラダ、筑前煮、後は汁物を一品ってとこか?」


 一番最初ということもあって栄養バランスを考えたバリバリの和食を提案する。


「足りるっスかね?」


 マリーナは材料を眺めてメニューを小耳にそんなことを呟く。



「アイツらそんな食うのかよ!?」



「いや、それもあるんスけど、今日はアリシア様も来るらしいっスよ?」



 戸惑いの声に対して、マリーナは材料の方を指差してそう答える。



「それを先に言え⋯⋯マジか、メニュー変えるかな⋯⋯。」



 リアンは腕を組みながらため息をついてうなだれる。



「大丈夫っスよ、アリシア様も庶民的な料理は好きっスから。」



 ヘラヘラと軽い調子でそう答える。



「⋯⋯その言葉、信じるからな?」


「大丈夫っス!」



 苦笑いの問いかけにマリーナは自信満々に親指を立てる。



「じゃ、とりあえず野菜切るの手伝ってくれ。」


「おいっサー!」


 厨房に元気のいい返事が響き渡る。








 その夕方、リアンとマリーナが作った品を囲んで歓迎会が開かれていた。



「それでは、リアンさんの〝アーク〟加入を祝しまして⋯⋯。」




「「「「カンパーイ」」」」



 リアン、アリシア、ノア、マリーナの四人はジュースやお酒の入ったグラスを打ち鳴らす。



「⋯⋯乾杯。」



 それとは対照的に、レイチェルは不貞腐れながらグラスを前に出す。



「⋯⋯⋯⋯。」



 オリヴィアはそれを見てクスリと笑いながら赤いワインの入ったグラスを隣に座るリアンのグラスにぶつける。



「あむ⋯⋯⋯⋯うん、おいしい。」



「ええ、流石ですわ。」


 ノアとアリシアの二人は卓に並べられた料理を口にして好意的な感想を述べる。


「マジか、よかった〜。」


「これなら、雑用係として安心して任せられる。」


 リアンが椅子にもたれかかると、右隣に座るノアが黙々と食事に集中しながらそんなことを呟く。


「雑用係言うなコラ。」


「ふふ、それでは自己紹介でも致しましょうか。」


 そんなやりとりをしていると、リアンの正面に座るアリシアが両手を合わせてそう提案する。



「ああ、頼む。正直まだ名前うろ覚えなんだ。」



「では私から⋯⋯バビロン家現当主兼冒険者ギルド〝アーク〟のギルドマスター、アリシア・バビロンですわ。」



まず最初に代表のアリシアが立ち上がって元気よくそう言う。



「マリーナ・ジャスミンっス!」



「⋯⋯私はこの前自己紹介したからいいでしょ。ほら、次あんたよ。」



 次にマリーナ、その次にレイチェルがそっけなくそう言うと、レイチェルに促されてノアが口いっぱいに料理を含みながら短く答える。



「ん、ノア⋯⋯⋯⋯マーガレット。」



「飲み込んでから喋れ⋯⋯。」



「そして妾がオリヴィアじゃ、まあこんな個性的なメンツじゃが、よろしく頼むぞ。」



 そして最後に「読書女」ことオリヴィアが自ら挨拶をして締めくくる。



「ああ、こちらこそ。雇われたなら報酬分の仕事はするから、よろしくな。」



「⋯⋯そういえば俺の仕事って何をすれば良いんだ?」


 意気込んではみたものの、そういえば仕事内容の話はしていなかった。



「知っての通り冒険者稼業というのは扱いとしては民間の傭兵に近い立場です。」



「基本は街や国の自治体に依頼された魔物討伐がメインで、その次に多いのが要人警護、後は商人の護衛などと言ったところでしょうか。」



 アリシアは視線を上に移しながら可愛らしい仕草で一本一本指を立てて説明していく。



「先日の防衛戦のようなものも活躍によって報酬が入ったりする。私みたいに。」



 ちゃっかり自慢を入れながら、ノアは得意げに話を続ける。



「要はお城の兵士さんみたいな仕事ってことか?」


 そんなノアをガン無視してオリヴィアの方に視線を向ける。



「違うのは奴らは城と王族のみを守り、妾達は依頼があれば誰でも守るという事じゃ。」



「んじゃ、依頼の無い日は?」



 期待通りのしっかりとした回答を聞くと、今度は別の期待を込めて質問を繰り返す。



「基本は自由じゃが⋯⋯貴様は家事をやってもらうことになるな。」



「俺無休かよ⋯⋯。」


 予想はしていたが、よくよく考えたら休みの日はほとんど部屋の掃除くらいしかしていない事を思い出し、自分自身に軽く絶望する。


「た、たまには私が手伝うから安心して下さいっス!」


 マリーナはそんなリアンの思考など分かるはずもなく慌ててフォローを入れる。



「はぁ⋯⋯終わったならもう部屋に戻っていい?」



 話を終えるとレイチェルは不機嫌そうにその場から立ち上がる。



「⋯⋯おい。待てよ。」



「何よ。」


 リアンの言葉に、レイチェルは言われるがまま素直に立ち止まる。



「まだ残ってるぜ?」



 レイチェルの席を見ると、そこにはほとんど完食されている皿が残されていた。


 が、その皿には跳ね除けられたようにニンジンの山が残されていた。



「⋯⋯もういらない。ごちそうさま。」



「おいおい、食べ物は粗末にしちゃダメなんだぜ?ちゃんと完食してくれよ。」



 リアンはまるで子供に言い聞かせるようにわざとらしく笑みを浮かべて皿の上に乗った彼女の〝弱点ニンジン〟に目を向ける。



「だからいらないって⋯⋯。」



「ねぇ、アリシア様?」



「そうですわね。ちゃんと栄養バランスまで考えられているのですから、残すのはいけませんよ?」



 リアンの思惑など気付くはずもないアリシアはまるでお母さんにでもなったかのような態度で頬を膨らませながらレイチェルを叱りつける。



「で、でも⋯⋯。」



「ほら、アリシア様も言ってることだしよぉ〜?」


 徐々に表情が硬くなっていくレイチェルに対して、もはやケンカを売ってるに等しい態度でニヤニヤと下衆な笑みを浮かべ始める。



「⋯⋯⋯⋯〜〜!」



「⋯⋯⋯⋯うわぁ。」


 小さくそう呟いたのはマリーナであった。


 マリーナも当然気付いていた、気付いた上で彼の悪巧みに加担していたのであった。


 が、まさかここまで最低な手に出るとは思っていなかった。



(鬼畜っス⋯⋯。)



 涙目になりながらリアンを睨みつけるレイチェルと、それを飄々と受け流すリアンを見て、マリーナは思わず頬を引攣らせる。



 結局その日、レイチェルはリアンとアリシアに見守られながら完食までその天敵ニンジンと熱い戦いを繰り広げたのであった。


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