雇用『契約』
「——それで、なんでまた俺はここにいるんだ?」
戦闘を終えた〝アーク〟のメンバーとリアンはその後再びアリシアが待つシェアハウスへと戻ってきていた。
先程と同じようにソファに座らされるリアンは不満を顔に出しながら、問いかける。
「なんでって、まだ話は終わってませんから。」
「だから断るって言ったじゃないですか。」
ニッコリと笑って答えるアリシアを見てため息混じりに答える。
「ええ、ですから交渉をしようと思いまして。」
「なんと言われようとも冒険者になんてなりませんからね。」
諦める様子を見せないアリシアに、リアンは呆れながらため息混じりでそう答える。
「まず貴方の仕事は基本的に住み込みのハウスキーパーをやって頂きます。」
「⋯⋯要は家事や料理の世話をしてれはいいんですか?」
予想していた内容と異なっていたため、リアンはほんの少しだけ食いついてみせる。
「はい、それで戦闘時は彼女達のサポートをしてもらいます。」
「それが嫌なんですけどー?」
付け加えられたもう一つの仕事内容を笑顔で拒絶する。
「やる事はサポートだけじゃ、最前線ならともかく、一番後ろにいれば危険はそうそう無い。」
「そんな戦闘員いるか?邪魔なだけだろ。」
それを聞いてリアンは自分の言葉に傷つきながら、苦笑いで問いかける。
「⋯⋯やれやれ、貴様はさっきの戦場で何を見てきたのじゃ。」
「どうゆう事だよ?」
ため息混じりの問いかけに、リアンは露骨に不快な表情を浮かべて問い返す。
「貴様は契約魔法だけ使っていれば良いのじゃ。」
「このギルドはの、他のギルドに入れなかった者の集まりで出来ているのじゃ。」
「⋯⋯⋯⋯。」
女性は言いづらそうなことを臆面もなくペラペラと話し出す。
「レイチェルは類い稀なる剣の実力がありながら、一切の魔法が使えず。」
「ノアは高い魔力、魔力操作、魔法の知識がありながら、発動した魔法を操る事が出来ず。」
「マリーナは高い身体能力を有していながら、同じく魔法の展開を苦手としている。」
三人は自らのことを言われると気まずそうに各々黙って目を逸らす。
「各々弱点さえ無けれ此奴らは超一流の実力者と呼ばれていてもおかしく無いのじゃ。」
「そして、貴方ならばその弱点を解消できますわよね?」
女性が説明を終えると、アリシアはニコリと笑って首を傾げる。
「そりゃ、まぁ⋯⋯。」
(言いたい事は分かるけど⋯⋯。)
吐き出そうとする言葉を飲み込むと、口をつぐむ。
「やっぱ無理です。俺は別に冒険者になりたい訳でも自分を変えたい訳でも無いんで。」
「⋯⋯本人が嫌と言うなら無理です。もう諦めましょう。ね?」
俯きながらリアンがそう答えると、レイチェルはその言葉を追うようにアリシアを説得する。
「⋯⋯でも私は居て欲しい。」
「ちょ、ノア!」
自分とは真逆の意見を述べるノアに、レイチェルは摑みかかる。
「だって私⋯⋯ずっと魔法が使えなかったから⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
目を伏せてそう答える姿を見て、レイチェルは自らにそれを重ねてしまい、何も言えなくなってしまう。
「私も足手まといじゃ無くなるなら、いて欲しい。」
「アタシはどっちでもいいっス!」
「⋯⋯ならば仕方ないのう。」
ノアの意見を聞き届けると、女性は深いため息をついて脱力状態からしっかりとした体制に座りなおす。
「そうですわね⋯⋯。マリーナさん。」
アリシアも同様にため息をつくと、マリーナに声をかける。
「ハイっス!よいしょっと。」
マリーナは声に反応すると、部屋の奥から一つのアタッシュケースを取り出してテーブルの上に置く。
「なんですかコレ?」
「この中には一億五千万ゴルドン入っています。」
「「「い、一億!?」」」
リアンとレイチェルだけでなく、実際に運び込んだマリーナも一緒に驚愕の声を上げる。
「と、五千万⋯⋯。」
一歩遅れてノアが訂正を入れる。
「ちょっと失礼⋯⋯⋯⋯マジじゃん⋯⋯。」
レイチェルがアタッシュケースを開けると、中には札束が隙間なくぎっしりと敷き詰められていた。
「どうやってこんな大金を⋯⋯。」
「ついさっき、バビロン家の財力を結集させて集めました。」
震えた声で放たれる問いかけに、笑顔でそう答える。
「さっき、って三十分くらいしか経ってねえよ⋯⋯。」
「貴方が〝アーク〟に入って頂けるなら、こちらのお金、全て差し上げますわ。」
ツッコミを無視してアリシアは言葉を続ける。
「こ、こんなポンコツにそんな大金をですか!?絶対勿体無いですよ!!」
「一言多いんだよ⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
絶叫しながら暴言を吐くレイチェルにリアンは小さく愚痴をこぼすと、そのまま黙り込んでしまう。
「やっぱり⋯⋯⋯⋯ダメですか?」
「⋯⋯⋯⋯。」
気まずそうに首をかしげるアリシアに答えることもできず、ただただ俯いて頭を抱える。
「はぁ⋯⋯何をそんなに迷っておる、命の危険はほとんどない、金も出す、まだ何か不満か?」
「⋯⋯別に、あまりに準備が良すぎて、ちょっと不安なだけだよ。」
呆れた表情を浮かべる女性に対して、苦々しい表情でそう答える。
「⋯⋯此奴らはの、弱いながらも、各々なりに工夫して冒険者として生きてきたのじゃ。」
ため息の後、女性はそう言って三人に目を向ける。
「⋯⋯⋯⋯。」
「貴様がいてプラスになる事はあれど、マイナスになる事は無いじゃろう。」
「⋯⋯っ!」
女性のその発言にリアンは強く反応する。
「貴様が助けてやるのじゃ。」
「⋯⋯見透かしたような事言いやがって。」
女性が真剣な表情で問いかけると、リアンは対照的に苦笑いを浮かべてそう答える。
「さあ、なんのことやら。」
それを見て女性自身もニヤニヤと嘲笑うような笑みを浮かべる。
「はぁ⋯⋯分かった、乗ってやるよ。」
「弱小魔法使いリアン、冒険者ギルド〝アーク〟専属家政夫、引き受けてやるよ!」
鋭い目つきでアリシアの目を見据えると、アタッシュケースに手をかけてそう答える。




