エピローグ
エピローグ
八月十七日、午後二時。都内、某総合病院。
「お前ら、退院するとかずるかぞ」
ベッドに寝ている恭也が五人を睨む。彼の右膝はしっかりと固定され、吊るされていた。
「仕方ないじゃん。だって、僕たち、恭也と違って大きな怪我なんてなかったんだから。検査に異常がないって分かったから、いつでも退院していいんだってさ」
豊は、自分の荷物が入ったバッグを揺すって見せた。
「でも、明日には、竹田君も地元の病院に移るんだろう?」
レオがそう尋ねる。
「あぁ。やっぱり家が近くなかと、何かと不便やけんな」
恭也は頷いた。
「ねぇ、次に皆と会えるのは、いつになるのかな?」
亜依が恭也にちらりと目をやる。
「亜依ちゃんの場合は、皆と会えるんがいつか、やなくて、恭ちゃんと会えるんはいつになるか、やろ?」
千鶴が茶化すと、亜依は、
「……もう」
と、むくれて見せた。
「まぁ、すぐに会えるやろ。夏休みもまだ残っとるとやけん。あ、でも、俺は無理やな。この足やもん」
恭也は、吊るされている右足を忌々しそうに揺すって見せた。
「じゃあ、皆で福岡に行くってのは?」
そんな提案を亜依がする。
それに千鶴が乗っかった。
「賛成! ウチ、本場のとんこつラーメン、食べたかってん」
「それって、目的が違うじゃん」
豊の言葉に、そこにいる全員が笑った。
弾けるような声が上がり、暫くすると、また静かになった。
深深とした室内に、
「……何だが、夢を見ていたみたいだったよ」
と、豊の呟きが響いた。
「本当に夢やったらよかった。ばってん、黒崎や澪さん、『MC』たちももうおらん」
俯き、恭也が唇をかみしめる。
そこに、そっと千鶴が告げた。
「そない悔しいんやったら、復讐する? ……できるで」
「ん?」
顔を上げて見た千鶴の手には、一枚のメモリーカードが握られていた。
「これな、国会議事堂の御休所でクーちゃんから渡されててん。中には『MC』計画の証拠が入ってるらしいわ」
彼女は、メモリーカードを恭也に手渡しながら続けた。
「その中身をマスコミにリークすれば、今の内閣、潰せるで」
「……」
恭也は、黙ってメモリーカードを見つめた。
だが、すぐに、
「いや、いらん」
と、千鶴にそれを投げ返した。
「ほんまに、いらんの?」
千鶴は、メモリーカードを恭也の目の前でこれ見よがしに振って見せた。
「あぁ、いらん。だって、そげんなことしても黒崎が喜ぶとは思えんけんな」
「へぇ。何だか、今日の恭ちゃん、男前に見えるわ」
千鶴が感心したような声を上げた。
「何ば言いよるや。俺はいつでん、男前たい」
恭也は笑ってそう答えたが、急にそれを真顔に戻すと千鶴に頼んだ。
「あ、ばってん、それ、一応保管しとってくれんね?」
「え? 別にえぇけど、何で?」
「もし、国が第二の『MC』を作ろうなんて考えた時には、容赦なくそれば使おうっち思ってな」
「切り札、やな?」
「あぁ。出さんですむならそれに越したことはなか、切り札たい」
二人の会話が終わったのを見計らい、清次郎が口を開いた。
「恭也」
「何や? おっさん」
「足、早く治せよ」
「あぁ」
「オラ、剣道のルール、勉強しながら待ってるからな」
そう言って、清次郎は右のこぶしを突き出した。恭也も、それに自分のこぶしを合わせた。
「そしたら、またな」
最後にひと言だけ残すと、清次郎は五人に軽く手を上げて病室を出て行った。
その後、ひとり、またひとりと、それぞれの家へと帰って行った。
最後に亜依が、
「すぐに会えるよね」
を何度も繰り返しながら、名残惜しそうに病室を出て行った。
ひとり残された恭也はベッドに横になると、ゆっくりとその瞳を閉じた。
やがて眠気が訪れ、彼の全身を包みこむ。
まどろみの中で恭也は、竹刀を手に微笑む黒崎の夢を見ていた。
ご訪問いただき、ありがとうございました。直井 倖之進です。
以上で『MC』完結となります。
本作、完成してから既に10年(令和2年時点)が経っていますから、街の様子や登場人物の会話が些か古くなってしまいました。小説家になろうさんを知らずに生活していたら、恐らく、私自身、読み返しさえしなかった作品だろうと思います。
小説が古くなるということは、換言すれば、現実世界が新しくなった、つまりは、前に進んだということでして、当時、私が危惧し、この作品にこめていた心情も、今では社会の変化とともに軽くなりました。千鶴の祖父の言葉、「この国の子供たちには、まだ期待できる」が、10年という実際の時の流れとともに現実味を帯びてきました。
「虹色に輝く、大輪の、夢の花」
今、この駄文をお読みくださっている皆さんにも、それぞれに夢がおありのことだと存じます。
先ずは、その根をしっかりと。
そして、いつの日かその夢が、虹色に輝き、大輪の花を咲かせますことを祈っております。
もちろん、私も、既に齢44(令和2年時点)となり、幹や枝があちこち傷ついてはいますが、それでも、まだまだ頑張っていこうと思っています。




