第六章 『明かされる真実』⑧
二十分後。六人の子供たちと黒崎、澪は、潜水艇を離れ、巡視船“さつま”に乗船していた。施設爆破までの残り時間は、十分。時刻は、午後九時二十分である。
『MC』研究施設で起爆装置を見つけてから潜水艇で脱出、“さつま”に乗りこむまで。時間としては、十五分ほどしかかからなかった。レオが言っていたように、三十分という時間設定は長すぎたというわけだ。
現在、巡視船は、『MC』研究施設のある島から距離を置いた海上で停船している。乗組員は全員甲板に出て、事の顛末を見守っている状況だ。六人の子供たちと黒崎も黙ってそちらへと目を向けている。
そのような中、澪が密かに吉川長官と接触していた。
「質問があるのですが……」
澪が静かな眼差しを吉川長官へと向ける。
「何だね?」
「爆破のために『MC』が使用するのは、施設内に保管してあった十キログラムのTNT火薬でしょうか?」
TNT火薬は、既に『MC』が持ち出してしまっている。そのため、今、施設内にあるのは、奥多摩から盗み出された花火大会用の火薬だけだ。
しかし、困ったことに吉川長官、TNT火薬のことは伏せるよう、韮沢総理より命じられている。
彼は、動揺を隠しながら答えた。
「他に何がある?」
「私も、TNT火薬以外に思い至りません。ですが、それだと施設爆破は不可能なのです」
澪は悩んでいる表情を見せた。
「何故、そう考えるんだ?」
「TNT火薬は、直接導火線やブリッジワイヤーをつないでも爆発しません。雷管を埋めこみ、その起爆を利用して誘爆させるのです」
「そんなことは知っている。簡単な熱や振動で爆発しないからこそ、『MC』研究施設で保管できていたのだ」
「では、あの施設で、TNT火薬をどうやって爆発させるのですか?」
「それは、施設内からの電流で起爆装置を通じて雷管を……」
そう言いかけて吉川長官は、はっとしたようにその口を閉じた。
「お気づきになられたようですね。そのとおりです。現在、『MC』研究施設にあるのは、予備電源の一部だけ。綾乃瀬さんの話では、起爆装置からの配線は少なくとも数十はあったということでした。つまり、数十の雷管を一度に起爆させる電力が必要になるのです。施設に残された一部の予備電源のみで、それを補うことは不可能です」
「……」
返す言葉が見つからず、吉川長官は口を閉ざした。
「研究施設に火薬を仕掛けたのは、恐らくクイーンでしょう。SWATと同等の火器知識を持つ彼女が、そのような初歩的ミスを犯すとは考えられません。吉川長官、真実を教えてください。施設爆破に使われる火薬は、本当は何なのですか?」
「……分かった。話そう」
観念したように吉川長官はそう言った。
「お願いします」
「現在、研究施設に仕掛けられているのは、花火大会で使用される予定だった火薬だ」
「花火大会用の、ですか?」
「そうだ。TNT火薬と比べれば威力は落ちるが、それでも施設を完全に破壊してしまうことは可能だろう。それに、導火線で点火できるため、少量の電力であっても爆発させることができる。そこにTNT火薬を誘爆させ、更なる被害を与えるという計算なのだろう」
「なるほど。確かに、それならば可能です」
澪は頷いた。
「さて、そろそろ時間だ。荻原君、君が十五年間生活していた『MC』研究施設の最後の姿だ。その目にしかと焼きつけておくといい」
吉川長官は視線を澪から島へと移した。
澪もそれに倣う。
島は、その淡く黒い形状だけを凪いだ夜の海に浮かばせていた。
午後九時三十分。
甲板を震わすほどの轟音が、六人の耳に届いた。
……だが、
「あ、“あれ”は!」
豊が指差したのは、島ではなくその上、上空だった。
「……花火」
“あれ”の名を千鶴が言葉にした。
夜空に大輪の花を咲かせている“あれ”は、間違いなく打ち上げ花火だった。
「ど、どういうことや?」
恭也が呆けたような声を出す。
「綺麗」
彼の隣でそう亜依が呟いた。
「やられたな」
「うん。完全に、踊らされたね」
小さく笑う清次郎と一緒に、レオも苦笑いを浮かべた。
僅か十秒ほどの間に数十の打ち上げ花火は、轟音とともに夜空に煌めき、そして、消えていった。
海上は、元の静けさを取り戻した。
「レオ、これはどういうことや?」
わけが分からないといった顔で、恭也がレオに説明を求めた。
「僕たちが見つけた起爆装置は、爆弾を爆発させるためのものじゃなかったんだ。あれは、打ち上げ花火の導火線に点火する、いわば、着火装置だったってわけさ」
「何で、そげんなことを……」
「花火を打ち上げた理由は僕にも分からないよ。でも、ひとつだけ言えるのは、彼らは遊んでいるってことだ。僕たちを、いや、国を相手にして、ね」
「これは、国を相手にした遊び?」
「そう。しかも、その遊びに、『MC』は命を懸けている。正直、理解に苦しむし、理解できないだけに行動も読めない。厄介だよ」
「厄介だ」そう言いながらも、レオは笑っていた。
二人の会話を聞いていた清次郎がしみじみと呟いた。
「確かによく分がらねぇけど、面白れぇ奴らだじゃ。会ってみてぇなぁ、『MC』に……」
「会えるさ。だって僕たちは、彼らと会うために選ばれた六人なんだから」
そうレオが言ったその時、六人の前に吉川長官がやってきた。その顔からは、張り詰めた緊張が滲み出ている。何かあったことは明白だった。
六人の視線が向けられる中、吉川長官は告げた。
「たった今、『MC』の新しい移動先が判明した」
「そこに行くまでに、また消えてしまうっちゃなかとね?」
恭也が小馬鹿にしたような目を向ける。
だが、至って冷静に吉川長官は返した。
「いや、今度は大丈夫だ。絶対に逃げられない場所に、彼らは自らの意思で入りこんだのだからな」
「どこですか?」
そう問うレオに、吉川長官は答えた。
「国会議事堂だ」




