第六章 『明かされる真実』⑦
部屋を覗いた恭也の口から飛び出した最初の言葉は、
「……実験室?」
だった。
確かに、「この部屋に名称をつけるとすれば他にない」と言ってよいほど、それは適切な表現だった。
恐るおそる室内へと足を踏み入れ、六人は周りを見回した。
先ず目を引いたのは、部屋の中央に設置された手術台のような硬質なベッドだった。その横には、産婦人科で使われる診察台らしきものもある。恭也が実験室だと考えたのは、これらの設備を目に留めたからだった。
ドアから見て右手奥には、大きなテーブルの上に置かれた六台のモニターと数台のパソコン。しかし、別の部屋で見た十数台と同様、全て壊されていた。
また、テーブルの隣には天井まで届くほどの大きな箱型の機械があるが、これも電源が断たれていた。
「あーあ、目茶苦茶だぁ」
パソコンのほうへと歩きながら豊が言った。
「全部、動かねぇのけ?」
「もし、壊れていないのなら一台拝借」そう思っていた清次郎が、豊の隣で尋ねる。
「残念だけど、修復不可能だね。完全に鉄クズだよ」
「勿体ねぇなぁ」
清次郎は、残念そうにパソコンを見下ろした。
「いや、そっちは大したことないよ。本当に勿体ないのは、こっちさ」
豊が指差したのは、大きな箱型の機械のほうだった。
「これが?」
コン、コン、と機械を叩き、清次郎が不思議そうな顔をする。
「それは、HPCだ」
「エイチ、ピー、シー?」
横文字に弱い清次郎は、ぎこちなく繰り返した。
「そう。HPCは、ハイパフォーマンスコンピュータの略で、一般的な名称は、スーパーコンピュータ。聞いたことない?」
「ない」
清次郎はきっぱりと答えた。
「そっか。まぁ、簡単に説明すると、スーパーコンピュータってのは、超高性能な計算機のことなんだ。一般的なコンピュータの千倍以上の速度で四則演算を行うものをそう呼んでいる。スーパーコンピュータが利用されている分野は多種多様で、例えば、気象予測や株価予測、銀河形成や核融合のシミュレーション。あとは、バイオインフォマティクスとか……」
「バイオ、イン……って、何や?」
二人の会話を聞いていた恭也が横から口を挟んだ。
すると、
「バイオインフォマティクスは、生物情報学のことだよ」
部屋の中央から声が返ってきた。答えたのは、手術台のようなベッドを調べていたレオだ。
「生物情報学での代表的な研究、ヒトゲノム解析の際にもスーパーコンピュータが使われたんだ」
そう彼は補足した。
「ふーん。なるほど、なるほど」
そう頷きながら恭也は、少しずつその場から離れて行った。聞いてはみたものの興味のない話だったため、会話から逃げ出そうと考えたのだ。
そろりそろりと歩き続け、彼はそのまま部屋の左端まで辿り着いた。スーパーコンピュータが置いてある場所とは真反対、入り口から見て左奥である。
そこでは、千鶴と亜依が興味深そうに何かを見つめていた。
「何か面白かもんでも見つけたね?」
恭也が亜依に声をかけた。
「あ、恭也君。ねぇ、これ、何だと思う?」
彼女が示したのは、高さ一メートル、幅四十センチメートルほどの楕円形の透明なカプセルだった。カプセルは等間隔で六つ並んでいるが、どれも割り砕かれていた。
他ならぬ亜依からの質問に、恭也は明確な答えを出そうと知恵を絞った。
だが、彼女に分からないことが自分に分かるはずもなく、カプセルを見つめたまま考えこむしかなかった。
やがて業を煮やした千鶴が、
「なぁ、レオ君。見て欲しいものがあんねんけど……」
と、部屋の中央にいるレオを呼んだ。
すぐにレオはやってきた。様子を見ていた豊と清次郎もその場に駆け寄り、結果、六人全員が楕円形のカプセルの前に集まった。
「これやねんけど、何か分かる?」
亜依が恭也にしたのと同じ問いを、千鶴がレオにする。
「……」
レオは暫く黙ってカプセルを見ていたが、急に何かに気づいた様子で壊れたパソコンがあるほうに目を向けた。それから、部屋の中央にある診察台にその瞳を動かし、最後に、答えを待つ五人へと視線を戻した。
「恐らく、なんだけど……」
そう前置きして、レオは予想を口にした。
「ここで行われていたのは、バイオロジーの研究だと思う」
「バイオロジーって、生物学?」
和訳する亜依に、レオは頷いて見せた。
「そう。ここにある六つのカプセルは、向こうの六台のモニターで監視され、その過程はパソコンへと記録されていたんだ。スーパーコンピュータは、カプセル内生命体の成長分析、若しくは、それ以前の遺伝子解析段階で使われていたんだと思う」
「生命体? じゃあ、これには生物が入っていたってこと?」
豊がカプセルを覗きこむ。
「多分ね」
「どんな生物が?」
「国が隠している“何か”がこのカプセルの中身だと考えると、それは、ヒトだ」
「ヒ、ヒト」
レオの答えに、豊は声を震わせた。
「あぁ。カプセルに入っていたのは、恐らく胎児だと思う。そして、その胎児は成長し、今では……」
――ピー、ピー、ピー――
レオの話の途中で、突然、耳慣れない警報音が室内に響いた。
「え、何? 何の音?」
豊がきょろきょろと周囲を見回す。
完全に油断していた六人に、緊張が走った。
「落ち着いて。先ずは、音が鳴っている場所を見つけ出すんだ」
レオの声を切っ掛けにして、五人は、弾かれたように散らばり、それを探し始めた。
警報音は、すぐ近くから聞こえているようだ。
程無くして、清次郎が部屋の隅でそれを見つけた。
「……あったぞ」
すぐに発見できたことは手柄であるはずなのに、何故かその声は暗い。
五人が周りに集まってきたのを確認すると、清次郎は、今も警報音を発している物体を黙って指で示した。
それは、緑色の液晶の数字が光る黒い箱だった。
箱は、部屋の壁から数センチメートル離れた場所に設置されていた。壁との隙間を覗くと、箱から伸びた無数の配線が壁の中へと入りこんでいるのが見えた。
「これは……」
思わずそう口にした豊だけでなく他の四人も、清次郎の声が暗かった理由を理解した。
「……起爆装置だ」
豊が言葉をつなぐと同時に、緑色の数字はカウントダウンを始めた。
残り時間が、三十分から二十九分五十九秒、五十八秒と減っていく。
「こ、これ、本物なんかな?」
声を上擦らせる千鶴に、
「船で見た青いファイル、そのクイーンの特記欄に、“弾薬の知識が豊富”というのがあったから、多分、本物だよ。時間になると箱から電気が流れ、配線の先にある爆弾を爆発させる仕組みになっているんだ。つまり、爆弾の数は、配線の数と同じだけあるということになるね」
そうレオが冷静に答えた。
「それやったら、早く逃げようや」
レオとは対照的に、慌てた様子でそう恭也が促す。
しかし、
「うん。そうだね」
そう言いながらもレオに急ぐ様子は見られなかった。緑色の数字が減っていくのを、ただ静かに見つめているだけだ。
落ち着き払った彼の姿に、「もしかしたら?」と考え、恭也は尋ねた。
「レオ。お前、まさか、起爆装置の解体ができるとや?」
小さな笑いとともに返ってきたのは、実にあっさりとした返事だった。
「ドラマや小説の主人公じゃあるまいし、そんなの無理だよ」
「それやったら、何でそげん悠長に構えとるとや?」
「別に悠長にしているわけじゃないさ。ただ、どうして急がなくても逃げられる時間を設定したんだろう? って思っていただけだよ。僕たちを殺すつもりなら、三十分という時間は長すぎる。いや、それ以前に、これを仕掛けた『MC』はここにいないんだから、時限付きの起爆装置なんて必要ない。有無を言わせず爆発させればいいだけの話なんだ」
「そう言われると、そうやな。……って、おい、もう一分経ったぞ! 兎に角、今はここから離れようや!」
二度目の催促をする恭也に、
「うん、そうだね。逃げよう」
と、漸くレオも賛同した。
六人は、施設玄関へと向かって走り出した。




