第五章 『合宿』⑪
パラシュートは、東に五十メートルほど流されているようだ。
二人は、落下予測地点まで先回りした。三頭の上陸には、もう少し時間がありそうだ。
犬を待つ間に、レオが早口で恭也に尋ねた。
「竹田君、拳銃は?」
「あぁ、持っとる」
「いつでも撃てるように準備しておいて」
「い、犬ば撃つとや? そげんな可哀相なこと……」
「咬み殺されたいのなら、じっとしていればいいよ」
レオは拳銃を取り出すと、装填されている弾を確認した。
「そんな、たかが犬ぐらいで……。トラやライオンじゃなかとやけん、心配いらん」
そう恭也は強がって見せたが、
「素手では絶対に敵わないという点では、ドーベルマンもトラやライオンと同じだよ」
そう言われ、すぐに腰から拳銃を抜いた。
三つのパラシュートは、二人から約二十メートル離れた場所に、ほぼ同時に着地した。ドーベルマンの姿はパラシュートが被さってしまっているため確認できない。
「用意はいい? できるだけ、引きつけてから撃つんだ」
「分かっとる」
余裕を見せて答えたつもりの恭也だが、そのひと言でさえも緊張していることがはっきりと分かった。
やがてパラシュートがうごめきだし、三頭のドーベルマンがその姿を現した。
真っ黒な短い毛なみ。シャープで筋肉質な体つき。断耳された耳はピンと立っている。大型犬だと言われるだけあって、体高は七十センチメートル近くあった。
二人と三頭は、二十メートルの距離を保ったまま対峙した。
「くるなよ、くるなよ。きたら撃たんといけんから、くるなよ」まるで神に祈るかのように、恭也は心の中で繰り返した。
しかし、彼の祈りは届かず、三頭は一斉に風を切って二人へと向かって駆けてきた。
「撃って!」
レオの声と同時に、恭也は引き金を引いた。
島内に二発の銃声が響く。
「駄目や! 外した!」
舌打ちとともに、恭也は叫んだ。撃った瞬間から分かっていた。人形の的と生きている犬とでは、まるで勝手が違うのだ。
どうやらレオの弾も当たっていなかったらしく、三頭の犬は、何事もなかったように走り続けている。銃声に怯む様子さえ見せない。
先頭のドーベルマンと二人との距離は、僅か三メートルにまで縮まっていた。
最早、二発目を射撃する時間は残されていない。
「こうなれば、肉弾戦ばい」恭也は目の前の犬に向かって思い切り前蹴りを放ったが、これも軽くかわされてしまった。
……終わりだ。咬まれる痛みを想像し、恭也の全身は硬直した。
だが、身動きできない彼の脇を、三頭の犬は、ただ矢のように駆け抜けただけだった。襲ってくるどころか、眼中にさえないといった様子だ。
「た、……助かった」
安堵で膝を落とす恭也の隣で、レオが振り返って叫んだ。
「山川君! 撃って!」
刹那の間を置かずして、清次郎の銃声が恭也の後方から聞こえてきた。
「おい、撃って、とか言うなや。こっち側には俺たちもおるとに、危なかねぇ」
慌てて立ち上がろうとする恭也を待たずに、レオは、
「追うよ」
と、ひと言残し、清次郎がいるほうへと走り出した。
「ちょ、ちょ……」
仕方なく、恭也もそのあとを追った。
三頭は既に清次郎の銃撃も突破し、灯台に向かって一直線に駆けている。
「なぁ、あの犬たち、俺たちを襲うつもりはなかとやないや?」
清次郎にも危害がなかったことでそう確信した恭也は、走りながらそうレオに聞いた。
「うん。確かに、狙いは僕たちじゃない」
「やったら、そげん急がんでも」
走るスピードを落とそうとする恭也とは逆に、それを上げながらレオは答えた。
「犬たちの狙いは……」
その時、一陣の突風が吹き抜け、レオの言葉を掻き消した。
何を言ったのかは分からなかったが、彼の醸す雰囲気から急がなければ大変なことになると察した恭也は、その足に力をこめた。




