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Nobody  作者: 零千 涼
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Episode4:その森、惑わす故に-下-

「最初この森に入った時、意識に靄がかかったみたいで……それでも前に進もうと思って、邪魔な草木を掻き分けながら進んで……この開けた場所に出たと思ったら、意識が一瞬ぷっつり途切れた……んだと思う」



 ゆっくり、一つ一つ思い出すように口にしながら記憶を辿っていけば、今いる場所に出てからの記憶が一切ないということが分かり、これじゃあ手がかりにはならないよねと、申し訳なさそうに俯いた。



「いや、それだけでも十分だ。幻惑に惑わされてここで見失ったというなら、ここを出た時点で幻惑が解けてしまうだろうから、ここより外は出ていないはずだ」



 つまり、この森の中心部を探していれば出会えるだろうと考え、ノーボディはありがとうと言って優しくリィサの頭を撫でた。



「えへへ……お兄ちゃんは優しいね。よし、リィサ頑張るね!」



 撫でられて嬉しそうにしながら、はにかむように笑って見せて、強く握った拳を上に突き上げるようにして自分のやる気を示してみせる。優しいとの言葉に、そうだろうかと首を傾げるも、元気いっぱいにやる気を見せるリィサに同意するように、「頑張ろうな」と柔らかな口調で答えた。



「ホント頑張ってくれよー。今んところ役に立ってねぇんだから」



「役に立とうともしないクズには言われたくないよ」



 そんなリィサに、大きな欠伸を噛み締めるようにしながらレガートが言えば、明らかにテンションが落ちたというのが分かるくらいに、トーンの低くなった声でリィサが返す。それを見て、そのリアクションが本当に面白いと言うように、レガートはニヤニヤと笑っていた。



「ほらほら、早速探すよ?」



 また睨み合い(といっても、レガートはどこ吹く風と言った様子で、睨んでいるのはリィサだけだが)が始まりそうだと思えば、ノーボディは小さくため息をついて両手を叩き、意識を自分に向けさせる。



 それを受ければ、リィサは申し訳なさそうに俯くも、レガートはその様子に再び可笑しそうに笑う。見てはいなくとも、その気配をなんとなく察知したリィサは、拳を固く握ってはいたが、このままでは繰り返しだと言い聞かせて気持ちを落ち着ける。そんなリィサに、ノーボディは拍手してやりたい気持ちだった。



「とりあえず、ここからまっすぐ言ってみよう。色々移動してしまっている可能性もあるが……今はここから奥に進んだかもしれないと考えて行動する」



 南側はこの中心部から出てしまうため、西側は先程ノーボディとレガートが来た方だからいないのではと考えたため除外するにしても、東側と北側がある。先にこの中心部の範囲を把握しておくべきではとも思うが早く見つけれたことに越したことはない。それならば、まずは奥に行ってみようと、北側に向けて足を進める。



「にしても、魔境か能力者かはまだ分からないにしろ、これが能力者だとすれば間違いなくオラクルだし、なかなか面白いよなぁ。珍しいテリトリータイプだな」



 別に存在するであろう、似たような庭園のような空間に向けて三人は歩き出し、その道中でレガートが興味深そうに言った。レガートの言う通り能力者ならば、ここまで影響を及ぼすものをアクトで使えるわけがないし、オラクルで間違いないだろう。そのオラクルでも勝手に呼称をつけてはいるが、テリトリータイプというものがあり、一定の範囲を自分の空間へと変えてしまい、その領域の中限定で何かしらの効果を発揮させるといった能力のことを言う。



 そんなテリトリータイプだが、現在確認されている数と過去に確認されたものと合わせても少ない。広範囲に影響を与えるような能力だ、それを得るのに必要な素質というもの自体が稀なものなのかもしれない。



「それならそれで、ウチのギルドに入れることができたらいいよね」



「まあ、入ったら入ったで他のギルドやら機関がうるさそうだがな……」



 仲間になったら、悠久の旅団に入ってくる仕事も増えるし、できることも増えると嬉しそうに語るリィサだが、それに返すノーボディの言葉は複雑そうだった。ただでさえ、オラクル保持者を多く所有しているギルドに、これ以上優秀な人材が入れば一人占めするなと他からの抗議が増えそうだ。そう考えれば、その対応に追われるギルド長、アギストが不憫だった。



「まあ、これまでも上手くやってんならこれからも大丈夫だろ。てか、そんなんのも捌けないくらいの無能なら、長くギルド長できねぇだろ。むしろ、もっと追い込んでやるべきじゃね?」



 そのノーボディがアギストに対して同情しているのを悟ったらしく、適材適所、俺らは気にする必要なんてねぇんだよと、軽く返す。確かに言っていることはもっともな気はするのだが、だからといって追い討ちをかける必要はないんじゃないかとノーボディは考える。



「まあ、んなことはいいんだよ。おいガキンチョ。目印は忘れずつけてっか?」



「…………」



「……リィサ、目印はつけてくれているか?」



「うん、もちろんだよ! 忘れずにちゃんとつけてるよ?」



 そんなノーボディに、細かいことは気にしてんじゃねぇよと返しつつ、レガートはリィサに訊ねる。しかし、訊ねられたリィサはかといえば、無表情で何も答えない。もしかしてと思い、ノーボディが再度同じことを訊ねてみれば、先程とは対照的に笑顔を浮かべ、元気よく答えた。どうやら先程からかわれた件のことで、いつも以上にレガートのことをないがしろにする気らしい。



 もう、こればかりは仕方ないかなと、リィサの気持ちが分からないでもないノーボディは、得にそのことに触れないでおく。レガートもそんなリィサを見て愉快そうに笑うだけなので、問題ないだろう。



 そう考えれば、後ろを振り返って木々に目を向ける。すると、ちょっと目線を下げた辺りに、赤い一本の線が引かれてあるのが見えた。



 どうやってその赤い線を引いたのかと言われれば、彼女の手に握られた赤いサインペンを見れば分かるだろう。腰につけたポーチには様々な色のサインペンがぎっしり詰まっていて、何故常にサインペンを持ち歩いているのかというと、彼女の能力にはそれが必要不可欠だからだ。



 彼女はそのサインペンで書いたものを具現化することができるというものだ。黒い丸を書いて中を塗りつぶせば、それだけですぐに穴を作ることができる。書かれたものがどういったものなのか、それは書いた本人のイメージに左右されるため、小さな丸でもかなり大きく、深い穴にできたりするのだ。その具現化する手段も、本人が任意に発動することも、対象が触れたら発動させることも自由だ。



「さすがにただの線のままじゃあれだし……えいっ」



 赤い線がつけられた木々を見て、そろそろいいかなとリィサがサインペンのキャップをはめる。カチッという、ぴったりはまった小気味よい音が聞こえたかと思えば、引かれた赤い線が一本の赤いリボンへと変わったのだ。そよ風に僅かに揺れるリボンは、木に直接縫い付けられているようだった。



「これでいいかな? もうちょっとつければ分かりやすかったかな?」



「いや、これで十分だ。ありがとう、この先も頼むよ」



「ちびっ子視点での高さにつけられてるから、ガキンチョとは違う俺ら大人には見つけづらいなぁ」



「うん、分かりやすいようにどんどんつけていくよ!」



 揺れるリボンのついた木々を眺め、これだけじゃ分かりづらいかと不安そうに訊ねるリィサに、そんなことはないと労うようにノーボディは優しく頭を撫でる。そんなノーボディの背後から、わざと嫌味たっぷりにレガートが言ってくるのだが、徹底的に無視を決め込んだらしく、リィサはノーボディだけに嬉しそうな満面の笑みを浮かべてみせる。



「じゃあ、リィサはそのまま目印をつけていってくれ。私達大人は、周囲を警戒しつつ、もしかしたら襲ってくる可能性のある敵に気をつけよう」



「おう、頑張れー」



「いや、レガートもだが」



 各自に役割を持って進もうと言うノーボディに対し、レガートは他人事のように、呑気にそう言ってのんびりと歩き出す。そんなレガートに自分だけではなく、一緒にやるんだとノーボディが言っても、我関せずのスタンスは崩そうとしない。



「さっき、自分で大人だと言っていたじゃないか。大人なら当然すべきことも分かっているだろう?」



「大人だから分かる。そうとは限らないのさ……俺はそんな偏見をぶち壊す」



「何言ってるんだろうね、いい歳して」



 ノーボディが先程レガートの言った言葉を思い出し、ああ言うくらいなのだからと手伝うように言うのだが、レガートは憂いを秘めたような瞳で明後日の方向を見ていた。これには無視を決め込んでいたリィサもさすがに呆れてしまい、ため息をつく。



「よく分からないことを言うのはいつものことだし、レガートが真面目に働かないのもいつものことで仕方ない。私達だけでも十分気をつけて進もう」



「うん、そうだね」



 どこか得意げな表情を浮かべているレガートを見れば、いつものことだからとノーボディが言い、確かにその通りだとリィサは納得し、二人は先に進むべく歩き出す。そんな二人の後を、何が面白いのか分からないが、レガートはニヤニヤと笑いながら歩いてくる。



「おーい、二人とも待てよー」



「あんなの無視しようよ、無視」



 二人の後をついていくように歩きながら、レガートは二人を呼び止めようと(しているのかしていないのか判断しづらいが)声をかけるが、リィサは無視という姿勢を変えるつもりはないらしく、ノーボディの背中を押すように先に進もうとする。



「無視なんてひどいじゃねぇかよー。ちょっと耳に入れてほしいことがあるんだよー」



 まったくもってひどいとは思っていないような気の抜けた声で、このままではしつこく声をかけ、再びリィサが怒るのではと考え、まだ呼び止めようとするレガートに、聞くだけは聞いておこうとノーボディは足を止めて振り返る。



「分かった、聞こう。それで、そのちょっと耳に入れてほしいことってなんだ?」



「いや、大したことじゃないんだけどさ。あっち側から何か声聞こえんぞっつーだけなんだけどな」



「いや、それは今最も重要なことだろう!?」



 何かからかおうとしているなら、またフォローをしなくてはならないのかと考えれば、思わず仕事が終わるまで黙っていてくれないかと考えるものの、何の気なしといった口調と軽い調子で笑いながら言ったレガートの言葉に、ノーボディとリィサは何故もっと早く言わなかったのかと責めるような強い口調で言う。



「いやぁ、誰かさんが無視しようとするから仕方なかったんじゃね? いや、誰とは言わないがなー」



「……ッ!」



 しかし、二人の責めるような強い口調にもヘラヘラと笑いながら、明言しないと言いつつも明らかに特定の人物を指しているような強調した言い方に、リィサは思わず拳を強く握り締めて今にも殴りかかりそうになるのを、ノーボディはなんとか制する。



「……仕事終わった後なら、思いっきり殴ってもいいよね」



「気持ちはよく分かるしいいぞと言いたいところだが、女の子が人殴ったら駄目だ」



 やはりレガートの術中にはまっていることを自覚しつつも、怒りを抑えきれないらしい。怒りで僅かに震える声で呟くように言うリィサに、気が済むまで代わりに私がやっておこうと、ノーボディが優しく頭を撫でながらなだめる。ノーボディに優しく頭を撫でられているのと、ノーボディに女の子扱いされたのが嬉しかったのか、怒りが鎮まったらしく、表情も柔らかくなる。



「おいおい、さっさと行こうぜ。こっちだ」



 そんな二人に、自分が原因であることを思いっきり棚上げにして、先に進んだレガートが声をかける。なんでこうも人の神経を逆撫でるような言動を平気で立て続けにできるのかと、二人は数えるのも面倒なくらいになった、何度目かのため息をつきながらレガートの後に続く。



「それにしても、レガートって耳いいな。リィサの時も音が聞こえるって先に気付いたし」



「どうだ、見直しただろ?」



「どんなにプラス要素を重ねたところで、負の最下層からが出発点のレガートに、そうなる展開は未来永劫ありえないよ」



 そういえば、リィサの時も音で気付いたなと感心するノーボディに、レガートは胸を張って自慢げに語るが、そんなレガートの言葉をリィサはばっさりと切って捨てた。しかし、やはりというかレガートに気にした様子は一切見られなかったが。



 そんなことを話している間にも、どうやら近付いてきているらしく、周りの木々が少なくなってきて、視界も開けてき始める。それに伴って、ノーボディとリィサの耳にも、何やら人の声のようなものが聞こえてきた。



 その声が聞こえてくれば、改めてレガートの耳のよさに感心すると同時に、その声の主がキリカではないかという考えが浮かび、無事だったのかという安堵が浮かぶと同時に、早くその無事な姿を見たいと、ノーボディとリィサははやる気持ちを抑えずに声のする方へと急ぐ。



「キリカ!」



 邪魔な草木を手でどけ、二人はその区切られた庭園のような空間に足を踏み入れる。その二人の表情には心配するようなものと、安堵するようなものが入り混じった表情を浮かべていたのだが――その庭園に足を踏み入れた瞬間、その表情と動きが固まる。



 確証を得ていないながらも、キリカだと思って飛び込んだが、確かにそこにいたのはキリカで間違いはなかった。が、それをキリカだと認めていいのかと一瞬でも考えてしまうほど、そこには予想外の光景が広がっていた。



 そこにいたキリカは、後ろ手に木に腕を回すようにして、その回した手に手錠をかけられて拘束されていた。そのキリカの傍に拘束に使われている木と同じ大きさが立っている。それだけを見れば危機的状況らしいのだが――。



「そんな……拘束した私に何をするつもりですか……?」



 困惑したように言うキリカだが、その声には僅かに期待しているような響きが含まれていて、頬も仄かに赤く染まっている。とてもではないが、嫌がっているようには見えなかった。



 どこか虚ろに見えるというのに、艶っぽい輝きを宿したように見える目は虚空を見つめている。幻術によって見せられている相手がそこにいるのだろう。その視線の高さから、ノーボディ以外はそこに誰が立っているのか理解した。



「そんな……そんなこと言えません……」



 唯一動かせる首を横に振って拒否するのだが、やはりその瞳同様に艶っぽさを含んだ声は嫌がっているようではなく、むしろもっとほしいとねだっているように聞こえる。全身から加虐心を湧き立てるようなオーラが出ているような彼女は普段と違って色っぽく、目が離せな――いと思っていたが、これは見てはいけないものだと、二人はハッと我に返って目を逸らした。



「……キリカって意外と、えっと……」



「ドMのド変態だったな」



 顔を急いで逸らしたものの、見てしまったものは見てしまったもので、ほんのりと恥ずかしそうに頬を赤らめながら、気まずい沈黙が嫌で何か言おうとするのだが、どう言ったものかと言葉に悩むリィサの言いたいことを、オブラートに包むことなくはっきりと言いながら、おかしそうな含み笑いをしつつキリカの姿を眺めていた。



「そんなこと言っている暇があるなら、正気に戻してやってくれ……」



 正気に戻ったら戻ったで、結局待っているのは地獄でしかないのではと思うのだが、このまま幻術見せられている方がひどいのは明らかなため、呑気に鑑賞会をしているレガートに、早く目を覚まさせてやってくれとノーボディは頼んだ。



「ここからが面白そうだから、もうちょっと見ていたかったんだがなぁ……さっさと帰りたいって気持ちもあるしな」



 そのノーボディに、もう少し放っておいてもいいのではと不満をこぼすものの、まあいいかとレガートはキリカに歩み寄る。未だに恍惚とした表情を浮かべるキリカの耳に、レガートはそっと顔を寄せ──。



「ノーディだと思った? 残念、俺だよ!」



「──ヒィッ!?」



 リィサの時と同じように、レガートが何やら耳打ちしたかと思えば、キリカは小さく身をはねらせて引きつったような悲鳴を上げる。表情も一瞬にして青ざめ、大きく見開かれた目は涙を貯めたように潤んでいた。



「……え、あ……ここは……?」



 一瞬気を失ったのではと思うような、膝の力が抜けて折れたようだったが、拘束されているため前のめりに倒れようとしていたのが支えられ、鎖が張った際の衝撃で正気に戻って持ちこたえ、きょろきょろと不思議そうに辺りを見渡す。やはりまだ覚めたばかり故か、目は半開きで、幻術を見ていた時のようにどこか虚ろなままだった。



「……レガート、リィサ……ノーディ……?」



 しばらくぼんやりとした様子だったが、見慣れない光景と見知った顔を見れば、徐々に頭の中が覚醒していく。まどろみから覚めていけば必然的に先程までのことを思い出していくのだが、まるでそれを拒絶するかのように突然キリカの動きが固まった。しかし、一度解き始めたパズルの手を止めることは難しく、どうやら完全に思い出してしまったキリカの顔が沸騰したように、一瞬で赤くなる。



「イヤアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアッ!!」



 キリカの悲痛な悲鳴は、もしかしたら森の外まで聞こえるのではないかというくらいに響き渡った。その悲鳴に耳鳴りがするのを感じながら、ノーボディとリィサはすぐにフォローするように言葉をかける。



「いや、その、私達は別に何も見ていなかったぞ、本当だ!」



「うん、そう! 何も見てなんかいないよ!?」



「本当に見ていなければ、わざわざそんなことを言ったりしませんっ!」



「まだ誤魔化せたのに、今ので見られてはならないことをしていたのを認めたなぁ」



 そんなキリカをフォローするように、ノーボディとリィサは慌てながらも見ていないと言うのだが、そのうろたえぶりがその言葉を否定しているようでキリカは怒っているような泣きそうな声で返す。すると、間髪入れずにレガートが揚げ足をとるように含み笑いしつつ言えば、更にキリカの顔が赤く染まって再び動きが固まる。



「ていうかさ、いつまで拘束されてるつもりだよ。どんだけド変態なんだ」



「うっ……うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああんっ!!」



 小さく鼻で笑うようにレガートが続ければ、キリカは目に涙を溜めてレガートを睨みつけて、いつの間にか両手の拘束が解けていたらしく、レガートに近付いて蹴りを放つ。



 レガートはそれを軽々と避けるのだがその避けた先には木があり、キリカの蹴りは止まることなくその木に直撃する。成人男性が一人、すっぽりと入ってしまいそうなくらいの高さと太さのある木を蹴ったのだ、キリカの足にかなりのダメージを与えただろう。



 普通ならそう思うだろう。しかしキリカに痛がる様子は見えず、それどころかそんな太い木を蹴りだけで易々とへし折ってみせたのだ。異能力者はある程度身体能力に変化があるのだが、キリカの場合は補正細腕からは想像つかないほどの怪力の持ち主なのである。



「おお、コワ」



「落ち着け、キリカ!」



「どうどうどう!」



 その倒れた木を見れば怖がるように肩をすくめてみせるが、表情にはやはり余裕の笑みを浮かべたままだ。赤く染まった顔で荒い呼吸を繰り返し、半泣きになっているキリカをノーボディとリィサがなだめる。



「ううっ……」



 二人が必死になだめると、キリカはある程度落ち着きを取り戻したのか、荒い呼吸を落ち着けるように息を吸ったかと思えば、膝から力が抜けたのかその場にへたり込んでしまった。



「その、大丈夫か?」



「ノーディ……」



 膝から崩れるようにへたり込んだキリカを心配して声をかければ、半泣きな目でノーボディのことを見上げてくる。その表情は、この世の終わりに直面してしまったと言わんばかりの絶望に染まっていた。



「……まあ、個人の嗜好だ。それも含めて、キリカのことを好きになってくれる人を探せばいい」



「……ノーディは、こんな女性は嫌ですか?」



 そんなキリカの様子に、どうしたものかと困りつつもフォローすべきだということは理解しているため、励ますようにそう言えば、キリカはいきなりノーボディにそう質問してきた。真剣に訊いているのだということは目を見れば分かるため、ノーボディも真剣に考える。



「……すまない、依頼によっては様々な人間に姿を変え、恋愛感情というものを利用して情報を聞き出したりすることもあるが……性別どころか本当に人間かも分からない私は、自分自身を当てはめて考えることができない。想像できないんだ。だから、その質問には答えられない、すまない」



 真剣に考えてみた結果、他人の色恋事は理解できるものの、こんな体質の自分のこととなると想像できないと、本当に申し訳なさそうに謝った。答えを出せなかったことに申し訳なく思っているかもしれないが、慰めとかじゃなく真剣に考えて答えてくれたというだけで、キリカにとっては十分だった。



「いいえ、十分ですよ……ありがとうございます。あの、できればこのことは……」



「もちろん、私達だけの秘密だ」



「リィサも黙ってるよ。誰にも話さないから、安心して?」



 嬉しさを感じて、沈んだような表情が明るい笑みへと変わるのだが、ふと思い出したように恥ずかしそうに言えば、もちろんだとノーボディとリィサは返す。リィサは満面の笑みを浮かべて返すのだが、それが一変して苦々しそうな、真剣なものに変わる。



「まあ、リィサ達が黙ってたとしても──」



「──俺が黙ってると思うか?」



 そのためには一番気をつけなければならないところがあると、リィサがその一点へと目を向けた先には、ニヤニヤと笑みを浮かべながらピースサインをしてレガートが立っていた。そのピースサインを鋏のように閉じたり開いたりと、すごく楽しげな様子だった。



 それを見れば、すっかり忘れていたとノーボディとキリカの動きが固まる。ノーボディは表情が分からないものの、面倒だと言いたげな雰囲気がありありと漂っていて、キリカの表情がまた絶望に染まっている。



「にしても、まさかキリカがねぇ……お前の能力も便利だと思っていたが、まさかこんな趣味によって生まれた能力とは」



「ち、違います!」



 レガートは意味ありげな含みのある言い方で言いつつ、嘲笑うような目をキリカに向ければ、キリカは泣きそうな目で焦ったように否定する。そんな大きなリアクションをすればレガートは余計にからかいにかかるというのにとは思うが、それも仕方ないだろう。



 キリカの能力は鎖部分が使用者の意志に応じて伸縮自在な手錠を出すというものだ。もちろん相手を拘束するのに適した能力ではあるが、それだけではない。手錠のかかった箇所の切断や感電死させることができ、絞殺も可能だ。自分で鎖を引いたり等しない限り一直線にしか飛ばないと自由性はないものの、捕まった時点で終わりだろう。



「そんなチート能力ができた理由が、まさかそんなもんとはねぇ……」



「だから違うんです! というか、レガートにチート能力って言われたくありません!」



「キリカ、論点ずれてるよ」



「ついでに言えば、ここにいるみんなチート能力みたいだから」



 やれやれと肩をすくめてため息をついて見せるが楽しげなレガートに、いっぱいいっぱいになっているらしいキリカが反論するも、反論するべき点がずれているとノーボディが指摘する。そんなノーボディに援護するように、リィサがそれは言っても仕方ないでしょと小さく呆れたように笑っていた。



「ノーディにリィサはどっちの味方なんですか!?」



「いや、どっちの味方って圧倒的にキリカの味方だけど……」



 そんな二人の発言にショックを受けたように、ひどいですと強く訴えてくるキリカに、ノーボディとリィサ落ち着くように言いながら悩むまでもないとばかりに即答しつつ、詰め寄ってくるキリカに気圧されたように後ずさる。



「おおっとぉ、俺ってば味方がいない感じ?」



「感じじゃなくて、どう考えてもいないだろ。ほら、キリカのことは黙っておくことにして、探索を早く再開しよう」



 これはひどいわぁと言いながらも、楽しげな様子しか見えないレガートに、当たり前だと切り捨てるように言いつつ、いい加減先に進もうと言うノーボディに、へいへいとレガートはやる気なさげに手をひらひらと振りながら返す。一応、この場はもう話を脱線させないだろう。



「……はぁ。さて、こうしてみんな揃ったことだし、当初の依頼であるこの森の調査に移るとしよう」



 ようやくスムーズに進められるかなと、安堵するように一息をついてノーボディが言えば、落ち着きを取り戻せたキリカを含めて三人が頷いた。



「さて、調査をするとは言ったが……」



 これで本格的に依頼に取り掛かれるとはいっても、どこをどう探したらいいものかとノーボディは呟く。幻術を破ってから再び幻を見るという事態にまだ陥ってはいないものの、それでもまた幻術にかからないという保証はない。だから手早く片付けてしまいたいところだが──。



「それなら、ここの能力に左右されないヤツが全体を見渡せるような力を使えればいいのになー」



 一度キリカとリィサだけでもこの森から出しておくべきかと考えた時、何気なくレガートがそうこぼす。それを聞いた時、ノーボディだけではなく、彼と一緒にどうするべきかと考えていたキリカとリィサの動きが止まった。それは時が止まったのではないかと思えるほどに三人同時にきれいに揃っていた。



 この森の幻術が効かないのは、ノーボディとレガート。そしてノーボディの能力は他者の模倣であり、全体を見渡すことの能力を持つ者も知っていて、その能力の保持者──アギストの名前もノーボディが持つノートに記されている。



「……よし、その手でいこう! 私だともしかしたらこの森に惑わされずに全体を調査できるかもしれないしな!」



「そうですね! 頑張ってください、ノーディ!」



「ファイトだよー!」



 何故それをもっと前に言わなかった──なんていうツッコミは呑み込んで、無理矢理なハイテンションで誤魔化せば、キリカとリィサもそれに乗ったようにハイテンションで合わせる。今思いついたというような言い方だったが、どうせ最初からレガートの狙い通りだ。いちいち相手のペースに乗せられないようにと誤魔化すことに決めたらしい。



 それでもそのリアクションも期待通りだったと言わんばかりに笑みを浮かべるレガートをよそに、ノーボディは早速ノートを取り出してアギストの名前を親指でなぞる。霧が晴れて徐々にその向こう側が見えていくように、ノーボディの姿がスッと変わった。仮面とウィッグを外してしまえば、そこにいたのはノーボディの格好をしたアギストだ。



「よし、あとはこれで……」



 この依頼を受けた際にもらった資料の中にあった地図を取り出せば、今四人がいる一点を見つめる。雲の中を潜っていくような、視界が流れていく白い靄を捉えたかと思えばすぐに晴れ、今自分達がいる森を上空から眺めていた。



「ぐっ……!」



 これならいけるのではないかと、意識を集中させて細部まで覗こうとした途端、視界を強い砂嵐のようなノイズが走る。どうやら幻術の影響を受けないノーボディでも、妨害の影響は受けてしまうようだ。



 それでも能力を使うことを諦めず、更に意識を向けようとすれば、ノイズが更に強くなって強制的に弾かれるようにして、能力を行使し続けることを拒絶された。



「ぐっ……!」



「大丈夫ですか!?」



 強いノイズに刺激を受けて痛む目を抑えつつ、ノーボディは能力を解除して元の姿に戻る。片膝をつくノーボディに、心配した面持ちでキリカが駆け寄れば、ゆっくりと立ち上がりつつ仮面とウィッグを付け直し、大丈夫だと応える。



「やっぱり、幻術の影響を受けないからと言っても無理か?」



「ああ……妨害に関しては関係ないようだ」



 予想はしていたがと言わんばかりに訊ねてくるレガートに、ノーボディは頷く。その答えに、少しは期待していたんだがと別の方法を考えようとするレガートに、ちょっと待ってくれとノーボディがそれを止めた。



「ノイズが強くてはっきりと見えなかったが、それでもこの辺りを見ることはできた。ここからそう離れていない場所に、今までと雰囲気の違う場所があった」



 まだ強いノイズが原因で痛む頭を抑えつつもそう告げると、キリカとリィサの表情が驚いたようなものに変わる。それと同時に、レガートは「でかした」とにやりと歯を見せるように笑った。



「はっきりと見れたわけではないから、どんな危険があるか分からない。十分警戒していこう」



 まだ頭に残っている鈍い痛みを振り払うように、軽く頭を左右に振ってみせれば、ノーボディが先行するように駆け足気味に歩き出す。それに付いていくように三人も歩き出しつつ、ノーボディの言葉通り警戒する。



 一瞬しか見えなかったものの、大体の方角は見当がついている。草木を掻き分けるように、迷いなくノーボディはある一点を目指して歩いていく。ノーボディの足取りが徐々に速くなっていくのは、はっきり見えなかったというものの、ノイズ混じり故に朧気ながら見えたあの光景に、嫌な予感を抱いたからだ。



 邪魔な草木をナイフで手早く的確に切り捨てて進んでいくのだが、それでもノーボディにとっては遅く感じた。早くあの場所へ──そう思っていると、草木の数が徐々に減っていき、視界が開けてきた。目指していた場所まであと少し、そう思ってノーボディは更に速度を上げて駆け抜け、その場所へと出た。



「……嫌な予感の正体は、これかっ……」



 その場に足を踏み入れて目の前に広がる光景を見た瞬間、ノーボディは足を思わず止めて、苦々しげな声で噛み締めるように呟いた。あとに続いて足を踏み入れたキリカとリィサは息を呑み、レガートはただその光景を眺めていた。



 そこにあるのは、山のように積み上げられた白骨だった。大きさや形状はバラバラで、人間のものもあれば動物のようなものもある。この森に迷い込んだ被害者のものだということは容易に想像できた。



「ひどい……」



 その山積みにされた白骨を見れば、口を両手で覆うようにして悲しげに呟いた。この森に迷い込んでしまった被害者のことを想っているのだろう、リィサも悲しげに積まれた白骨を見ていた。



「……だれ?」



 被害者達の冥福を祈ろうと、せめて墓を作って供養しようと考えて動こうとした時、ふと聞き慣れない声を聞いた。それはどうやら山積みにされた白骨の陰にいたらしく、ひょっこりと顔を覗かせていた。



 淡い緑色をした短髪で、小動物のような大きく丸い青い瞳をした、まだ十にも満たないのではというくらいの子供だった。体にはボロきれのような布一枚しか纏っていない。



 一体なんでこんなところに子供が――そう思うキリカとリィサだったが、ノーボディとレガートは何かを悟ったらしい。ノーボディがアイコンタクトをするようにレガートへと顔を向ければ、レガートは間違いないだろうと口を開く。



「コイツがこの森の原因……オラクル保持者っつーことだな」



 そのレガートの言葉に、キリカとリィサの表情が驚きに変わる。幻術にかかることなく、この森に守られるようにいればそうと考えるのが定石だろうが、こんな小さな子供が――そう思ったものの、異能力者に年齢なんて関係ないということは身をもって体験してきているため、出掛かっていた否定的な言葉を呑み込んだ。しかし、やはり信じられない気持ちはある。



「おにいさんたち、だれ?」



 そんな四人の様子もよく分かっておらず、その子供は首を傾げて、もう一度誰なのかと訊ねてくる。ノーボディはそんな子供に目線を合わせるように――まあ、仮面をしているしそれ以前に実体を持たないのだから目線なんて関係ないのだが――片膝をついて身を低くしてそれに応えた。



「私はノーボディという。あそこにいるのがレガート、キリカ、リィサだ。君の名前は?」



「れがーと、きりか、りぃさ、のーぼでぃ。ぼく、レスト」



 表情が見えない分、怖がらせないようにとなるべく柔らかな口調で、優しく応えるノーボディが、一人一人分かりやすいように指を差しながら名前を教えていけば、子供――レストもそれに倣うように指を差していきながら名前を呼び、無邪気な笑顔を浮かべて答えた。



「そうか、レストというのか。レストはなんでここにいるんだ?」



 こんな所に、こんな幼い子が保護者もなしに一人でいるとなれば、その理由がいいものではないことは分かる。辛いことを訊いているかもしれないが、それでも聞かないといけないと訊ねれば、レストは小さく首を傾げる。



「……分かんない。パパとママ、どこかに行っちゃった」



 そう言うレストの表情には、悲しげなものは見えない。いつになったら帰ってくるのだろうかと信じて疑っていない様子だった──そのレストの言葉を聞いて、ノーボディ達は大体の予想がついたが。



「あのね、パパとママがここにぼくを置いてってね? いい子で待ってたら迎えにくるって言ってたの。それでずっと待ってたんだけど、なかなか来なくてね。お腹がすごく空いて、すごく眠くなったの。それでちょっと眠ってみたら、気が付いたら辺りが森になってたの」



 不思議でしょ? と今まで自分が体験したことを楽しそうに話すレストだが、大体の予想がついていたノーボディ達にとってはかける言葉もなかった。おそらく、レストはなんらかの理由で捨てられたのだろう。



 所持しているものがアクトであろうがオラクルであろうが、最初の頃よりは受け入れられつつあるも、異能力者というものはなんの力を持たない人々からは避けられることが今でもあるのだ。昔からその能力の片鱗を見せていて、それを見た両親や周囲の人々が気味悪がって捨てたのだろうか。確証はないが理由としては考えられる。



「……なんとも、悲しいお話だねぇ」



 そんなレストを見て、レガートはただ淡々と事実を述べるようにそう呟いた。なんの感情も見えないその声に、彼が一体どんなことを思っているのかは分からないが、確かにその言葉通りだとは思った。



「それでね、いろんな人とかきたんだけどね、すごく楽しそうにしてたんだけどね、みんなそのうち動かなくなっちゃって、あんな白いのに変わっちゃったの。おかしいよね?」



 久々に見た人だからか、レストはノーボディ達が何も言わないでいることを気にも留めず、楽しげに語っていく。そんなレストの頭に、ノーボディは手を乗せて優しく撫でる。



「……私達は、君のパパとママに頼まれてここに来たんだ。君のパパとママは、また新しい用事ができて、君には別の場所で待っていてほしいそうだ。それで、君を今からそこに連れて行く。いいかい?」



 そのノーボディの言葉を受けて、きょとんと首を傾げるレストだったが、自分の両親から頼まれたという言葉を聞いて、何よりノーボディが悪い人物ではないということを悟ったため、少しおそるおそるといった様子だったが頷いた。



「そこって、どんなところ?」



「そうだな……色々な人が、色々な仕事をする場所、といったところか。不思議な力を持った人もいてね、君も持っているからそこで使い方を教えてほしいとも頼まれているんだ」



「ぼくにもあるの? どんなのかなぁ……ちゃんと使えるようになるのかな?」



「うん、もちろんだよ!」



「私達も手伝いますから、一緒に頑張りましょう?」



 今とは違う場所へと移ることに対して、不安と期待が入り混じった様子で色々と訊ねてくるレストに、キリカとリィサも目線を合わせるように身を低くして答えれば、嬉しそうな笑みを浮かべていた。



「新しいところで、色々慣れないことがあるかもしれない。もし困ったことがあれば、みんな助けてくれるだろう。だが、まだ慣れていないうちは誰かに助けを求めづらいだろうから、最初は私達を頼るといい。今日からレストと私達は、友達だ」



 優しく頭を撫でながらのノーボディの言葉に、最初はきょとんとした表情を浮かべていたが、友達だという言葉が嬉しくて、眩しいばかりの満面の笑みを浮かべる。が、嬉しそうに細められていたはずの目は、まるで瞼が重くなったかのように薄く開いたり一瞬閉じたりを繰り返し、目もどこか虚ろになっていた。



「眠いのなら、眠るといい。君が眠っている間に連れて行こう。ゆっくり休みなさい」



 久々に会った人間に喋り疲れたのだろうと思えば、ノーボディは寝てもいいと軽く乗せるようにレストの頭に撫でていた手を置く。その言葉に従おうとするも、レストは最後にせめておやすみなさいを言おうとするのだが、息とも声ともつかない言葉を小さく発して静かな寝息をたてながら眠ってしまった。



 ぐらりとレストの身体が揺れ、地面へと倒れようとするところをノーボディが優しく受け止め、両手で抱きかかえるようにして持ち上げた。すると、辺りを覆っていた鬱蒼とした木々が、その成長を高速逆再生した映像を見せられているかのように、一斉に地面へと引っ込んで消えていき、ノーボディ達は荒野の真ん中にある僅かばかりの緑が残った草原の上に立っていた。



「やっぱり、そいつのオラクル能力だったようだな」



 それを見れば、レガートは予想的中したなと言うように呟く。その言葉に他の三人も頷くが、リィサは一点不可解なことがあると首を傾げていた。



「その子、生き物の死っていう概念を理解するより前に捨てられたみたいだけど、長年あの何もない森で生きていられたのも能力のおかげなのかな?」



「いえ、それならあの白骨の山はないでしょう。食事をとらなくて済むようになるなら、あの森の中で今もずっと幻を見せ続けられていたはずです。それに、幻覚と通信の妨害以外は特に何もなさそうでしたし、幻覚も攻撃に繋がるようなものはない……それを考えれば、あんな子供が命を奪うようには思えませんし、餓死と考えるのが普通でしょうが……」



 それが気になっていたとリィサが疑問を口にすれば、それは違うのではないかとキリカが応える。しかし、キリカもその謎は分かっていないようで、そう思うに至った根拠を挙げていくのだが、言葉はどんどん尻すぼみになっていた。



「その理由だが……多分これじゃないかな?」



 そんな首を傾げるキリカとリィサに、抱きかかえたレストを見せる。これじゃないかと言われてもどれだろうと分かっていない二人に、耳を見てみろとノーボディが言った。



 ノーボディの言葉通りレストの耳を見てみれば、僅かにながら尖っているように見えた。パッと見でならばそう分からない程度のものではあるが、そう見えるのには間違いなかった。



「この子はおそらくハーフエルフだろう。身体的特徴は少ないが、機能的な部分は濃く受け継いでいるんだろうな」



 そのノーボディの言葉を受ければ、二人は納得したような様子を見せる。だが、レストの種族について分かったというだけであり、疑問については晴れてはいない。ノーボディも正直なところ、そんなことがありうるのだろうかと思うところがあるのだが、思い当たる節は一つしかない。



「エルフというのは、食事はしても嗜好にしかすぎない。森の加護のおかげで食事をする必要はないんだ。森の外では空腹を感じて餓死の可能性もあるけど、レストは自分の能力で作り出した森から加護の力を得て、空腹を感じることなく長年大丈夫だったんじゃないかな」



「そんな……自分の能力で自給自足できるなんて、今まで聞いたことないですよ?」



 そのノーボディの言葉に、まさかとキリカは驚いた様子を見せる。確かに言い出したノーボディもここにいる全員もそんな前例は聞いたことがないため、本当にそんなことがありうるのだろうかと思うところがあるのだが、それが一番有力な説であり、むしろそれ以外何かあるかと聞かれれば何も思いつかなかった。となれば、レストがその前例となるのだろう。



「レストは一度餓死しかけているみたいだからな……誰にも邪魔されることなく、幸せな夢を見て両親を待っていたかった。そんなこの子の想いが、あのオラクルを発現させたんだろうな」



 どんな理由があったにしろ子供を捨てたのだ、もう二度と戻ってこないということも知らずに待ち続ける想いがこの事態を招いたのだろうと思えば、レストには同情すると同時に、幸せになってほしいと願わずにはいられない。



「自分のことは一切知らない、親がいたかもどうか分からない私だが、この子が真実を受け入れることができるようになるその時がくるまで、私は父親の代わりを努めていこうと思うよ」



「おー、ノーディが父親か……父親がいるなら母親も必要だよな。誰が母親役になるんだ?」



「…………」



 ノーボディの言葉に頑張れよーと他人事のように返しつつ、ふと気になったといった様子でレガートが呟けば、一瞬キリカとリィサの間で火花が散るが、それが不謹慎な行動だということに気付き、反射的とはいえ反応してしまった二人が自己嫌悪で凹んでいる様を、レガートは愉快そうに笑って見ていた。



 そんな三人の様子を気に留めた様子もなく、ノーボディはレストの寝顔を見て、穏やかに小さく笑ったような、声ともとれる息をこぼす。とりあえず、今はゆっくり寝かせておこう――そう考え、ギルドに帰るために車へと向かっていった。

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