Episode:3その組織、帰る家故に-下-
「あ、一つ提案があるんですが……もし私達の依頼が終わって、ノーディ達も受ける仕事がなければ、たまにはみんなでお出かけしませんか?」
そんな優しく頭を撫でるノーボディと、撫でられて嬉しそうにしているリィサを見ていると、そんな微笑ましい光景に羨望も薄れ、思わず頬が緩むのを感じながら、それを見ていてふと思い付いたらしく、みんなにどうかとキリカは訊ねる。
「いいんじゃないか? ある程度の休みは取っていても、最近はみんなタイミング悪くてバラバラで、依頼でさえ一緒にいることも最近は少なかったし」
「リィサもさんせーい! さすがキリカ、そんな約束があればやる気出てくるなー。約一名はいらないけど」
「だってよ、ノーディ。残念だったな」
「お兄ちゃんに言うわけないじゃん。これだから馬鹿は困るんだよ」
その提案に、他三人は賛成する。またレガートに対して嫌悪する虫を見るような目を向けながら毒づくリィサをなだめながら、話は自然と依頼を終えた後のことへと変わる。
「お出かけというなら、今のうちに行く先考えておくか。どこか行きたいところはある?」
行き先決めておいた方が、移動手段とか今のうちに決めておけるしと、ノーボディはみんなに訊ねる。すると、キリカとリィサは賛成したものの具体的なものは考えていなかったらしく、二人は考え始める。
「うーん、お買い物したいから、なるべく都会っぽい方がいいかなー。娯楽施設とかもあるし」
「せっかくだし、遠いところまで足を伸ばしてみたいですよね」
依頼で様々なところに足を運ぶことがあるとはいっても、今回は自由に時間が使える、休日にできる遠出だ。女の子だということもあるのか、二人はまだ先の休日に想いをはせ、楽しげに外出先の案について話し合っている。ノーボディとレガートが依頼を受けた場合のことを考えていないようだ。
「未来を考えることはいいことだ、戦場での生きる希望になる。だが、強すぎる希望は己の身を焼き尽くす引き金になることもある。ほどほどにしておけ」
キリカとリィサが楽しげに語っているその背後から、抑揚のない声が聞こえてくる。生気のまったく感じられない声で、リビングデッドでもいるのかと思わせるような、そんな声の持ち主は、このギルドには一人しかいない。背後から突然聞こえて驚いた二人も、それも最初だけでもう慣れたようで、四人は声のした方へと目を向けた。
「おはよう。今日も清清しい朝を迎えられたようで何よりだ」
そこにいたのは、体長が二メートルはありそうなくらいの大男、この「悠久の旅団」の現ギルドマスターであるアギスト・リーガンだ。袖や裾がボロボロのコートを羽織り、その下も僅かに濃淡が違うというだけの黒の上下といった、すべて黒で統一されていた。ガタイはいいのに、顔がほっそりとしたアンバランスさで、前髪で目が隠れそうなくらいの長さの黒髪をしている。前髪の奥にある目は、まるでドブ川のような──いや、それよりひどい、光さえ映さないひどく濁った深く暗い緑で、その下には大きなクマがあった。
「ああ、アギスト。おはよう」
大きなクマはいつものことだが、どうやら今回も徹夜していたようだ。アギストもオラクル保持者なのだが、ギルド経営等があるので、本部での事務のような仕事ばかりをやっている。ギルドマスターという、ギルド内最高責任者だが、みんな気軽に接している。
「相変わらず世の中に絶望しているような、辛気臭い顔してんな」
「絶望しかないとは言わないが、希望なんて毛ほどしかないだろ」
いくらみんなが気軽に接しているとはいえ、失礼な発言をするレガートだが、それに対して気にしていないというよりは、全く興味のないような抑揚のない声で返す。
だが、レガートの発言は失礼ではあるが、言い過ぎとかではない。発言も全体的に暗いことが多く、そこだけはみんなも勘弁して欲しいと思っている欠点のようなものだが、さすが大手ギルドの長だと言えるだけの手腕を持っている。
「それよりも、あまり油断するなよ。明日でこうして顔を合わせるのが最後となるのかもしれないんだからな。今すべきは遺言を残すことかもしれんのだからな」
「いや、それも事実なんだけど……だからといって、そこまでテンション下げるようなこと言う必要ないでしょ?」
四人が座っている席の隣にある、誰も座っていないテーブル席につき、注文した炒飯を食べながら、ノーボディ達には目もくれずに言えば、それを受けてリィサは少しムッとしたような表情を浮かべて返す。
「ふむ。確かにテンションというものは重要だな。前向きな姿勢でいこうとするからこそ、死を免れる場合もある。テンションを下げるようなことを言ってすまなかった。明日を生き抜くために、まだ見ぬ未来の話に華を咲かせていてくれ」
リィサの言葉を受けて考え直すように顎に手を当て、考えを改めれば素直に謝った。素直に謝ってくれるのはいいのだが……と、思いつつも、レガートを除いた三人はため息をつく。一言どころか二言、三言も多いとは思うが、そこは言っても無駄だろうことは理解
している。
「それで、アギストは仕事が終わったのか?」
「まあ、一区切りといったところだ。支部の方の人員が少ないらしく、こちらから派遣する者の選別やら、私の一存では決め難いものが残っていてな」
「レガートなら飛ばしていいと思うよー」
「やめろ、他の支部の人々に迷惑だ」
「ホントひどいな、お前ら」
とりあえず言っても無駄のことに触れても無意味だと、話を変えようとノーボディが訊ねれば、僅かに疲れたような声でアギストが応える。それを聞けば、言い終わるか終わらないかのうちに名案とばかりにリィサが言い、すかさずノーボディがつっこむ。その流れるような一連のやり取りに、冗談っぽさがないなと、しかし怒るわけでもなくレガートはただ笑っていた。
「まあ、そのことはある程度よさげな人材を何人か私がリストアップして、本人に聞いてみるとするさ」
そうと決まれば、相手が異動でも構わないか云々を置いといて、ある程度決めることはできるから楽だし、早めに睡眠をとることができそうだと、欠伸を噛み締めるようにしながらも言い、朝食を取っている。
「リィサはみんなと離れたくないから、勘弁してほしいなぁ」
「そういうことなら、私もだな」
「正直言うと、お前らはこのギルド内でも一番の戦力だからな。手放したくはないが、誰か一人派遣したら向こうも楽になりそうだとも思うし、悩みどころではあるな」
もし派遣するとなれば、自分は離れたくないなと、そうなってしまった時のことを蘇澳蔵して悲しい気分になったのか、悲しそうな表情を浮かべるリィサに、ノーボディも同意するように頷く。それを受けて、考えるように顎に手を当てるアギストだったが、まあやっぱり手放すのは惜しい気もするから、ないだろうがなと答える。
「どうしてもっていうなら、是非レガートで」
「まあ、妥当かな」
「すみません、レガート」
「あっはっはっ、さすがに怒ってもいいよな?」
ないという答えを聞けば、ほっと安堵の息をつくリィサだったが、もしどうしてもというのならばと、迷いなくレガートを指させば、ノーボディは納得したように頷き、キリカも申し訳なさそうにしてはいるものの、異論はないらしい。怒ってもいいかと言う割には、やはりレガートはいつもと変わらなかった。
「まあ、考えておくとしよう。レガートを飛ばすとなれば、お前らはよくても他の女性ギルド員に殺されかねない」
そう言いつつ、アギストは疲れたように重々しいため息をついた。レガートは容姿も話術もあるため、女性にかなりモテる。それだけならばいいのだが、手当たり次第女性を落とそうとするし、女性を落とすまでが楽しいのであって、落とした後は興味が失せる(利用できそうな時は利用する)と、かなり性質が悪い。
それなのに、落としてきた女性達は気付いていないか、他に女がいても気にしないという女性ばかりなのだ。早く目を覚ませと言いたいところだが、言って聞いた試しがない。リィサとキリカも、出会い始めは口説かれたことがある。すぐに本性に気付いて毒牙にかけられることはなかったが。
「どうしてこいつばかりがモテるのか……ここのギルドの男達はレベル高いし、正直みんなが羨ましいな」
苦笑を浮かべながら、真剣にそう思っているかのように言っているが、そんなノーボディに呆れたような視線が集中する。本人はまったく気付いていないようだが。
「まったく、この人は……」
そんなことを言い、リィサに呆れたようなため息をつかれるノーボディだが、そんな彼も実は結構モテていたりするのだ。紳士的ながらお堅すぎず、冗談に乗れる気軽さもあり、誰にでも優しい。本人は、人間らしさを求めて行動するうちに、これが自然になったと言っているが、元々そうであったかのように自然な彼はレガートと違い、男にも女にも人気なのだ。
しかし、やはり触れは出来ても実体がないとなれば、イマイチ付き合ってるような実感が湧きづらいのだろうか、恋愛にはなかなか発展しづらく、友人関係で留まっていることが多い。これで実体を得ればと考えると、キリカとリィサはうかうかしていられないなと考える。
「……まあ、朴念仁は放っておくとするか」
そのみんなの呆れたような様子にも気付かないノーボディに、アギストはまあそれはどうでもいいから置いておこうと言えば、みんなが頷く。ノーボディはその様子に首を傾げたが、特に気にしないことにしたらしい。
「そういえば、明日の依頼の詳しい資料渡してなかったな。キリカとリィサ、あとで取りに来るといい」
ふと思い出したかのように、いつの間にか炒飯をたいらげたアギストがそう言って席を立ち、まあ事前に報せた情報に毛のついた程度のものだがなと言って食器を返しに行く。それに返事を返しつつ、残り僅かの食事を済ませる。
「そういうわけですので、私達はこれから資料を取ってこようと思います」
「なるべく急いで終わらせるから、また後で一緒にお話しようね、お兄ちゃん♪」
食事を終えて食器を返却すれば、さっさと事務室に戻っていったアギストを追うように、手短にそれだけ告げて二人は食堂を後にした。
「あー、最後も俺はいないもんとみなされていた感じがするなー。ホント仲間に対してひどすぎやしないか、お前ら」
「そう思うなら、もう少し仲間らしく振舞ってほしいものだけどな」
そう不満をこぼすレガートに、どうせその言葉も本気で言ってるわけじゃないだろと、ノーボディが呆れたように言えば、まるで聞こえないかのように口笛を吹いていた。
「冷めるわけじゃないからどうでもいいけど、それ食わないなら俺がもらうぞ?」
「やらない。というか、なにか食べたいなら自分でちゃんと注文しておけ」
ふと、話していたためか食べるペースが遅く、まだ一つだけ残っているサンドウィッチを見れば、言い終わるか終わらないかのうちに既に手を伸ばしていて、ノーボディはその手を叩き落とせば、最後の一つを食べた。
「さて、と……今日一日は暇だな。お前はどうするよ?」
「そうだな……とりあえず、一日はゆっくり休みたいかな」
「かーっ、お前は枯れてんなっ」
つまむサンドウィッチもなくなってしまえば、人の食ってるものから取るからこそおいしいんだと言えば、だからつまめるものがなくなったからつまらなくなったと言わんばかりに、突然立ち上がれば大きく背伸びをしつつ訊ね、特に決まってないけど、多分そうするのではないだろうかと答えれば、呆れたようにレガートはため息をつく。
「人の休日の過ごし方にケチをつけるなよ……そういうお前は、今日はどういうご予定で?」
「もちろん、女漁り。最近簡単に落とせるような女ばかりだから、もう少し歯ごたえのあるやつがいいなぁ」
「……んで、その落とした女とやらは?」
「興味が失せるからなぁ……ノーディ、ほしい?」
ノーボディの言葉に、さも当たり前だというように答えていくレガートに、ノーボディは最低だなと呆れたように言うものの、レガートはまったく気にしていない。こんなのを気にして直るようなやつではないことは理解していたが。
「んじゃまぁ、こんな枯れたジジィみたいなヤローといたところで時間の無駄だし、テキトーに見繕ってくるとするかな。じゃあな」
自分のことを枯れていると先程から言い張るレガートに、さすがに反論したっていいだろうと思い、何か言おうと口を開くのだが、その頃には既にレガートは食堂を出ようとしていた。
「……私も、部屋に戻るか」
結局反論もできずに、一人ただ佇んでいるだけの現状に空しさを覚えれば、朝食も済んでいるのに席を取っていれば迷惑だしと考え、食器を返却すれば一気に静かになった食堂を出て、自室に向かうことにした。
「あ、おかえりー」
「お、お邪魔してます……」
先程まで騒がしかっただけあって、突然一人になれば寂しさと孤独感は一入だなとしみじみ思いながら自室の扉を開けて中に入れば、先程別れたはずのリィサとキリカがそこにいた。キリカは顔を赤くしながら、どこか遠慮がちにベッドに腰掛け、リィサはまるで自分の部屋かのようにベッドに寝転がり、枕を抱きかかえて顔を埋めたりしていた。
「……明日の依頼についての話し合いは?」
「元々受けていた調査書の情報に、毛ほどのものの情報しか追加されてないみたいなこと、アギストが食堂で言ってたでしょ? そんなんじゃ、そんなに時間かからないよー」
このギルドに泥棒なんて入ったことはない(というか、一人一人が戦車並みの戦力があるような組織に入る気がしない)ため、よほどのことでもない限り鍵をかけることはないので、知らぬ間に入っていたことに関しては驚いていないが、打ち合わせはと訊けば、そんなのすぐに済んだとのんびりしたような口調で答えていた。
「……まあ、それもそうか」
そのリィサの返答を受ければ、確かにアギストはそう言っていたし、別におかしくはないかと納得すれば、ベッドは占領されているため、椅子を引いてきて腰掛けた。
「それにしても、いくらこのギルドの中が安全だからといっても、鍵をかけないで出歩くのは無用心ですよ、ノーディ?」
「君達女の子と違って、私は取られて困るようなものとかはないしね。まあ、以後気をつけるよ」
椅子に腰をかけたノーボディに、そういえばと少したしなめるような口調でキリカは注意する。それに対して今後は気をつけるよと、ノーボディが苦笑気味に返せば、ふとリィサがそんなノーボディを見て、ニヤニヤしていることに気付く。
「見られて困るものがないって……これはいいの?」
そう言って、こういうやり取りになることから、それに対する返答まで予測していたかのように、抱きしめた枕の下に隠していたようで、そこから一冊の開いた手のひらくらいの大きさがある手帳を取り出してみせた。
「困るも何も……そこらに放置してあるし」
それを見て慌てふためくような反応を期待していたのだが、ノーボディは特に目立ったようなリアクションを見せず、平然と返していた。そんな反応に、意外そうなものとつまらなさげなものが入り混じったような表情を浮かべる。
「え、困らないの? だって、これ日記でしょ?」
「見られて困るようなものだったら、そこらに放置してないってば」
そう、リィサが取り出したその手帳は、ノーボディの日記帳だった。自分のオラクル能力は、模倣した相手の記憶さえもコピーしてしまうため、記憶が混同してしまわないようにと日記をつける癖をつけていたのだが、今ではそれが日課になっている。
自己という認識を得てからはかかさず書いているため、他の部屋の初期設備に比べたら大きめな冷蔵庫と、本棚が少し多いくらいの、飾り気のない部屋にある本棚はほとんどが自分で書いた日記だ。ノーボディの言葉通り、隠すわけでもなく普通に置いてある。この日課ができてから、珍しい日記帳を集めるのが趣味になっている。
「ふーん、別に困らないんだー……じゃあ、内容を音読してもいい?」
「さすがにそれは勘弁してくれ」
面白くないなと不満そうにしていたリィサだったが、ふと思い付いたと意地悪な笑みを浮かべながら、その日記を開いて見せれば、さすがにそれは困ると、ノーボディは日記を取り返した。せっかく弱点見つけたのにと不満をこぼすリィサだったが、予想していた反応が見れて満足したのか、笑みを浮かべている。
「……まあ、わかったよ。なるべく鍵をかけるようにするさ」
日記なんて盗るやついないだろうがと思いつつも、こうなってしまっては認めざるを得ないかと、ノーボディは微苦笑を浮かべた。
「それなら、この部屋の合鍵ちょーだい♪」
「は?」
鍵をかけるように心がけると言ったノーボディに、リィサは満面の笑みを浮かべつつ、手を差し出した。何故そうなったのかと理解できないノーボディとキリカは首を傾げる。
「だってー、鍵かけるようになったら、今までみたいに気軽にはいれなくなるじゃなーい♪」
「……しまったっ……」
そんな二人に──というよりは、主にキリカに向けて分かりやすいように、わざと間延びした声で言えば、キリカは自分の失態を理解して頭を抱えた。親切心で忠告したつもりなのだが、それが原因で今のように気軽に立ち寄れなくしてしまったのだ。
「日記を盗っていくとしたら可能性の高そうなリィサ達に渡したら、鍵をかける意味無いじゃないか」
「そんな……リィサのこと嫌い?」
「いや、そんなことはなくてだな」
防犯をしっかりしようかと考えさせた原因だろうがと返せば、リィサは泣き出しそうなくらい目を潤ませて、ノーボディを上目遣いで見上げる。それを見れば、ノーボディは慌てながらも、違うから泣くなとなんとかなだめようとする。
それを見れば、キリカはずるいと思う。普段子ども扱いされることを嫌うくせに、自分がどういうキャラなのかをしっかりと理解し、それを武器として使うこともある。見た目に合わずに毒舌なリィサなのだから、相手を弱らせる毒がなんなのか考え見抜くくらいの頭があるわけだし、こういったこともできるのだろう。
「じゃあ、いつでも遊びにこれるように、合鍵ちょうだい?」
「……考えておく」
おそらくは、ノーボディもキリカと同じ考えはあるのだろうが、そこは紳士だとみんなに言われるだけの人物のため、どういう理由であれ女の子は泣かしてはいけないという信条の元、なんとかそれだけを返す。
はっきりとしたOKではないが、まあそれでも十分だろうと考えれば、リィサは「ありがとう♪」と満面の笑みを浮かべてノーボディに抱きついた。心なしか、ノーボディには見えないようにキリカの方を見て、勝ったというような笑みを浮かべたようだった。
それに気付き、キリカは悔しそうに俯く。リィサのように合鍵が欲しいだなんて、大胆すぎて言える気がしない。引っ込み思案ではない方だと思っていたのにと、キリカは内心重いため息をついた。
「あ、まだ決めてはないけど、もし合鍵作るとしたら、仲間なんだしキリカにも渡しておかないとな。レガートは……怖いからやめとこう」
そうするのがさも当然だろうというような口調でそう言ったノーボディの言葉に、二人の表情が一転し、キリカは眩しいくらいの笑顔に、リィサは重く沈んだような表情へと変わる。
「……? どうかしたのか?」
「いいえ? なんでもないです♪」
「うん、なんでもないよ……お兄ちゃんの性格上、こうなることは予想できたはずなのになぁ……」
明らかに二人の様子が変わったことが気になり、どうしたのかと訊ねるも、二人は互いに真逆の表情を浮かべたまま、揃えたように何でもないと答える。なんでもないと言いながらも、リィサが後半辺りに呟くように言った言葉が重さを増していたため、理解はしていないながらも本当に大丈夫なのだろうかと心配する。
「あー、もう! いいんだよ、リィサのことは! それよりホラ、仕事終わった後のお休み、どこに出かけるのかとかについて話そうよ!」
ノーボディの心配するような視線を感じ取り、それがくすぐったく感じたのか、それを振り払うかのように大きな声で話題を変えようとする。そんなリィサの様子に、ノーボディは首を傾げつつも「あ、ああ」と応え、キリカは苦笑混じりのような笑みを浮かべて、クスクスと笑っていた。
「買い物とかだけじゃなく、遊んだりもしたいんだろう? なら……ここはどうだ?」
「あー、でもおいしいもの食べたいしなー。ここってまずい店ないけど、特集に載る! ってぐらいにおいしいお店もないよねー」
「だとしたら……ここですかね。割と都会の方ですし、買い物も充実してれば娯楽施設もありますし、この前特集記事でここにできた新しい飲食店載ってましたし」
「あ、じゃあここにしようか。後は、どんなお店があるのかだけど……」
地図を取り出し、指を差しながらここはどうかなど話し合い、決まれば今度はその街の詳細マップを広げ、楽しげに話しながら、三人は予定を決めていく。
買い物のことになれば、女の子二人の話が盛り上がってノーボディが置いてけぼりにされたり、飲食店のことになればついつい三人で評論家の如く真剣に話し合って、そのあまりにもな真剣さにみんなで苦笑したりと、楽しげに他愛もない雑談を交えながら予定を決めていく。
結局、その予定を決めるだけで一日使い切ってしまったようで、リィサが眠そうにしているのを見てお開きとなった。キリカが部屋まで連れて行こうとするも、リィサがノーボディの部屋で寝たいとか言い出して、また少しだけ一悶着があったが。
なんとか説得して二人を見送り、寝ることにしたノーボディ。話が盛り上がったためか、今からその休日が楽しみだった。
†
「……今日もいい天気だな……」
キリカとリィサが任務へと向かって丸一日が経った。あれから特に仕事もなく──いや、厳密に言うならばあったのだが、簡単な仕事ばかりで新人の方に回すべきと考えたので受けていない──特にすることもないノーボディは、事務仕事を手伝ったり趣味に勤しんだりして一日を過ごしていた。
「さすがに、昨日は飲みすぎたかな……」
ベッドから起き上がるも、どこか気だるさと軽い頭痛を感じて、冷蔵庫からよく冷えた水を取り出して飲んだ。ノーボディの趣味はカクテル作りで、最初はレガートやアギスト等を呼んで試飲してもらっていたのだが、作ることに熱中しすぎたのか、いつの間にか誰もいなくなっていたため、もったいないと作りすぎたカクテルを自分で飲んだのだ。
ひとまず水を一口飲んでから、とりあえず着替えようと寝巻きから普段着に着替えれば、二日酔い止めの薬を探しに薬箱へと向かおうとした時だった。
「ん? はい」
コンコンと自室の扉をノックする音が聞こえてきて、ノーボディは来客の応対の方が先かと考えれば、進めかけていた足を戻して扉の方へと向かっていく。
「よ、おはようさん」
「ああ、レガート……おはよう。すまないな、昨日は付き合わせて」
扉を開ければ、そこにはいつものように笑顔を浮かべているレガートがいた。軽く痛む頭を、痛みを振り払うかのように小さく左右に振り、朝の挨拶を交わしつつ、自分の時間に付き合わせてしまったことを謝る。
「いやいや、うまいタダ酒飲めたし、別に構うことねぇよ。それに、酒で弱ったお前を見れたんだし、むしろ謝りたいのはこっちだな」
「……昨日気付いたらみんながいなくなってたのは、お前の差し金か」
謝るノーボディに、愉快だと言うようにレガートは笑ってみせる。それを見れば、あのタイミングで帰ることで、こうなることを見越し、その上で実行に移したんだというレガートの狙いを察すれば、謝って損したとため息をついた。
「それで、弱っている私を見に来るだけが用件じゃないだろう? ……いや、お前ならやりかねないが」
「ああ、俺も別にそれだけでよかったんだけどな。アギストが俺らを呼んでいるんだと」
「アギストが?」
それだけが用件ではないはずだと言いつつも、ふと相手を考えればそれもありえない話ではないだろうと思うも、どうやらちゃんと用件はあったらしい。アギストが呼んだとなれば、よほどの事態が起こったと考えるべきだろうと思えば、このタイミングにノーボディは嫌な予感のようなものを感じていた。
「おう、ノーディ。酔いの方はどうだ?」
「アギストに呼ばれたと聞いた途端に、吹っ飛んでいってしまったかのように落ち着いたよ」
アギスト専用の事務室へと入っていけば、両脇を高い本棚や書類の入った棚で挟まれた、人が四人並んで立てるかどうかの幅しかない、あまり広くはないその部屋で書類に目を通しながら、軽く体調を気遣うような声をかければ、ノーボディは直接ではないものの本題を言うことを促すように返した。
「じゃあ、早速本題に入るが、キリカとリィサが音信不通だ」
本題を促すようなノーボディの言葉を受ければ、それならばと率直に話を切り出す。いい報告であろうが悪い報告であろうが、躊躇いもなくあっさりと切り出せるのは、アギストの強みと言えるだろうか。
アギストの言葉に、ノーボディは嫌な予感が当たってしまったと頭を抱えたくなりたい気分だった。ちょうどキリカとリィサが依頼へと向かった後に、普段ならばすることのない呼び出しがかかったのだ。あの二人と一番関わりがあるのは、基本パーティ登録しているノーボディとレガートなのだから、考えられるのはそれしかないだろう。
「依頼に向かってから一日しか経ってないわけだ。まだ音信不通って決め付けんのは早いんじゃないか?」
「確かに、一日くらいならば考えすぎかもしれない。お前やリィサなら、依頼が終わろうが終わってなかろうが連絡をよこさないから、それで済ますだろう。だが、あのキリカが一日経っているのに報告しないとは考えにくい。こっちから通信を送ってみても無反応だし、何かあったと考えるべきだ」
レガートがもう少し待ってみるべきじゃないかと言えば、すぐにそれを否定するように、なにか起こっていた場合に備えて動いて損はしないだろうと返す。確かに、考えすぎだと決め付けて何かミスをしでかすよりも、備えて動いたものの何もなかったという方が遥かにマシだ。
「じゃあ、キリカとリィサの依頼である森の調査と解決、二人の救出が私達がやるべき仕事だということだな」
「そういうことだ。どういう状況になっているかは分からないが、あの二人が帰ってこないんだ。十分警戒して行ってきてくれ」
ここに呼ばれた理由を悟っていたノーボディが、確認するように口にすれば、アギストはその通りだと頷く。そうと決まれば、あとは善は急げだ。
「じゃあ、準備が出来次第、すぐに向かうことにする。二人が心配だ」
「分かった。何度も言うが、十分気をつけて行ってきてくれ。もし二人から連絡があれば、すぐに報せよう」
「これで出て間もない間に無事だとかいう連絡が来たら、ホントに笑い話だな」
逸る気持ちを抑え、十分に警戒して取り掛かるべきだというノーボディの言葉に、アギストはその通りだと頷きつつ、キリカとリィサにも渡した、今回の依頼に関する資料を手渡す。その資料に軽く目を通しつつ、そうであれば二人にはなにか罰でも与えてやろうと、軽い調子でレガートは言った。
そのレガートの言葉に、重く沈みがちだった気持ちを払拭するように、ノーボディとアギストは「それもそうだな」と軽く笑って返した(アギストは声だけでしか笑ってなかったが)。あまり重く受け止めすぎると、何かするにも支障をきたす場合だってあるのだ。ここは気持ちを切り替えつつも、二人の救出に全力を注ぐべきだ。
「……ここは、この悠久の旅団のギルド員全員の帰るべき場所だ。二人を助け出して、四人揃って必ず帰って来い」
重い気分も払拭できたことで、アギストはいつもの無表情ながらも、どこか仲間を気遣う優しさのようなものを滲ませながら、二人に言った。発言が絶望ばかりのギルドマスターではあるが、仲間の安否を祈る、上司らしい一面だってある。
ノーボディとレガートは任せろと、強い意志を持って頷けば、二人の消息が途絶えた幻惑の森へと向かうために、歩き出した──。