表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Nobody  作者: 零千 涼
5/11

Episode2:その男、破戒僧故に-下-

 だが、同情はすれど見逃すつもりはない。ここで断たねば被害者は増え続ける。ならば、どんな理由があれど、断たなければならない。



 左から一人、右から一人、正面から二人が突っ込んでくる。それならばと、ノーボディは敢えて正面から向かってくる二人に向かって駆け出した。



「!?」



 まさか向かってくるとは──しかも、他と違い数が一人とはいえ多い方に来るとは思っておらず、盗賊達は不意をつかれた。そんな盗賊の一人の腹部を、駆け出した時の勢いをそのまま乗せて殴り、なんとか反応して剣を振り上げたもう一人の盗賊を見れば、振り下ろされたそれをナイフで受け流して背後へと回り、脇腹を蹴り上げる。



「くそっ!」



 二人が攻撃を受けたことに、左右から攻めようとしていた盗賊二人が援護へと回る。ノーボディへと向かって駆け出し、今にも切りかかろうと剣を振り上げていた。



「ガラ空きだぞ」



 そんな盗賊を見れば、隙だらけだと先頭を切る一人に、投げナイフを顔面目掛けて投げつけた。それに気付けば、小さく舌打ちをしつつも、振り上げていた剣を顔面を庇うようにして構えることで何とか防ぐ。



「ほらな、ガラ空きだ」



 だが、投げナイフを防いだことで視界からノーボディが僅かながら逸れ、その隙をついて距離を詰め、おもいっきり腹を蹴り上げた。男はその勢いに負けて後退する。



「まだだっ!」



 男が後退すれば、もう一人の盗賊が代わるようにノーボディの前へと躍り出た。まだ蹴る際に上げた足を戻す途中だったため、今回は完璧に盗賊側がノーボディの隙をついた──はずだった。



 そんな盗賊に向けて、ノーボディは逆手に構えたいたナイフを放り投げた。盗賊の目の前でくるくると回るように宙を舞うナイフ。それは自分に向けてというより、ただその場に放り投げただけのようだったが、一瞬注意を逸らし、動きを止めさせるには十分だった。



 足を戻すとすぐさま地を蹴って駆け出すことで距離を詰め、放り投げられたナイフに思わず動きを止めてしまった盗賊の顎目掛けて、ノーボディは掌底を放った。鈍い音が響き、動きが固まったかと思えば、ゆっくりと崩れるように倒れた。



「くっ、てめっ」



「やめておけ、これ以上続けたところで結果が変わらないことは、分かっているだろう?」



 一人の意識を刈り取ることはできたが、他三人は動きを僅かに止めたにすぎない。一人沈めたノーボディに襲い掛かろうとするが、それより先にノーボディが言葉で制すれば、勝ち目が無いことは微かに理解していたらしく、恨めしげに睨んで舌打ちをしていた。



「じゃあ、少し眠っててくれ」



「うっ……」



 強気なことを言いはしたが、彼らが一瞬の隙をついて抵抗してこないとは限らない。ノーボディは三人の首筋に手刀を当てて気絶させた。



「こっちは片付いたかな……レガートの方は──」



 自分の方は一段落ついたとして、レガートの方はどうなったのだろうかと思って目を向ければ、襲いかかる盗賊達を飄々と避けていて、未だに終わっていないようだった。それを見ればノーボディはため息をついた。レガートは明らかに遊んでいるのだ。



「このっ、ちょこまかとしやがって!」



 攻撃をしかけてくるわけでもない、ただ攻撃を避けているだけのため、盗賊達にも相手が自分達のことを舐めていると分かったらしく、誰が見ても苛立っていることが分かった。



「てめぇ、いい加減にふざけるのも──」



「ん? おー、ノーディ。そっちは終わったのかー?」



 そんなレガートに向かって怒鳴りつけようとするが、当の本人はノーボディの方が片付いたことに気付いて呑気に手を振っている。それでいて、盗賊が襲いかかればしっかりとそれを避けていた。



「ああ、終わったよ。そっちも早めに終わらせてくれないか?」



「えー? 今まで暇だったし、どうせこれ終わればまた車での移動だろ? 鈍らないように体動かしておきたいしなぁ」



 早く終わらせてギルドに戻ろうと言うのだが、ここでもう少し暇潰ししておきたいと答えるレガート。そんな二人の会話には危機感といったものは一切感じられず、それが余計に盗賊達の怒りを煽った。



「ホントにふざけんのも大概にしやがれ!」



「おおっと、怖い怖い」



 更に怒ったような盗賊達を見ても飄々とした態度を崩さず、全て軽々と避けていく。正面に立つ一人が首を狙うように横薙ぎに振るい、それに合わせるようにレガートの横に移動した一人が剣を振り下ろすも、そうなることを予想していたかのように、ゆっくりとした足取りで斜め後ろに下がってかわす。サンドイッチを与えれば、このまま少し遅めの昼食をとりながら避け続けていそうだと思えるほどに、余裕だらけだった。



「あ、ノーディ。終わったんなら車から聖書取ってきてくれよ。運転する前に、テキトーに放っておいたんだが、車外には飛んでないはずだから後部座席に転がってると思うわ」



 四人からの攻撃を受けている最中だというのに、まるで外出前に玄関で靴を履き終えた後に忘れ物に気付き、家族に取って来てほしいと言うかのような気軽さでノーボディに頼む。ノーボディも、仕方ないなと呟きながら車に取りに行く。レガートに加勢する気は全然ないようだ。



「テメェも、あのクソ仮面野郎も、ホントにむかつくな!」



「まあまあ、そろそろ俺が相手してやろうと思ってたんだから、あまり他のこと気にしてんじゃねぇよ」



 仲間が攻撃を受けていても加勢しないということは、自分達が暗に弱いと言っていることだと同じだと更に怒り、向こうから攻めないならこちらから攻めようかと、人数の半分くらいをノーボディに向かわせようと考えていたが、そんな四人の前に立つレガートの雰囲気が僅かに変わった。



 口調や声自体に変化はないのだが、本人が纏う雰囲気がどこか包み込むような冷たさを感じさせるものへと変わっていた。今まで纏う雰囲気ですらとらえどこの無い雲のようだったのに、その突然の変化は、先程まで怒りが満ちていた盗賊達でさえ不安にさせた。



「ほら、レガート」



「お、サンキュー」



 その間に、ノーボディは車内から聖書を探し出し、銃のホルスターのようなものに納められたそれを、レガートに向かって放り投げる。それを難なく受け取れば、腰についたベルトに着け、ボタンで留められた聖書だけを取り外す。右手に銃、左手に聖書といったその姿は、矛盾していてこんな状況でなければ滑稽だと笑っていただろう。



 その聖書が武器になるとは思えない。しかし、意味も無くわざわざ仲間に取りに行かせるだろうか? 先程までのレガートを見ていれば、意味の無い行動でもとらせそうだと、盗賊達は思考を巡らせる。迂闊に動いては返り討ちに遭うだけだ。



「……俺が先陣を切ろう。それで様子を見て、お前らも動け」



 このまま考えたところで埒が明かない。長く思考を続けていれば、相手が攻めてくる可能性だってある。そう判断した一人が、手短に自分が仕掛けてみると告げれば、剣を構えてレガートに突っ込んでいった。



「うらぁ!」



「おっとぉ」



 勢いよく横薙ぎに振るった一閃を、レガートは後退して避けた。聖書は手に閉じたまま持っていて、使うような様子は見られない。



「聖書は何の意味も無い、ただのブラフ──」



 聖書を手にしたことは何の意味も無かったと、先陣を切った一人が告げようとしたのだが、その先は乾いた短い銃声によって遮られた。この中で銃を持っているのは一人しかいないため、今までただ避けるだけのレガートが発砲したのだということが分かる。



 一体どこを撃ったと銃口を向く先に目を向ければ、その先陣を切った男のふくらはぎに親指がギリギリ入りそうなくらいの穴が空いていて、足を撃たれたのだと理解した。



「ぎ──いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇええっ!?」



 撃たれたことを認識した途端、まるで器から溢れたかのように血がでろりと流れ、その途端脚に激痛が走って、男は脚を抑えつつ転げ回った。



「んで? ブラフって分かったからってなんだよって話だよな」



 そんな転げまわる男を見下すように眺め、レガートは馬鹿にするように嘲笑を浮かべる。苦しそうに呻いているにも関わらず、容赦のなく蹴るといった行為も何度もしていた。



「なあ、ブラフだって思った瞬間、どうせコイツまた回避しかしないんじゃないかとか考えただろ? 本気で相手するっていうのもただのハッタリじゃないかってな」



 確かにレガートの言う通り、最初に逃げ回っていたイメージがまだ強く残っていたことと、一切反撃せずに逃げ回っていたこと、それにハッタリをかまして騙そうとしてくるということを考えれば、「もしかしたら、こいつはそんなに強くないんじゃ」という考えも僅かながらあり、そういう前提ならばと指摘されたような考えを持ち、それに合わせた対処をしようと考えていたことは事実だった。



「複雑に考えようとするやつほど読み易い。が、お前らの場合は複雑に考えようとするだけの人間で、扱い易い。操り人形のようなものだな」



「──クズが!」



 その馬鹿にするような言動と、傷ついた仲間が容赦ない暴行を受けていることに憤慨し、残りの三人もその表情に怒りを満ちさせて襲い掛かる。もう相手がどんな仕掛けを施していようが、関係ないと言わんばかりだった。



「……ふん」



 それを見れば、すっとレガートの表情が消える。まるで興味が失せたというような、つまらなさそうな無表情だった。



 盗賊の一人が剣を振り上げて突撃してくれば、そのがら空きになった腹部に前蹴りをくらわせ、怯んでいる間に撃とうとすれば、他の二人が庇うように前に立ち、剣を振るってきたため後退する。



 怒りが頭を支配しているからか、思考することもなくなり、それ故に攻撃に迷いがなくなった。思考しながらだと、その分僅かに動きが鈍ってしまうものだ。



 鋭さを増した攻撃だが、やはりレガートはひょいひょいと避けていく。左右から攻めてくる二人の攻撃を避けると、その先に待ち受けた一人が剣を上段の構えで振り下ろす。が、それを銃身で受けつつ、受け流して背後へと流せば、その背中を蹴った。



「くっ!」



 蹴りを受けて前のめりになって転びそうになるのを何とか堪えて振り返ると、レガートがこちらに銃口を向けて躊躇なく発砲してきた。



「あまい!」



 しかし、レガートの狙いが脚であることは大体予想していたため、男はそれを回避するために後ろに跳んだ。



「おわぁ!?」



 しかし、ちょうど跳んだ先が段差になっていたらしく、着地した際に足を滑らせてしまい、間の抜けた声を上げてバランスを崩す。その一瞬の隙をついて、レガートは足を撃ち抜いた。



「さて、あと二人だな」



 そう言って、レガートは残った二人の方を見る。最初の頃と戦力が二分の一へと減ってしまった盗賊達はかといえば、見事に相手のペースに合わせられているということを、改めて実感していた。段差で足を滑らせたのも、レガートがうまくあの場所に誘導したからだと悟っていた。



 だとするならば、どうでれば一番いいのか。二人はどう攻めればいいのかと脳内でシミュレートをするのだが、どう出たところでその先が想像できない。自分達が勝つのも、レガートに倒される未来すらも、相手がどう動き、どのような罠を張っているか未知数のため予想できないのだ。



「どうした? 動きが止まったが……動かないなら、こちらから動いてささっさと終わらせてやろうか?」



 どう攻めるべきかと行動に移せないでいると、それを見たレガートはせせら笑うかのような笑みを浮かべて、一歩足を前に出す。そのちょっとした動作にも、盗賊達はビクッと体を跳ねらせるように動いてしまうようだった。



 それも仕方ないだろう。二人は今、未知の恐怖と対面しているのだ。分からないものほど怖いものはないだろう。



「う──うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」



 その得体の知れない恐怖に耐えられなくなったのか、二人のうち一人が、その元凶を断つと言わんばかりに、もう一人が止める間もなく、短剣を構えてレガートへと突っ込んでいった。



 案の定易々と避けられただけではなく、足を引っ掛けられて転び、転んで動きが止まった際に脚を撃ち抜かれた。八人中七人が、気絶させられたり脚を負傷したりで動けない。敗北したことは目に見えているだろう。



「さて、どうする? さっきの俺みたく惨めに逃げ回ってみるか? 負傷して足手まといにしかならないような仲間を置いてさ」



 そんな絶望の淵に立たされた一人に、レガートはニヤニヤと笑いながら声をかける。それは最早挑発などではなく、盗賊にとっては悪魔の甘言のように思えただろう。馬鹿にされていると怒るより先に、早くこの場から去りたいという恐怖の方が支配しているのだ。



 だが、その恐怖を男は理性で押し殺したようだ。どうせ逃げたところでレガートが見逃すわけがない。その前に、逃げようとすればノーボディが退路を塞ぐように立ち塞がるだろう。



「クソッ!」



 こうなったらヤケだと、せめて一矢報いようとしているのか、剣を構えてレガートに突っ込んでいく。もうやぶれかぶれなのだろうか、そんな盗賊を見て、レガートは再びせせら笑いつつ、ゆっくりと銃口を向ける。



 どう見ても、盗賊の持つ剣の刃がレガートを捉えるよりも先に、銃口から放たれた銃弾が盗賊を穿つのが早いだろう。しかし、盗賊は覚悟を決めた表情とは裏腹に、内心はほくそ笑んでいた。



 何故なら、今まで発砲した回数を数えるのならば、もうレガートの持つ銃は弾切れしているからだ。これならば撃つこともできない、ただの玩具だ。



「……?」



 その盗賊の考え通り、レガートは躊躇なく引き金を引いたが、ガチッという音が鳴るだけで、火薬の臭いもしなければ耳をつんざくような発砲音もなく、当然銃口から銃弾が放たれることはなかった。



 不思議そうにしているレガートに、やはり弾切れに気付いていなかったかと、盗賊は内心だけに留めていた笑みを隠そうともせず、そのままの勢いでレガートに斬りかかろうとする。レガートの表情に焦りが浮かんだ。



「──なんてな」



 そう思ったのも一瞬、いつものような笑みにすぐ戻ったかと思えば、その銃を放り捨てて聖書を前に突き出したかと思えば、それを開いて盗賊の振るった剣を閉じることによって挟み込めて受け止めた。聖書で真剣白刃取りをやってのけたのだ。



「なっ!?」



「思わぬ勝因を見付けて舞い上がって、こっちが人を騙すエキスパートだということを忘れたか? 残弾数がないことに、最初っから気付いていたのさ」



 その一撃を受け止められたことに驚く盗賊を見れば、ツメが甘いなとレガートは可笑しそうに笑った。レガートの言葉は図星をついているようで、男の表情に焦りが浮かぶ。



「くそっ、このっ……!」



 このままではマズイと、男は急いで剣を引こうとするのだが、まるで岩に挟まれてしまったかのようにビクともしなかった。どちらも細身ではあるが、パッと見盗賊の方が力がありそうなのに、いくら剣に力を込めて動かそうとしても、それを受け止めているレガートは涼しい顔で微動だにしなかった。



「さて、一つ質問です」



 そんな盗賊がもがく様子を眺めながら、呑気にそんなことを言いつつ、腰に巻いたチェーンを外すと、そのチェーンについた棺桶のアクセが淡く光り、それら五つすべてが一つに集まったかと思えば、鎖に繋がれた人一人くらい余裕で入りそうな、大きな黒に金の縁取りがされた棺桶に変わった。



「あなたはコレ、何だと思いますか?」



「は、はぁ? か、棺桶だろ」



 突然現れた棺桶に驚き、更にレガートの意図が分からない質問に困惑し、離れようとしていたことを忘れて、首を傾げながら律儀に答える。それに対し、レガートはその答えだと不十分なのか、首を傾げていた。



「そっかー。じゃあもう一個質問するわ。これは一体どういったもの?」



 不十分そうなレガートがもう一度質問をしてくれば、何故そんなことを訊くのだろうかと、元々捉えどころのない人物だと理解はしていたが、ますます分からなくなってきていた。



「……死体を入れておくものだろ」



 それでも律儀に答えれば、レガートは無邪気な子供のようにニカッと笑って見せて、「やっぱりそう答えるよなー」と納得したように何度も頷いていた。もしかしたら、今までの問答も何かの伏線ではないかと、盗賊が身構えるより先にレガートが口を開いた。



「俺はね、これを極上の懺悔室だと思ってるんだよ」



 そのレガートの言葉に、今度は盗賊が首を傾げる番だった。懺悔室とは、罪の意識に苛まれた人物が入る、教会の隅にある小屋のような一室で、仕切りを挟んで神父と対面し、懺悔を行うようなものだ。密閉された空間という点では共通点があるかとは思えるが、棺桶と懺悔室は全然結びつかなかった。



「死んだから入れられる。確かにそうだが、俺は死体を入れておくためだけじゃなく、死んだからこそ神様に最期の懺悔をするために、この棺に入れられるって思ってんだよ」



 レガートの言っている意味が理解できず、盗賊は首を傾げた。だが、そんな盗賊の様子に構うことなく、レガートは一方的に語り続ける。



「この棺で、俗世で穢れた不必要な器を捨て去り、魂となって神様に直接面会して懺悔をする。俺は棺桶っていうものはそういうものだと考えているから、コレは懺悔室なんだと思っている。ただの、じゃなくて、これ以上ないくらいの極上のな」



 どうやら語り終えたらしいレガートを見れば、言っていることは理解できていないが、言いたいことはそれだけかと気に留めないことにして、それよりもと剣を引き抜くために力を込めようとした時、まだ全部言い終わっていなかったらしく、レガートは更に言葉を続ける。



「でもな、神様は平等なんだ。生きていようが死んでいようが、この棺に入った者は誰でも懺悔することを許してくれる」



 そう語るレガートの言葉が、明るく弾んだ、楽しげに語るような声にも関わらず、ひどく冷たいものに感じて、盗賊は思わず凍えるように身体を震わせた。



「罪を犯した者、悩んでいる者、悪人だろうが善人だろうが、この中に入れば平等に手を差し伸べてくれるのさ」



 一体この寒気はと半ば怯える盗賊。そんな盗賊に、変わらず楽しげに語りかけながら、開いているのかいないのか分からないレガートの眼が、分かるくらいに細く鋭く開かれた。



 開かれた瞳は金色だった。どこか神々しそうな輝きを放っていそうなくらいの、きれいな澄んだ金色のはずなのだが、その瞳を向けられている盗賊はそんなことを感じ取れる余裕なんてなかった。むしろ向けられている今、まったくの正反対のもののように感じ取れたのだ。



 最初にノーボディとレガートを襲った際、盗賊達の瞳は獲物を狩る獣のように爛々と輝いていただろう。レガートの瞳も同種なのだが、まったくの別次元のものだった。



 獲物を狩ろうとしている、鋭い目つき。しかしその中には輝きなんてなく、ひどく淀んで見えた。盗賊達は狩る喜びを宿していたが、レガートのは狩ることで自分を保つといった、狩りという行為が当たり前だというような歪んだものを宿しているようだ。そのくせひどく貪欲で、呑み込まれてしまいそうになる。



「もちろん死者でも、生者でも……入っちまえば、どうせ一緒になるからな」



 レガートにばかり気を取られていたため、気付くとその背後にある棺桶がゆっくりと開いていくことに今気付いた。気付いた頃には、もう中が見えるほど開いていたはずなのだが、中は真っ暗で何も見えない。だが、その闇がまるで貼りついているかのようなものに感じられ、その向こう側では何者かが手招きしているように感じられる異様さを放っていた。



「い、嫌だ! 放せ!」



 その異様さが、間にレガートを挟んでいても直接意識を刈り取ろうとしているようで、いくら怯んでも強気だった盗賊は、半ば発狂したかのように騒いでもがき、少しでも離れようとする。しかし、やはり結果は変わらず剣はレガートの持つ聖書に挟まれたままだ。



 それならば剣を放してしまおうと思うのだが、頭の中では放そうと必死なのだが、恐怖で固まったようで握った手を開くことができなかった。



「それじゃあ、いってらっしゃい」



 そうしている間に、レガートは聖書を持った手を、自分の方へと寄せるように引く。思わぬ力につんのめりながらその力に従うように前に出て、レガートは手を引きながら避けるように立ち位置をずらした。すると、その先には完全に開かれた、異様さを放つ棺桶があった。



 聖書に込めた力が緩くなり、放り投げられるようにして盗賊は棺桶へと向かっていく。景色がまるでゆっくり流れていくように見え、満面の笑みを浮かべて見送るレガートと、抜けるような青空が目に焼きつくようだった。



「──いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」



 泣き声混じりの若干つまったような声で叫び、目には溢れ出んばかりの大粒の涙を貯め、すがるように手を伸ばすが、それら全てをこの世から遮断するかのように、無情にも棺の扉は閉められた。盗賊の視界を全て闇が支配し、意識を正常に保っていられたのはそこまでだった。外側にいるノーボディとレガート、それと彼の仲間の数人だけが、内側から最早言語として機能していないような奇声を上げながら、棺桶を何度も強く叩く音を聞いていた。



「主よ、哀れな子羊に救済を……アーメン」



 その音に、外にいる者でも気が触れてしまいそうになりそうだというのに、レガートはまるで本物の聖職者のような、優しげな笑みを浮かべながら、聖書に書かれた言葉を読み上げる。読み終え、聖書をパタンと閉じると同時に、グシャリと重く湿った音が響き、棺桶から赤い血が噴き上がった。棺桶周辺に、赤い水たまりができる。



 今まで聞こえてきていた、棺桶を内側から強く叩くような音も、狂った叫び声も途絶え、辺りを静寂が包む。赤い血だまりの中に佇む棺桶、そしてこの異様な空間で、返り血のついた顔で穏やかな笑みを浮かべ続けているレガートを見れば、誰もが恐怖で声を発することもできなかった。



「さて、残りのやつもさっさと片付けちまうかー」



 そんな静寂を破るように、一人片付いたしなと言い、レガートは次の標的に狙いを定める。その目を向けられた、脚を負傷した盗賊の一人は、顔を青ざめさせて引きつったような声を上げる。その盗賊の様子に構わず、レガートは鎖を握って肩にかけるようにして、軽々と棺桶を持ち上げれば、その狙いを定めた盗賊に歩み寄る。



「く、来るなっ!」



 うまく動かせない脚を引きずるよにして、必死に距離を取ろうとするのだが、何不自由なく歩けるレガートと違い進む速度は僅かなもので、すぐに追いつかれてその負傷した脚を踏みつけ、痛みで苦痛の声をあげる盗賊に構わず更に力を込めて、レガートはその男の動きを封じた。



「ぐっ──お、おい! アンタの仲間やりすぎじゃねぇか!? アンタ止めてくれよ!」



 脚を踏みつけられて、苦痛と恐怖が入り混じった、悲鳴のような声を上げる仲間を見れば、レガート相手に交渉しても無駄だと考え、盗賊の一人はノーボディに止めてくれるように頼む。しかし、ノーボディは彼らの最期を見届けようと顔をそちらに向けたままで、動く気配は見られなかった。



「おい、頼むよ! もう盗賊から足を洗う! だから、コイツを――」



「……お前は、同じように見逃してほしいと頼んだ人を、今まで見逃してきたか?」



 泣きながら、恥も外聞も捨てて助けを求めてくる盗賊に、ノーボディはそう問いかける。声は盗賊達が言う通り、やりすぎだと思ってはいるのか、少し躊躇うような響きがあるが、自分の決意は揺らがないといった、芯にはっきりと強い意志を宿していた。



「い、今まで何人だって見逃してきた! 本当だ!」



 しかし、恐怖に直面した男は、ノーボディの言葉は理解できても、その奥に込められた意味を理解できる思考までは麻痺しているらしい。その言葉に込められた意味に気付かず、必死に助かろうとする。



 その男の言葉に、レガートの嘘とは比べ物にならないくらい見え見えのものだと思えば、僅かに残っていた躊躇いを消す。



 殺された者の無念、遺された人々の悲しみを思えば、ここで許すわけにはいかない。かといって、自分達に裁く権利なんてないかもしれない。だから、ここは被害者に勝手に同情し、自分達で勝手に裁かせてもらおう――そう考えていた。



 それに、まだ平和な世界だったら更正も望めただろうが、弱肉強食を表したかのような、今の荒れ果てた世界ならば、一度世界の闇に負けて呑みこまれたものが、そう簡単にその闇を払拭できるとは思えない。今まで見てきた者ほとんどがそうであったため、ここで片をつけてしまった方が、新たに生む被害を防げるかもしれない。



「ひどく自分勝手な考え故の行動だということは分かっている。だから、恨んでくれても構わない。だが、一言――すまないとだけ、言わせてくれ」



 それは、助けを求める者に対しての明確な拒絶。望みが絶たれたと打ちひしがれるには、その言葉だけで十分だった。



「さあ、諦めて潔く神の元に逝くといい。なに、さくっと済ませてやるから。そのために銃で足狙ってやったんだから。ほら、先に逝ったお仲間も、早く来いって呼んでるぞ?」



 ノーボディが助けを拒絶すれば、もう言いたいことは済んだかと、レガートが更に距離を詰め、胸倉を掴んで持ち上げる。そのレガートの言葉に、頭を撃ち抜いてくれた方が遥かによかったと、声を上げることができずにただ震えるだけの盗賊はそう思った。



「ほら、懺悔しに逝ってきな」



 酷薄な笑みを浮かべ、レガートは躊躇いなく棺桶に盗賊を放り込む。盗賊十人全員が棺桶に放り込まれ、片付くのもそう時間はかからなかった――。



 †



「さて……いい暇つぶしもできたしな。このままじゃ、スプラッタでこの道通る人間が激減しちまうし、片付けてから進むか。てなわけで、ノーディあと頼んだ」



「はいはい……ほら、レガート。コレ使え」



 満足そうな笑みを浮かべ、邪魔な盗賊を排除したついでにいい気分転換ができたと、両手を挙げて大きく背筋を伸ばしつつ、辺りを見渡した。レガートの能力で排除した際に、辺りに散った赤い血が地面に付着してしまい、このままは駄目だろうと言いつつ、ノーボディに仕事を丸投げする。



 そうなることを予想していたため、特に反論することなく諦めたような投げやりな返事を返しつつ、濡らしたタオルをレガートに渡す。それを受け取れば「サンキュ」と素直に感謝しつつ、レガートは顔に僅かに浴びた返り血を拭き取り、ノーボディはその間に手帳を開き、アクトが使える同じギルド員の女性の名前を指でなぞり、能力を発動させた。



 帽子とウィッグを外せば、長いポニーテールにした黒髪が現れ、仮面を外せば凛々しい光を帯びた緑眼の女性へと早変わりした。身体のラインも曲線を帯びて、どこからどう見ても完璧な女性だった。



 その女性の持つアクトを発動させ、かざした両手に生み出した水を、血が付着している部分に向けて、出口を狭めたホースから出る水を思わせるような勢いで放った。



 順調に血の汚れを洗い流しながら、ふとレガートへと目を向けた。盗賊との戦闘での彼を見ると、どちらが悪役なのか分からないどころか、明らかに立場が逆転していたようだと思っていた。



 しかし、そんな勝つためなら味方すら騙して危険なめに遭わせかねない彼だが、どんなに手ひどく騙しても、最終的に今まで一度も仲間を裏切ったことはない。まあ最終的にであって、その前までは相手側に寝返ったりはするから、その事実を忘れそうにはなるが。



 だが、自分の利益優先で動きそうなレガートが、仲間を裏切らないというのは、とてもじゃないが信じられないような気持ちだった。平気で切り捨てそうなものなのに、最終的には必ず戻ってくる。



 どんなに危険な状況でも、駒と割り切って切り捨てずにいた方がいいと思えるほど、この仲間と一緒にいた方が得られる利益が大きいような、そんな目的が彼にはあるのだろうか。そうでない限りは、彼に関しては一緒に行動する理由がなさそうだ。



「……おーい、ノーディ。お前はいつまで水垂れ流してんだ?」



 考え事をしているうちに、どうやら洗浄を終えてたらしい。それなのに放水を続けるノーボディに、怪訝そうしているレガートの声でそのことに気付き、放水を止めれば帽子とウィッグ、仮面を拾って能力を解除し、それらを身につける。



「すまない、考え事をしていた。終わったことだし、行くとしよう」



「まあ、待て。あともう一つ、やっておかなきゃならんことがある」



 もう準備も後片付けも終わったことだしと、車に乗り込もうとするノーボディを、レガートが呼び止めた。見れば、そんな彼の前にいくつもの石を積んでできた小さな山があった。



「俺の能力で何も残らなかったが、一応な。お前も、手を合わせてやってくれ」



 その山を見ながら、気分が沈んでいるかのように声のトーンを落とし、レガートがその山の前に来るように促すのを見て、それが盗賊達の墓であることに気付いた。



 こういった、一般的な思考も持ち合わせ、感情だってある。利益目的であろうが、こういった一面もあり、好感が持てるからこそ仲間を続けられているのではないか──その姿を見れば、先程までレガートが何故仲間にいるのかと考えていた自分を恥じて、頷けばその石の山の前で跪き、合掌する。



 せめて、どうか安らかな眠りを──そう想いを込めて祈りを捧げていると、突然背後からエンジン音が聞こえてきた。まさかと嫌な予感を感じつつ振り返ると、案の定そこには運転席に座り、車のハンドルを握るレガートがいた。



「馬鹿め、ひっかかったな! 誰が世間の荒波に負けて道を外したカスのために墓作ったり、祈り捧げたりするもんか!」



 声高らかに笑いながらそう告げれば、ノーボディが何かを言うより先に車を走らせた。徐々に速度を上げ、止まる気なんてさらさらないという意思がはっきりと伝わってくる。茫然と小さくなっていく車を眺めることしかできず、レガートの高笑いが尾を引くように聞こえてくる。



 こんなプラスの点があっても、仲間であることを渋りたくなる理由に、例えどんなくだらない冗談で引っ掛けるにも、その時がどんなに緊迫したシリアスな状況であれど、空気を読まずに全力で騙しにかかるからではないかということを思い出していた。



「……ホント、アイツと行動すると、ろくな目に遭わない」



 諦めたようにため息をつき、能力を使うことで何とか車に追い付くも、そこからまた騙されてしまい、結局道程の半分近くは自力で移動する羽目になったということは、長くなるので割愛する──。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ