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Nobody  作者: 零千 涼
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Episode2:その男、破戒僧故に-上-

「戻ったら、なかなか将来有望な人材を見つけたと報告しておこうか」



 村での警護の依頼を終えてから丸一日、野宿をしつつとあるポイントを目指して森を歩いているノーボディは、昨日までの三日間のことを思い出して呟いた。まあ、戻った時のことより、戻ることが先だよなと、自分の発言におかしそうに笑う。



「……そう、戻るまでが先、だよな……」



 ふと思い出して呟いた言葉に、最初はおかしそうに笑っていたのだが、徐々に苦々しいものが混じって苦笑へと変わり、最終的にはどこか沈痛な様子が窺えるような、重々しいため息をついた。



 別に所属ギルドに戻るのが嫌なわけではない。むしろ、今となっては胸を張って我が家だと言える場所となったギルドに戻れることを嬉しく思う。だが、その戻るまでが嫌なのだ。



 実は、今ノーボディが向かっている地点で、たまたま近い場所の依頼を受けることになった同じギルドの仲間と合流する予定なのだ。そして、ノーボディが重々しいため息をついている原因が、その仲間なのだ。



「実力はある、しかもただあるだけじゃなく、超がつくほど一級のものだ。仲間として頼れる存在だろう。しかし──」



 そう、仲間であることを心強く思うのだが、「しかし」がつくのだ。それ以外のところで問題があると言える。



「正直、たまに仲間と言えるかどうかも危うい感じがするんだ──」



「ほう、それは一体どいつのことだ? お前が仲間のことをそう思っていたなんて知ったら、悲しむだろうなぁ」



「──うおっ!?」



 今までその仲間がしてきたことを思い返せば、頼りになるという前言も撤回しようかと考えていた時、そんなノーボディの肩に手を回し、落胆したようなため息をつく人物が唐突に現れ、ノーボディは驚いてその手を払いのければ、その人物から跳ぶようにして離れる。



 慌てて振り返ってみると、そこには合流地点で待ち合わせる約束をしていた仲間、レガート・ウォンがそこにいた。黒いロングコートのような修道服で腰の辺りにベルトを巻き、その修道服の裾より下を見れば黒いチノパンと、黒の革靴が見える。腰の辺りにチェーンを巻き、そのチェーンには前に二つ、後ろに三つ拳大の棺桶のアクセがついていた。



 焦げ茶色の髪をした、長方形のようなレンズをした眼鏡をかけている青年で、常に糸目で口は笑みを象っているため、かなり温和な、服装通り聖職者に向いているような人物ではないかと思えるが、実はそんなことはない。



 どんな状況であれ、相手が誰であろうと敵味方関係なく、さらっと自然に嘘をつくのだ。いや、嘘をつくなんて言ってしまえば、まだ可愛く聞こえるだろう。言葉だけではなく切り出すタイミング、挙動から話す際の呼吸や間までもが自然で、その嘘を相手に信じ込ませることに長けているのだ。



 しかも、ただ嘘をつくのならそこまで厄介ではない。時折本当のことも言うので、その言葉を信じるべきか疑うべきなのかの判断が難しいのだ。その配分もこれまたありがたくないことに絶妙で、余計に困る。



「嘘と真実を原液のままブレンドして、更に蒸留することによって凝縮させたものを使って動いているような存在だよな……」



「何か言ったか?」



 思わず本音がこぼれ、それに気付いたレガートが顔を覗き込むようにして訊ねる。仮面をつけていて、尚且つその下の顔がなかったとしても、なんとなく考えていることが読まれてしまいそうな気がして、「いいや、何も」と顔を逸らした。



 根っからの詐欺師で女好き──いや、女好きというよりは口説いて落とすまでを楽しんでいる──そんなレガートは、戦力で頼れても本当に厄介だった。破戒僧という言葉は、彼のためにあるんじゃないかと、ノーボディは小さくため息をついた。



「なんだよ、ノーディ。ため息なんてついて……依頼で寄った村がしけてたからか?」



「違う、いい村だったよ。そっちはどうだったんだ?」



 自分が原因だとおそらく知っているのだろうが、シラを切って訊ねてくるレガートに、これ以上この話題に触れられないようにしようと話を逸らす。ちなみに、ノーディというのは仲間が使う、ノーボディの愛称だ。



「俺か? こっちも大したことなかったな。魔物の襲撃から救ってくれとかいうから、ある程度の装備でもあんのかと思ったら、何の準備もないわ、魔物は大したことないわ、依頼達成報酬もしょぼいわ」



 ホントひどい仕事だったと、報酬が入っているのであろう袋を軽く揺すっているが、どう見てもしょぼいなんて言えないくらい膨れていた。大方、口八丁手八丁で報酬をふんだくったのだろう。しかも、悪い噂が広まってギルドに依頼──収入源が途絶えないように策を練って、だ。



「……ため息しか出てこないな」



「ため息をつくと幸せが逃げると言うぞ?」



 コイツといるとうんざりするなと、重々しいため息をつくノーボディに、どこ吹く風といった様子のレガートがそう声をかける。しかし、すべて分かったうえでやっているのだということはノーボディも理解している。これも、自分がうんざりしている様子を見て、心中でおかしそうに笑っているのだろうと、ノーボディは察していた。



「本当に、お前がなんで同じギルドに所属しているのかが分からん……」



 何か抗議の言葉をかけるのも疲れたのか、諦めたようにため息をついた。



 二人が所属しているギルドは、「悠久の旅団」という。何故ギルドなのに旅団と名前に入れているのかというと、元々が単なる旅一座だったからだ。その旅一座のリーダーというのがとんでもないお人好しで、旅先で困っている者あらばと手当たり次第助けているうちにその名が知れ渡り、こうして今ではこの世界で最も大きなギルドとなっている。



 方針としては来るもの拒まずなため、ノーボディのようなオラクル使いからアクト使い、更には何の力も持たない者まで多く集まっている。しかし、いずれ起こる隣国との戦争のための重要な戦力にと、オラクル使いやアクト使いは土地に縛られてしまうケースが多いため、そんな自由な方針の悠久の旅団には、自然と能力者が多く集まってしまう。そのため、何かと疎まれるような組織となってはいるが、どんな仕事も引き受けるため、余計な地位等を持たない民達には割と好評だ。



「んなもん、働かなきゃ生きていけないからに決まってんだろうが。大手ギルドにゃ依頼もわんさか来るから稼ぎまくれるしな。そういうお前はどうなんだよ?」



 何を当たり前のことを訊くんだと、さも自分の意見が当然だというように語るレガートだが、これも本気の発言なのか分からない。まあ、それは今考えたところでどうでもいいかと思い、とりあえず訊かれたことに応えることにする。



「私は、こんな体だからな。自分を探すという目的も道標があるわけじゃない。だから、こんな体でも疎まれることの無いような、そして手がかりになりそうな情報が集まるような組織に所属したいと思ったからさ」



 今なら何とも思わないが、昔はこんな特殊な体を見た誰かに疎まれたり、化け物扱いされることは嫌だった。だから、「なるほど、そんな体なのもその能力故か」と、自分を受け入れてくれそうな能力者が多く集まる組織で、尚且つ情報が集まるところがよかったのだと答える。



「……まあ、何かしらの組織に所属しているのが人間っぽいから、という理由もあったな」



 当時はこの三つだけを考えてがむしゃらに動き、悠久の旅団に所属した時もよく考えずの行動だったかもしれんなと、ノーボディは少し恥じるような響きを込めて、おかしそうに笑った。



「人間っつーのは、徒党組んだりと集団で行動したがるもんだしな」



 それを聞けば、人間に憧れるが故にその対象をよく観察してるんだなと、レガートは納得したように呟いて頷く。



「つかさ、最初がどうだったかわかんねぇけど、人間らしい行動を心がけようとするお前は、誰よりも人間くせぇが、これって自己ってやつを見つけたと言えるんじゃないのか?」



 前々から思っていたけどと前置きし、レガートは既に目的は達成できたのではないかとノーボディに問いかける。それを受けて、ノーボディは首を横に振った。



「確かに、自分としての考えはある。これは、確かにレガートの言う通り、内面だけでも自己というものを得たんじゃないかと思う」



「じゃあ、なんで違うっていうんだよ」



「……お前にだけは言いたくないな。なんとなく弱み握られた気分になる」



「へーへー、そうかい」



 最初こそはレガートの意見に否定を返し、何故かと問われればそれに答えようとするも、ふと考え直してそれ以上は語ることを止める。レガートはといえば、いつもと変わらない食えない笑みを浮かべてへらへらとしているだけだった。



 それを見れば、もしかして知っているんじゃないかと思うが、相手はそこらにいるものとは比べ物にならないくらい、厄介度で言うならば最上級の詐欺師なのだ。ここは話を逸らすのが得策だろう。



「そういえば、あの二人は無事に依頼を終わらせることができただろうか? いや、あの二人のことだから、心配はしていないんだが……レガートと同じような、魔物からの村の防衛だったよな?」



 確か、数が多いから一人では無理ということで、二人で向かったんだよなと、話を逸らすついでに何気なく訊いてみようと思い、半歩後ろを歩いていたはずのレガートの方へと振り返ってみれば、そこには誰もいなかった。



「……あれ?」



「おい、なにやってんだ? 道はこっちだぞ」



 どこに行ったのかと辺りを見渡してみると、ノーボディのいる位置より少し離れた後方にある木陰から、レガートは上体だけを覗かせてひらひらと手を振りつつ、その木陰の奥の方を指差した。



 そんなレガートに、ノーボディはやられたと額に手を当てた。話を逸らさせることを考えさせ、その隙をついて相手に「半歩後ろについて一緒に歩いている」と思わせたまま、ゆっくりと離れたのだ。



 自然と自分から意識を逸らさせ、尚且つそれに気付かせない行動。その足運びも自然で、いつ離れたのか気付かなかった。もしかしたら今までの会話も、距離、進むスピードなどを計算したうえで狙ってやったのではないかと思えてくる。



 からかっているだけ。それだけならばまだいいが、こういった些細なことでさえも、後の布石にしてしまうことができるのが、レガートの尊敬はできないすごいところだ。敵を欺くには味方からと言うし、仕方ないと考えているノーボディでも、終始それを徹底しているかのようなレガートには、やりすぎだと言わざるを得ない。



「このままだと、味方が誰一人いなくなってしまうぞ……」



「そんな単純に、例えどんなものでもあっさり終わらせちまうようなやつだと思うか?」



「仲間に対してなら、そんな潔く終わるようなやつであってほしいがな……」



 レガートが指し示した方へと向かいつつ、呆れたように呟くノーボディに、それが聞こえたレガートはいつもと変わらない、特に気にした様子を見せずに余裕綽々と返す。それを聞けば、開き直ってないで直すべきところは直してほしいものだと、もう一度ため息をついた。



「ふむ……直ったら直ったで気持ち悪くないか? 俺が素直になるんだぞ?」



「…………いや、気持ち悪いとかじゃなくて、味方に害がなくなるんだから、そっちの方がいいと思うんだが」



「そういう割には、結構考えていたみたいだが?」



 その誰彼構わず嘘をつくところを直せという言葉に、しかし考えてみろと言われ、素直にノーボディは考えてみる。そんなの考える必要がないとばかりに返すのだが、相手が言うことに同意できる部分もあるらしく、返答までに空いた間についてレガートに突っ込まれる。



「まあ、確かに気持ち悪いと思っていたのも事実だしな……おっ」



 そのつっこみに対し、別に相手はレガートだしなと考えて特に隠すことなく頷き、背後でひどくないかと子供のように抗議の声をあげるレガートを無視しながら進むと、徐々に木々が少なくなっていって、森から抜け出して視界の開けた場所へと出ることができた。



 先程までいた森とは違い、自然が点のようにぽつぽつとしか見られないような荒野だった。鬱蒼と生い茂った森の中とは違い、直射日光が容赦なく照りつけてきて暑いが、どこまでも広がる、抜けるような青空とそよ風がどこか爽快的な気分にさせた。



「ふぅ……久々に太陽の光を浴びたような気分だ。気持ちがいいな……」



 木の根などが邪魔をして、なかなか歩きづらかったということもあり、うんざりしていたし疲労も少しながらあったのだろう。森を抜け出したことで一息つくように、ノーボディは両手を上にあげて大きく背筋を伸ばした。



「おい、ノーディ。一息つくのはいいが、済んだら手伝え」



 ふと、そんなレガートの呼ぶ声が聞こえたため、ノーボディは声のした方へと目を向ければ、今二人が出てきた森の出入り口近くの茂みにいて、レガートは茂みを掻き分けていた。



「ああ……そういえば、この辺に隠してたんだったな」



「そういうこと……っと、こんなもんでいいな」



 それを見れば、ふと思い出したようにノーボディも駆け寄って茂みを掻き分ける。二人で茂みを掻き分けると、その下に隠していたものが姿を現し、もういいだろうとレガートは手の汚れを払い落とすように両手を叩いた。



 茂みから出てきたのは、迷彩模様のオフロードカーだった。屋根のないオープンカー仕様のものだったため、座席には木々から落ちた葉が結構あったが、それは払ってしまえば問題ないし、走行に問題があるような点は見られなかった。



 ギルド本部からここまで来て、この森からは降りなければ行けないため、盗難防止でこうして茂みに隠していたのだ。おおっぴらに停めていれば、盗賊などに盗られてしまう可能性がある。



「まあ、盗られていたとしたら、そいつらを探し出してしばくけどな」



「お前だと、ただ本当にしばくだけだとは思えないがな……というか、そういうやつら従わせて個人で軍隊でも作っていそうな気がするが?」



「ふむ、どうだろうな?」



 運転席に乗り、エンジンをかけつつただでは済まさないと言うレガートに、本当にそれだけなのかとノーボディがつっこめば、どうとでもとれるような返答をしつつ、レガートは車を走らせた。



 まだボンネットの上に乗っていた木々の葉が、走り出したことによって風を受け、舞い上がっていく。吹き抜ける風が直に当たるため、ノーボディは被った帽子が飛んでいかないように気をつけながらも、流れていく景色に目を向けていた。



「……それにしても、ここに来る時も思ったが、あまり道がよくないな」



「まあ、荒野だしな」



 割と平らに見えるのだが、そこは荒野と表現するに相応しいようで、よく見ればデコボコしていて、小さいながらも震動が伝わってくる。大きく揺れるのも気になるが、小さい震動が不意に、不定期なタイミングでくるのも気になるものだった。



「戻るにはこの道しかないからな……仕方ないか、我慢できないわけではないしな」



 気にしたところでどうにかなるわけでもないし、ずっと続くというわけでもないからなと、ノーボディは諦めたようにため息をつけば、レガートは何か閃いたというような表情を浮かべる。



「お前の能力で、この辺を全部真っ平らにできるくらい強力な能力を持ったやつコピーできないか? それ使って、この荒野すっきりさせようぜ?」



「いや、私達の都合で地形を変えたら駄目だろう……」



 名案だろうと言わんばかりなレガートの言葉に、そんな神にしか許されない所業を、易々と行なっていいわけないだろうと、ノーボディがその声に苦々しげな響きを込めて返せば、再びレガートは何か閃いたような表情に変わる。



「実は、黙っていたが……お前は神の魂そのものだったんだ。だから、実体なんて必要なくてだな――」



「はいはい、そんなのすぐ嘘って分かるからな?」



 声だけは真剣なトーンで、しかし表情はいつも通りの笑みを浮かべて語るレガートに、さすがにそれには騙されないぞと返す。



 常時詐欺師なレガートではあるが、騙す必要性がない時はこんなくだらない冗談を言うこともある。その時は気楽に接することができるのだが、冗談がくどいのと、その会話もたまに何かしらの伏線だったりするのは、やはり気が抜けないところではあるが。



「じゃあ、あれだ。実はお前は──」



「じゃあとか言ってる時点で、信じてもらえると思ってないのを分かっててやっているというのは分かったから、その辺でやめたらどうだ?」



「いや、つっても暇だからな。くだらない冗談の一つや二つ言ってなきゃ退屈なんだよなぁ……」



 やはり騙すつもりはないらしく、テキトーな発言をするレガートに、いい加減にしたらどうだと苦笑気味に返すノーボディに、そんなこと言うなら何か暇潰しできるような案を提示してくれと、欠伸を噛み締めるようにして返す。



「そんなこと言われてもな……」



 一方は運転に集中しなくてはならないため、使えるのは口のみとなれば、暇潰しをするとなればしりとりくらいしかないぞと、首を傾げて考える。



「そんなもんしか思いつかないのか、役にたたねぇな」



「……そんなこと言うくらいなら、レガートが何か案を出せばいいじゃないか。そもそも、言いだしっぺはそっちなんだからさ」



「おおーっと、眠気で思考がうまく働かなーい。ついでにハンドル操作もままならなーい」



「そう露骨に脅しをかけてくるな! 分かった、何か考えておくっ」



 特に思いつきそうにもない様子のノーボディに、偉そうな態度で発言するレガート。そんなレガートの言葉に、付き合うのがアホらしくなってきたとため息をつけば、わざとらしい発言と共に、ハンドルを大きく回して蛇行運転をし出したため、とりあえずもうしばらく付き合うことにした。



 そんな慌てた様子のノーボディに、レガートはどこか満足気な様子で笑みを浮かべている。どうやらからかっているようだ。まあ、いつものことだよなと諦めたようにため息をつきつつも、ふと辺りを見渡してみれば、両側を大きな岩壁に挟まれた、渓谷の入口までに来ていた。



「ここまで来たか……ここを通れば、後はギルド本部まで半分だな」



 意外と結構進んだんだなと、見たことのある光景を眺めて呟けば、レガートは再び欠伸を噛み締めるようにして口を開く。



「ふあっ……まだ半分もあるのか……おい、暇潰しの方法何か思い付いたか?」



「暇潰し暇潰しって……『まだ』と考えず、『もう』と考えればいいじゃないか」



 さっきから本当に退屈そうだなと、欠伸を噛み締めるレガートを見て、ノーボディは乾いた笑い声を上げる。本当に眠気を誤魔化すようなことができなければ、眠って事故を起こすのではないかと思えてくる。



「いーから、なんか暇潰しー」



「子供か……そんなことばかり言っていると、退屈なんて言ってたのが嘘みたいなトラブルに巻き込まれ──」



 子供がだだをこねるかのように、しつこく暇潰しできる案を出せと言うレガートに、いい加減にしろと僅かに苛立ちを見せたノーボディが、そう言うのも大概のいしておけと忠告している時だった。



「……?」



 微かにガラガラと何かが崩れるような音が聞こえたかと思えば、車のフロントガラスを何度か小石が叩く。一体なんだと思っていると、その小石がノーボディ達にも降り注ぎ、微かに聞こえていただけの音が徐々に大きくなっていくのに、まさかと思い二人は頭上へと目を向けた。



 すると、岩壁の傾斜を滑り降りるようにして、自分達が乗っている車の二倍くらいはありそうな大岩が、こちらに向かって転がってきていたのだ。



「っ、レガート!」



「言われなくても──!」



 その大岩を避けようと、レガートはすぐさまにハンドルを大きく切る。気付くのが一瞬早かったのがよかったのか、大岩が車体に掠るか掠らないかくらいのギリギリのところでかわすことができた。



「おわっ──!?」



 しかし、その大岩落下の衝撃と急ハンドルのせいか、ノーボディの体は宙を舞い、車外へと放り出されてしまったのだ。普段ならば規則だからとシートベルトはかかさずつけるようにしていたのだが、今回は疲れて失念していたのか、シートベルトをかけ忘れていた。



「くっ!」



 自分としたことが、とんだ失敗を犯したものだと、ノーボディは悔しげに舌打ちしながらも、なんとか受け身をとる。地面に打ち付けられて、何度か跳ねるように岩肌な地面の上を転がり痛みはあるものの、大きな怪我はなさそうだった。



「くっ……規則は守るべきだと、いい教訓になったな」



 まだ体が痛むが、立てないというほどのものではない。ゆっくりとその場で立ち上がり、社外に放り出された際に飛ばされたが、意外と身近に落ちた帽子を拾い、軽く埃を払うように手で叩いて被り直す。



 ふと車の方を見れば、車体を横にして半ば無理やりに停車させれば、レガートは車から降りてノーボディに歩み寄る。その顔は心配しているものとは違い、何やってんだかと馬鹿にするような笑みを浮かべている。



 それを見て、しばらくこれをネタにからかわれるんだろうか、自業自得だから仕方ないと、自分に言い聞かせるようにしてノーボディがため息をついた時だった。



「──!?」



 突如鳴り響いた銃声に、えぐれるレガートの足元の地面。銃撃を受けたと判断する頃には、二人は複数の男達に囲まれていた。



「……なるほど。盗賊に待ち伏せされていたか」



 今の銃撃だけではなく、タイミングのいい落石も、今突然現れた男達の仕業だろうとノーボディは理解した。全員が武器を構えて、獲物を見るかのようなギラついた目をしていながら、盗賊ではなく善意で助けに来た一般人だと言われても信じられるわけもないので、盗賊だというのも間違いない。



 数は十人。ノーボディを取り囲むようにして五人と、レガートを取り囲むようにして五人だ。全員が銃か剣を構えている。



「もう大体察しがついてんだろ? なら、こっちの要求も分かるよな?」



 冷静に状況を判断していると、盗賊の一人が銃を見せ付けるように軽く振るって見せて脅しをかける。それを見れば、馬鹿なやつだと思い、とりあえず能力発動までの間に弾除けになるものが近くにないかと探して──ふと気付いた。



(……面倒な)



 それを見つけた時、ノーボディは額に手をついてため息をつきたくなった。おそらく先程車外に放り出された際に、その衝撃で離れてしまったのだろう。懐に入れておいた黒い手帳が、盗賊達の足元に転がっていたのだ。



 どこにでも売っていそうな、変哲もないただの手帳。しかし、ノーボディにとってその手帳は大事なものだった。何故なら、ノーボディの能力はその手帳を使うことで発動できるのである。



 オラクルは個々によって能力が違うが、その人物がどんな能力を身につけるのかは、その人物が信じているものや独自の考え、生き方等に左右されると言われている。



 ノーボディの場合、「名は体を表す」という諺を信じている。名前というものが個体を識別できるものの一つだというなら、名前というものが、その人の人となりを示しているのではないかと考えている。



 「名」があるから「体」を成せる。そういう考えがあるが故か、ノーボディはコピーしたい相手の名に触れることによって、自分にその存在を上書きすることができるのだ。その落とした手帳には、様々な人物の名前が記されてある。



(何かしらの物が、能力発動の媒介となる場合は、こういう欠点があるな……)



 そのため、手帳が手元にない今、能力の発動ができない。本当に面倒なことになったものだと、ノーボディは内心ため息をついた。この能力は最低でもその人の容姿と、本人意外でもいいから、その人がどんな人物かを知っていれば、完璧にコピーができると便利だ。名前も綴りを間違えていなければ、自分で記したものでも可能なのだが、十分しかコピーできないという制限時間も欠点だろう。



 まあ、手帳が手元にないというのは絶体絶命という状況ではない。ただ面倒だというだけだ。こういう能力が使えないという状況に出くわした時のための対策だって用意している。



 しかし、その対策とやらも、こんな周囲を囲まれた状況では使えそうに無い。全員が武器をこちらに向けているのだ。この状況をなんとかしなければ──ノーボディがそう考えた時だった。



「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」



 突然レガートが悲鳴をあげながら、ノーボディや盗賊に背を向けて走り出したのだ。その咄嗟のことに反応が遅れた盗賊の一人を突き飛ばし、躓きながらも少しでも離れようとしているかのように逃げていく。



「なんだアイツ、だせぇ」



「おいおい、お仲間一人置いて逃げんのか?置いていかれたな、お前」



 そんなレガートを見れば、盗賊達は馬鹿にするように、腹を抱えて大声で笑う。しかし、よほど必死なのか、そんなのに構ってられるかと言わんばかりに、必死に逃げ続ける。



「どこ行こうっていうんだよ、まだお前には用があるんだよ」



 必死に逃げるレガートが面白いのか、そんな彼を取り囲んでいた五人の盗賊が、面白がって追いつくか追いつかないかの距離を保って追いかけてくる。そんな自分を追いかけてくる盗賊を見れば、「ヒィッ!」という喉を引きつらせたような悲鳴を上げて、更に走る速さを上げて逃げようとして、足をもつれさせて転んだ。



「カッコわりぃ! コイツ見てて哀れだな!」



 そんな様子に、更に盗賊は大笑いをする。そんな笑い声だけで十分恐怖を与えられているのか、レガートは大きく身を跳ねらせ、急いで立ち上がって再び逃げ出す。



「お前も可哀想に、仲間に恵まれなかったな」



 脇目も振らずに逃げるレガートと、面白がって追いかける盗賊達。そんな趣味の悪い鬼ごっこを眺めながら、ノーボディの周りにいる盗賊達が、同情というよりは馬鹿にしたかのように声をかけてくる。しかし、ノーボディはそれに応えなかった。



「はぁ、はぁっ……うわぁ!」



 逃げることに必死になりすぎて、足元を見ていなかったようだ。どうやら段差があったようで、足を滑らせて落ちてしまったらしく、レガートの姿が消えた。



「本当に馬鹿みてぇだな! そろそろ飽きたし、身包み剥いでさっさと殺しちまおうぜ」



 それを見れば、本当にどうしようもない馬鹿だと嘲り、もう終わりにしようと一人が銃を構えながらその段差へと近付いた時だった。



「うおっ!?」



 盗賊の一人がその段差へと近付くと、その男も段差の陰へと姿を消した。最初それを見た仲間達は、「お前まで何やってんだよ」と笑おうとしたのだが、消えた直後に鳴り響いた銃声に、その笑いは引っ込んだ。



「よそ見してていいのか?」



 その一瞬、誰もがレガートと盗賊の一人が消えた段差へと目を向けていた時、ノーボディは今だと思い、メンズスカートの陰に隠れた、内腿も辺りに着いているベルトに取り付けられた、小型の投げナイフを数本手に取り、近くにいる銃を持った男数人に向かって投げつけた。



 その気を取られてできた、一瞬の隙をついた行動に、盗賊達は何か対応することもできず、吸い込まれるかのように銃を持った手にナイフが突き刺さり、銃を手から離してしまう。



「テメェ……!」



 攻撃を受けた仲間を見て、よくもやってくれたなと激昂する盗賊達を前に、ノーボディは慌てることなく、投げナイフと同じベルトに取り付けられた、近接用の一本のサバイバルナイフを手に取り、逆手に持つようにして構える。これが能力を使えなくなった時のもしもの対策で、そのためにナイフの扱い方は日々特訓しているので、心得はある。



「ふざけた真似しやがって! テメェから先に――!?」



 攻撃しただけではなく、その隙に逃げるわけでもなくナイフを構えたのを見れば、抵抗する気だということを理解できただけではなく、その上で勝つ気でいるという相手の考えもその行動で読み取ることができ、なめられていると判断した盗賊達は、今すぐ襲いかかろうとしたところで、背後から聞こえた発砲音で足を止めた。



「おっと、こっちにもいることをお忘れではないかい?」



 振り返ってみれば、足を抑えて苦しげに呻きながら蹲っている仲間が一人と、段差の陰から悠々と姿を現し、その手には銃を握っているレガートがいた。発砲したのはレガートだということは分かるのだが、先程まで惨めなくらいに逃げ惑っていた男と同一人物だとは思えなかった。



 それもそのはず、あれは盗賊側を油断させるための演技なのだから、違って当然だ。――いや、レガートの場合、演技というのは少し語弊があるかもしれない。彼にとってはあれが嘘ではあるのだが、本当でもあるのだ。



 それくらい自然で、まるでそれが普段通りに思わせるようなレガートの言動は、彼を知らない人物ならば、歴戦の戦士相手でも騙せるだろう。それほどまでに巧みなものだ。



「おーおー、呆けてる暇あんのか? 仕掛けないなら、こっちから行くぞー?」



 そんな未だに状況の理解をしきれていないような盗賊達を見れば、それを分かっていながらも気付いていないような笑みを浮かべつつ、銃口を動きの固まった盗賊にちらつかせるように向ける。



「!? っ、くっ!」



 さすがに銃口を向けられれば呆けている余裕なんてなくなり、慌てたように身構える。中には飛び道具には飛び道具でと、先程落とした銃を拾おうとする者もいるのだが――。



「おっと、そう簡単には拾わせないぞ?」



 銃へと伸ばした手と、拾おうとした銃の間の地面に、投げナイフが当たる。さすがに硬い岩では突き刺さることなく、少し削る程度で弾かれてしまうが、忠告としての効果は十分ある。見れば、ノーボディが逆手にナイフを持った手とは逆の手に、投げナイフを握って構えていた。



「ちっ……おい、仕方がねぇ。元々の作戦通り、お前等はそのクソ神父、俺達はこっちのよく分かんねぇ野郎をぶっ殺す。いくぞ!」



 相手は退く気配も見えないため、こうなったら当初の予定通りいくしかないなと、一人が指示を飛ばす。それを受ければ、他の仲間も異論はないらしく、小さく頷いてすぐに身構える。銃を持っていた者も、丸腰ではキツイと考えたようで、備えで所持していた短剣を鞘から抜いて構える。



 段差で隠れていたレガートに足元をすくわれて落ちた際に銃を奪われ、おそらくは撃ち殺されたであろう一人と、そんなレガートの足元で撃たれた箇所を抑え苦しそうに呻いている一人。死傷者二人で戦力は八人のため、ノーボディとレガートにそれぞれ四人が戦うつもりらしく、じりじりと距離を詰めてくる。



「なかなか手馴れているみたいだな……」



 感情を抑え込むものの、作戦に差し支えない程度に抑えるだけで押し殺しはせずに、そうすることで仲間や己の士気を下げさせない。そして下手な作戦変更で余計な混乱を招かず、セオリー通りの行動をとる。それを見れば、一回や二回程度ではなく、常習犯であるとノーボディは判断した。



「なんだ、怖気づいたのか?」



「いいや? それならば、一層排除するために頑張らなくてはならないなと思っただけさ」



 ノーボディが自分達を油断できない相手だと判断したのが分かれば、逃げたいなら逃げてもいいぞと馬鹿にしたように笑えば、ノーボディは鼻を鳴らすかのように小さく笑いつつ返す。改めて逃げるつもりはないという意思を示せば、盗賊達もやることは一つのみと、表情を真剣なものへと変える。



 辺りを包む、緊迫した空気。どちらからとも動こうとはせずに、お互いに出方を探っているようだ。しかし、それも数瞬の話だ。このままでは埒が明かないだろうと即座に判断したらしく、盗賊達はすぐさま一斉に駆け出し、ノーボディとの距離を詰める。



 下手には動かない、しかし状況に合わせて臨機応変に動く柔軟さはある。こうして盗賊をしているのがもったいないくらいだとノーボディは思った。



「まあ、それも仕方ないものか……」



 認めたくは無いものだがと、ため息をつきつつノーボディは呟いた。世の中とは無情なものだ。例え実力があろうとも、一瞬の隙をついて築き上げた土台を全て食らい尽くす──これが世の常だ。



 何故こんな人物が──などといくら嘆いたところで、どうにもならない。彼等にもこうなった理由はあり、それが最初は望んだものではなかったかもしれない。

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