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Nobody  作者: 零千 涼
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Episode1:その男、無が故に-下-

 その彼を見ているノーボディの表情は、仮面に隠れていて分からない。その写真を数秒ほど眺め、ノーボディは踵を返して台所へと向かった。





 仕事を請け負ってから、三日目。今日一日警備の仕事に当たれば、ノーボディは明日の朝には帰ることとなる。



 結局、あれからディンが帰ってくることはなかった。警備の人間に聞けば、昨日この村を出た者はいないと言っていたので、この村の中にはいるようだ。



 この狭い村の中で、上手く隠れることができたものだと、冗談っぽく笑って見せるが、やはり少し心配だった。昨日の話を聞いて、ディンがあんな行動をとった理由が分かったと同時に、村を出ていないということを聞いていながらも。もしかしたら──そういう不安が僅かながら胸の中で渦巻いていた。



「焦っている、んだろうな……」



 兄との約束の話を聞いて、今までのディンの行動を考えればそうなんだろうと考え、ノーボディは誰に言うでもなく呟いた。



 早く成果を出さなくては、早く同じ場所に立たなくては、兄はどんどん離れていくのではないか──そんな焦りから、ディンは自警団になることにこだわっているのだろう。



「まあ、悪いことではないんだが……」



 何かの目標に必死になって向かっているのは、悪いことではない。目標もなく、ただ戦いに身を置いているだけの存在よりは、戦いが始まってすぐでも生きたいという意思が強く、意思を強く持っているということは、その分自然と動きや判断も生き抜くに適したものとなり、生き延び易い。



 しかし、その目標が強すぎると、その一点しか見えなくなってしまい、足元がすくわれやすくなってしまう。強すぎる薬は毒にしかならないのだ。といっても、ノーボディにとってこれは受け売りなのだが。



 受け売りとはいえ、ディンの様子を見ればノーボディもその言いたいことはなんとなく分かるようだった。あの様子ならば、もし戦場に向かった場合、ディンは目標を果たす前に──そんな危うさを、ディンから感じ取れた。



「それに、腕も未熟だからな……」



 まあ、自分には言われたくはないだろうが──そう分かっていながらも、まあ事実だしなと思い、苦笑を浮かべつつ呟いた。そんな時だった。



 突然村の入口の反対側の方から、騒がしい音が聞こえてきたのだ。鳥が一斉に飛び立つ羽ばたく音、動物達の危険に対する警戒の鳴き声、それらに一瞬遅れて、人の悲鳴も聞こえてきた。



「ノーボディさん!」



 一体何事かと身構えるノーボディに、ゴグラが慌てた様子で駆け寄ってくる。



「ゴグラさん、これは一体──!?」



「警備の交代時間で配置に向かう途中だったから、俺にもよく分かっていないが、どうやら襲撃を受けたようだ!」



 こんな辺鄙な村を襲って得られる利益なんて、あるとは思えないがな──こんな突然の状況だからこそなのか、そう皮肉るように引きつった笑みを浮かべた。



「俺はこのまま騒ぎのあった方へ向かってみる! ノーボディさんは、念のため村の入口へ向かってくれ!」



「分かりました!」



 陽動の可能性もあると、そう言って入り口に向かうようにゴグラが言い、ノーボディも特に異論もなくて頷けば、二人はそれぞれ反対の方向へと向かって駆け出した。





「っ!? な、なんだ!?」



 同時刻、村の入り口付近にディンはいた。父親に言われたことについカッとなって家を出たものの、村から出ると状況が悪化するだけだと思い、結局その付近にある使われていない小屋で一晩を過ごすことにして、先程起きてこれからどうしようかと考えていた時だった。



 突然起きた騒ぎに慌てて小屋から出て、騒ぎの方へと目を向ける。しかし、分かりやすい変化が起きているわけではないらしく、見ただけでは何が起こっているのか分からなかった。



「くそっ……こうなりゃ現場に向かって、この目で確かめるしかないか……!」



 小さく舌打ちをして、その騒ぎが起こっている場所へと向かって駆け出そうとした時だった。背後から、体の内側に重く響くような轟音が聞こえてきたのだ。



「なっ!?」



 その轟音に驚き、前に踏み出していた足に力を込めて急ブレーキをかけ、よろけつつもその足を軸にして振り返る。すると、見張り用の高台の大半が破壊され、白い粉塵が空へと向かって立ち上っていた。



 何か事故があったんじゃないか、最初の騒ぎを感じた時はそう考えていたが、明らかになにかしらの力が原因で破壊された高台を見れば、今この村が襲撃されているのだということを理解した。



「まさか、アクトの使い手が……!?」



 その破壊された高台を見れば、爆弾で破壊されたということは、威力からすれば考えられるかもしれないが、投げ込まれたことに警備の者が気付かないわけがない。つまりは、その初期動作を悟られずに済む手段ではないかと考え、その結論に至った。



 アクトとは、魔物が出始めた頃と同時期に、人々が目覚めた異能の力だった。汎用性のある力で、近いもので表すならば魔法という存在だろう。しかし、この力は誰もが持っているというわけではなく、何かが原因で目覚めることもあるのだが、所持しているのは世界全体の人口の半数かそれ以下だろう。



 そんな世界に数少ない使い手が、この村に襲撃をかけてきた──警備も手薄となっている現状でその事実は恐怖を与え、現にディンの体はその空間に縫い付けられてしまったかのように、一瞬固まって動けなくなってしまった。



「……この襲ってきたやつ、オレが倒すことができたら……」



 しかし、それも一瞬。頭の中で、もう一人の自分が囁いたのだ。この事態の元凶を倒し、村の平和をこの手で取り戻すことができれば、父親も見直して自警団になることを許してくれるのではないか。そうなれば、兄との約束を果たすという夢も一歩近付くのではないか、と。



 その考えが頭をよぎれば、ディンはもう迷う必要なんてなかった。自分の中にまだ残る恐怖を、頭を勢いよく左右に振ることで追い払えば、一つ深呼吸をして村の入り口へと向けて、急いで駆け出した。



「そこまでだ!」



 あまり離れてはいなかったため、すぐにむらの入り口へとたどり着いたディンは、そこで自警団の男達が一定の距離を保ちながら武器を構えて、取り囲んでいる四、五人の男達がいるのを見付け、それが襲撃者であることを悟り、自警団の間を通って前へと出た。



「ディン、お前今までどこにいたんだ!? 村長が心配して──」



「ああ、ハイハイ。今はそんな話してる場合じゃないだろ?」



 そんな突然現れたディンに、驚いた様子を見せてみんな探していたんだと、怒ったように言い出すのを、ややうんざりしたような表情を浮かべながら、目だけをその方へと向けて後で聞くと軽く流した。



 その間、相手側が何かしらの攻撃を仕掛けてくるかとすぐに視線を戻すと、そんな様子など一切見られないような、ニヤニヤと笑って変わらずそこに立つ男達がそこにいた。よほどの余裕を持っているのだろう。



「……話は終わったかぁ?」



 視線を元に戻したディンを見れば、その集団の先頭に立つ、おそらくリーダー格らしい、盗賊のような薄汚れていてところどころ破れた衣服に身を包んだ大柄の男が、その集団の男達全員が浮かべているものと同じ、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら声をかけてくる。



「わざわざ待たずとも、いつでも仕掛けてきたってよかったんだぜ?」



 相手はこちら側をなめている。それが分かれば、ディンは腹立たしいと感じたが、込み上げてくる怒りを抑えて、挑発し返した。しかし、それに対して大柄な男は、見下したような目を向けながら、鼻で笑って返す。



「はっ、テメェみてぇなガキが大層なセリフ吐くじゃねぇか。んな真似できっかよ、すぐに俺の勝ちで終わっちまって、呆気なさ過ぎてつまらねぇ」



 最初は冷静に努めようとして返したが、今回は明らかに挑発目的だと分かるその言葉に、理解はしていても、込み上げる怒りが抑えきれなくなるくらいに、ディンは頭にきていた。



「じゃあ、試してみるか? ……テメェの勝利で終われるかどうかよ!」



 元々自分は挑発といったものは得意でもなかったし、さっさと沈めてしまえば早い話だと、その挑発を仕掛けたのは自分からだということを棚上げにして、足に力を込めて勢いよく地を蹴り、ロケットのような勢いでリーダー格の男を狙う。



 しかし、それを読んだのか、ディンの前に手下の男が立ちはだかる。中肉中背で、特に鍛えているような様子も見受けられない。これならば、自分の拳一撃で沈めることができそうだと考え、ディンは勢いを緩めることなく突っ込んでいく。



「邪魔だ!」



 その男の前で踏み込んで、勢いそのままに腹部に向けて拳を放つ。その一撃は重くめり込み、男はあっさりと白目をむいて吹っ飛んでいった。



「隙だらけだぜぇ?」



 そんなディンをもう一人の男が後ろから羽交い絞めにして動きを封じた。目の前に立ち塞がった男しか見えていなかったディンは、まさかもう一人くるとは思っておらず、驚いた様子ながらも逃れようともがく。



 しかし、先程の男とは違って身長が大きく、体格もいい。よく鍛えられたその男の力は強く、逃れようと抗っても容易に抜け出すことはできないだろう。この動きを封じることが目的で、先程の男は囮なのだろう。



「くっそ……! おい、卑怯だぞ! 一対一で戦いやがれ!」



 必死に足掻いても拘束は外れず、せめてもの抵抗のつもりなのか、抗いつつもリーダー格の男を強く睨み付けながら叫んだ。それを受けて、最初はきょとんとした表情を浮かべる男達だったが、一斉に大笑いし出した。



「一対一で、正々堂々ってか? んなヌルいことやってられっか、馬鹿じゃねぇのかお前。勝てばいいんだよ。勝負に体裁なんて気にするのは、本当の命の掛け合いを知らねぇ、ヌルい世界で生きてきたおぼっちゃんだけだ」



 そのリーダー格の男の言葉に、再び一斉に大笑いし出す。そんなことはないと強く言いたかったが、こうしてそんな考えの持ち主の策に引っかかっている自分を見れば、否定しようにもできず、悔しげに奥歯を強く噛み締めることしかできなかった。



「……んん~?」



 しばらく笑っていた男達だったが、ふとリーダー格の男がディンの顔を見て首を傾げた。そんな様子に、ディンは牙をむいた獣のように警戒しつつも、その不可解な態度を不思議に思っていた。



「……なんだよ?」



 じろじろ見られるとイライラすると、敵意を剥き出しにして噛み付くかのように言葉を投げかける。すると、ようやくつっかかっていた何かが取れたというような、ピンときたような表情を浮かべる。



「……ああー、憎たらしすぎて逆に滑稽なまでの強気な態度だったから気付かなかったわ。こいつ、この前俺等がのしたギルド員に似てね? こいつとは真逆っぽいのに、言ってることは大体同じな」



「──え……?」



 そうかと納得したようなその言葉に、ディンの時が止まってしまったかのように固まって動けなくなる。そんな様子に気付かず、何気ないその言葉と、周囲の手下も納得するような反応に、血管に冷水を流されたかのように、ディンは全身が冷えていくのを感じていた。



「……おい、それってどこのギルド員だよ……」



 体は微かに震え、徐々に力が抜けていくのを感じるのに、それとは逆に頭が焼け付くように熱を帯びていくようだった。それを見れば、最初は何故そんなことを訊いて来るんだというような怪訝そうな表情を浮かべていたが、その様子で理解したのか、僅かに下卑た笑みを浮かべる。



「あー、どこだったかなー……ああ、確かこことは比べ物にならねぇくらいの都会にある、それなりに大手のギルドだったぜ? 名前はー……アレドクス、だったかなぁ?」



「──!!」



 下卑た笑いを強めながら、わざとおぼろげな記憶を探るような言い回しをして──そして、告げた。兄が引き抜かれた先のギルド名もアレドクスだ。その事実はディンの全てを粉々に砕く凶弾へと変わり、ディンを穿つ。



「まだ信じられねぇか? なら、ほれ。そいつが使っていた銃だ」



 そんな打ちひしがれているようなディンを見れば、もう十分に心が折れたことは分かるはずなのに、その男は愉快そうな笑みを浮かべて追撃を仕掛けるように、懐から銃を取り出して放り投げた。地面に落ちて転がるそれは、血がついていたりと汚れていたが、確かに兄がギルドに引き抜かれたことが決まった際に父が贈ったもので、専用のカートリッジを使えば太陽光で銃弾を精製し、一度で五百発は撃てるようになるという、最新式の魔法銃だった。



 その銃を渡された際に、兄は目を輝かせながらも、高かったのではないかと遠慮してなかなか受け取ろうとしなかった。それでも遠慮するなという父の言葉、都会のギルドで働くなら立派なものを持たなきゃ恥ずかしいというディンの言葉を受け、それでもどこか遠慮がちに、だけれどもすごく嬉しそうにその銃を受け取って、泣き笑いの表情でずっとありがとうと言っていた。



 そんな思い出のつまった、兄を守ってくれていたはずの銃。それが持ち主を失い、持ち主の血で染まったその銃を見た時、ディンの中で何かが切れた。



「──あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」



 ディンは正気を失い、まるで獣のように吼えれば、その煮えたぎる怒りが向くままに行動しようと、拘束されながらも暴れ出す。



「うおっと」



 拘束していた男は、先程より抵抗が大きくなったことに、僅かに目を大きく開きながらも、リーダー格の男に目配せをし、その隙をついてディンは拘束から脱け出した。いや、それは隙を突いて、というよりは、「うっかり力を緩めてしまった」際に、ディンが脱け出したようだった。



「テメェは……テメェだけはっ!!」



 周りには目もくれず、鬼気迫る表情でまっすぐリーダー格の男へと向かって飛び掛り、拳を振り上げる。そんなディンを見れば周りの村人達は必死に声を張り上げて止めようとするも、その声はディンの耳には届かず、そんなディンの様子を見れば嘲るような笑みを浮かべながら、右手をディンへと向けた。



「──こーの、馬鹿者がー」



 あと少しでディンが拳を振り下ろすといったところで、怒りと呆れが2:8くらいの割合で混ざったような声が聞こえ、ディンとリーダー格の男の間に割って入るように影が上から降りてきて、ディンの腹にラリアットをくらわせ、その勢いのままディンをつれて距離をとる。その一撃によって体が引っ張られてすぐに、男の右手から閃光が放たれ、かすめたディンの前髪が数本舞って焼け焦げた。



「っ……ゲホッ、ゲホッ!」



 ある程度距離をとれば、その影はわざと乱暴にディンを下ろした、腹にくらった衝撃にむせつつ、突然何しやがると抗議の声をあげつつ睨み付けようと顔を上げ、その影の正体が見知った顔──もとい、見知った仮面だということに気付いた。



「あんた……」



 そこに立っていたのは、ノーボディだった。男を警戒してか、背中を向けたままの彼に、一旦は衝撃で薄れ掛けていた怒りや憎悪を、まるでノーボディに向けるように牙をむく。



「お前、一体どういうつもりだよ! 邪魔してんじゃ──」



「邪魔しているのは、間違いなく今のお前だ」



 感情のままに吼え、ノーボディに掴みかかろうとするディンだったが、それを遮るかのように強い口調でノーボディは言った。その声から、先程は呆れのほうが強かったが、今ではかなり怒っているというのが分かった。



「邪魔って、オレは──」



「感情だけで先走って、明らかに相手方の罠だと分かるものにも引っかかり、危うく死に掛けた。周りが止めようと必死になってくれていたのに」



 その怒っている様子に戸惑いつつ、しかし引き下がる気はないらしく、再び抗議の声をあげようとするも、それも言い終わらないうちに遮られた。



「な、なんだよ……オレが死のうがどうしようが、誰にも関係ないだろ!」



 その厳しく、有無を言わせないノーボディの言葉に、思わずディンは吐き捨てるように言った。その言葉を受けて、ノーボディが僅かに黙る。



 そんなノーボディの様子に、まるで悪戯がばれて怒られた子供のような居心地の悪さを感じていると、ノーボディは膝を折って座り込んだままのディンと目線を合わせるようにすれば、右手をディンの後頭部に回して、軽く頭突きするように額をつけた。



「……次にそんなふざけたことを言ってみろ。本気で怒るぞ?」



 それは囁くような、さほど大きな声ではなかったが、その感情を抑えたような落ち着いた声に、ディンは小さく怯えるように体をはねらせた。物腰が柔らかく、穏やかな性格をしているとこの短期間の付き合いでも分かるようなノーボディが、ここまで怒りを表すのか──普通に怒鳴るより、その抑えられたような怒り方が彼らしすぎて、その方が怖かった。



「……関係ないとか言うな、みんなを見てみろ。見て、何故私がこんなことを言うのか分からないような人間であれば、私もこれ以上なにか言うのはやめよう」



 ふと、ディンの頭に何か乗せられたような感触があり、それがノーボディに撫でられているのだと分かれば、ノーボディは先程までの抑えたものとは違う、優しげな声でそう言った。横目でちらりと周りの様子を窺えば、安堵した表情を浮かべたみんながいて、それが自分のことを心配してくれていたからだと理解できれば、罪悪感でいっぱいになった。



「……ごめん、なさい……でも、許せなかったんだ。あんなこと言われて──」



 その感じた罪悪感から、素直にディンは謝罪するのだが、しかし行き場を失いかけている感情からか、これだけは譲れないと吐き出した。また怒られるのだろうかと思っていたが、ノーボディは優しくディンの頭に一度手をポンと乗せて立ち上がる。



「分かっている、大丈夫だ。ここは私に任せてくれないか?」



 怒るかと思ったが、ノーボディは分かると言ってくれた。分かったうえで、ここは任せてほしいと言った。それならば、自分の手で決着をつけたい気持ちはあるが、自分は力不足であることも理解できた。ならば、素直に譲るべきだろうと、ディンは頷いた。



「すまない。……いい顔になったな」



「うっせーよ……てか、お前に勝てんのか?」



 小さく笑うノーボディに、気恥ずかしくなって顔を僅かに背けつつ返し、根本的な問題を思い出して問いかける。今から代わりに戦おうとしている青年は、自分よりも弱いのだ。



「大丈夫だ、必ず勝つ──約束もあるからな」



 自信ありげに返しつつ、ふとこぼしたその言葉に、誰と、どんな約束なのかと訊ねようとするディンだったが、その前に襲撃してきた男達が、ぐるりとノーボディを取り囲んだ。



「長い茶番だったなぁ。もう遺言は済んだか?」



 相変わらず馬鹿にしたような物言いのリーダー格の男に、ノーボディはまるでこらえようとしているかのように、軽く握った拳を口元に持っていき、小さく吹き出すように笑った。



「……なんだ、なにがおかしい?」



「いや、まさかここまでテンプレ通りの挑発をされれば、返答もテンプレ通りになってしまうんだなと思ったら、ついおかしくなってな」



 でも、ここまでワンパターンな言動をするやつも珍しいと、ノーボディは笑い続ける。そんな様子に、さすがに相手側も怒りを見せるが、先程のディンと同じ術中にはまっていると気付き、すぐに冷静さを取り戻したようだった。



「なるほど、どうやら伊達に数々の修羅場を乗り越えただけはあるようだ」



「へぇ、ニイサン俺のこと知ってんのか?」



 すぐに冷静さを取り戻した相手を見れば、ノーボディは感心したように呟いた。それを聞いたリーダー格の男は、別段意外にも思っていないように、笑みを浮かべつつ訊ねる。



「ああ、それなりに被害もあるようだからな。ハック・デリドゥ──そこそこの頭でそこそこの作戦をたてては警備の薄く難易度の引くそうな村を襲う、犯罪者としてもそこそこのランクのお尋ね者だ」



 リーダー格の男──ハックの言葉に頷き、ギルドの手配書にあったということを告げる。「そこそこ」の部分をわざと強調するように言えば、さすがにそれにはかなり頭にきたようで、額に太い青筋が浮かんでいた。



「……ふっ、そこまで分かってんなら、この後もどうなるかぐらい分かんだろ?」



 その怒りを、まるで喉に詰まった大きな飴玉を呑みこむように抑えれば、ハックは軽く右手を上げる。すると、どうやらノーボディ一人に狙いを定めたらしく、部下達がその周りを取り囲んだ。



「……実力が未知数の相手を確実に仕留めるなら、数で圧倒するのは手っ取り早くていい手だな。さすがそこそこ頭のいい相手だ、戦闘というものを分かっている」



「はん、もうこの状況じゃあ、テメェのその憎たらしい口から吐かれる言葉も、ただの虚勢にしか聞こえないぜ?」



 自分の周りを見渡し、なるほどと頷くノーボディに、この状況ではどうしようもできないだろうという余裕からか、下卑た笑みを浮かべつつ見下すような目を向ける。ディンもこの状況ではどうしようもないのではと考え、さすがに加勢するべきだと駆け出そうとした時だった。



「……そうだ。今日で最後だし、どうせこの後も警備が必要な事態に陥ることもないだろう。つまり、これが私の最後の仕事となるわけだ。そこで、せっかくなんだし私の素顔、見てみたくないかい?」



 そんな危機的状況だというのに、ノーボディはディンの方に振り返り、自分の仮面を軽く指で小突きながら、子供のような明るく弾んだ、無邪気な声で訊ねてきた。



 どうしてこんな状況でそんなことを訊いてくるのだろうと思いつつも、いきなりのことで混乱していた頭では深く考えることもできず、この三日間気になっていたのも事実のため、ディンは素直に頷いてしまった。



 それを見ればノーボディは少し頷いて返し、右手を仮面にかければそれをゆっくりと外し──。



「──っ!?」



 その場にいる全員が息を呑んだ。ただ仮面を外しただけそれだけなのに、誰がこの展開を予想できただろうか。一瞬の沈黙の後、その場にいる誰かが口を開いた。



「か、顔が……ないっ……!?」



 原型が保てていないだとかのっぺらぼうみたいだとか、そういう意味ではない。いや、そっちであればまだマシではないだろうかと思える。そう──まったくの「無」なのだ。仮面をとった先には黒が広がっている。その黒は、髪の色だということが分かる。



「まだ分かりづらいかもしれないな」



 そのみんなの反応を見れば、突然のことで理解しづらくなっているだろうし、どうせやるなら徹底的にと、今度は帽子を脱いで髪を掴む。どうやら髪はウィッグだったらしく、簡単に離れたのだが、それを取ると服だけが宙に浮いているだけにしか見えなかった。



 更に、ノーボディは首に巻いたストールを外し、ループタイを緩めてシャツのボタンを外し、胸元をはだけさせる。しかし、そこには肌色がなく、向こう側のシャツの白い生地が見えるのみだった。



「私は何も持っていない。名前も、記憶も──見ての通り、肉体や容姿ですらも。簡単に言えば透明人間のようなもので、私は『誰でもない誰か』なんだ」



 その透明人間は、少しだけその声に悲しみを含んで言った。その姿を見た時、ノーボディなんて変な名前だと思っていたディンは納得した。ノーボディという言葉の意味は、「誰でもない誰か」だ。



「こんな私だが、こうして生きている以上、何かに生み出されたということだ。私はそれを知りたい、私というものを知りたい。私は自分のことを知らなさ過ぎる。だから、私は自分を探す旅に出ている」



 よくしてくれた村の人達でさえ、さすがにノーボディに奇異なものを見る目を向けているが、向けられている本人はそんなものを気にした様子もなく、揺らがない決意が込められた声でそう言った。姿なんて見えないのに、そんなノーボディがディンには眩しく見えた。



「……はっ、なんと言おうが、要はお前は化け物ってことだろ? しかも、何も持たない化け物なんて、化け物の世界でも生きていけると思えねぇし、存在している意味もねぇんじゃねぇの?」



 突然のことに面を食らったのは同じだったようだが、ようやく状況を理解したハックは、ノーボディに見下したような目を向ける。しかし、そんな言葉にもノーボディに堪えているような様子は見られなかった。



「そうだな、何も持たない私には、この世界で生きていくのは辛いだろう。しかし、何も持たないが故に使える能力というものが、私にはある」



 むしろどこか余裕が感じられるような、顔があれば笑っているのだろうと分かるような明るい声でそう言いながら、懐から手の平に収まりそうなくらいの大きさの、黒い手帳を取り出して、パラパラとページをめくって開き、そのページに親指を押し当てれば、汚れを拭い取るようにその親指を横に引き抜く。



 その一見なんの意味もないような行動に、襲撃者である男達は首を傾げるが、変化はすぐに現れた。



 まるで透明ながらも包まれているものを隠してしまう霧のベールが晴れていくかのように、ノーボディの体が実体へと変わったのだ。露出しているはずなのに見えなかった襟元から覗く鎖骨から首、そして頭部が姿を現す。



「──え?」



「……おいおい、これはどういうことだよ!?」



 実体を得たノーボディを見たディンの瞳が、大きく見開かれる。しかし、それはディンだけではなく、その場にいた村人達や、ハックを含めた襲撃者の全員も思わず大口を開けていた。



 そこにいた青年は、真ん中分けにした黒髪で、大きな丸レンズの眼鏡をかけていて、今は吊り上げているが垂れ目をしていて──ディンの兄で、元はこの村の自警団に所属していたアーノルドが、ノーボディと同じ服装でそこに立っていたのだ。



「これが、私の能力──『Nobody』だ。効果は見ての通り、他者のコピー。身体能力からコピーした者が持つ能力まで、模倣している間は使うことができる」



 その場にいる全員が驚いている中、アーノルド──もとい、アーノルドを模倣したノーボディは、取り出した手帳を戻しつつ、死んだはずの者が現れたように見えるこの事態の種を明かした。



「お前……まさか、オラクル使いか!」



 オラクル──この世にはアクトという異常な力が存在するが、ハックのようなアクト保持者より更に少数が持つ、アクトより上位の力のことを指す。オラクルはアクトと比べたら、モノにはよるが汎用性はないものの、世界に各々しか使えない、一つしか存在しない能力が使える。言うなれば一定特化型のモノで、アクトより強力な力だ。



「──まあ、驚いたが……お前馬鹿なんじゃねぇか? なんで俺達に負けたやつのコピーなんかしてんだよ。それだと、自殺志願者にしか見えねぇぞ?」



 最初こそはその能力と、使い手が少ないと言われるオラクル保持者だったということに驚いていたようだったが、模倣したのが前に自分の殺した相手だということを理解すれば、コイツ頭が狂ってると馬鹿にしたように笑い出す。



「……約束したんだ、彼と。この村を、彼の弟を守ると。だが、彼は本当なら自分の力で守りたかったはずだ。だから、そんな彼を救うことができなかった私が、唯一できる弔いだ。それに──」



 そんな馬鹿にしたように笑う襲撃者なんて意に介した様子なんてなく、苦虫を噛み潰したような苦渋を滲ませた声と表情でそう言えば、ハックが投げて地面に転がったままのアーノルドの銃を素早く手に取り、発砲する。



 切れ間なんてないくらいに、立て続けに響く発砲音。次々とハックを残して襲撃者である男達は倒れていく。全員正確に足や肩といった致命傷にはならない箇所を撃ち抜かれていて、その撃たれた所を抑え、痛みに表情を歪めていた。



「彼はお前達なんかと比べ物にならないくらいに強いさ。あの時勝てたのも、汚い手を使ったからだろう?」



 そう言って、皮肉るような笑みを浮かべつつ、眉間に突きつけるように銃口をハックへと向ける。銃口を向けられたハックは、忌々しげに小さく舌打ちをする。どうやらノーボディの言ったことは当たりだったらしい。



「ふん……なら、試してみるといい」



 その突きつけられた銃口を、右手の裏拳で殴るように払えば、左手をノーボディに向けてかざした。その左手が淡く発光しているのに気付き、ノーボディは上体を反らす。その一瞬遅れで、ハックのかざした左手から火球が放たれ、髪が数本焼け焦げた。



「ああ、そうするよ」



 その不意打ちに対しても焦りを見せることなく、ノーボディは涼しげな笑みを浮かべつつ、距離を取るように後ろへと跳びつつ、数発撃った。止まっていれば被弾すると考え、ハックも走りながらノーボディに向かって火球を放つ。



「ちっ、ちょこまかと鬱陶しいなぁ!」



「それは、そっちも同じだろう?」



 苛立たしげに舌打ちをしながら火球を放ち続けるハックに、避けながらも正確な狙いで反撃するノーボディ。周りにいた村人達は流れ弾に当たらないようにと避難していたが、ディンはそこから動かなかった──いや、動けなかった。



「アニキ……」



 そのノーボディの戦い方が、アーノルドの戦い方と同じで、見入っていたのだ。鍛えても近接戦向きとは言えるほど力のつかなかったアーノルドは、必死に銃撃戦に特化した鍛え方をして、相手との距離を保つための足運びはうまかった。一緒に特訓に付き合い、その成長を近くで見ていたディンは、その上達のすごさがよく分かっている。



 回避と距離を取るフットワークと、正確な銃撃が武器だったアーノルド。彼が殺されてしまったというのが嘘で、こうして今戦っているのが本物なのではないかと思えた。



「でも……」



 でも、違う。こうして目の前で戦っているのは兄の姿を借りているだけで、まったくの別人──ノーボディなのだ。ハックに告げられた際は信じたくないと醜く足掻いていたが、そんなノーボディの姿を見ていると、すんなりと信じられてしまうのが不思議だった。



 主の血で染まった銃と、それを使う既に亡くなってしまったはずの銃の持ち主。そんなどこか滑稽とも取れるような光景だから、すんなりと信じられるのだろうか。ディンの頬を、一筋の涙が伝う。



「アニキっ……」



 もう、二度と届かないであろう、言わないであろう言葉を、ディンは噛み締めるように呟いた。その間に、戦いは終息へと向かっていた。



「くっ……!?」



 動いていながらも、自分の足を正確に狙ってくる銃弾に思わずよろけたところを、ノーボディは追い討ちをかけようと続けて発砲する。音からして、どうやら六発放たれたようだ。



「くっそ、なめんな!」



 ハックが右手を振るえば、その軌道をなぞるように灼熱の炎が現れ、銃弾はその炎の壁に阻まれてしまい、目標に到達することはなく燃え尽きる──はずだった。



「がッ……!?」



 足に重く残るような熱がじわじわと広がっていったかと思えば、その直後に鋭い痛みが走り、ハックが足を見てみれば、膝より僅かに上の腿を撃たれたかのような銃創が一つできていた。どうやら、六発の発砲のうち一発の狙いを変えたのだろう。しかも、六発とも狙いは同じと見せかけるように間の方に、さりげなく迅速に、だ。



 相手に違和感を抱かせない、そんな高度な技に、さすがに驚きを隠せない様子のハックに、ノーボディは銃口を向けたまま話しかける。



「どうだ? 卑怯な手を使ってばかりだったお前は、彼の実力を見ることもなかったから、驚いているんだろう?」



 銃口を向けたまま、ノーボディはハックに近付く。殺さずに捕らえるつもりらしい。それを見れば、ハックはにやりと笑う。



「今だ、やれ!」



 ハックが叫ぶと同時に、背後で何かが動く気配がしたため、ノーボディはすぐさま振り返る。その時には、既に部下の一人がノーボディに向かって跳びかかってきていたのだが、ノーボディは正確に両足に一発ずつ銃弾を撃ち込んでからかわし、すぐに銃口をハックに戻した。迅速な動きだったのだが、ハックにはその僅かな隙でもよかった。



「動くな!」



 ノーボディが部下に気を取られているうちに、ハックは逃げ遅れていたディンへと左手をかざしていた。その左手から僅かに発光しているのを見れば、いつでも撃てるということなのだろう。



「さあ、コイツの命を救いたければ、その銃のマガジンを抜いて銃を捨てろ!」



 命の危機にさらされたディンを見れば、ノーボディは向けていた銃口をゆっくりと外す。こんな典型的なパターンの策にハマってんじゃねぇと怒鳴りたいディンだったが、自分が原因であることを考えれば言える立場ではない。



「さあ、さっさと銃を捨てろ!」



「……分かった」



 銃口を自分から外したのを見れば、これならばいけると思ったのだろう。ハックは勝ち誇った笑みを浮かべ、声高らかに笑い出す。このままではどうしようもできないと判断したのか、特に反抗する様子も見せずに、手早く銃からマガジンを引き抜き、空になった銃は足元に捨てて、そのマガジンをハックの方へと放り投げた。



「そうそう、それで──!?」



 すんなりと言うことを聞いて行動するノーボディに気を良くするハックだったが、その自分に向かって放り投げられたマガジンに一瞬気を取られている内に、ノーボディの手にはアーノルドの物と同じ銃が握られていて、その銃口を向けていたのだ。



「ああ、悪いな。私の能力は対象のすべてをコピーする。持ち物や、装備もな」



 一体どうしてと状況が理解できないながらも、しまったというような、そんな二つの感情が入り混じったような表情を浮かべるハックに、してやったりと言わんばかりの子供のような無邪気な表情を浮かべ、無情にも引き金を引いた。



 放たれた銃弾は放り投げられたマガジンに当たり、その衝撃でマガジンに残っていたエネルギーが暴走し、眩い光を放って爆発した。



「うおあっ!?」



 その爆発は大きなものではなかったが、衝撃に呑まれてハックは転がるように吹き飛ばされる。転がされて、なんとか体勢を立て直そうと、擦れて痛むのを我慢して手でブレーキをかけて止めるのだが、そんなハックの前に銃を振り上げたノーボディが目の前にいた。



「それじゃあ、おやすみ」



 目の前にいるノーボディに反撃しようとする間もなく、その振り上げた銃を勢いよく振り下ろし、グリップの底の部分で思いっきり殴った。打ち所が悪かったのか、その一撃でハックの意識は闇の中へと沈んでいった。



 †



「お前、アニキに会ってたのか」



 襲撃者全員をノックアウトし、縛り上げて国の機関が身柄を確保すれば万事解決という時、後始末は任せて休んでいてくれと村人に言われ、村長宅で休んでいたところ、ディンが部屋にやってきて、開口一番にそう訊ねてきた。



「……ああ、この依頼を受けて向かう途中に、偶然な。約束したが、まさかこの村のことのことだとは思わなかったから驚いたよ。──すまなかった」



 どうやらこれ以上村に長居するつもりがないため、荷物をまとめているようだったが、その手を止めてディンへと振り返り、土下座して謝った。



「な、なんだよ。なんで謝ってんだよ?」



 突然の行動で戸惑いながらも、顔を上げるように言えば、ノーボディはゆっくりと顔を上げる。既に能力の効果は切れて姿も戻っているため、いつもの仮面をつけていて、その表情は分からない──なかったとしても分からないが。



「私は、お前の兄を救うことができなかった。だから、すまない」



「……そのことか。いいんだよ、どうせお前が見つけた時には、瀕死の状態だったんだろ? それでも助けようと、お前は自分の出来る限り手を尽くした、違うか?」



 申し訳なさそうに謝るノーボディに、なんでお前が気にする必要があるんだと呆れたようなため息をつく。実際に見てきたわけではないが、こうして自分が悪いわけでもないのに土下座してまで謝る青年が、もし誰かが命の危険に直面しているならば、それを見過ごすような人間ではないことは、短い付き合いながらも分かっている。



「……アニキの最期、どんな感じだったと思う?」



「見てはいないが、この能力は本人が見られたくないと思っているものは見ることが難しいが、記憶もコピーできるんだ。この村に休暇で帰ろうとしていた途中で襲われ、卑怯な手を使われながらも、最期まで屈することなく戦っていた……立派な最期だったよ」



 そんなことよりもと、他に気になっていたことを訊ねると、実際に本人の記憶を見たので間違いないと、その最期を伝える。それを聞けば、悲しそうな表情にどこか誇らしげな色をにじませて微笑んだ。



「少しだけ話すこともできたんだが、村と弟を守ってほしいと頼んだ後は、最期まで約束を守れなかったことに謝っていたり、ディンのことを心配していたぞ?」



「やめろよ、そんなことまで言うなっ。泣くぞっ」



 やっぱり仲のいい兄弟だよなと、ふと思い出したように語るノーボディに、本当に泣きそうになっているのか、上を見ながら腕で目を覆っているディンを見れば、それはすまなかったとノーボディはおかしそうに笑った。



「……それで、これからどうするんだ? 夢や、今後の目標とかさ」



「そうだな……うん、変わらねぇよ、大まかなところは。それに、オレよか厄介なモン抱えてるアンタが夢を諦めていないのを見たら、負けてられねぇさ」



 ふと、目標としていた兄がいなくなってしまったため、これからどうするのだろうかと思い、少しぼかして聞いてみれば、少し考えて吹っ切れたような明るい笑みでそう返した。



「自警団になって、みんなを守る。んで、今度はお前を越えるやつになれることを目指して、焦らずやっていくよ」



「……能力なしなら、お前がとっくに越えているぞ?」



「うっせ、仮にも目標にしてるやつが、んなこと言うなっ」



 どこか澄んだような笑みを浮かべるディンに、冗談のつもりでおかしなことを言うと首を傾げつつノーボディが返せば、照れたような表情を浮かべて軽く殴り、殴られたノーボディは「そうか」と苦笑混じりで笑った。



「じゃあ、その時を楽しみにしていよう。それとこれ、お兄さんの形見きれいにしておいたよ。大事にしてやってくれ──と、マガジン破壊した私が言う言葉ではないが」



「お、サンキュ。……これは、オレがちゃんと自警団になれた時に自分でマガジン買って使うことにするよ。たまにはアニキも活躍したいだろうし」



 ディンの言葉に、本当に楽しみにしているように笑い、ふと思い出したようにきれいに磨かれた銃を手渡し、申し訳なさそうにすまないと謝る。ディンはそれを受け取れば、気にするなと笑い、その銃を大事そうに一撫でした。



「じゃあ、もう行くんだろ? なら、裏口から出て行くといい。村人みんなが感謝の宴開こうと探しているし。でも、ホントに宴に参加しなくていいのか?」



「この村を守ったのは、君のお兄さんの約束があったからで、守ったのもお兄さんの力だ。なら、私は感謝されるようなことはしていないさ」



 なんとなく答えは分かっていながらも、本当にいいのかとディンが訊ねれば、その資格があるのは自分ではないとノーボディは首を横に振り、それを見たディンはやっぱりなと小さく呆れたように笑う。



「んじゃ、ここでお別れだな。お前も早く自分ってやつを見つけられるといいな……ノーボディ」



「ああ、互いに頑張るとしよう。それじゃあ、またどこかで」



 裏口から出て、誰にも見つからないようにと村の出入り口まで来れば、二人は再会を願う言葉を掛け合い、ノーボディはその村を背に歩き出した。ディンはその姿が見えなくなるまで見送り、心中でもう一度再会できることを祈った。



 これは、自己を持たないノーボディの、己というものを探す物語──。

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