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0009シフラの物語08

(おいおい、宗教ってそんな簡単にすげ替えることが出来るのかよ)


「これがセゴン教やフィータス教のような、全く別種の宗教に鞍替えしろっていう話なら難しかっただろうけどね。聖王派もパムア派も同じザクラ教なんだ。少なくとも破壊できない、乗り越えられない壁が立ちはだかっていたわけじゃない。ただ当然、いきなりの転向に周囲は面食らったようだよ。義父であり宗教については中立の立場だったベルガ様も、さすがに不快と困惑にまみれたらしい。ナタリア母さんのとりなしのおかげで、どうやら破局はまぬがれたらしいけど、二人の間には亀裂が走ったようだね。以後、ベルガ様は憎しみさえもって父さんに接するようになったんだ」


(親父さんのそんなことまで知ってるのか。まだ生まれてないのに詳しいな)


 シフラはむっとしたらしい。


「25年前の革命について調べるうち、父さんの過去についても博学になったというだけだよ。歴史書を書き終えたら忘れるつもりさ」


(怒るな。それで、その後親父さんはどうなったんだ)


「父さんが『戦鬼』として一躍その名を轟かせたのは、改宗の翌年、ラスワ伯ガンズとの戦争においてだった。25歳のときさ。ガンズはティルモン市の東、ラスワ山脈の南端にあるラスワ市の支配者でね。権勢を貪欲に拡大しようと、ティルモンの陥落を志して戦端を開いてきたんだ。ベルガ様は情けなく縮み上がった。実は戦う人間は足りても武器が圧倒的に不足していてね。しかも全ての兵士を乗せる馬も悲惨なほど足りていなかった。1000名の徒歩兵で2300のラスワ伯騎馬軍団と戦うなんて、勝ち目があるはずもない。ベルガ様は劣勢の状況に恐れをなし、情けなくも講和の使者を送り込んだ。それが首だけになって帰ってくると、いよいよ恐怖で凝り固まって、一人の騎士に事態を丸投げした。それが……」


(シフラの親父さんのルスフェルだったってわけか)


「そうだよ。宗教で反目しあってたのに、ベルガ様はずいぶん都合がいいね。……勝利を任された父さんは、ガンズ迎撃に創意工夫を凝らした。まずガンズ騎馬兵の侵入を防ぐため、突貫作業で杭の柵をこしらえた。次に矢を大量生産し、にわか射手を育成した。最後に大盾をかき集め、射手たちの防御手段とした。全てを終えたころ、北の『月の森』と南の海岸線との間に柵の線が出来上がり、一つ一つの杭に弓兵数人が配置されていた――ただし、それぞれ騎馬兵が突破できそうな間隔を持たせてね。そしてとうとう東から砂埃と殺意を撒き散らすガンズ騎馬兵が接近してきたんだ」


(ほう、それでどうなった)


「父さんは接近してくる騎馬兵を十分引き付けると、弓矢の一斉射撃を敢行した。砂浜という足場の悪さも手伝って、2300の騎馬兵はそれなりに被害が出た。ガンズは弓騎兵で応戦しつつ、正面突破の愚を悟った。騎馬が通過できそうな柵ごとの間隔が、実は騎馬兵をおびき寄せるための巧妙な罠だと気づいたんだ。そしてガンズは柵がない海側へ騎馬兵を向かわせた。柵を回避し、反対側へ回り込むためにね。だがそれも父さんの狙い通りだった」


 シフラはよほどよく調べ上げたのだろう、細部まで詳述する。


「父さんはガンズ騎兵が南側に向かったのを見て、すかさず自分の兵たちを北側へ避難させた。そして大盾を隙間なく並べると、再び射撃を開始したんだ。騎馬兵はまた重軽傷者を出したが、ガンズは今度は意地を見せて肉薄してきた。父さんは頃合いよりいくらか早く、北の『月の森』に兵を撤収させた。その際の逃走は、まさに『慌てふためく』情けないものだったそうだよ」


(でも勝ったんだろう)


「うん。父さんの兵の狼狽振りは、あらかじめ計算されたものだったんだ。馬に乗ったまま、あるいは降りて、ガンズ兵は逃げ惑う子羊たちに天誅をくれんとした。でも父さんの兵士たちはそのほとんどが『月の森』に親しんできた熟練兵だ。ガンズの兵士とは、森で戦う上での経験の差が天地ほど違っていたんだね。事前に隠しておいた矢筒を回収した父さんの兵は、木々の真っ只中、ガンズ兵に三度目の猛攻を加えた。それはもう、悪鬼のごとき奮戦ぶりだったという。やがて総大将ガンズが負傷すると、その部下のワルドがこれ以上の交戦は不可能と知り、退却を始めたんだ。付き従う者、僅か500名だったという。父さんの勇名は、これで世間一般に周知されたというわけさ」


(なるほど、それで『戦鬼』扱いってわけか。その圧勝ぶりならうなずけるな)


 不意にシフラは握っていた拳を開いた。我知らず、父の勝ち戦を激賞していた自分が恥ずかしくなったのだろう。


「……まあ、それが父さんの出世のきっかけだったんだ。戦いに勝っても、ベルガ様との宗派を原因とした対立が改善されたわけじゃない。むしろベルガ様はいまいましく思っていたようだよ。父さんの好評を耳にするたび、苦虫を噛み潰すような顔をしていたっていうから」


(面白くなかったのか)


「そんなところ。父さんも騎士の忠誠をベルガ様に誓った手前、離反するわけにもいかず、ぎくしゃくしたまま2年が過ぎた。そして380年、父さんが27歳のとき、キラトラムのリュナカン町長がベルガ様に申し出たんだ。『新設されるキラトラム守備隊の初代隊長に、ルスフェル様を迎えたい』とね」


(スカウトか)


「そう。ベルガ様はこの話を二つ返事で了承した。当時からパムア派に傾倒していたキラトラムに、パムア派の父さんが赴任するのは理にかなっていたからね。ナタリア母さんもついていった。それから父さんたちはこの家で住み暮らすようになったんだ。数千の守備隊隊員たちは、連日父さんの指導で精神と肉体を鍛えられた。それはキラトラムの治安の大幅な改善という成果をまずもたらした」


(仕事するなあ、お前の親父。さすがは『戦鬼』だ)


「そして運命の年を迎える。聖暦382年、革命戦争が起こったんだ」


 シフラはまた熱っぽく語り出す。


「カルダ王国史上最大の内乱は、ザクラ教聖王派とパムア派との宗教戦争がその本質だった。父さんはパムア派として、キラトラムから3000の兵を率いて参戦した。そして聖王派との『一週間戦争』に突入していったんだ」


(それでパムア派連合が勝って国教になったんだっけな)


「うん。父さんは軍功を立て、多くの武官にその『戦鬼』としての実力を遺憾なく見せ付けた。それが元で、キラトラム守備隊隊長からカルダ王国常備軍赤斧衆大将に鞍替えして、以降は王城付きっ切りとなった。ナタリア母さんは連れて行かず、キラトラムの新しい守備隊隊長フルゴムに任せて、常備軍での自分の仕事に専念したんだ」


 シフラの口調が低く移ろったのを、俺は聞き逃さなかった。


「時たまはキラトラムの家に帰っていたようだけどね。そうでなければ僕が生まれることはなかったんだから。でも父さんは赤斧衆の鍛錬と勃発する小競り合いの鎮圧に夢中で、王城からほとんど離れなかった。ナタリア母さんはそれでも召し使いのズキャムローとエジートの精勤に助けられ、女手一つで僕を育て上げた。でも401年、つまり6年前に病気で死んでしまったんだ。父さんがそれから10日後にようやく帰ってきたのは前にも言ったとおりさ」


(…………)


「だからその翌年、父さんは天罰を受けた。大公チョービクの乱が発生したんだ。25年前の革命以降では、もっとも大規模な内戦だった。東から迫るチョービク軍に、シューザル国王は常備軍のほとんどの戦力を挙げて対抗しようとした。その際、歩兵部隊である父さんの赤斧衆500名は、南の『月の森』に別働隊として潜伏し、ナフサー司令官の指示を待つこととなった。時が満ちたとき、チョービク軍の後背に躍り出るためにね」


(それのどこが天罰なんだ)


「実はそうやって待機している最中、どういう事故か――それとも事件か知らないけど、父さんが左腕を切断される事態に陥ったんだ」

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