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0008シフラの物語07

「うん。今回が4度目だね」


 いい香りが漂ってきた。エジートが料理という芸術に腕を振るっているのだ。今日一日動き詰めで、すっかり減ったシフラのお腹が、このとき悲しげに鳴いた。


「第一の魔王は聖暦100年、ケレビットと名乗る漁師だった。船着場で黒い煙を吸い込み、魔王となった彼は、すぐさま手当たり次第に人間を殺し始めた。屍者の助力を得た彼は、島東端のナセナの街を壊滅させ、西進してルパーチを襲撃しようとした。しかしそこを豪族バツヴァに攻撃され、ケレビットは命を落としたんだ」


(おいおい、固有名詞ばかりだな。覚えたほうがいいのか)


「ううん。過去にも魔王がいたってことだけ知ってくれればいいよ。第二の魔王は聖暦196年、ヘブカイという農民だった。ケレビット同様、魔王の塊に包まれた彼は、大量の屍者たちと共に人間虐殺に奔走した。一週間の蛮行ののち、傭兵のムイズがヘブカイを殺害せしめ、王国は危機を脱した」


 一息つく。シフラの喉が乾いていることが知覚された。


「……この頃からカルダ島は『呪われた島』と呼ばれ始めたようだよ。その一方、魔王ケレビットやヘブカイを『聖王』として神聖視する勢力も現れた。それは聖暦201年、国教の座に上り詰める。既に雄一も名前を知っている、『ザクラ教聖王派』だね」


 シフラはその名を口にするとき軽蔑を隠さなかった。


「彼らはこう唱えた。『聖王』やその部下の屍者たちは、私利私欲に走る民衆を殺すことによって浄化し、天国へ送り届けるんだ、とね。もしまた魔王が降臨したら、進んでその身を魔王や屍者の前に捧げなさい……」


(そうか。それで『自殺宗教』か)


「うん。だから聖暦302年に魔王が登場したときは悲惨だった。島北西の街チピオンの雇われ騎士ムークが魔王になったんだけど、ザクラ教聖王派の人々は教義に従い、それまで死体の首を一切斬らなかったんだ。そのためかつてないほど屍者が発生し、カルダ島の実に三分の一が天界の扉を叩くことになったんだ。最終的にはブフガ人傭兵ミルエカの放った毒矢でムークが死に、事態は収拾されたんだけどね。ともあれ多くの人々は聖王派への懐疑を胸に抱いたようだよ」


(…………)


「そして第四の魔王は聖暦407年現在、このカルダ島のどこかで降誕し、活動している、というわけさ。歴代魔王を振り返ると、誤差はあるものの、大体100年単位で復活しているのが分かる。であるからこそ、カルダ島住民は聖暦400年を超えてからこっち、警戒おさおさ怠りなく暮らしてきたんだ。でも一年、二年、三年……遂には七年と過ぎて、『もしや魔王の降臨はもはやないのではないか』と、心に隙ができていたことは否めないね。でも……」


 ベッドから体操選手のように飛び下りる。固まっていた腰を伸ばした。


「魔王は実在した。屍者も空想の産物ではなかった。闇の眷属けんぞくは本当にいたんだ。雄一は凄いときに出くわしたんだよ」


 そこでドアが静かにノックされた。


「シフラ様、お夕食が出来上がりました」


「ありがとう、今行くよ」


 俺にささやく。


「続きは食事の後にしよう」


 シフラは疲労で重い五体を、それでもしっかり動かして居間に運んだ。中央のテーブルに皿が並び、芳しい匂いを立ち昇らせている。


 白いパン数枚。塩漬けの肉をキャベツ、カブ、玉ねぎ、豆類などの野菜と一緒に煮込んだ粥。卵焼きに葡萄酒。


(未成年なのに酒を飲むのかよ)


 シフラは答えずパンを千切ると、粥に浸して柔らかくしてから口に運んだ。美味だ。エジートとかいうおばさんの腕前が胃袋を通して理解される。


 15分ほどかけて全ての皿を綺麗にすると、酒を飲んで食事を終えた。


「ごちそうさま。美味しかったよ、エジート」


「ありがとうございます」


 老婆は心のこもった一礼をすると、洗浄するため食器を片付け始めた。シフラはズキャムローから着替えを受け取ると自室へ立ち去る。後頭部を触り、そこがこぶになっているのを発見して顔をしかめた。


(そういやシフラ、お前何でそこがこぶになっているか分からないだろ)


「え……。うん。記憶にない。でもラゴールにやられたんでしょ」


(そう、ラゴールに吹っ飛ばされて墓石に打ち付けたんだ。それでしばらく失神してたんだよ)


「そういえば何で僕は殺されずに生きているんだい。戦いの中で意識を失ったのに」


(俺がお前に代わって体を動かし、ラゴールを仕留めたんだ。覚えてないか)


「全然気付かなかった。そうか、そんなことがあったんだ……。てっきり守備隊員が助けてくれたのかと思っていたよ」


 ろうそくの明かりの中、シフラは返り血と腐液とでまだらに染まった服を脱ぎ捨てた。新品の服を台座の上に置く。半裸のままベッドに乗ってシーツを胸元まで引き上げた。


「さ、続きを話そうか、雄一。要望はあるかい」


 そうだな……。俺は軽く思案した。


(親父さんのルスフェルについて聞きたいな。『戦鬼』と称されるぐらいの軍事馬鹿なんだろ)


 シフラの声が深い怒りで乱高下した。


「あの男のことかい。あの、父さんのことかい。……そうだね、たまには父さんについて、他人と話すのも悪くない、かな」


 かろうじて感情を御しえている口調だった。シフラは一つ息を吐き出すと、抑揚に乏しい声で語り始めた。


「父さんはごく普通の男だった。騎士ジェードの次男で、15歳のとき騎士叙任を受けて貴族の仲間入りを果たしたんだ。ナタリア母さんと結婚したのはその翌年だった」


(16歳で結婚……。早過ぎだろ)


 薄暗い部屋にシフラの控え目な笑いが反響する。


「そうだね、僕らより早いね。でも長男でない次男の父さんにとっては、地歩を固める大事な政略だったんだ。これで当時のティルモン伯であるベルガ様との縁故が築かれたわけだからね。ティルモンはカルダ島南部にあるそれなりの街で、そこを治めるベルガ様はこの国の重要人物の一人だった。その次女と婚姻関係を結んで、父さんは確固たる地位を手にしたわけさ」


(16歳って言うと、シフラたちの暦である聖暦に換算するといつだっけ)


「聖暦369年だね」


(今は……)


「聖暦407年」


(で、シフラは17歳だから……、シフラの誕生年は390年か)


「そうだよ」


 俺はそれが指し示す事実に頭を殴られた。


(結婚して21年間子供が生まれなかったんだな、親父さん夫婦は)


「ああ、何の質問かと思ってたらそういうことかい。うん、僕は父さんが37歳のときの子供なんだ。母子共に健康で、母さんは出産後、ずっと泣き続けていたそうだよ。とても嬉しかったんだろうね」


(さぞかし大事に育てられたんだろうな)


「そうでもないよ。貴族の息子として、毎日心身を鍛え上げる務めを押し付けられたからね。結構大変だったよ」


(ふうん。そこは俺の世界と一緒か)


「話を戻すと、その16歳の結婚の際に、父さんはトルケスと知り合ったんだ。といってもまだトルケスは10歳だったけどね。ともかく二人は意気投合し、トルケスが一人前になった将来、義兄弟の契りをかわすことを約束したんだ。もっともトルケスの話では、後年父さんはそのことをすっかり忘れていて、トルケスの抗議を拝聴する羽目になったそうだけど」


 俺は苦笑した。シフラは笑わない。


「元々父さんはザクラ教聖王派の教えに従って生きてきた。魔王や屍者は神の使いである、だから彼らに進んで殺されなさい、という宗派にね。でも聖暦377年、24歳のとき、突然パムア派に転向したんだ。前にも言ったけど、父さんはどの宗教に対しても冷淡で、信仰を出世の道具にしていたきらいがある。そのときもパムア派の主導者であるアイザム様の命令を受け、まるで『衣を脱ぎ捨てるように』あっさり受諾したんだ」

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