第四話 ミステリーサークル
ゴノニ探偵団の事件簿
四 ミステリーサークル
そうそう、はじめに断っておくが、今回のできごとは大変奇妙なものではあるが、はたして「事件」と呼んで良いものかはなはだ悩ましい内容である。まして、できごとを起こした人物を「犯人」と呼んで良いものか、本人の名誉のためにも、こう呼ぶべきではないことはよくわかっている。しかし今回のできごとは、なんとぼくらゴノニ探偵団への挑戦であったのだ。これを事件と呼ばずしてなんと呼ぶ。今回はあえて、このできごとを「事件」と呼び、挑戦してきた人物を「犯人」と呼ぶことを承知していただきたいのだ。
ということで、話を進めよう。十月下旬のことである。
ふぁあ、暇だねえ――。運動会も終わったし、遠足はまだ少し先だし、ここんとこテストもないし――。授業も最近はちょっとマンネリっぽいしね。気のせいか、先生も最近、だれちゃってるように見えるんだよな。授業中に大きなあくびしたりして。奥の銀歯が丸見えじゃないか。先生、二歳になる男の子がいて子育てが大変だって言ってるけど――、かりにも女性でしょ。ちょっとは、たしなみというものを持ってほしいものだ。チワワも暇をもてあましているみたい、鼻の下に鉛筆をはさんでぼけーっとしている。まああいつは、三時限目の途中になると急に活躍するんだけどね。「今日の給食はスパゲッティトマトソースです。デザートにバナナもついてる」なんて教えてくれるからね。レイコも暇そう。鉛筆を指の先でくるくる回して遊んでる――。ふぁあ、暇、暇、暇だねえ。なんか事件が起きないかなあ。ぼくは先生につられてあくびしながら思っていた――。
一般に、事件というものは、人が油断しているときに起こるものだ。今まさにだれもが油断している。なので、それは起こったのである。それはとても奇妙な事件だった。
二時限目は体育、今日はマット運動と跳び箱だ。机に座ってるよりちょっとは暇つぶしになるかも。ジャイアンが今日は八段を跳ぶんだって張り切ってる。先生が「じゃみんな、着替えたら体育館にいらっしゃい」と言って出て行った。
事件のはじまりは、体育の授業が終わって、みんなが教室に戻ってきたときのことである。だれかが叫んだ。
「うおっ、黒板、見てみろよ」
「えっ、なに、なに?」
なんと、黒板一面に、絵が描かれていたのだ。コアラがユーカリの木にとまって葉っぱを食べている絵だ。
「だれが書いたのかしら」
「それにしても、うまいなあ」
「生きてるみたいよね」
今日の体育を休んだ児童はいない。クラス全員が体育館にいたはずだ。もちろん先生も。だれかが、クラスの人ではないだれかが、体育の時間に教室に忍び込んで、この絵を描いたのである。
これはまさに怪異現象、エキセントリックなできごとではないか。ぼくはチワワとレイコを交互に見た。チワワもいきいきしているようだ。レイコの目も輝きだした。たぶんぼくの目も二人から見ると輝いていたのだろう。ぼくが緊急に探偵団会議を招集したことは言うまでもない。断っておくが、決して暇つぶしのためではない。ぼくらゴノニ探偵団は、この事件を解決しなければならないと感じた。それが会議を招集した一番の理由なのだ。
「体育の授業の間に、だれか抜け出した児童がいたかい」
「おいら、マット運動で精一杯だったから知らない」
「わたしも、気がつかなかったわ。たぶんだれもいないと思うけど……」
「だよなあ。第一、二組にあんな絵のうまいやつがいるって、聞いたことがないよ」
「わたし、だれがやったかってことよりも、どうしてやったかってほうを知りたいわ」
「だよな。?5W1H?の肝心なところがわからないんだよね」
「ケン、また、おいららがわからない言葉を使うだろ。なんだよ、それ」
「できごとを説明するときの基本さ。事件を説明するためには、いつ、どこで、だれが、なにを、どういう目的で、どうやって、っていう六つのことがらが必要なんだ。六つのことがらを英語で書くと、Wで始まるのが五つ、Hで始まるのがひとつあるので、5W1Hって言うのさ」
「ケンちゃんって、ものしりなのね。尊敬しちゃうわ」
レイコが言うと、チワワも言った。
「まあ、ケンちゃんすてき。おいらも尊敬しちゃうわよ。んふん」
「ちゃかさないでよ!」
「はい、ごめんちゃい。レイコ様」
ぼくは、ふたりを無視して言った。
「で、今回の事件では、いつ、どこで、なにを、どうやって、というところまではわかってるだろ。ところが、?だれが?っていうのと、?どういう目的で?っていうのが謎なんだよ」
そうなのだ。今回の事件が不可解に思うのは、もっとも知りたいところが謎だからなのだ。これこそぼくらゴノニ探偵団の求めていくものなのだ。
第二の事件は音楽の授業のときに起こった。みんなが音楽室に行っている間に、またもや、黒板に絵が描かれていたのである。今回はウマの絵だった。草原の中でジャンプしている姿で、とても躍動感のある絵である。
そして今回は、絵だけではなく、絵の右すみに「ゴノニ探偵団しょくん K」という文字が書かれていたのである。
クラスのみんなが、口々に言った。
「これは明らかにゴノニ探偵団に対する挑戦状だよ」
「謎を解いてごらんなさい、っていうメッセージじゃないかしら」
「おい、探偵団。受けて立てよ」
前回の事件以来、ぼくらも手をこまねいていたわけじゃない。目撃者はいないか。現場、つまり黒板に犯人の遺留物は残されていないか。なんてことを捜査していたのだ。しかし、捜査というものは、結果が出ないことだってある。地道に、根気よく進めていかねばならないものなのだよ。クラスのみんなは、がんばれよ、とか、なにやってんだ、とか言うけど、ぼくらは君たちのように気軽な立場じゃないんだよ。いつかは必ず解決してやるから、黙って任せておいてくれよな。
ぼくは、探偵団緊急会議を招集した。
ぼくは二人に言った。
「前の絵はコアラだったろ。今回はウマ。これってなんか意味あるのかなあ」
「犯人からのなにかのメッセージじゃないかしら、と思うけど……。なんにもわからないわ」
「おいらも、わかんねえ――」
「でも、言えることがひとつあると思うの」
「えっ、なに?」
「事件は、これで終わりじゃないってことよ。たぶん、今後も同じような事件がまた起こるわ――。そんな予感しない?」
「そうだね。ぼくもそう思う。確かに、これで終わりってことないよな」
「でも、ゴノニ探偵団は、次の事件が起こるのを待ってるだけじゃダメなのよ」
「わかってるよ」
「チワワくん、わかってるって言葉でいうだけじゃダメなの。行動を起こさなきゃ。わたしが指示するから、そのとおりちゃんとやるのよ」
「えっ、レイコが?」
「そうよ。不満?」
「いえ、そんなことは……」
ぼくは二人の会話に割って入った。
「最後に書かれてた、Kっていうのは、なんのことだろう」
「犯人のイニシャルじゃないかしら」
「一応、Kで始まる名前の児童を洗い出してみるか」
「一応ね。でもおいら、児童じゃないような気がするなあ。だってあんなに上手な絵を描く人物なんだぜ。先生かも知れないし、だれかの保護者かも知れない」
「確かに、そうね。でもやっぱりKのリストを作るべきだわ。これはわたしがやるわ。それとあわせて、聞き込みをはじめましょうよ。絵の上手な人がいないかってね。これはケンちゃんとチワワくんが手分けしてやってね」
おいおい、いつの間にか、捜査はレイコが指揮をとってるじゃないか。団長のぼくの存在はどうなるんだ。チワワも口をとがらせている。こんなことでいいのだろうか――。そう、いいのである。これが世渡りの秘訣なのだ。
翌日、ぼくは登校してすぐ探偵団会議に招集された。ぼくが招集したのではない。レイコに招集されたのだ。
「わたし、Kのイニシャルの人のリスト、作ってみたわ」
「犯人が一年生や二年生ってことはないよね。たぶん三年生ってこともないと思うの。なので、四年生以上の児童だけに絞ったの」
「それでも、かなりの人数がいるんじゃないか。?かきくけこ?で始まる児童だろ」
「そうなの、大変だったのよ。四年生から順番に見ていくと、一組だけでも五人もいるの。加藤くん、木村くん、金子さん、木下さん、近藤さんでしょ」
「あっ、おいらと同じ名前だ」
「四年生全体では十四人、五年生十一人、六年生は十八人もいたの。全部で四十三人よ。五年生は二組の子も含んでるけど」
ぼくは、レイコに言った。
「そんなに多くちゃ、絞りきれないよ。それに児童じゃない可能性もあるし、この前のサツマイモ盗難事件みたいに部外者の犯行って可能性もあるし……。全部調べていくなんてこと、できないよ」
「おいらも、無理だと思うな」
「うーん、確かにそうよね――」
「とりあえず、Kのイニシャルは置いといて、ほかの線から調べていかないか」
「わかったわ。ケンちゃんとチワワくんの捜査結果はどうだったの」
「ぼくら、絵の上手な人を探したんだけど、あれだけの絵をかける人は、そういるもんじゃないよ」
「でしょうね」
「それに、ほら、一時限って四十五分しかないじゃないか。犯人は、こんなに短時間に描き上げたんだぜ。ぼくら小学生にできることだと思えないんだよな」
「そうよね……」
結局、このときの探偵団会議は、目立った結論を出せないまま、終わったのだった。
一時限目は算数の授業。先生が言った。
「わたしんちの光くんね。ほら前にもお話したでしょ。わたしの、かわいいかわいい男の子よ。この前、二歳になったんだけど、積み木で遊ぶのがとっても好きなの」
先生は最近子供の話をすることが多い。よっぽどかわいいんだろね。
「でね。光くんの積み木はね。八角形の箱に入ってるんだけど、うまくおさめていかないと全部の積み木が入らないようになってるの。それが結構複雑なの。ところが、わたしのかわいい光くんはね。ちゃっちゃっと並べてきれいにおさめてしまうのよね。光くんって天才なのかなあ、って思っちゃうのよね」
あーあ、こういうのを、親ばかっていうんだろうなあ。ぼくのおかあさんも、ぼくのことをべたぼめすることがあるけど、どうして親ってこうなんだろうね。
「ということで、今日は、八角形の内角の和が何度になるのか考えてみましょう」
先生は、三角定規を使って黒板に線を引いていった。三角定規で押さえながら黒板の上の方を描くのは大変だ。先生は「どっこいしょ」と言いながら描いた。黒板に大きな八角形を描き終わると、先生は振り向いて言った。
「はい、では、内角の和を計算するのに、どのように考えれば良いかわかる人――」
ぼくの得意な図形の問題だ。ぼくはもちろん手をあげた。ほかに十人くらいの児童が手をあげている。
「じゃ、近藤くん。前で説明してください」
先生はチワワをあてた。チワワは前に出て先生の描いた八角形に、頂点同士を結ぶ線を加えた。上の方は背伸びをして描いている。
「こういう風に、三角形に分けて考えれば求まると思います」
チワワが説明すると、先生は「はい、良くできました。では、みなさん。八角形の内角の和はいくつになるかノートに計算してみましょう」と言った。
聡明なしょくんには簡単な問題だったかも知れない。が、一応、答えを教えよう。八角形というのは六つの三角形に分けることができる。なので内角の和は、一八〇かける六で一〇八〇度になるのだ。
一時限目が終わって、チワワが興奮した様子でぼくとレイコを呼んだ。
「おいら、今の授業で思いついたんだけど――、今までの事件は二回とも黒板の上の方まで、絵が描かれていたじゃないか」
「そうだったね。それが――?」
「おいら、あんな上の方まで手届かないぜ」
「そうか――、言われてみれば……。ぼくも無理だ。レイコはどう?」
「わたし、黒板を消すとき、背伸びすればぎりぎり届くわ。でも、絵はかけないと思う」
「だろ。つまり、この犯人は、背がかなり高い人物ってことなんだよ」
「チワワ。鋭いじゃないか。そうだよ。この事件の犯人は大人だよ。これは、捜査方針をもう一度見直す必要がありそうだよ」
ぼくは続けていった。
「それにもう一つ、ぼくもさっき気づいたんだけど、見落としそうな重大な手がかりを発見したんだ」
「えっ、なに?」
「一回目は体育のとき、二回目は音楽の授業のときに事件は起こっただろ。音楽は教室でするときもあるけど、この前は音楽室に行ったじゃないか」
「そうよ。それが?」
「つまり、犯人は、ぼくら全員が教室から離れることを知ってた人物なんだ」
「二組の時間割を知ってる人ってことよね」
「いや、時間割を知ってるだけでなく、この前は音楽室を使うってことを知ってた人物なんだ」
「なるほど――。ケン、いつもながらさえてるねえ」
「なあ、ひっつき虫のときみたいに、またぼくらが仕掛けを作って、犯人が次の行動を起こすの待たないか」
「いいね。おいらの鼻を生かすときが、またきたか」
「次、ぼくらが教室を離れるのは、いつだろ」
「たぶん、明日の理科だわ。先生、次は水にどれだけ塩を溶かせるか実験するわよ、って言ってたもの。理科室を使うことになると思うの」
「だね。たぶん、次の事件はそのときに起こる」
ぼくらは、次の事件に備えて、準備することにしたのだった。えっ、どんなことするんだって? 今、それは明かせないよ。だって犯人に悟られるかも知れないじゃないか。
翌日、理科の授業がやってきた。クラスのみんなは教科書を持って理科室に向かった。ぼくらゴノニ探偵団は、全員が教室を出たことを確かめてから行動を起こしたのだ。まず、教室の後ろに行って、壁に掲げられているたくさんの絵から、レイコが描いた絵をはずした。そして、それを床にはらりと落とした。そのあと窓際においてある鉢を絵の上に置いたのだ。ネギを水栽培している鉢である。ネギはもう五十センチ近くのびている。こんなことすりゃ絵が汚れるだろって? まあ、いいんだって。これで準備OK。さっ、理科室に行こう。ぼくらは廊下を急ぎ足で歩いていった。
実は、理科室に行ってからも、ぼくらは犯人さがしを忘れてはいない。授業が始まってすぐ、チワワが言った。
「先生、教室に教科書忘れてしまいました。取りに行ってかまいませんか」
「しかたないわね。じゃ取ってらっしゃい」
「すみません。すぐに戻ります」
チワワは、理科室を出て教室に向かった。もちろんチワワは、教室にだれかいないか偵察に行ったのである。この結果は、あとでチワワに聞くことにしよう。ぼくは授業中、早く終わらないか、早く終わらないか、とずっと思っていた。レイコもそわそわしているようだった。
授業が終わると、ぼくは急いで教室に戻った。そして黒板を見た。そこには、サルの絵が描いてあった。サルは右手と右足で木の枝にぶら下がって、こっちを見ている。
「これはチンパンジーですね」
ヒロシが言うと、ジャイアンが「えっ、サルじゃないのかよ」と言った。
「単にサルって言えば、ニホンザルのことをいうことが多いんです。チンパンジーもサルの一種には違いないんですけど、そういうと人間もサルの一種ですから……。だから、チンパンジーのときは、やはりチンパンジーと呼んだ方がいいんですよ」
ぼくは、ヒロシの解説を口を開けたまま聞いていた。やはりヒロシは博学だ。学級委員だけのことはあるよ。?博学?ってどういう意味かって? ?ものしり?のことだよ。それにしても見事な絵だね。サル……、じゃなく、このチンパンジー、生きてるかのようだ。今回もこの絵の右下に、メッセージが書かれていた。
「なぞをといてみたまえ。K」
予想どおりの展開である。よし、解いてやろうじゃないか。ゴノニ探偵団の実力を示してやろうじゃないか。
そうそう、大事なことを忘れてはならない。仕掛けを確かめておかなくっちゃ。ぼくらは教室の後ろへ行った。レイコの絵は元どおり壁に掲げられていたのだ。ネギの水栽培はというと……、窓際ではなく、後ろの棚に置かれていたのだ。
これも予想どおりだ。今回は数多くの手がかりを得たぞ。早く教えろよって声が聞こえそうだね。まあ、あわてないで。まずは探偵団会議を招集するから。
「でね。おいら教室に戻ったけど、そのときはだれもいなかったよ。黒板もレイコの絵も、おいららが出て行ったときのままだったよ」
「ろうかで、だれにも会わなかったか」
「ああ、あやしいやつはいなかったね。途中、校長先生が教室を見回ってたけどね」
「ふーん、校長先生、なんかおっしゃってた?」
「うーん、『君は確か五年二組の近藤くんだよね』って。で、『どうしたの』って聞くから、『教室に忘れ物取りに戻るんです』って言ったよ」
「それだけ?」
「『忘れ物したの君だけかい』って聞かれたので、『はい、そうです』って答えた。それだけかなあ」
「ふーむ」
「これって、こんなに大事なことかい」
「今回の事件の犯人は、大人の人で五年二組が今日理科室を使う予定まで知ってた人物なんだよ。学校の大人の人はみんな容疑者なんだ」
「校長先生も?」
「そうさ。容疑者のリストには入れておかなくっちゃ」
いつのまにか、捜査の主導権はぼくに戻ってる。レイコは黙って聞いている。うんうん、これが正しい姿なのだ。次に検討すべきはレイコの絵のことだ。
「レイコの絵を元に戻したのは、やはり犯人だろうね」
「そうよね。犯人しか考えられないわ」
「犯人は、あれだけの絵を描く人物だよ。絵が床に投げ出されているってのが耐えられなかったんだろうね。これも予想どおりなんだけど、犯人はひとつミスを犯したね」
「ネギの水栽培のことかい」
「そう、水栽培の鉢はもともと窓際に置いてただろ。これは児童ならみんな知ってることなんだ。もちろん担任の先生たちもね」
「なるほど、おいらわかった。鉢が棚の上に置かれていたってことは、授業には関係のない人物なんだ」
「だね。これでまた容疑者を絞り込めただろ」
「それと、おいらにとってもうひとつ大事なことがあるよ。犯人は今ならまだネギの匂いがついてるってこと」
どうだい、ぼくらゴノニ探偵団の実力を見ていただいたかい。今日の検証結果を得て、ぼくらはさっそくネギの匂いを求めて、学校中の先生をあたってみたのだ。そしてほぼ犯人を絞り込めるところまで、捜査は進んだんだよ。犯人はだれかって? みなさんもうすうす気がついてるでしょ。そう、あの人物。ただ、まだ確証がないんだよね。まっ、事件解決までは、もう少しおつきあいしてくれたまえ。
そして翌日の朝、第四の事件が起こるのである。今回は今までにない規模の事件であった。
朝、登校するなり、学校中が大騒ぎになっていたのだ。みんな校舎の上の階から運動場の方を見て、喧々囂々、騒ぎたてているのだ。「ミステリーサークルだ」という声があちこちから聞こえる。ほら突然、畑の中に絵が現れる現象のことだよ。低学年の児童なんか、高学年の教室がある三階、四階まで上ってきて、きゃあきゃあと喜んでいるのだ。そうそう、喧々囂々はけんけんごうごうと読むのだ。意味は――、例の国語の天才に聞いてくれたまえ。
ぼくも校舎から運動場を眺めた。なんとそこには、巨大な犬の絵が描かれていたのである。頭のもじゃもじゃの毛が足にまで届いている犬。よく知らないけど、家の中で飼われる犬のようだ。グラウンドに線を引く器具で描かれたものらしい。だれがこんなことを……、決まってるじゃないか。例の犯人だよ。
「あれって、ヨークシャーテリアよね」
ぼくが運動場を見ていると、レイコが横に来て言った。
「犬の種類のことよ。わたしのうちでも飼ってるの。かわいいわよ」
「どうして、普通の犬、描かなかったんだろ」
「わからないわ。でもヨークシャーテリアでなきゃならない理由が、あるのは間違いないわね」
ぼくらが緊急捜査を開始したのは言うまでもない。事件は発生してからすぐに捜査を開始するのが鉄則なのだ。
まずは用務員室に行っておじさんに聞いた。
「きのうの晩? さあ、あやしい人は見なかったよ。おじさん、夜中は仮眠してるからね。おじさんも朝起きて運動場にきてみたら、こんな風になってたんで、びっくりしたんだよ」
「運動場の見回りはしないんですか?」
「夜に一回だけするよ。校舎の方は何度も見回るけどね――。そういや、校長先生が遅くまで仕事されてたなあ」
「ふーん、校長先生か――」
「役にたてたかい」
「はい、ありがとうございました」
ぼくらは、お礼を言って用務員室を離れた。
「ここまでくると、やはり校長先生に聞いてみるべきよ」
「おいらもそう思うぜ。ケン、行こうよ」
「そうだよなあ。校長先生が一番あやしいよな」
「ぐずぐず言わないで、わたしの言うことを聞くの。昼休みになったら行くからね。ついてきなさいよ」
結局、ぼくとチワワは、レイコに連れられて校長室に行くことになったのだった。確かに、容疑者の中でもっともあやしいのは校長先生だ。ほかの先生に聞いた話では、校長先生は元は美術の先生だったらしいこともわかっている。しかし、校長先生にいきなり「先生が犯人でしょ」って追求しても認めるわけはないんだよな。だって、今のところ推理でしかないし、なにより今回の事件はゴノニ探偵団への挑戦だろ。校長先生は「ちゃんとした証拠を出しなさい」って言うに決まってるじゃないか。でもまあ、校長先生も容疑者の一人だし、一度はしっかりと事情聴取しとかなくっちゃね。
昼休み、ついにぼくらは、校長室に踏み込んだのだ。
「やあ、君たち。なにやらミステリーが起こっているらしいじゃないか。捜査は進んでいるのかい」
「はい、その件で、校長先生に事情を聞かせていただきたいと思いまして」
「ほほう、わたしも容疑者かね」
「はい、率直に言うと容疑は濃厚です。まず一番あやしいのは、この間のチンパンジーの絵のときなんです」
「なにがあやしいのかね」
「あやしい点は三つあります。ひとつは、廊下で忘れ物を取りに行った近藤くんに会ったとき、『忘れ物を取りに来たのは君ひとりかね』とおっしゃいましたね。これって、ほかの児童が来ないことを確かめたかったのではないですか。二つ目はネギの鉢です。犯人は、つまり校長先生だと思うのですが、レイコの絵を元に戻してくださいました。そのあと、ネギの鉢を棚の上に置かれましたよね。でもあの鉢は窓際におくことになってるんです。五年生の先生はもちろん、ほかのほとんどの先生も知ってることなんです。ご存じないのは校長先生のほか少しの先生だけなんです。三つ目はそのネギの匂いです。あの事件のあと、近藤くんがネギの匂いをかいで回りました。そのとき校長室の前が一番強かったんですよ」
「なるほど――、理路整然としてるね。見事だよ。でもそれがわたしが犯人だっていう証拠になってるかい」
「……」
「だろ。君たちはよくがんばってると思うが、もうひとつ詰めが足らないんじゃないか。まず犯人からのメッセージをきちんと読み解くことだと思うよ」
「今までの絵のことですか」
「そうだね」
「はじめはコアラ、次はウマ、次はチンパンジー、そして今日は犬でしたが」
「今日の犬は、めずらしい犬らしいじゃないか」
「はい、ヨークシャーテリアというらしいです」
「そう、ヨークシャーテリア、それが今朝がた描かれたんだよね」
「あれ、校長先生。どうして今朝がたってわかるんですか。どうしてきのうの夜中じゃないんでしょうか」
「えっ、いや、なんとなくね。朝の方が明るいからそう思ったんだけどね。そんなことより、もう一回だけ、犯人からのメッセージを待ってみてはどうかね」
「校長先生、また失言しませんでしたか。もう一回だけ、ってどうしてわかるんでしょうか」
「五回の方がきりがいいじゃないか。それだけだよ」
「校長先生、次は何の絵だと思われますか」
「うーん、ウサギかウシじゃないかと思うよ。いや、これもなんとなくだけどね」
「今日は、ありがとうございました」
「まあ、がんばって、犯人を見つけてくれたまえ。期待してるからね」
結局ぼくらは、校長先生にうまくあしらわれる結果になったのだ。チンパンジーの絵のときの状況証拠を突きつけても、まったく動じなかったもんね。さて、これから、どうしたものか。
それにしても、校長先生、今日の尋問ではぽろぽろとしゃべり過ぎたようにも思うんだよね。あれだけ堂々とした校長先生なのに、失言が多すぎないかなあ。
ひょっとして、これは校長先生が出してくれているヒント? ぼくらに謎を解きなさいってことかも知れない。
ぼくらはあらためて探偵団会議を開いて議論を行った。
「五つ目がウサギかウシって、どういうことかしら」
「コアラ、ウマ、チンパンジーのあと犬だろ」
「校長先生も、犬じゃなくヨークシャーテリアを強調してたじゃないか。きっと犬じゃダメなんだよ」
「で、最後がウサギかウシかい」
「まてよ。おいらわかった気が!」
「えっ、なにかしら」
「ウサギでもウシでもいいってことは、ウで始まればいいってことじゃない。つまり今までの絵も、頭の文字だけを取るんだよ」
「ええと、コアラのコ、次はウ、でチ、次はヨークシャーテリアのヨかしら?」
「そうだよ。コ、ウ、チ、ヨ、で最後はウなんだ」
「あっ、そうか。コウチヨウ。校長のことだ!」
「たぶん、メッセージにあった?K?も、校長先生のことだったのね」
ついにやったね。ここまで解明できればもう解決も同然だ。ただ、これだって確実な証拠とは言えないよな。なにか、なにか証拠になるものが欲しい。なにか、なにかないか……。
ぼくらが手が出せないまま、数日が過ぎた。ウサギかウシはまだ現れない。おそらく犯人は、ぼくらが追い詰めていることを知って相当慎重になっているのだろう。
明日は、五年生の遠足の日だ。もちろん児童は一日中教室にいない。この日が狙われるかも知れない。ぼくらは最大限の警戒をして、犯人からのメッセージを待った。そして同時に決定的な証拠を見つけるための作戦を練っていたのだ。
そして、ついにその時がきた。
五年生の遠足。ぼくらは三台のバスに分乗して目的地に出かけた。山の奥に作られた県立公園で秋の紅葉を楽しむ遠足だ。バスは一クラス一台。ぼくのバスには五年二組の児童しかいない。今回の遠足には、校長先生は参加していない。学校で留守番しているらしいのだ。
バスは目的地の県立公園に着いた。クラス全員がバスを降りた。山が真っ黄色に染まっている。ぼくらはここで弁当を食べて、二時間ほど思い思いに散策してからバスに戻るのである。
五つ目の事件は、ぼくらがバスに戻ったときに発生していた。バスのボディに大きなウサギの絵が掲げられていたのである。あらかじめ、大きな紙に描いていた絵を掲げたものだ。草の上で白黒模様のウサギがニンジンを食べている姿である。いつものことながら動き出しそうなほど上手な絵だった。そして、絵の右下には、「学校で待つ K」と書かれていたのだ。
もはや、校長室に突入するしかない。ぼくらゴノニ探偵団は、再び校長先生を問い詰めに行った。もちろん、証拠を手に入れるための仕掛けも考えてのことだよ。
「ゴノニ探偵団は、すべて解決しましたよ。やっぱり犯人は校長先生でしたね」
「ほほう、どうしてわかる」
「まず、五枚の絵のメッセージです。すべてつなげると、〈コウチヨウ〉となるんです。これって校長先生のメッセージですよね」
「なるほど、でも単にコウチヨウと並んだだけだろう。それでどうしてわたしだとわかるのかね」
「五回目の事件がきのう発生したんです。五年生の遠足のときです。バスに絵が掲げられていたんです」
「わたしはきのう、学校にいたよ。アリバイを証明する者もいるよ。バスに絵を掲げることなんかできないじゃないか」
「実際に掲げたのは、たぶん五年生の担任の先生でしょう。校長先生から頼まれれば、担任の先生が断るなんてできないでしょうから。担任の先生には校長先生があらかじめ描いていた絵を渡しておいたのですよ」
「それは憶測だろう」
「だってこの前、校長先生は、最後は、ウサギかウシだと思うっておっしゃったんですよ」
「ああ、言ったよ。そんな気がしたのでね」
「で、五枚目の絵は、校長先生の予想どおりウシだったんですよ。草原で草を食べてる姿ですよね」
「えっ? ウシかい?」
「校長先生がおっしゃったんじゃないですか。でも、失礼ですが、最後の絵は、あまりうまくなかったように思います。校長先生ならもっと上手に描かれるのでは……、と思いました」
「そっ、そうかね。本当にウシだったかね。ウサギじゃなく」
「はい、ウシでしたわ」
「しかし、君たちが見つけた証拠はいずれも状況証拠だよ。わたしが犯人ということにはならないよ」
「そうですか……。では、またあらためて訪れることにします。ありがとうございました」
ぼくらは校長室を出て顔を見合わせた。仕掛けは万全。たぶん校長先生は動き出す。あとは、それを待てばいいのだ。
お昼休み、校長先生が教室の入り口まできて、二組担任の北条先生になにやら合図を送った。ぼくらに気づかれないようにしたみたいだが、ゴノニ探偵団を甘く見てもらっては困る。ぼくらはこの瞬間を待っていたのだ。北条先生は廊下に出、校長先生に連れられて階段の方に行った。ぼくは、携帯電話でチワワに連絡を取った。
「今、そっち行ったからね」
「了解」
とチワワから返事があった。
えっ、学校では携帯電話禁止だよって、わかってるよ。この事件が解決するまで、それまでだけ黙っていてくれよな。
チワワによると、その後、校長先生と担任の先生は、体育館倉庫の方に行ったらしい。ぼくとレイコは、倉庫に先回りし先生たちを待った。
向こうから、先生たちがやってくる。ぼくらは倉庫のわきに身をかくして待った。
北条先生の声が聞こえる。
「確かにウサギでしたわよ。校長先生の聞き間違いじゃございません?」
「いや、確かにウシと言った。別の絵に変わっていないか確かめたいんだよ」
「そんなはずないんですけどねえ……」
二人の声が近づいてきた。ぼくらは声を潜めて二人を待った。
北条先生が倉庫の鍵を開けた。二人が中に入った。
「ほら、確かにウサギですわ」
中から、北条先生の声が聞こえた。今だ! ぼくらは、倉庫の中に飛び込んだ。先生たちは、ウサギの絵をはさんで立っている。ぼくらは、二人の様子を携帯電話で撮影した。二人の驚いた顔が写真におさまった。
こうしてぼくらは決定的な証拠を手に入れたのだ。
校長先生は「うーん、やられた。ゴノニ探偵団、あっぱれである」と言ってぼくらをたたえてくれたのだ。校長先生は、最近校内で話題になっているゴノニ探偵団について、どの程度の実力の持ち主なのか挑戦したかったのだと、動機を話してくれた。
こうして、ぼくらゴノニ探偵団は、ミステリー中のミステリーだった事件を、無事解決したのである。
ゴノニ探偵団の名声は、このあと学校を飛び出して広まっていく。
そして、ついに次回は、決定的な犯罪事件に立ち向かうことになるのだ。