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ゴノニ探偵団の事件簿  作者: おだアール
3/5

第三話 サツマイモ盗難事件

   ゴノニ探偵団の事件簿



   三 サツマイモ盗難事件


 みなさん、「分身の術事件」では、ゴノニ探偵団の実力を十分に理解していただけたものと思う。ぼくらは、どんなに難事件であったとしてもあきらめることは決してないのである。もし、みなさんの生活の中で、不可解なできごとに遭遇することがあれば、まずは、ぼくらゴノニ探偵団に調査を依頼していただきたいのだ。ゴノニ探偵団は、丹念で地道な捜査を行い、わずかな手がかりからでも証拠を見つけ出し、論理立てて事件を分析し、最後は必ずや解決に導くことをお約束しようではないか。

 さて、今回の事件の話をしよう。今までの二つの事件はいずれも学校の中だけのことである。しかし今回は違う。ほんものの犯罪、警察も乗り出してきそうな犯罪に、ぼくらゴノニ探偵団が立ち向かうことになるのである。

 事件は、十月のある日、理科の授業で使う学校の畑で発生した。


「ケン、聞いたか。サツマイモ畑荒らされてるのが見つかったんだって」

 タツヤは、教室に入ってくるなりぼくに言った。タツヤは最近、くじ運がめっぽう悪い。運動会が近づいてくるにつれ、高学年の児童はいろんな仕事をしなければならないのだが、タツヤは、きのうは倉庫の整理係、今日もテントの点検の仕事に当たっていたのだ。エスパータツヤと呼ばれなくなってずいぶんたつが、今は、タツヤ自身も役割にあたることを苦痛だと思っていないようだ。むしろ、自分から何かの役に立候補するときもあるくらいなのである。ぼくにはその理由がちゃんとわかっている。タツヤが「ぼくがやります」と言うときは、マナミちゃんもその役に当たっているときなのだ。マナミちゃんの本名は辻村真奈美という。お下げ髪のとってもおとなしい子で、自分から目立って何かをしようとすることはほとんどない。クラブ活動では手芸クラブに入ってるらしい。まあ、レイコと正反対の女の子ってことだね。類は友を呼ぶっていうか、マナミちゃんは手芸クラブのほかの二人といつも行動をともにしている。いわゆる?しとやか三人組?のひとりなのだ。

 話が脱線してしまった。サツマイモ畑の話だった。ぼくはタツヤに聞いた。

「荒らされてるって、どんな風に?」

「それが、ハナコのところのイモだけ、いくつかだれかに盗られてたっていうんだよ。どうも畑の横に置いてあったスコップで掘られたらしいんだ。今、ハナコも畑に行ってんだけど、ハナコ、どうしてわたしのとこだけなのって泣きじゃくってしまってさ。先生がなだめてたよ」

「ハナコちゃんの場所って、うねの真ん中のあたりだよな」

「そうなんだよ。ハナコのところだけ荒らされるってなんか変だろ。これは君たちの出番じゃないのか」

「うーん、確かに変だ。わかった。一度調べてみよう。ぼくらに任してくれ」

 ついに三つ目の事件が発生した。名づけて「サツマイモ盗難事件」。こうしてぼくらの捜査が始まった。


 次の休み時間、早速、ぼくは探偵団を招集して、犯行現場に出向いたのだった。捜査の基本は、まず現場を徹底的に調査することなのだ。現場に残された遺留物を探し、付近の状況を調べ、目撃者がいないか聞き込み調査を行う。これが本格的な捜査というものだ。

 ぼくらの学校では、サツマイモ畑は五年生の理科の実習で使われている。長いうねが五本あって、一本のうねを十五人ぐらいで分け、ひとり一人が、自分のサツマイモに名前を書いた札を立てて育てていくのだ。ぼくも春先に苗を植えて、ときどき様子を見に行って観察日記を書いていた。十月にはみんなで収穫して、焼き芋にしたりスイートポテトを作ったりする計画だったのだ。ハナコちゃんの場所は、真ん中のうねの、さらに真ん中あたりである。犯人はどうしてわざわざ真ん中まで入ってイモを盗んだのか。確かに不可解なことである。

 ぼくらは、畑のところまで来た。

 ぼくは二人に言った。

「犯人って、人間だって決めつけてるけど。まず、本当に人間なんだろうか。まず、それを確かめようじゃないか」

「どういうことかしら?」

「犬とか猫とかタヌキとか。ひょっとして鳥かも知れないし、例えばカラスとか」

「犬や猫が、土を掘ってサツマイモをとるかしら――。それにもとはお肉を食べる動物じゃないの。カラスだって、土を掘ってまでエサをとるとは思えないわ」

「おいらも、そう思うぜ。タヌキのことはよく知らないけどさ」

「それに、タツヤくん、スコップで掘ったみたい、とか言ってなかったかしら」

「言ってた、言ってた。おいらも聞いた」

「わかった、わかったよ」

 ぼくは一応、捜査の手順としてあらゆる可能性を調べたかっただけなのだ。それなのに、二人してぼくをせめるだろ。いいよ、わかったよ。犯人は人間だ。その線で捜査するよ。

 畑に入ろうとするチワワとレイコにぼくは言った。

「待って。すぐにうねに入らないで。まず、足あと調べるんだよ」

 現場に残された手がかりをそのまま保存するのは、捜査の鉄則だ。今、ぼくらがうねに入ってしまうと、犯人の足あとがわからなくなるかも知れないのだ。ぼくは、さっき二人にせめられた腹いせに注意してやった。レイコは「わかったわよ」と言ってぼくをにらんだ。おおこわ、まるでおかあさんみたい。

 ともあれぼくらは、靴を脱ぎはだしになって慎重に畑に入っていったのだ。

「足あといっぱいあって、よくわからないわ」

「盗まれたあとも先生やハナコちゃんが来てるからね。みんなの足あとが混ざっちゃってるんだよ」

「この大きいのは先生のよね」

「おいら、わかんないよ。ぐちゃぐちゃになってて、どれが犯人のかなんて」

「あれっ、でもハナコちゃんの場所から向こうの方には、はっきりした足あとがあるわよ」

 ぼくらが畑に入るときは、いつも運動場の方から入る。だから、ぼくらが入った方からハナコちゃんの場所まではいろんな人の足あとが混ざっちゃって、どれがだれの足あとかなんて区別がつかない。でも、ハナコちゃんの場所から向こうのほうには、どうも足あとが一種類しかなさそうなのだ。どうやらぼくらは重大な手がかりを見つけたようだ。

 ぼくらは問題の足あとを丹念に調査しはじめた。

「この足あと、大人の人にすればちょっと小さくないか。ほら、さっきの先生の足あとに比べると」

「そうね。そう言われれば一歩の長さも短いみたいだし……。でも、子供の足よりは大きそうよ」

「これって、運動靴の足あとだよな」

「そうよね。普通のゴム底の靴っぽいわね」

「犯人は、中学生か、はたまた高校生か。おいら、なんかわくわくしてきたよ」

「足あと、どこに続いてるんだろ」

 ぼくらは、犯人の侵入経路を調べるべく足あとをたどっていったのだ。足あとは、運動場の反対側を抜け草むらの中に入っている。草むらの向こうには学校の境界のフェンスが見える。さすがに草むらの中には足あとが残っていない。けど、ゴノニ探偵団はこんなことであきらめはしないのだ。草むらにだって手がかりはある。そう、草が折れたところがあるじゃないか。そこが犯人の通り道だ。ぼくらは、慎重に、念入りに、細心の注意を払って犯人の通り道を探っていったのだった。

 そしてついに犯人の侵入口を発見したのである。草むらの先に、フェンスの一部が破れた場所、人ひとりが通れる程度の穴、そう、侵入口はここに違いない。ぼくらは侵入口を出た。フェンスの外側は幅二メートルほどの道で、犬を連れた人や買い物途中の女の人が歩いている。その横を野球のユニフォームを着た中学生が走って追い抜いていった。道の先には市民グラウンドがあってサッカーや野球が行われているようだ。

 ぼくらは確信した。犯人は、この侵入口から入って犯行に及んだことは確実である。

 さて、これで捜査の第一段階は終わったと言える。大きな進展だった。ぼくらは、捜査結果をもとに探偵団会議を開いた。

「で、問題は、これからどのようにして犯人を見つけるかだ」

「そうなのよね。手がかりはたくさん見つかったけど、これからどうしたらいいのかわからないわ……」

「おいら、わからないのは、どうしてハナコのサツマイモだけ盗まれたんだろ、ってことなんだ」

「そうよね。どうしてかしら」

「ハナコちゃんがだれかに恨みを買ってたとか?」

「ハナコちゃんはそんな子じゃないわ。とってもおとなしいし優しいし。嫌ってる人なんかいないわよ」

「おいらもそう思うよ。レイコと違ってね」

「それ、どういう意味よ」

「いや――。レイコ様もとってもお優しいと……」

「まあまあ」

 探偵団会議ではいろいろ議論は行われたのだが、これからどうする、という決定的な目標は定まらなかった。そりゃそうかも知れない。だって、手かがりが見つかったといっても、犯人は運動靴をはいた中学生か高校生らしいということと、学校への侵入口がわかったっていうことだけなのだ。ぼくには、町を歩く中学生や高校生がみんな怪しいように見えてしまうのだった。


 動きがあったのは三日後のことである。一時限目のあとの休憩時間、またタツヤがあわててぼくのところにやってきて言った。

「ケン、今度は、チホのサツマイモが盗まれたらしいぜ」

「えっ、ホントか」

「ホントだよ。ハナコのときと同じように、チホのサツマイモだけ抜かれていたらしい。今、チホが畑に行ってるよ」

 ぼくは、チワワとレイコに声をかけ、三人で畑にかけつけた。畑では、先生が泣きじゃくるチホちゃんをなぐさめていた。

「おイモさんはね。ほかの人たちのを分けてもらうように、先生、言ったげるから。さっ、もう泣かないで」

 チホちゃんは先生の胸に顔をうずめていた。ひくひくと肩を揺すっている。

 許せない。今回の犯人は絶対にぼくらの手でつかまえてやる。だって、ハナコちゃんやチホちゃんがかわいそうじゃないか。

 ぼくは念のためにレイコに聞いた。

「チホちゃん、だれかに恨まれてたってことないよな」

「ハナコちゃんと同じで、おとなしい女の子よ。恨まれることってあり得ないと思うわ」

「だろうな。レイ……」

 ぼくは、?レイコと違って?と言おうとした言葉を飲み込んだ。だってチワワの二の舞になるのはいやじゃないか。?君子危うきに近寄らず?だよ。

「チホちゃん、ハナコちゃんと仲良しなのよね。家もとなり同士らしいのよ」

「へえ、そうなんだ」

 ぼくは、女子同士が、どういう関係かなんてくわしく知らない。男子はみんなそうだと思う。興味があるわけないよな。

「ほら、休み時間のとき、マナミちゃんといつも三人で一緒じゃない。みんな?しとやか三人組?って呼んでるじゃないの。そういや、マナミちゃんちは、ハナコちゃんの家の向かいだわ」

 ふーん、仲良し三人組が家も近所。なんかきな臭い匂いがただよってこないかい。まだ混沌としていて何も形にならないけど……。えっ、混沌ってなにかって? はっきりしないってことさ。もっと詳しく知りたければ、国語の得意なカキジュンに聞けばいいよ。

 で、ゴノニ探偵団は、この次、犯人は三度目の犯行を必ず実行する、と読んだのだ。被害者はたぶんマナミちゃん。理由ははっきりしないけど、今までの流れからこれしか思いつかないじゃないか。マナミちゃんにはかわいそうだけど、今は言わないでおこう。犯人をつかまえるために必要なことだから。

 ぼくらは、フェンスの破れた侵入口に生えているひっつき虫を利用することにした。犯人が侵入口から出入りすれば、必ずここのひっつき虫が犯人にくっつくはずだ。ひっつき虫をつけた人がいれば、そいつが犯人なのだ。ぼくらは、ひっつき虫がここのものだとわかるように赤い絵の具を塗った。そして、その上に醤油をかけた。どうして醤油をかけるんだって。まあ、このあとの展開をお楽しみにってことかな。


 案の定、事件は起こった。二日目の朝、またタツヤがぼくのところに来て言ったのだ。

「ゴノニ探偵団はなにをやってんだ。今度はマナミちゃんのイモが盗まれたじゃないか。マナミちゃんも泣いちゃって……。マナミちゃんを泣かすなんてひどいじゃないか」

 タツヤは、今度の被害者がマナミちゃんだったことがショックだったようだ。今のタツヤに、次の被害者はマナミちゃんだと思ってたんだ、なんて言おうものなら、ぼくはタツヤから猛攻撃を受けていただろう。ぼくはタツヤに「わかった。必ず犯人をつかまえてやるよ」と言い残して、チワワとレイコを連れて畑に行った。

 これだけ犯行が続くと、先生たちも黙ってはいられなくなったようだ。三人の被害者に話を聞き直したり、目撃者がいないか調べはじめたり、犯人さがしをはじめたようだ。でも遅すぎだよな。ゴノニ探偵団の捜査ははるかに先を行っている。ぼくらはすでに、犯人に目印をつけるところまで来てるんだよ。


 放課後、ぼくらは、早速犯人さがしに乗り出した。例の侵入口にあるひっつき虫を確認した。かなり数が少なくなっている。犯人の服にくっついたことは間違いないだろう。

「チワワ、匂わないか?」

「うーん、ここじゃわかんないな。犯人の近くまでくるとわかると思うけど」

 そう、ひっつき虫に醤油をつけたのは、チワワに匂わせるためだったのだ。ぼくらは、道沿いに赤いひっつき虫をつけた人がいないか、探して回った。チワワはクンクンと匂いをかぎながらついてきている。

 運動靴、運動靴、赤いひっつき虫、赤いひっつき虫……。道行く人はけげんそうな顔をしている。ぼくらがぶつぶつ言いながら、人の足もとばかり見ながら歩いているのを、変な子だと思っているのだろう。でも、人の目など気にしていられない。運動靴、運動靴、赤いひっつき虫、赤いひっつき虫……。ぼくらは目を皿のようにして、通行人の足もとを調べていくのだった。


「あっ、醤油の匂いがする」

 チワワが言うと、ぼくとレイコは、「えっ、どこ」と言ってあたりを見た。

 そのときである。

「おう、江守じゃないか」

 ぼくは、不意に声をかけられた。去年、ぼくらの学校を卒業した浜川先輩だ。おととしまで少年サッカーチームに所属していて、ぼくにサッカーを教えてくれていた人なのだ。今は豊島中学の二年生である。

「先輩、今もサッカーやってるんですか」

「おう、もちろんサッカー部だよ。豊島中、強いぜ。この前、市の中学サッカー大会で準優勝したんだから。おれもレギュラーで出たんだぜ」

「へえ、すごいんですね。で、今日はトレーニングですか」

「おう、いつもこの道走ってんだよ」

 浜川先輩は、Tシャツに半パン姿だ。ぼくは「格好いいですね」と言って先輩の姿を上から下まで眺めた。そして、足もとまで目をやって驚嘆したのである。なんと先輩の靴下に、赤いひっつき虫がついていたのだ。まさか先輩が……。ぼくはどう言っていいかわからなくなった。だって先輩に向かって、「イモ盗ったでしょ」なんて聞けるわけないじゃないか。

 ぼくがもじもじしていると、レイコが先輩に言った。

「浜川先輩、向こうのフェンスのところに穴があいてるの、ご存じですか」

「知ってるよ。トレーニングで、ときどきあそこから入るぜ。ほら、入ってすぐのところに鉄棒があるだろ。そこでけんすいを十回してから、また戻って走りはじめるんだよ」

「そうなんですか」

「なんだ。いけないかい」

「いや、そういうわけでは……」

「じゃ、トレーニング中だから。またな」

 先輩はそう言って走っていった。

 ふーむ。先輩がねえ……。怪しそうで怪しくなさそうで……。ああ、よくわかんない。

「ほかにも、ひっつき虫つけてる人がいるかも知れないわよ。もっと調べてみましょうよ」

「そうだよな」

 ぼくらは、あらためて調べて回ることにしたのだった。運動靴、運動靴、赤いひっつき虫、赤いひっつき虫……。


 しばらく進んでいくと、チワワがまた「あっ、醤油が近づいてきた」と言った。向こうから大学生らしい男の人二人が、ラグビーボールをパスしながら走ってくるのが見える。そのうちひとりの人の靴下には、確かに赤いひっつき虫がついていた。いつもながら、チワワの嗅覚はすごすぎる。だって、だってだよ。遠くにいる人の足についている小さなひっつき虫を探すだけでも大変なのに、そこからただよってくる、かすかな、ホントにかすかな匂いをかぎ当てるんだから。

 ぼくは勇気をふりしぼって男の人に聞いた。

「あの――。すみません」

「なんだい」

「あの――、そこについてるひっつき虫なんですけど」

「おっ、これか。なんだこれ、赤いね」

「そうなんです。それ、向こうのフェンスの破れたところのひっつき虫なんですけど、ぼくらが赤く塗ったんです」

「なんで、また」

「フェンスの破れたところから学校に入りましたよね。率直にお聞きしますが、どういう目的で入ったのか、教えていただけませんか」

「おいおい、なんか尋問受けてるみたいだね。確かに勝手に小学校には入ったけどさ……」

「ですので、その目的を」

「ほら、ぼくらこうやってボールをパスしながら走る練習をしてるだろ。で、パスが失敗してさ。小学校の中に入っちゃったんだよ。それで、ボールをとりに行くために、フェンスの破れたところから入ったんだよ。そんなに悪いことしたかなあ」

「いえ、よくわかりました。ありがとうございます。念のためにお名前だけ教えていただけませんか」

「いいよ。国枝っていうんだけど。それにしてもホントに尋問受けてるみたいだなあ。なんかあったのかい」

「ぼくらゴノニ探偵団って言うんですけど、実は、小学校のサツマイモ畑が荒らされる事件があったんです。それで捜査してるんです。サツマイモのことは知りませんか」

「知らないよ。それにしても探偵団とは、大変だね。まっ、がんばって」

 男の人はそう言って走り去った。


「ふーむ、あの男の人も、怪しいのか怪しくないのか、さっぱりわからないよ」

「そうよね。靴は二人とも運動靴だったけど、畑にあった足あとよりずいぶん大きいように見えたわ」

「もしおいらが犯人なら、イモの話を出されただけでドギマギするね。あの人、全然動じていなかったように見えたよな」

 ひっつき虫作戦は、犯人をさがし出すぼくらの切り札だった。ひっつき虫をつけている人さえ見つければ解決するように思っていたけど、どうやら失敗だったと認めざるを得ない。だって、いろんな人がひっつき虫をつけてしまうんだもの。犯人の探しようがなくなったじゃないか。うーん、この事件。もはや解決の手段はないか……。

 ぼくらが、捜査を切り上げてそろそろ引き上げようか、と思っていたときである。

「あら、レイコちゃんじゃないの」

 振り向くと、女の人がレイコの方を見ている。

「あっ、ハナコちゃんのおばさん」

「なにしてるの、こんなとこで」

「学校でちょっとした事件があったものですから……。わたし今、ゴノニ探偵団っていうのを率いているの。それで捜査してるんです」

 おいおい、ゴノニ探偵団の団長はぼくだろ。ぼくが率いてるんだよ。ぼくは会話に割り込んでレイコの間違いを正したいと思ったけど、その気持ちをぐっと抑えたのだ。そう、レイコに逆らってはならないのだ。

「まあ、大変ね。女の子なのに探偵団って」

 チワワがぼくの耳に「醤油の匂いがする――」とささやいた。おばさんの足もとを見ると、ズボンの裾に赤いひっつき虫がついているのが見えた。レイコも気づいたようだ。レイコはおばさんの足もとを見て言った。

「おばさん、いつも運動靴はいてるんですか」

「そうよ。だって歩きやすいでしょ」

「そこについてるひっつき虫ですのことですけど」

「えっ、どこ。ほんとに。やーね」

「その赤い色、実は、私たちがつけたんです。ほら向こうにフェンスが破れているところあるでしょ。そこにあるひっつき虫なんです。おばさん、あの破れたところから学校に入りませんでしたか」

「しっ、知らないわよ。このひっつき虫、だれかにつけられたのね。ほんとだれがやったのかしら」

 おばさんは、ひっつき虫をはがして地面に捨てた。そしてレイコに向かって言った。

「あっそうだ。おばさん、今日は早くお買い物して帰らなきゃいけなかったんだ。ごめんね、レイコちゃん。じゃあ、またね」

 おばさんは、急ぎ足で去っていった。


 ぼくらは学校に戻って、今日の捜査結果を検証した。

「ぼくらが今日出会った容疑者は、浜川先輩、ラグビーの男の人、ハナコちゃんのおかあさんの三人だ。足の大きさから、犯人は、中学生か高校生と考えていたんだけど、大人の女の人もそれほど足は大きくないんだよね。レイコ、チワワ、犯人はだれだと思う」

「わたし、おばさんが一番怪しいとおもうわ」

「おいらも。浜川先輩もラグビーの男の人も、学校の中に入ったってすぐに認めたけど、畑のことも知らないみたいだったし」

「だよなあ。足の大きさからすると、男の人は除外して、浜川先輩かおばさんかということだけど――、おばさん、フェンスの破れ目から入ったこと確実なのに『知らない』って否認してるしね――。絶対、怪しいよな」

 ぼくらは議論の末、「犯人はおばさんに断定」との結論を出したのだ。ただ問題は、これで事件が解決したってわけじゃないってことだ。おばさんに犯行を認めさせなければならないのだ。

「今、おばさんに、犯人でしょって問い詰めても、知らないって言うに決まってるわ。なにか決定的な証拠が欲しいわね」

「うーん、ここまで解決してるっていうのに……。証拠か――」

 犯人がわかっているのに、どうにもできないもどかしさ。ぼくは、つくづく大人ってずるいと思ったね。否認すればつかまらないって思ってるんだから……。うーん、証拠、証拠、なんとかならないものか――。


「ケン、まだ犯人はつかまらないのか」

 翌日、ぼくが事件のことで悩んでいると、タツヤが声をかけてきた。

「いや、犯人はわかったんだけど、証拠がねえ」

「えっ、わかったのか。で、だれなんだ」

 ぼくは、今までのいきさつをタツヤに説明したのだ。本当は、証拠を見つけて犯人が確定するまでは、こういったことは第三者にばらしてはいけないと思うんだけど、今回は犯人が断定されてるから構わないだろ。

「なるほど、そうだったのか――。わかった。そんなことなら、ぼくに任せてくれよ」

「タツヤに?」

「ぼくはエスパータツヤだぜ。ぼくの力を忘れてもらっちゃ困る。くじ引き事件では君たちもぼくに振り回されていたじゃないか。今回の事件では、要は、ハナコのおばさんに犯行を認めさせればいいんだろ」

「そうさ、それで事件は解決だよ」

「まあ、任せときなって。今日の放課後、ぼくとゴノニ探偵団でおばさんに会いに行こうじゃないか」

 こうしてぼくらは、事件の解決をタツヤに任せることにしたのだ。確かにあいつはマジックの天才だ。なにかトリックを使うんだろうけど……。いくら聞いても、タツヤはどういった作戦に出るのか、ぼくらに明かしてくれなかった。「マジシャンは、タネはばらしちゃいけないんだ」だってさ。

 昼休みになると、タツヤは先生になにやら話をして教室を出て行った。どうやら理科室に行ってきたらしい。タツヤは液体の入っている小びんを二つ持って帰ってきた。


 いよいよ放課後、ぼくらは意を決してハナコちゃんの家に踏み込んだ。ハナコちゃんは手芸クラブで遅くなるらしくまだ帰ってきていない。

 ぼくは、ハナコちゃんのおばさんに言った。

「きのう、道で会ったとき、おばさん、フェンスの破れ目から学校に入ったことはないって言ってましたよね――。でも、赤いひっつき虫は破れ目を通らないとくっつかないんです」

「だから、わたし知らないって――。ひっつき虫はだれかがつけたのよ。どうして、そんなにしつこく聞いてくるのよ」

 おばさんは怒ったような顔で、ぼくらを見回して言った。

「学校で、サツマイモ畑のイモが盗まれたんです。ハナコちゃんと、チホちゃんと、マナミちゃんのところのだけが。チホちゃんちはこの家のとなり、マナミちゃんちは向かいですよね」

「そうだからって、どうしてわたしが犯人だって、言えるのよ」

「運動靴の足あとやひっつき虫から推理すると、おばさんしか考えられないんですよ」

「知らないったら知らないわ。そんな畑の真ん中の方まで行くはずないじゃない」

「あれ、どうして、真ん中だってわかるんですか。確かにハナコちゃんの場所はちょうど真ん中ですし、チホちゃんやマナミちゃんの場所も中の方ですけど」

「そっ、そうじゃないかって思っただけよ。わたしが盗ったっていうのなら、証拠見せなさいよ。証拠を――。証拠がないんなら、これ以上つきまとわないで帰ってちょうだい」

 ぼくらは顔を見合わした。するとタツヤがおもむろに言った。

「実は、あの畑には作物がよく育つように特殊な薬品をかけてるんです。?モイマツサ?っていうんですけど……。もちろん身体には無害のものですよ」

「それがどうしたのよ」

「ですので、あの畑のうねを歩くと、その薬品が靴についてしまうんです」

「……」

「モイマツサはですね。ほかの畑ではまず使われない薬品です。理科の勉強のために、学校だけで使われるんです――。で、モイマツサはですね――、べつの特殊な薬品と混ぜると赤く染まる性質もあるんです」

「……」

「さっき、玄関におばさんの運動靴がありましたので、そこについている泥を少し取らせていただきました。それを溶かしたのがこれです」

 タツヤはそう言って、小びんをひとつ取り出しおばさんに見せた。ぼくらゴノニ探偵団も注目している。小びんには透明の液体が入っている。

「もし、この中にモイマツサが含まれていたとすると、別のもう一つの薬品を混ぜると赤く染まりますよね。もうひとつの薬品はこれです」

 タツヤは、もうひとつの小びんを取り出しておばさんに見せた。おばさんの顔が少し引きつってきたように見える。

「では――、混ぜてみますね」

 タツヤはそう言って、特殊な液体を泥を溶いたという小びんに注いだ。

 なんと、小びんの中の液体はあざやかな赤色に染まったのだ。


 おばさんはついに犯行を自白したのである。

 おばさんは、道を歩いていたときたまたまフェンスの破れ目を見つけたそうだ。それで何気なく中に入ったらサツマイモ畑を見つけたらしい。五年生が栽培しているっていうことも知っていた。よく育っているしとてもおいしそうに見えたので、娘のところのものだったら構わないだろうと思い、近くにあったスコップを使ってハナコちゃんのイモを少し盗ったということだ。帰ってから、「チホちゃんのおかあさんにもあげたいわ」と思いたったので、チホちゃんのイモも盗り、マナミちゃんのイモもマナミちゃんのおかあさんにあげたいと思って盗った、と白状したのだ。

 レイコが言った。

「ハナコちゃんたち、イモを取られたってわかったときは泣き崩れてたんですよ」

「知らなかったわ。ハナちゃんったらなにも話してくれなかったのよ。でもわたし、イモ盗ってからだんだんこわくなってね。いつ捕まるか、いつ捕まるかと、びくびくしたの。レイコちゃんと会ったとき、問い詰められたでしょ。あのとき白状しなきゃ、と思ったんだけどできなかったの。ごめんなさい」

 おばさんは、手をついてぼくらに謝った。


 翌日、おばさんは学校を訪問し、先生にすべてを打ち明けて謝ったらしい。そして、つぐないに、と言って、収穫したサツマイモをスイートポテトや大学イモにしてくれることになったのだ。


 今回の事件の解決には、タツヤの力が大きく役だった。それにしてもタツヤのやつ、よくいろんなことを知ってるものだ。畑に薬品をまいてたって知らなかったもんなあ。チワワがタツヤに聞いた。

「なあ、タツヤ。おいらはじめて聞いたぞ。畑に、モイなんとかっていう薬品をまいてたって」

「モイマツサのことかい」

「そう、それそれ。それって、どんな薬品なんだい」

「君たち、まだわからないのかい。モイマツサを逆さまに読んでみろよ」

「モイマツサだろ……。サ、ツ、マ、……。あっ、なんだぁ」

「そんな薬品、あるはずないよ。おばさんの泥を溶かしたっていうのもウソ。ぼくが、おばさんに見せたのは、アンモニアの水溶液と、フェノールフタレイン液だよ。理科の実験をしたいって先生に言って、少し分けてもらったんだよ」

「なんだよ。そのフェノなんとかっての」

「フェノールフタレイン溶液。アルカリ性の溶液と混ぜると赤くなるんだよ。おばさんの家では、この二つの溶液をただ混ぜただけさ。でも、ああいう風に言うと、おばさん、白状しなきゃって思うだろ」

「さーすが、やっぱ、タツヤはマジックの天才だよ」

「いやね。今度の事件では、マナミちゃんも被害者だったからね。ぼくが助けてやらなくっちゃ」

「うひゃーっ、言ったねっ。おいら、やけるよーっ」


 事件はこれですべて解決した。

 この事件で、ゴノニ探偵団の名声は学校中に広まったのだ。ぼくは団長として誇らしく思う。そう、団長はぼくだ。ぼくしかいない。決してレイコではない。ゴノニ探偵団が、実質的にレイコの言うことにしたがっていたとしても、団長はぼくであることは変わりない。だれかなんと言おうと、団長はぼくなのだ。

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