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ゴノニ探偵団の事件簿  作者: おだアール
2/5

第二話 分身の術

   ゴノニ探偵団の事件簿



   二 分身の術


「エスパータツヤ事件」を無事解決したことで、ぼくらが大いに自信を得たことは言うまでもない。しかし、ゴノニ探偵団はそれで満足するわけにはいかない。ホームズもポアロも、次から次と、いろんな事件を解決しているではないか。ぼくらも「名探偵」と呼ばれるためには数々の事件を解決せねばならない。

 次の事件は二学期に入ってすぐに発生した。はじめは単純なできごとだったので、すぐに解決したかのように思われたのだ。ところが、なんのなんの、はじめのできごとはほんの序奏だったのだ。事件は複雑怪奇な様相を見せて、難事件に発展していくのだった。なにはともあれ、どのような事件だったのか。みなさんに聞いていただくこととしよう。


 ぼくのクラス、そう五年二組だけど、二学期になって柿本淳也という男子児童が転校してきた。この児童は転校してくるなり?カキジュン?というニックネームがついたのだ。柿本のカキと淳也のジュンを語呂合わせで並べただけのようだが、実はこう呼ばれるようになったのは別の理由があったのだ。

 二学期の最初の授業のときのことだ。先生が?虎穴に入らずんば虎児を得ず?って言葉の意味の説明を始めたんだ。そこで、先生は「五年生では習わない漢字ですけど」と言って?虎?という漢字を黒板に書いたんだけど、そのとき、転校早々のカキジュンがいきなりこう言ったんだ。「先生。?虎?の書き順が違います。虎の字の横棒とたれは、たれから先に書くのが正しい書き順です」ってね。先生は腑に落ちない顔をしてたんだけど、あとになって「虎の字の書き順は柿本くんの言うとおりでした。先生が間違えていました」と訂正したんだよ。クラス中がどよめいたね。「すごいじゃん。あいつ」ってな感じでね。ということで、書き順の天才、カキジュンってのが、柿本くんのニックネームになったのだ。そうそう、?虎穴に入らずんば虎児を得ず?って言葉だけど、これもカキジュンの言うには、なにごとも成功するためには冒険もしなきゃならないって意味なんだってさ。ついでに、反対に近い意味の言葉で?君子危うきに近よらず?っていうのもあるらしい。

 このことでわかるように、カキジュンはむちゃくちゃ国語が得意なのだ。先生が書けないような漢字もたくさん知っている。向日葵とか無花果とか蒲公英とか……。いつも大人の人が読むような漢字辞典を持って愛読してるってんだから、先生もかなわないはずだ。この間の授業でも、先生が「ものすごく難しいわよ。みんなにわかるかな」と言って出した熟語パズルを、カキジュンだけがいとも簡単に答えたのだった。ちなみにさっきの三つの単語は、順番にひまわり、いちじく、たんぽぽと読むのだ。

 で、このカキジュンは、国語はものすごく強いけどほかの科目はそうでもない。歌を歌わせれば音痴だし算数も苦手のようだ。特に体育はひどいもので、かけっこはものすごく遅い、鉄棒の逆上がりはできない、ドッジボールではゆるいボールでも当てられる、といった調子だ。


 ある日ホームルームで先生が言った。

「金曜日の体育では、体力テストを行います。五十メートル走とソフトボール投げです。みなさん、準備しておいてください」

「うほっ、やったぜ。おれの出番だ」

 体育が得意なジャイアンは、活躍するのはこのとき、とばかりに言った。

 その日から昼休みになると、体育が得意な児童はみんな運動場に出てトレーニングをはじめたのだ。

 ジャイアンは、スタートダッシュの練習に余念がない。ジャイアンはクラスの中ではダントツに速い。今までのベストタイムは、四年生のときの八秒六。「今度は八秒を切ってやる」と意気込んでいた。

 体力テストの日がやってきた。

 最初はソフトボール投げ。男子がテストをしてる間は女子が測ってくれる。

「中村くん、十二メートル」

「次は、広田くんです」

 ジャイアンの番だ。ジャイアンがどこまで投げるか、クラスのみんながジャイアンの動きを見ている。

 ジャイアンは、ボールを持ったまま腕を二、三回、回した。それから目をつぶって呼吸を整えた。そしておもむろに目をあけ、右足をとんとんとスキップして前に進んだ。体を思い切り振りかぶって、白線の手前に左足をバタンと止め、「うぉーっ」と叫んで、ボールを投げた。

「広田くん、三十九メートル」

「くそーっ、四十メートルねらってたのに!」

 ジャイアンは、残念そうにこぶしをグラウンドにたたきつけた。ヨースケがジャイアンに「惜しかったなあ」となぐさめている。

「次は、柿本くんです」

 カキジュンの番だ。進行役のミホが、測定担当の女子たちに、もっと前にくるようにうながした。たぶん距離は伸びないと思ったのだろう。

 ところが、波乱が起こったのだ。

 カキジュンは、白線のはるか後ろから、タッタッタッと右足でリズムをとりながら走ってきて、その勢いを使ってボールを斜めに放り投げた。ボールは白い雲に向かってぐいーんと伸びていく。女子たちがあわてた様子で後ろに下がった。

「柿本くん、四十二メートル」

「すげえっ」という声があちこちから聞こえた。ジャイアンは口をぼけーっと開けてカキジュンを見ている。よっぽと驚いたようだ。

 実は、波乱はこれだけではなかったのである。

 五十メートル走のときのことである。ソフトボール投げと同じように、男子が走るときは、女子が進行役と計測役をつとめてくれる。運動場を斜めに走る五十メートル直線コース。ゴールにはストップウォッチを持った女子二人が待っている。

「では、木村くん、畑田くん、準備してください」

「位置について。ようい」

 の声の後、進行役の女子が、ピストルを鳴らすと、男子二人がゴールめがけて走った。

「畑田くん、八秒九。木村くん、十秒三」

 次はジャイアンの番である。ジャイアンと一緒に走るのはカキジュン。注目の二人である。みんな、さっきのソフトボール投げのことがあるので、ジャイアンよりカキジュンに注目しているように見える。ぼくもカキジュンがどういう走りをするのか、ものすごく気になっていた。

「では、広田くん、柿本くん、準備してください。位置について。ようい」

 ピストルの音が鳴った。二人が同時にスタートを切った。ジャイアンはずっと練習を繰り返していただけのことがあって、すばやいスタートダッシュだった。だが、驚くべきはカキジュンの方だ。ジャイアンに寸分遅れないスタートを切ったのだ。二人は並んでゴールに向かって突っ走った。ジャイアンがチラッとカキジュンを見た。なんかあせっているようだ。

 さらに驚くべきことが起こった。カキジュンはぐいぐいとスピードを上げ、ジャイアンを追い抜いて前に出たのだった。カキジュンの走りはまるでピューマやヒョウのようだ。カキジュンはジャイアンをぶっち切ってゴールラインを切った。

「柿本くん、七秒八。広田くん、八秒一」

 クラス中が「ウォーッ」とどよめいた。驚天動地のできごとというのはこういうことを言うのだ。

 その後のジャイアンの悔しそうな顔はなぐさめようもないほどだった。


 あの運動音痴だったカキジュンが、これほどすばらしい成績を残すなんて。こんなことってあるかい。摩訶不思議、奇妙奇天烈、まさにけったいなできごとではないか。

 ひょっとして、ゴノニ探偵団の出番かも知れない。ぼくは、レイコとチワワに、カキジュンの周辺を調査するよう指示したのだった。


 数日経ったある日、チワワから重要な情報がもたらさせた。五年一組にものすごく体育が得意な男子がいるらしい。

「そうなんだよ。おいらびっくりしたね。カキジュンが出した成績とほとんど同じ。ソフトボール投げでは、四十メートルを越すし、五十メートル走でも八秒を切ったそうだ」

「そいつ、名前、なんて言うんだ」

「それが、驚きなんだよ。なんて言うと思う?」

「もったいぶらないで、早く教えなさいよ」

「柿本勇也ってんだ」

「えっ、なに。カキジュンくんとほとんど同じじゃない」

「そう、カキジュンは柿本淳也っていう名前だろ。こいつは勇也っていうんだよ。しかも、こいつも転校生なんだよ」

「カキジュンくんは、二学期に転校してきたわよね」

「そう、こいつも二学期のはじめ。つまり二人は双子だったってことだよ」

「そうか。つまり二組の体力テストでは、勇也くんが入れ替わってたってことか」

「たぶん。で、ね。おいら、実はもっとおもしろい話聞いたんだ」

「えっ、なに、なに?」

「勇也くんは体育以外は、たいして得意な科目はないそうなんだ」

「それで?」

「ところが、ところがだよ。一組でこの間漢字テストをやったらしいんだけど、勇也ひとりだけが満点でダントツの一位だったらしい」

「カキジュンくんがすり替わったのね」

「たぶん、そうだと思う。で、先生たちが二人を呼んで事情を聞いたらしいんだけど……」

「けど……?」

「二人とも『知らない』って言ってるんだって」

「そうか……。でも、二人が入れ替わったのはほぼ間違いないね。二人が認めてなくても、一度先生に問い詰められたんだから、これからは入れ替わることはないだろうな。ぼくらの仕事も、これで終わりということか」

「そうよね。一件落着ってことかもね」


 ところが、事件はこれでは終わらなかったのである。

 九月の終わりころ、校内マラソン大会が開かれた。四、五、六年生は学校から三キロほど離れた大国神社まで走り、お札をもらってから学校まで戻ってくるのだ。ジャイアンは大張り切りである。去年の大会ではジャイアンは四年生ながら七位という成績をあげた。一位から六位まではすべて六年生。なんと五年生もすべておさえての快挙である。去年の六年生はすでに卒業している。つまり去年のメンバーで走れば、今の六年生をおさえてジャイアンが一位になれるってことなんだ。ただ今年はちょっと事情が違いそうだ。一組の勇也がいるからだ。ジャイアンも勇也を最大の敵と見ている様子だ。ジャイアンの気負いは、ぼくにまでびんびんと伝わってくる。

 マラソンが始まった。大方の予想どおり、ジャイアンと勇也くんが並んで先頭に出た。その後の様子は、ぼくも走っていたからわからない。ほかの人から聞いた話では、次のような流れになったらしい。

 ジャイアンは勇也を牽制しながら先頭を維持していた。ところが一キロ、二キロと進むうちに、気負いすぎていたのかだんだんスピードが落ち、ついに勇也に抜かされることになったらしい。勇也が神社に到達したころには、ジャイアンとの距離は大差になっていたらしいのだ。結局、勇也は六年生たちもおさえて、一位でゴールインしたとのことだった。

 ただ、驚くべきことはこのことではない。なんと、二位に入賞したのがカキジュンだったのである。これには、ただただ驚嘆するばかりである。ぼくは、いやぼくに限らず先生やほかの児童たちもだと思うが、「また入れ替わりが行われたのでは」との疑いを持った。だってあの運動音痴のカキジュンがどうして二位に食い込むことができようか。しかも今までにも入れ替わりの疑惑を持たれた二人である。だれしも疑うのは当然ではないか。

 しかし、しかしである。このマラソン大会で勇也とカキジュンが入れ替わることなどできるのだろうか。二人とも出場している中で不正などできようがないじゃないか。まさに奇々怪々な事件。当然のことだが、ぼくの探偵心がおおきく揺さぶられたのだ。


 カキジュンは分身の術でも使って、神社のお札を手に入れたのだろうか……。これこそミステリーというにふさわしい事件じゃないか。今までのできごとは序奏にすぎない。名づけて「分身の術事件」。本当に、いよいよ本当に、ぼくらゴノニ探偵団の出番がやってきたのだ。ぼくらはこの事件を徹底的に捜査することにしたのである。

「カキジュンくん、大国神社まで行かずに途中で引き返したんじゃなあい?」

「それはできないはずだよ。カキジュンはちゃんとお札持っていたし」

「勇也くんが、二回札をもらいに行ったとか」

「いったん神社離れて、またもらいに行くってことかい」

「ええ、そうすればお札は二枚手に入るじゃない。勇也くんぐらい速い子なら、ちょっとぐらい戻ったって一位は変わらないでしょ」

「手のひらのハンコはどうするんだよ」

「そうかあ。カキジュンくんの手のひらにもちゃんとハンコがあったんだよね」

 大国神社でお札をもらうとき、手のひらを見せてハンコを押してもらうことになっている。ゴールインのときはお札が必要なのだが、紙のお札は走っている間に落としてしまうこともある。そんなときのために、手のひらにハンコさえあればゴールしたものと見なしてくれることになっているのだ。つまり、神社まで行った証拠は、お札ではなく手のひらのハンコだとも言える。

 今回のマラソン大会では、勇也くんの手のひらにも、カキジュンの手のひらにも、ちゃんとハンコが押されていた。これは二人とも神社まで行った証拠にほかならない。

 本当にカキジュンは二位になるほどのスピードで走ったのだろうか。レースは途中まで、ジャイアンと勇也、二人だけの競り合いだったというじゃないか。

 うーん、まったくもって不可解なできごとである。カキジュンがテレポーテーションとかどこでもドアを使って移動したとでもいうのだろうか。うーん、謎、謎、謎――だ。摩訶不思議、怪異な現象だ。

 探偵会議は大きな進展がなかった。さらに捜査を進める必要があるだろう。状況証拠をもっとそろえなきゃ。ぼくらは、関係者に当時の詳しい状況を聞いた上で、もう一度会議を持つことにしたのだった。


 ぼくはジャイアンにマラソン大会のときのことを聞いた。

「なあ、ジャイアン。はじめは勇也くんと競り合ってたと思うけど、そこにカキジュンはいたかい」

「いや、はじめは、おれたちのほかに六年生が四五人いたと思うけど、カキジュンはいなかったぜ。おれも走るので精一杯だからほかのことはよく見ていないけどね」

「ほら、途中、ジャイアンのペースが落ちて、勇也が抜け出したじゃないか」

「ああ、ホントに悔しかったね。頑張っても追っつけないんだもんね。走りながら涙が出てきたよ」

「勇也は神社で折り返したあと、同じ道帰ってくるじゃないか。途中、勇也とすれ違ったと思うけど、ほかにはだれともすれ違っていないよな」

「ああ、確かに勇也としか。あれ、待てよ……。勇也とは二回すれ違ったような気もする――。一回は青い首輪の体操服着てたような……。でも、そんなこたあ、ありえないよなあ。おれ、あせってたからね。見まちがいだったかも知れない」

「ジャイアンありがとう。大変参考になったよ」

「おう、いつでも聞いてくれ。ゴノニ探偵団さんよ。事件を解明してくれるのを期待してるぜ」


 ぼくらの学校の体操着はえり付きのシャツである。ジャイアンが言う青い首輪の体操着というのは、おそらく丸首のシャツのことだろう。おぼろげながらなにかが見えてこないかい。形はまだはっきりしないけど、どこかにトリックらしきものが、浮かびつつあるじゃないか。

「宮司さんに話聞いてきたわ。宮司さんはね、当日、走ってくる子に一人一人に両手を見せてもらって、両手ともハンコがないことを確かめてからハンコを押してお札を渡した、っておっしゃってたわ。不正にお札もらったり、余分にハンコ押してもらったりする子はいなかったって」

 レイコは宮司さんに聞いてきた内容を報告してくれた。チワワは横でいちいちうなずいてきいている。

「ふーん、そうだろうね。はじめの方に来た子はどんな子だって言ってた?」

「一番の子は小柄な子。本人は五年生って言ってたって。二番目は一番に来た子とそっくりな子だったって。宮司さんは、『はじめの子がまた来たんじゃないかって思うぐらいよく似てたね』って言ってたわ。三番目は大柄な子だったって。宮司さん、ようやく六年生かって思ったらしいんだけど、この子も五年生って聞いて、『おいおい六年生のみんな、もっとがんばれよって思ったよ』とおっしゃってたわ」

「たぶん、一番目と二番目は、勇也とカキジュンだろうね。三番目はジャイアンか」

「おいらわかんない。カキジュンはジャイアン抜かしてはいないんだろ」

「たぶん抜いていないと思うけど……確証はないんだ。ジャイアンに聞いても、走るのに精一杯でカキジュンのことまで覚えていないらしい。まわりに六年生もいたしね」

 ぼくはジャイアンに聞いたことを二人に報告した。

「丸首のシャツの男子ってなんのことだよ。おいら、頭がこんがらがってさっぱりわかんないよ」

「どこかほかの学校の子が、カキジュンくんになりすましてお札をもらったってことかしら」

「仮に不正にお札をもらって、途中でカキジュンに渡したとしても、手のひらのハンコは渡せないだろ」

「そうなのよね。そこが不思議なところよね。カキジュンくんゴールしたとき、確かえりのついた体操着、着てたわよね」

「おいら、よく見てないよ。気にしていなかったから」

「もし、ゴールインのとき一人だけ丸首シャツの子がいたら、だれかが、あれって思うと思うんだ。だれもそう思わなかったってことは、ぼくらの体操着と同じだったってことさ」

「なるほど。そりゃそうだろな」

 いろいろわかってきたけど、事件はまだ混沌としている。ぼくらの捜査は行き詰まってきたか……。問題の解決までの道のりは依然として遠そうだ。迷宮入り? いやいや、そんなことがあってなるものか。ゴノニ探偵団の名誉にかけても解決しなければ……。とは言え、はてさて、どうしたものか――。


 捜査に進展がないまま、日々が過ぎていった。覚えているかい、ぼくがエスパータツヤ事件のはじめに話をしたこと。ホームズやポアロは数々の難事件を解決してきたからこそ、有名になれたんだ。ゴノニ探偵団はこんなことであきらめない。わずかな手がかりからでも解決の糸口はあるもんだ。ただ今は、見た目に進展がないように見えているだけなのだ。


 クラスでは、秋の音楽会の練習が進んでいる。五年二組は「千の風になって」をリコーダーとピアノ伴奏で演奏する。ピアノはなんとレイコが弾く。あのレイコがピアノを弾くなんて、ねっ、驚きだろ。けど、ぼくが驚いてることはレイコには言わないよ。「なによ。わたしがピアノ弾いちゃいけないって言うの」って反撃されるに決まってるからね。で、レイコ以外の児童は四つのパートに分かれてリコーダーを演奏するんだけど、これがまた全然あわないんだよな。どうも変な音を出しているやつがいるのだ。ジャイアンか、だって? 違うよ。ジャイアンはああ見えてもなかなか音楽のセンスがあるんだよ。変な音を出しているのはカキジュンだ。カキジュンは国語は天才的なくせに、音楽はからっきしダメ。先生が汗だくになって「ここはこう吹くのよ」と説明してくれるんだけどわかってないみたいなのだ。先生はついにあきらめて「柿本くん、当日はね。指は押さえてもいいけど、息はなるべく小さく出すようにしようか」と言ったのだ。

 この曲にはソロの部分もある。ソロっていうのは独奏のことだよ。ソロはリコーダーが一番うまいカズミちゃんが担当することになった。合奏ならだれかが少々間違えてもなんとかなるかも知れないけど、ソロを間違えると格好が悪い。しかも曲の聴かせどころだから。カズミちゃんは何度もその部分を練習していた。

 音楽会がやってきた。児童は全員体育館に集まった。一クラスずつ順番に舞台にあがって演奏する。ほかのクラスが演奏している間は客席の椅子に座って静かに聴くのだ。

 ぼくらの前には五年一組のみんなが座っている。その中に勇也もいた。

 ぼくとチワワが並んで椅子に座っていると、チワワが変なことを言い出した。

「今日の給食、肉じゃがとパンだったよね。なんかお寿司の匂いがする。どこかのクラス、お寿司だったのかなあ」

「そんなはずないよ。みんな同じに決まってるじゃない。先生の中で出前でもとった人がいるんじゃないの」

「いや、先生の方からじゃなく、児童の方から匂ってくるんだよ。だれかわかんないけど」

「そこの二人、静かに聴きなさい」

 先生がぼくらに注意した。ぼくらは黙ってほかのクラスの演奏を聴いた。


 次はいよいよ五年二組だ。クラス全員が舞台袖に移動した。チワワが「あれ? お寿司の匂いがついてくる」と言った。ほんとにチワワってやつは――、食い物のことなんて忘れろよ、といいたくなるね。

 ふと先生を見ると、なんかあわてている様子だ。

「先生どうしたの」とマナミが聞いた。

「大変なの。カズミちゃんがいないの」

「カズミちゃんなら、ちょっと練習してくるって言って、教室の方に行ったよ」

「もう出番なのに、ああもう間に合わないわ。どうしようかしら。カズミちゃんソロだっていうのに」

 そのとき、カキジュンが先生の前に出て言った。

「ぼく、ソロを演奏しましょうか」

「えっ、柿本くんが? できるの?」

「はい、たぶん大丈夫だと思います。楽譜はありますか」

「これだけど」

「譜面立てに置いてもいいんですよね」

「いいけど……」

 先生はカキジュンに任せるかどうか、まだ決めあぐねているようだ。でも、もう時間がない。進行係の児童がぼくらに言った。

「では、五年二組のみなさん、準備してください」

「わかったわ。ソロは柿本くんに任せるからね。落ち着いて演奏するのよ」

 先生はカキジュンに言ってから、みんなに向かって言った。

「みんな、もし、柿本くんが変な音を出したりつまったりしたら、ソロの部分は飛ばすからね。そのときは先生がこうやって合図するから、みんなで合奏のところから演奏するのよ。わかった?」

 ぼくらはうなずいた。カキジュンは自信ありげに楽譜をながめている。

 演奏がはじまった。合奏の部分。レイコのピアノ伴奏にあわせ、ぼくらは練習したとおり演奏をはじめた。なんかいい出だしだ。気持ちがいい。ソロの部分がやってきた。先生の指揮がカキジュンに合図を送った。するとカキジュンはなんと、リコーダーとは思えないような澄み切った音で独奏部分を奏でたのだ。聴いている人の心を揺さぶるような音色だ。先生はびっくりした目でカキジュンを見ている。かっこいいことを言うようだけど、ぼくは音楽というものの神髄をここに感じたのだ。

 音楽会は大成功だった。客席からは割れんばかりの拍手があった。


 さて、音楽会はこれで良しとして、問題は、どうしてカキジュンが突然リコーダーがうまくなったかってことだ。謎は、ますます深まるばかりである。今日の探偵団会議では徹底的に謎を突き止めようということになった。

「カキジュンくんが今日、ソロをやるって言ったでしょ。わたし、なんか怪しいと思って、演奏する前、カキジュンくんに探りを入れてみたの」

「なんて?」

「ここのフェルマータの部分ね、伸ばさなくていいんだよ、って」

「あっ、おいらでもわかる。先生がさんざん言ってたもんね。伸ばすと、次の出だしがそろわないんで、伸ばすのやめよって決めたところだよね」

「そっ、で、カキジュンくんなんて言ったと思う」

「わかんない。なんて?」

「『あっ、そうなの、知らなかった』って。『でもどうして』とも言ったわ」

「いくらカキジュンでも、ここ知らないってことないだろ」

「そうよね。つまり、今日のカキジュンくんは本当のカキジュンくんじゃなかったってこと」

「おいらも怪しいと思うけど――、今日勇也はちゃんと客席にいたぞ。おいら舞台から見てたもん」

「そうなのよね。そこがわからない」

 今日のカキジュンが本当のカキジュンでも勇也でもないとしたら……。まったくあり得ないことが起こってる。ぼくは、腕組みして考えた。論理的に正しい結論はなんだ。いったいなんだ――。

 突然、ぼくはひらめいた。

「そうか、そういうことか」

「なに、どうしたの。なにがわかったの」

「いや、なに。簡単なことさ。?消去法?で考えれば良かったんだ」

「また、おいららにはわからない言葉を使うだろ。なんだよ。ショーキョホーって?」

 チワワは、?おいらら?という言葉をたまに使う。チワワが主張するには、「ぼくとかわたしって言う人は?ぼくら?や?わたしら?っていうじゃないか、だからおいらって言うおいらは、?おいらら?になるんだよ」ってことなんだけど……。やっぱりおかしいよな。まっ、今はそんなことどうでもいいや。話をもとに戻そう。

「消去法っていうのはね。つまり、あり得ないことをひとつ一つ消していく方法のことなんだよ」

「なんのことか、わからないわ」

「あり得ないことを順番に除いていくと、最後に残ったことがらはどんなに奇妙に見えたとしてもそれが正しいってことさ。ホームズが言った言葉だけどね。ホームズは消去法を使って難事件を解決してきたんだ。ぼくらは、カキジュンと入れ替われるのは、勇也だけだと決めつけてただろ」

「ああ、双子だからね」

「だけど、マラソン大会にしろ、音楽会にしろ、勇也はカキジュンと入れ替わることができなかったんだ」

「うん、そのとおりだよ」

「つまり、消去法で考えると、勇也との入れ替わりはあり得ないこととして除外しなければいけないんだ」

「ふむ、ふむ」

「けど、実際には、だれかがカキジュンと入れ替わって、マラソン大会や音楽会に出たよね」

「だけど、勇也くんじゃないんでしょ」

「勇也のことはもう考えちゃいけないんだよ。あり得ないことなんだから」

「でも、双子でもないほかのだれかがカキジュンと入れ替わることも、あり得ないことじゃないの」

「そこが落とし穴だったんだよ。どうしてカキジュンは双子だって決めつけてしまうんだよ」

「というと」

「どうして、三つ子じゃないんだよ」

「あっ、そういうことか」

「なるほど、そうなのよね。なんだあ。ものすごく簡単じゃない」


 その後の捜査の進展は、めざましいものがあった。

 ぼくらは、まず、周辺の小学校で柿本という五年生がいないかを調査した。答えは近いところにあった。ぼくらの校区から少しだけ離れた別の市の小学校に、柿本直也という五年生がいたのだ。この小学校の体操服は丸首のシャツで、ぼくらの学校が音楽会の日の給食が巻き寿司だったっていうこともわかった。この学校の児童によると、直也は音楽と算数が抜群の成績らしい。さらにカキジュンと勇也は、この学校からぼくらの学校に転校してきたこともわかったのだ。


 すべての謎は解けた。

 マラソン大会のときは、直也はあらかじめ神社のそばにかくれていたのだろう。勇也が神社に近づいて来たころを見計らって、直也も神社でお札をもらい手にハンコを押してもらったものと思われるのだ。残り三キロの帰路のどこかでカキジュンと待ち合わせして、カキジュンの体操服に着替えて、ゴールインしたっていうことだ。

 真相は解明されたけど、さて、このあと、どうしたものか。

 ゴノニ探偵団から先生に報告することは簡単だ。けど、言いつけるってのは、気分がよくないんだよな。一番いい方法は、三人に自首させることなんだろうけど……。

 たぶんだけど、三人はまたどこかで入れ替わるに違いない。ぼくらはそのときに事件を解決させることにした。つまり、今度入れ替わってるとき、三つ子のだれかに、ぼくら探偵団が見破っていることをわからせて、自首するようすすめることにしたのだ。

 次の入れ替わりは……。ぼくらは、算数テストのときだ、と予想した。あの算数嫌いのカキジュンにたぶん直也が入れ替わるだろう。ぼくらはそのときの作戦を練った。


 算数テストの日がやってきた。カキジュンはいつもよりおとなしく机に座っている。レイコが声をかけた。

「ねえ、直也くん」

「はい、なに?」

「あれ、どうして直也くんって呼んで振り向くの。カキジュンくんじゃないの」

「えっ、……ぼっ、ぼく……」

 直也は、突然のことでどぎまぎしている様子だ。ヘビににらまれたカエルってのはこういうことを言うのだ。ただでさえ、レイコににらまれれば逆らうことなどできようはずがないのに、今の直也が反論することなど不可能なことである。

 レイコの横にぼくとチワワも加わった。ぼくは、直也に言った。

「直也くん、ぼくらは、すべてわかったんだよ」

 直也は、黙ってうつむいたままだった。


 その後、三つ子の三人は、揃って先生に謝りに行った。入れ替わりしようとした動機は、まわりがどんな反応をするか見てみたかったためらしい。そりゃそうだよな。今までの入れ替わりを見てみたら、「入れ替わってるのがわかるでしょ」とでも言いたげな変わりようだったもんね。単に成績を上げたいだけなら、周りに悟られないよう、つまり目立たないように入れ替わったと思うんだよね。例えば漢字テストならどこか少しだけ間違えるとか、ボール投げなら真ん中程度の水準に抑えておくとか、ね。

 ともかく、三人は先生の前で「今後は絶対に入れ替わりをしません」と誓ったらしい。

 入れ替わりなどしなくても、三人はそれぞれが人がうらやむほどの能力を持ってるじゃないか。それをもっと伸ばせばいいのに、って思うよね。


 そうそう、直也だけが前の学校に残っていたのは、引っ越しのあとの家の都合だったらしい。十月には同じ家に三人住めるようになったので、直也もぼくらの学校に転校してきたのだ。


 五年生全員が運動会の練習をしているとき、先生が言った。

「おーい、そこ。列が乱れとるぞ。勇也、あっいや淳也、いやいや直也だったか。もう、お前たち、ややこしすぎるよ」


 これにて「分身の術事件」の報告を終えることとする。

 ぼくらゴノニ探偵団にとって、また大きな実績が追加されることとなった。

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