第一話 エスパータツヤ
ゴノニ探偵団の事件簿
一 エスパータツヤ
さて、まずはみなさんに、ぼくら?ゴノニ探偵団?がはじめて手がけた事件を無事解決するにいたったことを報告しよう。それはまずもって難解な事件であった。
ぼくらのクラスに?タツヤ?という男子児童がいる。で、そのタツヤは、くじ運がむちゃくちゃ強い。というか、ただ運が良いというレベルを超越している。そうじ係、いきもの係、草むしり……、学校ではやりたくない役割が数多くあるのに、タツヤはいっさいそれらにあたらないのだ。
タツヤは、「どうやらぼくには超能力の素質があるらしいんだ。あたりを引くな、と念じれば必ずはずれのくじを引くことができるんだよ。君たちも練習すればできるようになるかも知れないよ」と言うのだった。ほかの児童はみんなタツヤのことを?エスパータツヤ?と呼んでいた。
うーん、超能力か――。そういう力が本当にあるのかどうか知らないけど、あったらうらやましい。
けど、なんか変だと思わないかい。超能力があるのなら、たとえば雨が降る日だって当てることができるだろうし、テストでいつも百点とることだってできるだろうし……、なによりマスコミがほっておくはずがない。事実、ある日、下校の時、急に大雨が降ってきて、タツヤが下駄箱のところで困ったなあ、って顔をしてたところを見たことがあるんだ。
ってことで、ゴノニ探偵団は、タツヤの運の良さにはなにか秘密があるんじゃないか、とにらんでいたのだ。
そうそう、ぼくら探偵団のメンバーを紹介しておかねばならない。
まずぼく、江守健一、?ケン?と呼んでくれていい。一応、ゴノニ探偵団の団長をつとめている。どうして探偵団を結成しようと思ったのかって? うーん、きっかけは図書室で?シャーロック・ホームズの冒険?っていう小説を読んだことかなあ。コンナン、ドコニイルじゃなく、コナン・ドイルって人の作品なんだけど、この本を読んでいっぺんに推理小説のファンになったのだ。ぼくも、こんなどきどきわくわくするような事件を解決してみたいって思ってね。それで五年生になってすぐ探偵団を結成することにしたのだ。実はぼくのおかあさんも推理ドラマの大ファンで、?刑事コロンボ?は何回も繰り返し見たとか言ってた。「この事件の犯人役の人は、別の話の犯人だし……、ほかも別の事件では犯人の父親役もやってるのよ」と教えてくれる。よくぞここまで通になれるものだと、息子ながら感心している。ひょっとして、ぼくの探偵好きは遺伝なのかもって思ってしまうくらいなのだ。
話が脱線してしまった。探偵団のメンバーを紹介していたのだった。
二人目は?チワワ?という。確か本名は、近藤等とかいう名前だったと思う。どうしてチワワというニックネームがついたかというとだね、とにかくこいつは、ものすごく鼻がきくのだ。三時限目の途中、給食を積んだ自動車が学校に入ってくるのだが、チワワは車が入ってきたらすぐにメニューを言い当てる。カレーとか巻き寿司とか。もっとすごいのは、「デザートはバナナだね」、「お寿司だけど赤だしはないみたい」、「やった。プリンがついてるぞ」といったことまで見抜くのだ。プリンなんて、プラスチックでパックされてるのにどうして匂いがするのか不思議でしかたがないが、とにかくチワワの言うことはずばり的中する。えっ、給食の献立表を覚えてるんだろうって? いやいや違うね。チワワは、急に献立が変わったときでもピタリと言い当てるし、献立表にのっていない食材だって指摘するんだよ。まさに超人的な嗅覚なのだ。そんなこんなで犬のように鼻がきく男の子ということで、チワワというニックネームがついたのである。ただチワワにも欠点がある。実はチワワの鼻は食べ物だけにしか利かないのだ。探偵団にとって匂いで手がかりを探すことはよくあることだと思うのだが、食べ物しかわからないとは……。いやはや、まったくもって惜しいことである。
三人目は中野礼子。みんな?レイコ?と呼んでいる。もともとぼくは、男三人組で探偵団を結成するつもりだった。なのに、いつのまにかぼくらの仲間に入って、しかも団長のぼくを差し置いて探偵団をリードしようとする。ぼくは、いつかおとうさんが言ってたことを思い出すのだ。「女の人ってのはねえ、生まれつき男の人をしたがえる能力を持った生き物なんだよ。おかあさん見ればわかるだろ。この能力は小さいときから備わっていてね――。男の人はしたがうしかないのさ。ケンの学校にも活発な女の子いると思うけど、素直にその子の言うことにしたがうこと。それが世の中丸く収めるための秘訣だね」。確かにおとうさんを見ればわかる。おかあさんの言うことに逆らうことなく「はいはい」としたがってるものね。ぼくは十歳の若さで、早くも男の宿命を知ってしまったのだ。
また脱線してしまった。レイコのことだった。レイコはさすがに女の子らしく、繊細なところに気がつく。観察力に優れているというか、だれも気がつかないようなことでも、なんかおかしい、と感じる能力を持っているのだ。こういうのを?第六感?というんだろう。
結局ぼくら探偵団は、ぼくとチワワ、レイコの三人で結成することになったのだ。探偵団の名前は?ゴノニ探偵団?と言う。五年二組を単に略しただけで、ひねりもなにもない名前だけど、レイコがこれでいくっていうのだからしかたがない。ぼくもチワワもしたがった。男の子というものはしたがうものなのだ。
話をタツヤに戻そう。くじ引きの話だ。
どこのクラスでもやってることだと思うけど、なにか当番を決めたり役割を決めたりするとき、ホームルームで話し合いが行われる。みんながやりたいと思っていることだったり、名誉なことなら、すんなり決まることが多いんだけど、あまりやりたくないような仕事を決めるときは、みんな意見を言いたがらない。だって発言すると、発言した人にさせられそうになるからだ。みんな黙りこくって議論が前に進まなくなってしまうのだ。
ぼくらが五年生になってすぐのことだ。学校の中の多くの役割を決める必要があった。そこで、ぼくらのクラスでは、教室のそうじ、廊下のそうじ、給食係のような当番制以外のものは、その都度くじ引きで決めることにしたのだ。くじ引きのやり方も決まった。まず、箱の中に「はずれ」と書いた紙を四十枚ほど入れ、その後「当たり」と書いた紙を必要な枚数分だけ入れる。箱の中を良くかき回してから順番に一枚ずつ引いていき、当たりが全部出たところで終わりということにする。クラスを一周回してもまだ当たりが全部出ていないときは、二周目に入るという具合だ。最初の方に引く人は、二回引かなければならないかも知れないので不利だ、という意見もあったが、くじ引きの都度、くじを引く順番を変えるという約束で落ち着いた。ちなみに、くじ箱やくじ紙の管理はレイコが担当することになった。
いろんなくじが始まった。トイレのそうじ、体育館倉庫の片づけ、砂場のそうじ、にわとり小屋のそうじ、運動場の草ぬき。ここまで、タツヤは一度も当たらないでやり過ごしてきた。中には「また当たっちゃったよ。これで三度目だよ。あちゃーっ」という男子もいたのにである。
五月のはじめころ、「タツヤは運のいいやつ」とクラスの中で評判になっていた。?エスパータツヤ?というネックネームも、このころついた。でもこれはまだ序の口。タツヤの本領発揮はここからである。下駄箱の大そうじ、新しい倉庫への荷物はこび、屋上倉庫の片付け、など、など、など、など――。タツヤは、その後もことごとく当たりくじをまぬがれていくのだった。
「タツヤのやつ、なんか細工してんじゃねえのか」
ジャイアンが不満そうな顔つきで言った。ジャイアンはクラスで一番からだが大きい。名前は広田武という。からだが大きく体育の時間になると、むちゃくちゃ元気になる男子だ。からだが大きくてタケシって名前なんだから、必然的に?ジャイアン?というニックネームになるよね。乱暴なやつじゃないんだけど。
タツヤは素知らぬ顔で「これが透視能力というもんだね。はずれがわかるんだからしかたないじゃないか。君たちも超能力を訓練したらいいんだよ」と言うのだった。
うーむ、なんか怪しい。いよいよ、ゴノニ探偵団の出番がやってきたか。ぼくは休み時間に探偵団会議を招集して、タツヤ問題について団員たちと議論をたたかわしたのだ。今までのくじ引きで、一度も当たりくじを引いたことがない児童はタツヤひとりだけだ。
ぼくはチワワとレイコに言った。
「タツヤの運の良さがどの程度のものか。今までのくじ引きで全部はずれを引く?確率?を計算してみようじゃないか」
「カクリツってなに?」
「中学か高校で習うらしいんだ。?確からしさ?ってことだけど、そんな風に言われてもよけいわからないよね。たとえば、さいころを六回振れば一回ぐらいは一の目が出そうな気がするだろ。このとき一の目が出る確率は六分の一ってことにするんだ。うまく言えないけど、出そうな気がする割合ってことかな。実際にさいころを振ってみると一の目は、二回以上出るかも知れないし一回も出ないかも知れない。でもいいんだ。出る割合じゃなくて、出そうな割合のことだから」
「おいら、わかったようなわからないような。ケンって頭いいんだ」
「ケンって、高校生のお兄ちゃんがいるんで算数のこと詳しいんだよね。そうだよねっ」
レイコが自分のことのように得意げに言った。
「で、くじが全部はずれる確率ってのを計算するわけだけど――、まず一回だけはずれる確率を計算するんだ。クラスの人数はちょうど三十人だろ。今までのくじでは、だいたい当たりを七、八枚入れてるよね。当たりが七人として、はずれる人は二十三人、それを三十で割ればいいんだ」
「ええと、二十三割る三十は……」
チワワが計算をはじめた。
「〇・七六六……。割り切れないよ」
「〇・七七でいいよ。つまり一回はずれる確率は、だいたい七十七パーセントの確率なんだ」
「まあほとんどの人がはずれるんだもんな。おいら、確率ってのがなんとなくわかってきたよ。なんかおもしれえ」
「ところが、これが何度もはずれる確率となると、ぐーんと下がるんだ」
「わたし、よくわかんないよ」
レイコは算数が苦手。はやくこの話は終わらせたいようだ。
「二回続けてはずれる確率を計算すると、〇・七七かける〇・七七で……、だいたい〇・五九になるだろ。つまり二回ともはずれる確率は五十九パーセントに下がるんだよ」
「ふむふむ、おもしろい、おもしろい」
チワワが食いついてきた。
「今まで、くじ引きは二十回ほどやってるだろ。二十回連続ではずれる確率ってのは、〇・七七かける〇・七七かける〇・七七……ってのを計算すればいいんだよ。二十個かけるんだから、かけ算は十九回することになるんだ」
「うひゃーっ、大変な計算だ。でもおもしろそう。おいらやってみよっかな」
三時限目授業開始のチャイムが鳴った。会議は三時限目が終わるまで中止することにした。レイコはほっとした様子だ。
三時限目は国語の授業だ。先生は、黒板に十字の形をした五つのます目を書き、真ん中を除く四つのますに、「注、科、録、印」という漢字を書いた。残りのますになにか漢字を入れて意味がとおる四つの二字熟語を作るパズル、つまり、注□、科□、□録、□印の□に入る漢字を考える問題だ。先生が「はい、わかる人」と言った。半数ぐらいの人が手をあげた。国語が得意なレイコも手をあげている。ぼくはあんまり自信がなかったけど、たぶんあの漢字だと思うので手をあげた。チワワは机にうつむいて何か一生懸命書いている。こういったとき、先生は手をあげている人をなかなか当ててくれない。ぼくにとってその方が都合がいいけどね。だって自信がないのに当てられると困るじゃない。先生は、手をあげていない人にうながした。
「中島くんわからない?」
「うーん、わかりません」
「近藤くんは?」
先生はチワワを当てた。チワワは夢中になって何か書いているので気がついていない。「近藤くん、わかりませんか」
「おい、チワワ。先生、当ててるぞ」
となりの児童がチワワをつついた。
「ちょっと待って。今やっと十六回目なんだよ」
「近藤くん、なにが、十六回目なんですか」
先生が言うと、チワワは、びっくりして立ち上がった。
そのとき、給食を運んできた車が校内に入ってきた。おいしそうなにおいが教室に漂ってきた。
「今日の給食は、タケノコごはんとすまし汁です。たぶん豆のおかずもあると思います」
クラス中がどっと笑いにつつまれた。
ちなみに、さっきのパズルの答えは?目?である。
三時限目が終わってすぐ、探偵団会議が再開された。
チワワが言った。
「おいら、国語の時間もずっとかけ算してたんだ。〇・七七のかけ算を十九回やったよ。大変だったんだから」
「で、答えはいくつになった?」
「だいたい〇・〇〇五。つまり〇・五パーセントだね。こんなに小さくなるなんて、おいらの計算が間違いじゃないかって思ったぐらいだ。でも、二回も確かめたんで間違いはないと思うよ」
「へえ、七十七パーセントだったものがそんなに小さくなるんだ。びっくりねえ」
レイコがチワワを尊敬するような目で見た。
「ふーむ、偶然には起こりにくいよなあ。やはりタツヤはなにか細工してると見るのが自然だろうね。もし超能力じゃないとするとだけどね。これは、真相を明らかにする必要があるようだ。ついに、われらゴノニ探偵団の出番がやってきたぞ」
ぼくらは、この事件を「エスパータツヤ事件」と名づけて、捜査を開始することにしたのだった。
六月になった。クラスでまた別の仕事の役割を決めなければならなくなった。五年生になっていっぺんに仕事が多くなった気がする。高学年だからしかたがないんだろうけど。
ホームルームの時間、学級委員のヒロシが司会をするために教壇に立った。ヒロシは本名を佐伯博司という。だいたい学級委員って頭のいいやつがなることが多いんだよね。ヒロシも例にもれずクラスで一番ものしりな児童だ。日本の世界遺産がどれだけあるとか、琵琶湖は約四百万年前に誕生したんだとか、トルクメニスタンという国の首都はアシガバットだとか、そんなのどうでもいいじゃない、と思うようなこともたくさん知ってるやつなんだ。
ヒロシがホームルームの司会をはじめた。
「今日は、春の文化発表会の準備について話し合いをします。五年生は観客席の準備、舞台セットの入れ替え、照明係、音響係の四つを担当します。各クラスから、観客席の準備と舞台担当は八人ずつ、照明係と音響係は五人ずつ出さなければなりません。全部で二十六人です。いつもどおりくじ引きで決めたいと思います」
「ちょっと待った」
ジャイアンが言った。
「くじ引きだと、いつもタツヤがはずれるじゃないか。なんか不公平な気がするんだよな。今日は別の方法で決めないか」
「みなさんの意見はどうですか」
ヨースケが「異議なーし」と言った。異議なーしというのは、ヨースケの口ぐせみたいなものだ。ヨースケがホームルームの中で発言する言葉はこれしかないんだけど、本人は会議に必要な言葉だと思ってるようなのだ。たぶん、ヨースケのニックネームは、いずれ?イギナーシ?に変わるんじゃなかろうか、とぼくは思うのだ。
ヒロシが続けた。
「では、どんな方法で決めるのがいいですか。タツヤくんはどうですか。みんなが納得する方法があればいいんですけど」
レイコはタツヤを見た。レイコとタツヤは隣同士の席である。今回の事件では、レイコはもっとも重要な役割が任される位置にいるのだ。
タツヤが言った。
「じゃ、十円玉のうら表で決めるってのはどうですか。十円玉を投げる役はぼくがしますが……」
「広田くん、それでいいですか。みなさんはいかがですか」
ジャイアンは、「うん、いいよ」と言った。ヨースケがまた「異議なーし」と言った。十円玉はいいけど、じゃいったい、うら表でどうやって人数分の役割を決めていくんだよ。ホームルームではその後、決めかたをめぐって、ああでもない、こうでもないと堂々めぐりの議論が展開されることになったのである。
ヒロシ学級委員が言った。
「このままだと肝心の役割を決めることができません。ぼくが方法を決めますので、みなさんはそれにしたがってください。まず全員立って、ひとり一人が十円玉のうら表を予想してください。それからタツヤくんに十円玉を投げてもらいますので、当たった人は座ってください。このようにして、はずれた人を決められた人数になるまで絞り込んでいくようにします。最後までやってはずれた人が必要な人数より少なければ、足らない人数分だけ、またはじめから決め直したいと思います。」
ヒロシはさすがに学級委員だけのことはあって、まとめるのがうまい。こうしてようやくコイン投げが始まったのだ。
「じゃ、ぼくが十円玉を投げます。表かうらかは学級委員が確認してください」
タツヤはそう言って、筆箱の中から十円玉を取り出した。そして教壇まで行ってヒロシの横に立った。レイコはタツヤの様子をじっと見ている。
ヒロシが言った。
「はい、ではまず、観客席の準備係から決めたいと思います。八人になるまで続けます。では、表が出ると思う人」
半分くらいの児童が手を挙げた。タツヤもあげている。
「では、コインを投げます」
タツヤは親指で十円玉をはじいて放り投げ、左手の甲と右の手のひらで受け止めた。
「では、ヒロシくん。確認をお願いします」
タツヤはそう言って、右の手のひらを開けた。表だった。
「表でした。手をあげた人は当たりです」
クラスの中から「あーあ」という声と「よしっ」という声が聞こえた。
「では、はずれた人だけで続けます。表が出ると思う人」
こうして、文化発表会の四つの役割は決められていった。二十六人の担当を決めたのだが、なんとタツヤはこの中にも入っていなかったのだ。
うーん、タツヤは確かに運が良すぎる。ホームルームのあと、ぼくら探偵団は集まって、今のコイン投げについて話し合った。
チワワが言った。
「タツヤ、まさにラッキーマンだね。あいつ本当にエスパーなんじゃないか」
「わたし、ずっとタツヤくん見てたんだけど――、筆箱から取り出すとき確か十円玉は二枚取り出したように見えたのよね。それに、なんかあの十円玉、ちょっと分厚いような気もしたの――。タツヤくん、ときどき手をポケットに入れてたでしょ。なんのためかわからないけど、不自然な感じがしたのよね。だからって、なにがどうなのかはわからないけど……」
レイコはさすがに細かいところを見ている。ぼくは言った。
「ぼくはね、最後の人を選ぶときのコインの出方が、変な感じがしたんだよな。『あれ?』って思うことが続いたんだよ」
「どういうこと?」
「ほら、はじめに観客席担当の八人を選んだだろ。一回目のコイン投げで十四人残ってたんだ。で、次に十四人から八人選ぶときにね。表だと思って手をあげた人が六人、うらだと思ってあげなかった人が八人いたんだ」
「ふむふむ、それで?」
「で、表が出れば、はずれた人が八人でちょうどだから即決まり。けど、もしうらが出れば六人だけが決まるんだけど、残り二人を決めるために、残った人全員でまたはじめからコイン投げをやり直すんだろ。そういう決まりだったよね」
「だね。結構面倒くさいよね」
「で、結果はどうだったかっていうと、表が出て八人が即決まったんだ」
「別にいいじゃないか」
「次の舞台担当のときもそうなんだよ。一回目で十三人が残って、二回目は表八人、うら五人に別れたんだけど、うらが出て八人が即決まったんだよ」
「うん……。でもそれがどうかしたかい」
「次の照明係と音響係のときもね。最後に人数分がきちんと決まっちゃったんだよ。まるで一からやり直すのが面倒くさいかのようにね。都合良すぎやしないか、ってことだよ」
「そう言われて見れば、そうね」
「へえ、おいら、全然気がつかなかった。ケン、さすがだね。表を出すかうらを出すか、コントロールされてたってことか……」
「そう、たぶん、タツヤはなんらかの方法で、自分の思うように表うらを出していたんだと思う」
「こりゃ、ますます怪しいねえ。よし、タツヤひっつかまえて泥をはかせるか」
「いやまず、証拠をつかまなくっちゃ。たぶんタツヤが使った十円玉見れば、すぐわかると思うんだけど」
ぼくらは証拠をつかむための作戦を練った。証拠はいんめつされないようできるだけ早く行動を起こさねばならない。決行は次の授業開始のとき。主役はレイコだ。
事件は佳境を迎えている。ぼくは心臓がバクバクと動くのを感じた。たぶんほかの二人も同じだったろう。
作戦決行のときが来た。
レイコがタツヤに言った。
「タツヤくん、あたし、今日、消しゴム忘れたの。筆箱から借りていいよね」
タツヤは不意を突かれたようだったが、断る理由が思いつかないのだろう。
「えっ、うん……。いいよ」
と返事した。そう、女の子の言うことには逆らっちゃいけない。特にレイコには。ぼくはレイコとタツヤの動きを、後ろの席から観察していたのだ。レイコは、消しゴムを探す振りをして、タツヤの筆箱をさぐっているようだ。レイコが筆箱の中から証拠を見つけたかどうか、ぼくにはわからない。レイコは筆箱を閉じタツヤに返した。
「ありがとう。今日一日、この消しゴム借りとくわね」
「うん」
タツヤは返してもらった筆箱を開けて、中身を確認するようなしぐさをした。
昼休み、ぼくとチワワはレイコから報告を受けたのだ。
「あたし、証拠を三つも見つけたわよ。十円玉は実は二つあったの。で、どうなってたって思う」
「さあ、どうなってたの?」
「実はね、一枚は表もうらも表の模様だったの。もう一枚は両方ともうらの模様ね。分厚いと思ったのはね。十円玉を二枚貼り合わせていたからなの。つまり十円玉は四枚あって、二枚ずつ貼り合わせてたってことよね」
「そうだったのか。全部ポケットに入れといて、その都度必要な方のコインを取り出して、投げてたってことなんだ」
「そうなの。タツヤくんってマジックが得意なのよね。ほら、以前、クラスでカードマジックってのを見せてくれたじゃない。タツヤくんにすれば、こんなのお手の物なのよ」
「なるほど、クラス全員がタツヤにまんまとしてやられたってことか。おいら、くやしいねえ」
「で、レイコ、証拠は三つって言ったじゃない。もうひとつは何なんだよ?」
「実は、はずれのくじ紙があったの。くじ紙って、もともと全部箱の中に入ってるものでしょ」
「あっ、そうか。そういうことか」
「なんだよ、何のことだよ。ケンとレイコだけがわかって。おいらにはなんにもわかんないぜ」
ぼくはチワワに説明してやった。
「つまりね。タツヤはくじを引くとき、あらかじめはずれのくじ紙を手の中にしのばせて、箱に手を入れていたんだよ。で、箱の中のくじを引いたように見せかけて、もともとしのばせていたくじ紙を出してたんだね。だから必ずはずれくじを引くことができたってことなんだ」
「なんだ、そうだったのかあ。おいらには全然思いつかないよ。タツヤも頭いいねえ」
「事件の全容はわかったけど、さあ、これからどうする? 先生に言いつけようか。クラスのみんなに言うかい」
「うーん……。おいらどうしていいか、わかんない」
「確かにタツヤくん悪いことしたけど、クラスのさらし者にするのはかわいそうよね」
「だよね」
結局、ぼくらは、ほかの人にわからないよう、タツヤだけに反省してもらう方法をとることにしたのだった。
次のホームルームの日がやってきた。ヒロシ学級委員が言った。
「木曜日のウサギ小屋のそうじは五年二組が担当です。今日は、ウサギ小屋のそうじ係を決めます。五年二組からは四人出さなければなりませんが、前と同じようにコインで決めましょうか。広田くんいいですか」
ジャイアンが、ふてくされたような顔つきで言った。
「いや、コインは決まるまでが面倒くさいよ。エスパータツヤの力はわかったよ。もとのくじ引きでいいよ」
「では、前のくじ引きに戻します。当たりくじを四枚いれます」
レイコが言った。
「あっ、ちょっと待って。くじ紙がだいぶ古くなってきたので、ここらで入れ替えてはどうでしょうか。わたしが新しいのを作ってきたのですが……」
「みなさん、よろしいでしょうか」
「異議なーし」とヨースケが言った。
レイコは、今までの白いくじ紙を箱から全部出して、家で作ってきた黄色のくじ紙を入れた。タツヤはその様子を見て、手の中に持っていたものを筆箱に戻した。
くじ引きが始まった。今日はタツヤから引く順番の日だ。タツヤは箱に手を入れて、くじを引いた。くじには「当たり」と書いてあった。
タツヤが「当たりです」というと、クラス中がどよめいた。
「うおっ、エスパータツヤ、ついにやぶれたり!」
ジャイアンがこぶしを突き上げて叫んだ。
その後、席の順にくじ引きが行われた。タツヤの次にレイコが引いた。レイコは右手を箱の中に入れた。その様子をタツヤは驚いたような目で見ていた。レイコは箱の中をぐるぐるとかき回して一枚引いた。そして引いたくじを見て「当たりです」と言った。それから順番に箱が回されていった。チワワのところにきた。チワワも「当たりです」と言った。
そしてぼく。ぼくは手のひらに当たりくじをしのばせて箱に手を入れ、かき回すようなふりをし、そのまま取り出して言った。
「当たりです」
木曜日の放課後、ぼくら四人はウサギ小屋のそうじをはじめた。
「くせーっ」
チワワは、大げさな声をあげながらフンのそうじをしている。
「だまってやりなさいよ」
レイコが言うと、チワワは「へいへい」と返事した。
タツヤは、ほうきとちりとりを動かしながらレイコに聞いた。
「消しゴム、貸したときにわかったんだね」
「そうよ。コインのトリックも、くじのトリックもね」
「それで、今回、三人とも当たりくじを引くように細工したんだね。もしぼくが当たりくじを引かなかったら、どうしたの」
「くじは、はじめに二枚しか入れていなかったの。二枚とも当たりくじ。怪しまれないよう、ほかのくじ紙も入れてたけど、中で箱にはり付けて取れないようにしていたのよ。だからタツヤくんは当たりくじを引くしかなかったのよね。もう一枚の当たりくじは、わたしが引いたの」
「それで、レイコちゃん、ぼくの次に箱に手を入れたとき、はずれくじをいっぱい入れたんだね。ぼくびっくりしたよ」
「やっぱりばれた?」
「そりゃぼくにはばれるよ。あんなにたくさんのくじをかくし持って入れるんだもん」
「タツヤくんにどうしても当たりくじを引いてもらいたかったためよ」
「どうして先生に、言いつけなかったんだ」
「言いつけて欲しかった?」
「……」
ぼくはレイコとタツヤに言った。
「まあ、いいじゃない。事件は解決したんだし」
「くっせーっ」
チワワがまた叫んだ。レイコがチワワに言った。
「だまってやりなさいって言ったでしょ」
「へいへい、レイコ様には逆らいませんよ」
ウサギが一匹、タツヤの肩に乗った。
タツヤはウサギをそっと抱いて背中をなでた。ウサギはタツヤの胸の中でじっとして口をモグモグと動かしている。
タツヤは、ウサギを砂場に置いて言った。
「そうじも、みんなでやると楽しいね」
こうして、エスパータツヤ事件は解決した。
それにしてもタツヤのマジックの腕は相当なものだ。この技を生かさない手はない。今後、ぼくらが手がける事件の中で、タツヤは、ゴノニ探偵団の貴重な協力者として働いてくれることになるのである。