008 「不機嫌からの御機嫌」
一話一話が2000字程度の短編連作となっております。一話読むのに三分もあれば充分くらいの文量ですので、何かの休憩などにチラッと読んで落ち着いて頂ければそれだけで書いた意義があるというものです。
週に一話投稿出来ればいいなぁと思ってます。
「あーあー。よく分かんないけどいぬねこちゃんの所為だよー」
不機嫌な錬金術士の声が部屋の中をこだまする。
「よく分からないのは小生の方だ。小生が何をしたと言うんだい?」
部屋に戻った途端、錬金術士はいぬねこの所為で郵便さんが逃げたのだと責め立てた。
全くもって実際にその通りだ。
いぬねこがあくびをした際に覗いた牙を見た郵便さんは、さっ……と血の気が引いたような顔色になり、後先考えず本能の赴くままに行動した。
その本能は、逃げの一手だった訳だ。
草食動物と、肉食動物。
兎と、犬と猫。
力関係としては歴然だった。
「郵便ちゃんを怖がらせた」
「怖がらせようとした訳ではないし、そもそも小生にそのような事をする理由が無い」
それはそうだ。
お互いに声を聞いた事も無ければ顔を見た事も無い。間違いなく赤の他人だった。そんな人を怖がらせようとするなんて、そういう仕事をしている人ならともかくとして、いぬねこが郵便さんにする意味が無い。
もっと言えば、いぬねこがその姿を見る前に、郵便さんは逃げてしまっている。怖がらせるなんてもってのほかだった。
「食べようとしたでしょ」
「あくびをしていただけだ!」
「またまたー。正直に言っちゃえ♡」
「小生に何を言わせたいのだ⁈」
「『食べちゃいたいくらい可愛かった』って」
「それは君の事だろう⁈」
「えっ……いぬねこちゃん、私のことそんな風に思ってたの……?」
ぽっ、と顔を赤らめる錬金術士。
「いやいや違う違う! 君が、その郵便ちゃんとやらに、思っていた事であろう⁈」
「またまたー! そんなホントのことをー!」
「なにそのテンションめんどくせー!」
いぬねこらしからぬ言葉遣いが飛び出した。
頭を抱えてのたうち回るいぬねこが目に見えるようだ。実際はそこまでのアクションはしていないが。
逃げてしまったとはいえ、とにかく可愛いくて、お人形さんみたいで、なでくり回したい存在を見つけてしまった錬金術士は、ご機嫌すぎる程にご機嫌だった。