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特別編4 「バレンタイン」

 いつものようにお手伝いさんに洗濯と錬金材料の採取と適当に買い出しを押し付けて追い出し、アトリエには錬金術士といぬねこの姿のみ。


 彼がこの場にいない間にやりたい事があったからだ。


 いつものふわふわな白衣をエプロンに変えて、珍しくキッチンに立つ。

 普段であれば彼女がこのキッチンを利用することはない。料理を作る際はお手伝いさんがいつも美味しい料理を作ってくれるからだし、そもそも彼女に料理を振る舞えるような腕前は無かった。


 だがしかし。


 だがしかし、今日だけは女の子としてやらねばならない。



 ーーバレンタイン。



 女の子が意中の相手に気持ちの籠もったチョコを手渡す日だ。


(食べられるものが出来るといいのだけどね……)


 人知れず、いぬねこは思った。


 いつだったかお手伝いさんのためにお弁当を作って大惨事になった事がある。きっと疲れていたのだろうと言ってその場は誤魔化したものだが……。

 よーし、なんて言って気合が入っている錬金術士を見ていると、応援したくもなってくるいぬねこだった。


「お手伝い君が帰ってくる前に終わらせないとねー!」


 腕まくりをしてあまり見慣れない材料に立ち向かう。


 これらの材料をお手伝いさんに見つからないように調達するのは骨が折れたが、同じ女子として、大きなうさ耳がトレンドマークの郵便ちゃんことチナが協力してこっそり持ってきてくれていた。


 郵便ちゃんに感謝しつつ、調べた手順を思い出しながら作業を開始する。


「喜んでくれるといいなぁ〜……」


 ウキウキとしながらも、どこか緊張の感じられる面持ちでチョコを湯煎してまぜまぜ。

 仕事で大きな錬金釜をよくかき混ぜているが、また違った手応えがあってこれはこれで楽しい。


 何を作るかは一応考えてある。


 お手伝いさんはその料理の腕前でデザートまで作れるので、生半可なものでは喜ばないだろう。いつもお手伝いさんの作る手の込んだデザートを食べているわけだからそれくらいは分かる。


 だからここはあえて、シンプルにチョコのカップケーキで行こう。


「これを、こうして……? で、それからーー」


 間違いがないようにわざわざ口にしながら手順を確認しつつ進める。

 実は材料を提供してくれた郵便ちゃんからバレンタインの極意を伝授してもらっていた。


〝バレンタインチョコは味でも見た目でもなくて、気持ちが大切なんですっ! 相手を想う気持ちさえあれば自然とおいしくできるものなんですよっ! だからがんばって下さいねッ!〟


 と、異様にキラキラした眼差しで訴えかけられた。


 料理は愛情なんて言葉を聞いたことがあるし、それはある意味で真理なのだろう。

 今のところ順調なバレンタインチョコ作りはお手伝いさんが帰ってくるギリギリまで続いた……。



   ***



 西日がまぶしく、高い空も紅に染まり、もうすぐ夜の時間を迎えようとしている頃。


「はぁ……疲れた……」


 大きく息をつくお手伝いさんの両手には大量の荷物。錬金術士から頼まれた(押し付けられた)錬金に必要な材料、それから足りなくなってきた食材の補充として近所の街に行って買出しもしてきた。


 あとは買ってきた荷物をアトリエに置いてから外に干しっぱなしの洗濯物を取り込んでしまえば、ミッションコンプリート!


 ようやくゆっくり出来るというものだ。


「ただいま戻りました」

「あ、おかえりーお手伝い君」


 錬金術士はニコニコ笑顔で手を後ろに隠したまま出迎えてくれた。


 この時点で〝何か隠してる〟と悟ったお手伝いさん。いたずらか、トラップか? 錬金術士が何か企む事はしょっちゅうあってよく困らされているので、不要なまでに警戒してしまう。


「今日ってなんの日か知ってる〜?」

「今日ですか? 節分はこの間やりましたし……何かありましたっけ?」


 突然の質問に面食らうお手伝いさんだが、今日は何の日だったか、本当に分からなかった。


 うふふ〜、といつも以上に嬉しそうな顔をして返事を待っているところを見ると、自分に関係のある日という事は想像がつくのだが……。


「正解は〜……ジャジャーン! ハッピーバレンタイン、だよ〜!」


 背中に隠していた何かを差し出す錬金術士。小さな四角い箱をリボンで飾ったそれは、プレゼントに見えなくもない。


「あっ! バレンタイン! どおりで……」


 買い出しに行った街では妙に浮かれたような雰囲気が感じられたのだが、それが原因だったのか。全く気付かなかった。


 ……ってことは、これは。


「もしかして、これ先生が?」

「そうだよ〜! 自信作! さっそく食べてみてよ〜」


 大量の荷物を脇に置いて、小さな四角い箱を受け取る。包装は綺麗に出来ているし、特に怪しい雰囲気は今のところ感じられないが、肝心なのは中身だ。


 バレンタインと言って差し出してきたという事は、この箱の中身は当然チョコに関する〝食べ物〟が入っているはず。


 錬金術士の料理の腕前がどれほど底辺を彷徨っているか身をもって知っているお手伝いさんには、この可愛らしい箱から禍々しいオーラが発せられてるように見えてくる。


「じゃあい、いただきますね……」


 箱を開けて中身を見てみる。


 意外な事に、見た目は普通のカップケーキだった。ハート型の一口サイズが一つだけ入っているが、おそらく満足いく出来の物がこれ一個だけだったのだろう。


 あちこちチョコまみれになりながら作ってくれた姿が眼に浮かぶようだった。


「あ、美味しい! 先生、美味しいですよこれ!」


 一口で放り込んで、お手伝いさんは感想を述べた。


「ホント⁈ やったぁ!」


 満面の笑みを浮かべて飛び跳ねる彼女を見てお手伝いさんは満足した。


 さて、戦争の始まりだ。


「じゃあ僕は洗濯物取り込んじゃいますね。先生はのんびりしててください」

「はぁ〜い」


 嬉しそうな声音で返事をする錬金術士を尻目に、お手伝いさんはアトリエの外へ。


 バタン……。


 扉が閉まると同時に、お手伝いさんは大地にうつ伏せでぶっ倒れた。


 みるみるうちに顔色が悪くなっていく。夕日に赤く染められていても、なお青くなる顔面。そして段々と手足が痺れてきて感覚が麻痺してくる。


「すまなかった。楽しそうに作る彼女に水を差したくはなかったんだ。許してくれ」


 そう言いながら、口に薬を咥えたいぬねこがそばにやってきた。水が無くても飲めるタイプの胃薬。こんな事もあろうかと、常日頃からアトリエには常備されている。


「だ、大丈夫です……男としての意地を……先生の優しさを……守れたでしょうか……?」

「ああ、完璧だ。見事にやりきって見せたよ君は。感服に値する」


 震える手でいぬねこから薬を受け取り、口の中へ押し込んだ。

 そして数分の間、夢の世界を漂ったお手伝いさんだった……。

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