107 「こんばんわっ! チナでーすっ!」
一話1000字前後の短編連作です。
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平原のど真ん中にある伝説の錬金術士のアトリエに、小さな影が訪れた。
白金色のショートヘアーに大きなウサミミが愛らしい、配達員のチナである。
すでに配達を終えた帰宅途中の少女ではあるが、最後の最後でダメ押しのように言伝をお願い事をされ、果たすためにやって来た。
チャイムが付いていないので控えめにノックしてからすぐさま3歩ほど距離を取る。
「こんばんわっ! チナでーすっ!」
いつもより声量を落として。
すると、中からドタバタと慌ただしい騒音が響いてきて、もの凄い勢いで扉が開かれた。距離を取っていなかったらぶっ飛ばされていただろう。
「いらっしゃい郵便ちゃん! すぐお茶とお菓子用意するから上がって!」
飛び出すように錬金術士が顔を出し、興奮冷めやらぬ表情で郵便ちゃんを招き入れようとする。
「いえっ、伝言を頼まれましたので、それを伝えに来ただけですからっ! おかまいなくっ!」
お菓子という甘美な響きには心惹かれるが、郵便ちゃんはあまり積極的にアトリエに入ろうとはしない。
錬金術士の猛烈アタックにはたじたじだが純粋なる好意からの行動だということがよく分かるし、お手伝いさんも優しいし彼が作ったお菓子は絶品だ。ここしばらく食べていないけども。
しかし錬金術士のパートナーであるいぬねこだけは、害がないと分かった今でも苦手で、可能であれば近付きたくはない。
本能的な部分の問題だった。
「伝言〜? 誰からかな〜?」
「イスノさんからですっ」
「お師匠さんから?」
意外な人物の名前が出たからか、目を丸くする錬金術士。
「『しばらく留守にすっから、クソダヌキの言うことは聞くように』だそうですっ」
師匠の口調をマネして一字一句違わずに。小さい少女のぶっきらぼうな言葉遣いに、錬金術士は「はうっ!」と心を撃ち抜かれたようだった。
「ん〜、なんでそんなこと言うのか分かんないけど、とりあえず分かった〜」
いつもの師匠であれば、留守にするなら一言も言わずに忽然といなくなるのが普通。それに「クソダヌキ」とはいぬねこのこと。言うことを聞くようにとわざわざ忠告じみた言葉を残していく理由も思い当たらない。
いずれにせよ、師匠のアトリエに行く用事はないし、いぬねこの言うことを聞くのはいつものことなので、これといって意味のある伝言とは思えなかった。
「確かに伝えましたっ! ではっ!」
「やん待って〜!」
「ふぐっ?!」
帰途に戻ろうとした時、商売道具の肩掛けカバンを掴まれてつんのめる。
あの親あればこの子あり。弟子は師に似る。
まさか全く同じことをされるとは思ってもいなかった。
師匠の時は我慢出来たが、さすがに連続となるといかんともしがたい。あの時は仕事中という意識があったから耐えられたものの、今はもう仕事ではない。
「————っ」
師匠の分も含めた文句を言ってやろうと肺に空気を溜めた時、錬金術士に先手を打たれた。
「お手伝い君のクッキーが残ってるの。食べない〜?」
「——いただきますっ!」
文句のために溜めた空気は全て、素直な願望へと変化して吐き出された。
錬金術士と同じでお菓子には、めっぽう弱い郵便ちゃんだった……。
次回第108話「善処します……」
お楽しみに!




