096 「錬金術士の楽しみ」
一話1000字前後の短編連作です。
毎週火曜日更新中!
一つ前に特別編18「バレンタイン。2年目」があります。未読の方はご注意を。
「きゃぁっ!?」
不意を打つように吹き荒れた突風に、錬金術士はスカートを押さえる。
地獄耳と評して過言ではないその聴覚で、しっかりと風音の他に特徴のある音色を捉えていた。
「今の……笛?」
突き出した岩や洞窟を風が通って鳴る自然の神秘ではなく、ハッキリと人工的な音だと分かる。
「あっちの方からだね……もしかしてお手伝い君かお師匠さんかな?」
彼女の手には出来たばかりの努力の結晶である、練金釜をかき混ぜる大きなスプーン状の棒が握られている。
もふもふの綿がくっついたようなデザインのそれは、可愛くてふわふわな物が大好きな彼女らしい仕上がり。
いつの間にか居なくなってしまったいぬねこを探しに出かけた二人を、完成した報告ついでに捜索の手伝いをしようと思って外に出たはいいものの、当然その行方は知れない。
そんな時、人工的な音が耳に届いたのだ。
「とにかく行ってみよ〜う」
こんな山中で聞こえてくる音ではないことは明らか。誰かが意図的に鳴らした音だ。
遭難した時に自分の居場所を知らせるため、笛などを用いると聞いた覚えがある。
しかし師匠が自分の庭であるこの山で遭難することはありえないので、ただの気まぐれ程度に吹いたのだろうと捉えていた。
運良く大まかな居場所は特定できたので、それで良しとする。
「んふふ……驚いてくれるかな〜?」
イタズラを仕掛けた子供のように笑う錬金術士。
普通は自分専用の練金棒を製作するのには相当の時間と労力が必要になるが、それを師匠の読みである「三日三晩」を大幅に上回って完成を実現して見せた。
世の中に錬金術士と呼べる者は両手で数えられるほどしかいないが、その中でも群を抜いて最速間違いなし。
師匠もビックリ仰天して目を見開くに違いない。
「楽しみだな〜」
お手伝いさんも含めた驚いた表情を想像して、思わず笑みがこぼれる。きっと褒めてくれるに違いないと、歓心が湧き上がってくる。
「お? っととと」
謎の音が聞こえてきた方向へ向かって歩いていると、腰回りに違和感を感じた。服の上から位置を正して、再び歩き出す。
「お気に入りだったのにくたびれてきちゃったのかな〜? 街に行った時同じもの探そうかな〜」
久しく行っていない街の景色を思い出して、活気に満ちた光景が脳裏に浮かぶ。お気に入りのお店に、掘り出し物を探すのも好きだった。美味しいご飯を食べて、アトリエに帰る。
少しばかり離れただけなのに、あの場所がまるで懐かしい。
「さっさと合流して修行を済ませて、お手伝い君とお出かけしたいな。うん、楽しみが増えた〜!」
心持ち歩調を早めて、二人と一匹の姿を追う。
そのうちの一人は、まるで別人のように豹変しているとも知らずに。
次回第97話「素晴らしい物と言いやがれ」
お楽しみに!




