彼女と彼と、初対面
(嘘だぁ)
嬉しそうに目元を緩める彼はとりあえず放置して、半ば混乱しながらもとりあえず状況を整理する。
まず、私は昨日仕事が終わって、日付が変わる頃に家に帰った。
その後、お風呂だけ入ってご飯も食べずに寝てしまった。そして気が付いたら知らないベッドで寝ていて、目の前には居るはずのない人間が居る。
情報が少なすぎて、正直何を持ってどう判断したらいいのか、そこすら分からない。一つ言えるのは、私の手には到底負えそうにない面倒に巻き込まれた可能性が大、という事だけだ。
(何が如何してどうなってるの)
そもそも、この男との初対面は二年半前に遡る。
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その日は、秋も更けて日があっても大分涼しく感じるようになってきた、そんな何気ない日だった。
特別な事なんて何にもなくて、本当にありふれた極普通の日だったのだ。
人気のない道に倒れていた、彼を見つけるまでは。
その時の私は何を思ったのか、救急車を呼べば良いものを近くだった自分の家に殆ど引き摺って彼を運んで、そのままあれよあれよと言う間に彼が少なくとも「地球の人間」では無いことが判明した。というのも彼は、自分を「巨人族の神職者」と言い、事も無げに魔法を使って見せたのだ。
挙句の果てには成り行きで彼を保護する事になり、「確かに見捨てるのも寝覚めが悪いけど、何故にこうなった」と我ながら頭を抱えたのは、今となっては良い思い出である。
とはいえ、神職者と言っても実際に神様に仕えている訳では無く、所謂「回復魔法が使えるお医者さん」の中でも「浄化魔術」を使える人を指して、そう言うのだとか。本人も特に神様を信じている訳では無いらしい。
ただし、精霊は居るって言ってた。精霊の最上位が神様じゃ無いのかって言ったら、精霊は精霊だろう、と返された。ワケワカラン。
おまけに、神職者イコール聖職者、と言う訳では無いらしく、本人は冒険者をしていると言っていた。要するに、「神職者」とはちゃんとした職業名ではなく、私達で言うなら、例えば家具を作る人も家を作る人も纏めて「大工さん」と呼ぶのと大して変わらない感覚なのだとか。
確かに背中に2M級の大きな剣を背負ってはいたが、それにしても戦うお医者さんとか良いのかそれ。しかも剣で。たまに魔法も使うらしい。本気でアリなのか、それ。
挙句の果てには、彼が所属している冒険者パーティー(複数の冒険者が集団で依頼を受ける時に組むものらしく、臨時のものもあれば、常時組んでいるものもあるそうだ。彼は後者らしい)では、前線に出て敵の攻撃が後衛に届かない様に、相手の動きを魔法で鈍らせたり幻覚などで攪乱しながら、自らも剣と魔法で相手を攻撃する、所謂RPGで言うところのタンク役だったらしい。
もっとも、魔法の方は仲間内にもっと高火力の魔法を扱える人が居たらしく、メインは壁役と回復役だったそうだが。
そんな彼を匿いだして、一カ月。ニュースで「ブルームーンが見える」と言っていたその日の晩に、彼は自分の世界に帰っていった。
特に何か言っていた訳でも無かったが、いきなり彼の足元に魔方陣のような文様が浮かび上がって、その中が光に包まれたのだ。
ビックリしたと同時に、「あぁ、帰るのか」と納得もした。彼との生活は案外穏やかで居心地が良くて、正直手放し難かったが、しかし。彼には彼の世界があり、友が居て、生活があるのだから、寂しかろうとそれがあるべき姿で受け入れるべきなのだと、最後は笑って見送ろうと決めていた。
手を振りながら「縁があれば、いつかまた」と言ったのは、彼に届いたかどうだったか。確かめる術は無かった。いや、むしろ有る筈が無かったのだ。今のような、訳の分からない状況でもなければ、きっと。
……そこまで思い返して、思わず一瞬遠い目をしてしまった私が最初に思ったのは「お腹減ったな」と少々現実逃避気味なものだった。
会話文、一行も無しとかorz