密室犯罪
ひさしぶりの投稿なので、緊張しています。
ぼくは再度モニターに目をおとした。
問題のシーンをなんども巻き戻したが、不審なてんはなにひとつない。エレベーターの箱に入っている人間が次から次へと倒れていくだけだ。
――毒ガス? 神経系の毒ガスか? それにしては異常だ。なぜ人々が倒れているのに、【奴】ひとりは平然と立っていられるのだ? 苦しい仮説だが、呼吸を止めていたのだとしよう。それでも目、鼻、口、毛、人間には穴がたくさんあいている。だから息を吸おうと吸うまいと、ガスは体内に侵入してしまうのだ。立っているなんてことはありえない。
じゃあ、催涙ガスか? いや、あれは目が痛くなるくらいで、失神するにはいたらないはず。
よくみると、【奴】以外は昏倒しているのだ。となると、【奴】の痛覚がマヒっているから平気なのだという説明はできなくなる。
「うーむ」
ぼくは監視モニターに釘づけになっている。先輩の警備員は外でタバコを吹かしているから、詰所には自分しか滞在していないのだ。
警察や自衛隊を呼ぶか? いや、自衛隊は無理か。内閣総理大臣が最高指揮権を有しているから、首相が防衛出動を命じない限り動けないはずだ。機動力においては警察、消防のほうが上回るだろう。
しかしもしそうなったらこのデパートは風評被害にあってたちまち潰れてしまいかねない。就職氷河期の昨今だ。働き口を失えば、ニート・フリーターのまま一生を終えるかもしれない。
同じ映像をリピート再生するのはやめて、怪奇現象が起こった箱の運転を中断させた。モニターも現在の映像に戻した。箱内に【奴】はいなかった。すでにどこかへいってしまったのだろう。代わりに死者(?)が群れになって横たわっているだけだった。
なんだ?
いったいなんで、こんな怪現象が起こったのだ?
なんにせよ、迷ってばかりもいられない。このような惨劇をだれかにみられたら、たちまちパニックになりかねないからだ。
ぼくは意を決して詰所を駆け出していった。
「…………んだ。どうしたんだ」
先輩の警備員に揺すられて、ぼくは目を覚ました。例のエレベータの箱で、ぼくは気を失っていたのだ。
ほかの乗客はいなくなっている。
「そ、れ……がぁ……」ぼくは恐怖で歯をがちがち鳴らしながら、「ここでテロがあったんです」
「なにっ!」
先輩警備員は背筋をしゃんと伸ばし身構える。ぼくは比喩ですよと諭してから、真実を述べた。
「尾籠な話で申し訳ありませんが、エレベーターの乗客のだれかが肛門嚢でも持っていたのでしょう。ものすごく強烈なオナラをした【奴】がいて、その臭いが残存していたのか、ぼくはつい頭がくらっとして吐き気を催して不快感につつまれていくうちに倒れてしまったのです。事実監視カメラでは、ひとりだけ倒れていない【奴】がいましたし……」
「なんだそりゃ」
先輩警備員はおそろしく怪訝な顔をした。馬鹿な夢でもみたんじゃないのかという目つきだった。「スカンクやイタチじゃあるまいし……」
「本当なんです。証拠の映像をみせましょうか」
ぼくは詰所に先輩警備員をつれていき、問題の映像を、
「これです」
と、
みせられなかった。
「あれっ?」
「なんだ、なにもないじゃないか」
「ええっ?」
ぼくはぎょっとしてなんども操作したが、証拠の映像は結局出てこなかった。
「わるいが職務怠慢として、社長に告げてくるしかないようだな」
「えええー!」
後日から、職業斡旋所に通い詰める日々が始まった。
~蛇足~
「えええー、そういうことだったんですか?」
「そうだよ。あそこの企業はブラックだ。おれも同じ手口で辞めさせられた」
職業斡旋所には同系列の会社に勤務していた元・警備員がいた。
「でも変ですよ。いくら正社員をとらず、給料日前に派遣社員を切るのが目的だったとしてもですよ。ぼくの詰所には、先輩で正社員の警備員さんがいたんです」
「だろうな」
そのひとは涼しい顔で答える。
「だろうなって。正社員はとらないとかなんとかいったじゃないですか?」
「これはおれの私案だが……」
まずおれたちがやられた手口――トリックについて説明する。
箱に乗っていた乗客についてだが、あれは全員、偽客だ。バタバタと倒れていたのもじつは演技。口うら合わせの自作自演だよ。あっ、ちなみにおまえの先輩もサクラだぞ。そんでおまえがエレベータの前に来て、驚愕し腰を抜かしているところに、クロロホルムかなんかを染み込ませたハンカチをかがせて眠らせる。そのときに強烈な臭気を感じたというのは、薬品を使ったことがばれないようにするためのフェイクだろう。そんでおまえが気絶しているうちに監視カメラの映像のいちぶを削除し、乗客役のサクラは撤退する。しばらくしてから、先輩警備員がなにくわぬ顔でおまえを起こして、職務怠慢だといちゃもんをつける。慌てて映像を巻き戻しても証拠隠滅ははかられているからおまえは馘首になるって寸法だ。
「待ってください。もしぼくが、現場に行かずに警察を呼んでいたとしたら、そんな計画はすぐに破綻するはずです」
「だーかーらー、それはないって」
「なんでですか?」
「どうせ、最終就職口があの会社だったんだろ。だったら警備会社の不名誉になるような不祥事はなんとしても避けたがるのが人情だろう?」
「ですね」
なるほど。
『大手警備会社/採用試験随時受付け/高給料・特別待遇/まずは派遣社員から』
といううたい文句は、ただの甘い罠で、
こんなに簡単に、名前を書くだけで入社できるような会社は、やはりブラックだったのか。
「あんな会社、骨折り損の草臥れ儲けでしたね。ふつうの会社のほうがよっぽどいい」
「そうだな。楽をしたから罰があたったのかもしれないな」そのひとはまじめな顔で、「いくら厳しい社会でも、どんなに厳しい会社でも、おれたちは立ち向かわなくてはならないのかもしれない。この現実という名の大企業に、そして大不況に、な」
彼の顔は会社を辞めさせられて憔悴しているもののそれではなく、勇ましい精悍な顔つきへと変わっていた。
「さあ、また、働こう!」
「はいっ!」
ぼくたちは痛み傷つきながらも、またすぐに、まえへまえへと進んでいくことだろう。
痛み傷ついたぶん、カサブタは厚くなって、いつか本当に窮地に陥ったとき、必ずぼくらを守る盾になってくれるはずだから。
だいじょうぶ。
おそれずに一歩ずつ、いまは満身創痍でもいい。きっといつか強くたくましくなれるから。だから将来の自分に恥じない生き方をしよう。
だいじょうぶ。ひとりじゃないんだ。
いつの間にか、ぼくの胸は希望にあふれていた。この世界は働くに値するんだから。
宮崎駿監督のジブリ作品も、『風立ちぬ』でラストになりましたね。友人とみに行ったのですが、カメラワークやストーリー展開が斬新だったように思います。
うーん、そういえば……。ジブリ作品ってあんまりみたことないんですよね。ぼく。