第6話『千両範子(ゼニ・レディ)』
彩子の母親が食事を運んできた。
いつものように病的な表情で、礼を言った京介に小さく会釈すると、部屋から出て行く。
新しく出来た秘密基地のトレーニングルームだ。
体を鍛えるための器具が揃っており、その全てがコンピューターで制御されている。
要望があればいくらでも追加してくれるらしい。
『前から聞こうと思っていたが、ゼノ・インパクトはどうやって編み出したのかね?』
ブレインが彩子の母親が作ってくれたサンドウィッチを口に運びながら、格闘技の本を読んでいる京介に話し掛けた。
ゼノ・インパクトはインフィニティの必殺技だ。
「ああ、骨法の徹しを自己解釈でやってみた」
ゲームのキャラクターが似たような技を使っていたから真似してみたのが本音である。
そのゲームのキャラクターが骨法の使い手なのだ。
まさか出来るとは思っていなかったが。
「なんかこー、手からビームとか出るようになんないかね」
と、立ち上がって、掌を前に突き出した。
『やめておけ、武器ならいくらでも用意してやる。内なる力などアテにならない』
ブレインが用意してくれた装備に銃もあったが、京介はなかなか使う気になりないのである。
殺してしまいかねないからだ。
小さい消しゴムの固まりを指で弾くだけでも普通の人間なら殺せるくらいの威力を持たせられる能力の為に、銃など使えばどうなるかわからない。
「ま、色々試してみるさ」
京介は食事を終えて立ち上がると、手をぐるぐると回して、シミュレーターの部屋に向かって行った。
千両範子は大きなビンにビッシリと小銭を詰めたものを、銀行の窓口で両替を頼んだ。
貯金が趣味の女。確かにそうではあるが、彼女は銀行を変えて、この一週間で5回は両替を行っている。
両替されて帰ってきたお札を財布に収めると、範子は銀行を後にした。
彼女も能力者である。
範子は膨大な借金を抱えて夜の仕事の勤務をしていた。
蒼い雪が降った夜、彼女は借金取りに暴力を受けて倒れていた。
何とか死守した500円玉を見ながら、彼女は思った『金が欲しい』と。
そして手にした能力はお金を操る能力。
さっき両替したお金も、道に落ちていたものを集めたものである。
基本的に善人なのか、ただ気が弱いのか、盗みはしない。
『これで借金も返して、働かずに暮らしていける』
そう思ったが、困った事にこの能力は硬貨しか扱えないという弱点があった。
そしてまあ、落ちているお金など、10円や1円玉がほとんどだ。
膨大な借金を返すには焼け石に水だ。
そして、振り込むには札である必要があるために、こうやって両替に勤しんでいるわけである。
「…なんなのよこの能力」
昼どきのうららかな気候の公園のベンチに座り呟く範子の手の平に、ちゃっと五枚目の一円玉が、どこからか飛んで来て収まった。
「まあ…食べていく分には、十分なんだけど」
手の平に集まった硬貨の中の100円と50円をより分けると、自動販売機に入れた。
「なるほどねぇ、なかなかにみみちい能力だ」
買う飲料を決定しようと販売機のボタンに触れようとした範子は、その声に指を止めた。
「…誰?」
範子が聞くと、野球の装備…ヘルメットにユニフォーム、バットにスパイクと場に似合わない格好の男が立っていた。
「俺はサチューカン…お前と同じネクスターだ」
範子はネクスターという言葉に聞き覚えはないが、ただならぬサチューカンの雰囲気に、身構えた。
「見たところ戦闘能力にはつながらねぇショボいネクスト能力のようだが…あの方の命令だ。狩っておこう」
持っているバットをとんとんと肩に当てながら、物騒な事を言い出した。
「俺様の強襲ヒットであの世に行きな!」
サチューカンの左手からボールが生まれると、それをバットで強打した。
凄まじい速度の剛球が一直線に範子に向かって飛んだ。
「!?」
範子が防御するように手を顔の前に反射的にもってくると、範子に当たる寸前に、横から飛んできた何かにボールは弾かれてしまった。
「何ぃ!?」
驚愕するサチューカン。
「確かに金額的にはショボいけど」
範子はひしゃげた十円玉5枚を手の平に集めた。
今のはこの十円玉が横から高速で飛んで来て、ボールを横から弾き飛ばしたのである。
「なめたマネおぉぉ! 殺人!千本!ノック!じゃぁ!!」
サチューカンはボールを次々に生み出すと、すごいスイングでそれを打ち出した。
無数の殺人ボールが範子を襲うが、硬貨がそれをことごとく阻んでいく。
「…なあっ…」
全て弾かれ、ノックの疲労で肩を揺らしながら、サチューカンが信じられないという視線を範子に向けた。
「悪いんだけど、帰ってくれないかな」
範子は困った表情で言った。
「バカいえェェ!こんなコケにされてぇ! 男が黙って帰れるかぁ!!」
サチューカンがバットを振り上げた。
「そっか、じゃあ仕方ないかな」
範子がそう言うと、サチューカンの地面以外の全包囲に、硬貨が浮遊して取り囲んだ。
「な、なっ…」
範子が右手で空を薙ぐと、硬貨のいっせいにサチューカンに向けて動き出した。
無数の硬貨のツブテがサチューカンに降り注ぐ。
一円玉はともかく、硬貨は硬いのだ。
ツブテが通り過ぎると、血とアザだらけになったサチューカンが前のめりに倒れた。
間 球太郎は野球バカで、青い雪の夜には遅くまで素振りをしていたのだった。
その欲求はもちろん野球がうまくなりたい、というものであった。
範子は気の毒そうに倒れたサチューカンを見ていたが、その場を離れようと振り向いた。
振り向いた先に、バイクに跨りながらこちら見ているインフィニテと目が合った。
「…あっ」
白昼で出会うヒーローは、わりと奇抜な格好でびっくりする。
『…それ、あんたがやったのか?』
倒れているサチューカンに視線を移すと範子に尋ねた。
「や、あの、これは…」
範子はインフィニティの事は知っている。最近ニュースにもなるマスクヒーローだ。
この状況では誤解と弁明しても信じてくれないだろう。範子はそう思い言葉に詰まった。
自分の能力についても説明しなければいけない。
『…あんたも能力者か?』
「そう、なのかな…?」
範子は自分が目の前のヒーローや倒れてるサチューカンと同類という意識はないが、人にない能力という点では自覚している。
サチューカンが口にしていたネクスターという単語が、その能力者を指しているのだと理解できた。
「ち、ちがうの、コレは…この人が襲ってきて…」
自分の能力に対する知識を相手が持っているなら、ちゃんと説明するのが一番だと思い直した。
『まあ…』
倒れているサチューカンのいでたちを見れば、範子の言葉に嘘はないと思えた。
『うんまあ、とりあえずちょっと…話だけ聞かせてもらえますか?』
範子はうなずいた。
秘密基地の一角。そこに範子は招かれた。
街のいたるところに基地に繋がる通路が配置されているのだが、入る際に機械で全身をチェックされる。
能力者の中には擬態や縮小、空気や電気や繊維にまで変化する者がいる可能性もあるのである。
チェックとはいっても、スキャンされるだけである。
『どうぞ』
機械音声に案内されて、範子は部屋に入った。
『えー、かけてください』
座っていたインフィニティが範子に着席を勧めた。
『じゃあ、あなたの能力を教えてもらえますか?』
範子が座ったのを確認して、インフィニティは話をはじめた。
「ああ、はい…」
マスクのヒーローと向かいあって座って話しているという異質感が範子を緊張させた。
範子は小銭をテーブルの上に一枚ずつ並べた。
「いけ」
範子が命令すると、小銭がいっせいにテーブルの上を滑りだした。
そして宙を飛びまわり、範子の命令で、きれいに重なってテーブルに戻った。
『…テレキネシス?』
「いえ、私はお金…小銭しか操れないんです」
小銭と認識した場合、小判から銭、外国の通過などでも自由に操れるようだ。と範子は言った。
色々と実験してみてわかった事は、能力の影響する範囲内であれば、いくらでも操作できるらしい。
サチューカンを倒したような使い方や、小銭を固めて防御、集めて乗れば空も飛べる。
そして能力の範囲は、数10キロにも及ぶらしい。
『…わりと、とんでもないですね…』
一聞の能力的にはともかく、少なくとも今まで出会った能力者の中では、ダントツに強力な意思を持っている。
「えー…まあ、落ちた小銭を拾って借金に当てたりはしてますが…悪用したりする気はありません」
続けて、自分の身もある程度守れるので心配して貰う必要はないと続けた。
『確かに…俺も戦いようによっては勝てる気がしないなぁ』
数十キロ圏に存在する全ての小銭が相手だと想像すると、ぞっとした。
『ってことで、帰してあげていいか?サイコ?』
インフィニティは天井に向かって話すと、部屋にあるモニターが映像を映した。
『このまま帰すには惜しい能力ではあるな』
モニターに現われたのは、彩子の顔であった。
『なっ、お前それ…』
『ヒマだったのでな、モデリングしてみた』
モニターの彩子はいたずらっぽい視線をインフィニティに向けた。
インフィニティは何かいいたそうな素振りを見せたが、あきらめたようだ。
「…女の子?」
『私はスーパーコンピューター・サイコ・ブレイン。
この映像はイメージですから、気にしないでください』
今日は色々と面食らう事が多い。範子は気を取り直した。
『あなたの能力はとても興味深い。ぜひとも協力して欲しい』
「協力ですか…」
この場合の協力というと。
「私に、その・・・能力者と戦えと?」
『ええ、見返りも用意しています。あなたの借金はこちらが請負いますし、これからのあなたの生活も保障します』
範子は首を横に振った。
「借金はー、ありがたい話なんですけどね。穏便に生きていきたいんですよ、地味に幸せに…
この能力があば、不便だけど借金も返していけるし、それに」
『それに?』
「私は別に、私以外の人間がどうなっても知った事ではないんです」
正直な人間だ。ブレインは思った。
京介にしても、範子の言う事はもっともだと思う。
惚れた弱みがなければ京介も同じような事を言っただろう。
むしろ軽々しく人の為にみんなの為になどと言える人間など胡散臭い。
『しかしあなたの大切な友人や家族が襲われるかもしれない』
「その時は私が何とかします」
続けて、身寄りがないことを範子は続けた。
『まあまあ、ダメっつってんだから、あきらめようぜ?』
黙って聞いていたインフィニティがブレインの交渉を止めた。
『人の都合をねじ負け出まで戦えって言うのもな』
意外にブレインは反論しなかった。
インフィニティは京介に戻ると、顔の見えないフルメットで顔を隠して、範子を後ろに乗せて近くの駅まで送る事にした。
範子が無害とはいえ、正体は隠しておきたい。
「お疲れ様です」
「…あなた、意外に若い声なのね」
変声システムのついていないただのメットなので、素声なのだ。
「ええ、まだガッコ通ってます」
「…そう」
範子はバイクの後ろから降りると、ヘルメットを京介に返した。
「ごめんね、協力は出来ないけれど…」
まだ学生と聞いて多少心が痛むのか、範子はすまなさそうに言った。
「いいスよ。あそこで千両さんが了承しても、俺止めるつもりでしたから」
ヘルメットの奥で京介はニッと笑った。
「おやおや、やっと出てきてくれた」
突然、声がした。
「・・・生身か」
パイルマニアとスパークリング、雷と炎を全身に纏った2人が京介達に向かって歩いてきた。
「・・・千両さん、逃げて!」
京介は範子の前に出た。
「でも・・・」
「いいから!」
範子は少し戸惑ったが、走り出した。
「・・・まったく君らの基地ときたら、電気まで遮断するんだもの・・・外で待つしかなかったよ」
スパークリングは肩に右手を乗せて首を回した。
「・・・監視されてたって事か」
京介はじりじりと間合いをとる。
「ある方からの命令でね」
「インフィニティ!・・・今度こそ灰にしてやる!」
スパークリングの言葉を遮ると、パイルマニアが前に出た。
「パイルマニア!」
「くたばれ!!」
パイルマニアは炎の球を作り出すと、京介に向かって撃ち出した。
「!?」
京介に直撃して炎が広がった。
『まったく』
炎の中から、インフィニティが姿を現した。
『懲りないヤツだなお前はぁ!』
インフィニティは走り出すと、パイルマニアを殴りつけた。
パイルマニアは弾き飛ばされると、建物にクレーターを作って止まった。
「おやおや、やっぱり力じゃ分が悪いな」
スパークリングが電撃を放つと、インフィニティは避けずに受け止めた。
『このスーツは強化ゴムだ、電撃は通さない』
「知っているさ。パイルマニア君!」
スパークリングが合図を送ると、パイルマニアはクレーターから抜け出して、炎を放った。
『無駄だっていうのが・・・』
インフィニティに炎が命中する瞬間、スパークリングの放った雷が炎と接触し、爆発を起した。
『ぐあっ!?』
凄まじい衝撃でインフィニティは吹き飛ばされた。
「火と雷があわさるとこうなる。おかげで握手も出来ないけれどねえ」
スパークリングがインフィニティの周りに雷電のフィールドを作り出した。
そしてパイルマニアが無数の炎を打ち出したのが見えた。
『ぐっ!』
インフィニティが危機を感じで防御すると、いたるところで爆発が起きて閃光に包まれた。
爆発が収まると、スーツがボロボロになったインフィニティがそこにいた。
「その穴だらけのスーツじゃ、炎も雷ももう防げないな」
スパークリングの言葉を聞きながら、インフィニティはバイクのあるほうに目をやった。
その瞬間に、バイクが炎上した。
パイルマニアがこちらを見て笑った。
(・・・やばい・・・な)
スーツもマスクもボロボロ、出血もしている。
スーツの下は普通の人間と変わらないのだ。
「とどめといこうか」
インフィニティがはっとすると、すぐ目の前にスパークリングがいた。
接近を許してしまった。
スパークリングはインフィニティの頭をつかんだ。
『ぎっ!』
インフィニィのパンチを空いている方の手で受け止めると、頭をつかんだ手から電撃を流し込んだ。
ヘルメットに電流が走り、火花がはじけた。
モニター機能が停止。目の前が真っ暗になった。
『ううっ、あっ・・・』
インフィニティはふらふらと後ろに進むと壁に当たった。
何も見えないし聞こえない。ここでメットを脱ぐわけにも行かない。
「どけ」
パイルマニアはそう言うと特大の火球を作り出し、インフィニティに向けて投げつけた。
「とっ」
スパークリングはそれを避けると、火球はインフィニティに当たって、後ろの建物を巻き込んで大爆発を起した。
「無茶するな君は」
スパークリングがパイルマニアを見ると、彼は笑っていた。
(任務完了か・・・意外とあっけなかったな)
そのパイルマニアの様子を見ながら、スパークリングは心の中で呟いた。




