第4話『要・人望』
任意京介と天舞彩子の出会いは小学校まで遡る。
京介が小学校の4年生だったころ彩子が近所の家に引っ越してきたのだ。
中流家庭で京介の街より少し都会から来た少女は清潔感があり、清楚な感じがした。
わかりやすい話、ヒトメボレをしてしまった京介は、これまた分かりやすく、好きな子をいじめてしまうパターン。
頭のいい彩子と同じ学校に通うために、中学高校と苦手な勉強もした。
そんな感じで秘めた思いを言い出せぬまま今に至るわけではあるが。
「波動?」
『そう、君や今まで戦った超人達のデータを見るとも力を使う時に、ある一定の波動のようなもののエネルギーを感知した。
そこで私はそのエネルギーを探知できる装置を開発した。
これで彼らが犯罪をおこすと、すぐに居場所を突き止められるということだ』
ま、それによって苦労するのは俺だけどな。
京介は脳内で呟いた。
『ついでに、この波動は微妙に引き合う性質があるようだ』
「偶然に出会う確立も高いというわけか」
ハイスピードの一件などはまさにそのせいであろう。
『それとインフェイト(バイク)の補充はしておいた。壊すのは別に構わないが…安いものではないという事だけ、頭の隅に置いておいてくれ』
1台辺りの値段を聞いて、京介は目が飛び出そうになった。
バイクどころかこの基地だっていくらかかっているのか想像すると京介は少しぞっとした。
「そういやよ、おばさんさ、あんな暗い人だったか?」
授業参観などで見た事のある彩子の母親は、少しキツい感じの教育ママ的な雰囲気があった。
京介が彩子をいじめては、よく京介の家に電話を入れて来て怒鳴っていた。
しかし今は虚ろで陰気で、かつての面影もない。
動けないブレインの命令を聞いて、身の回りの世話から、株やギャンブルの取り引き、その他の厄介ごとまでやっているようだが。
『娘がこんな姿になってしまえば、仕方もあるまい』
ブレインは苦笑交じりに答えた。
「なあ、彩子が元に戻る事があったらさ、お前はどうなるんだ?」
深い意味もなく浮かんだ疑問だった。
『私は彩子の頭脳を効果的に扱うための擬似人格だからな、彩子の一部となるか、もしくは消えてしまうだろう』
こういうことを何の感慨なしに言ってしまえるのは、やはり機械なのだなぁと。
京介は少し感心した。
学校。ハイスピードの一件から、京介は何となく円奈瞳を避けるように過ごしていた。
まあ時間をずらしたり、屋上ではなく体育倉裏でサボるようになった程度だが。
知り合いを巻き込むのは気が引ける。巻き込んだので気が引けた。
「授業全然出てねぇな、俺」
はははと自虐的に笑った。
今日は天気がとてもいい。いつしかうとうととしてしまった。
「こらっ!」
瞳は持っていた冷えた缶ジュースを、寝ている京介の両頬に押し当てた。
「づっ!?」
突然の冷たい感覚に、京介はマヌケな声とともに目を見開いた。
かがんで両手に缶ジュースを持つ、笑顔の瞳の顔がそこにあった。
「…なんで、分かった?」
寝た体勢のまま冷えた頬をさすり、京介が尋ねた。
「屋上にいないなら、ここじゃん?」
行動パターンが読まれている。
「どうせサボるなら学校来なきゃいいのに」
缶ジュースを差し出した。スポーツ飲料だった。
「…うるせぇな」
寝ながらジュースを受け取ると、首だけせわしなく動かす京介。
「何してるの?」
「いや、パンツ見えないかなって」
かがんでいる瞳の位置が丁度いいアングルなのだが、巧妙にスカートがガードしている。
「見たいの? 別にいいよ」
「…男心の分からんヤツめが」
京介は上体を起すとあぐらをくんで座り、缶ジュースをあけた。
瞳もコンクリートの地面に尻をつけて座った。
「最近ちょっと、私のこと避けてるー?」
いきなりストレートに来たので、京介は含んでいた液体を噴き出しそうになった。
「…なんでお前を避けなきゃいけないんだよ」
「インフィニティだからでしょ?」
今度は完全に噴いた。
「汚いなあ」
「な、な、なにを、急に、お前、はははは」
分かりやすく取り乱してみる。
「思いっきり私の事を円奈って呼んでたしインフィニティー」
「先生だって呼んでるじゃないか」
「でも、彩子って言ってたし」
正しくはサイコ・ブレインの事なのだが、耳で聞いた分には彩子の事だと思われても仕方がない。
「初対面のはずなのに私を知ってて、天舞さんの名前まで口走ったら特定できるでしょ、そりゃあ」
瞳は缶ジュースを口に運んだ。
「…うかつだった」
「うかつだったねぇ」
瞳はにやにやと意地の悪い笑顔で京介を見ている。
「ちっ、そうだよ、だから、あぶねーからもう俺には近づくな」
ハイスピードとの事は偶然だったが、正体を隠しているとはいえ能力者に引き合う性質がある以上、周りが巻き込まれる確率は高いのだ。
「…天舞さんが学校に来ないのも、それと関係あるの?」
「まあ、な」
隠してもしょうがないと思ったので、京介は正直に答えた。
「ずるいなぁ」
「んっ?」
「結局、天舞さんのためでしょ?」
その通りだがあえて返事はしなかった。
「…とにかく、今後あまり俺に近づくな、いいな」
京介はジュースを飲み干すと、立ち上がった。
「やーだよ」
立ち去る京介の背中に、瞳は小さく呟いた。
深夜の宝石店に銃声が響き渡った。
「がはははは! 金目のものはすべて奪え!」
腹の出た中年の男・金目野モノラルが叫ぶと、黒い全身スーツのゴーグルの男たちが店内に突入していった。
『そこまでだ!』
闇に声が響いた。
「なにぃ、誰だ!」
『俺だ』
モノラルの後ろから普通にインフィニティが姿を現すと、軽く気絶ポイントを叩き、モノラルを気絶させた。
ドラマとかの見よう見まねだが、うまく気絶してくれた。
さすがフィクション。
『なんだ、ただの強盗団か?』
このご時世にアナクロな感じもするが。
『さてと』
インフィニティは手をボキボキと鳴らすと、銀行の中に入った。
程なくして強盗団は鎮圧された。
「くおっ…お前が最近噂のインフィニティとか言うヒーローか…」
気絶から目覚めたモノラルが部下の山の下でうめくように声を出した。
『本当は普通の犯罪は管轄外なんだけどね。運が悪かったと思って観念しな』
インフィニティがバイクにまたがろうとすると、何かを引きずるような音が闇に響いてきた。
それはゆっくりと、こちらに向かってきている。
『…なんだ、まだ仲間がいたのか?』
バイクをまたがろうとしていた足を戻すと、その音の方向を向いた。
「先生!先生!遅いでんがな! はよこいつやっつけて下さいよ!」
モノラルが叫ぶと、闇の中から浪人風の男が姿を現した。
浪人は歩みを止めると、引きずっていた日本刀を左手に持った。
「ザ・ソード…」
呟くように名を名乗った。
『インフィニティ、その男…』
通信からブレインの声が響いた。
『ああ、能力者だろうな…ビリビリ感じる』
インフィニティは構えた。
「参る」
ザ・ソードは地面を強く踏みしめると、日本刀を抜刀した。
『うっ!』
その速度に反応しきれず、防御の形を取ると、すぐ横にあった電信柱がずれて倒れた。
「今のは、我が能力を見せたまで。不意打ちで終わってはつまらぬ」
わざと外した。そう言った。
『…こりゃあ、防御なんてしてたら真っ二つだな…』
インフィニティはバイクから特殊合金の警棒を取り出すと、能力で念入りに強化した。
「そんなもので、受け止められると、思うてか?」
『試してみないとな』
次の瞬間、警棒がきれいに斬られた。
『あらっ』
「無駄よ、我が刀にこの世で断てぬ物質など…ない」
インフィニティは斬れて短くなった警棒を放り投げると、ザ・ソードに向き直った。
「気を引き締められい」
ザ・サードが刀を構えた。
『ちっ!』
インフィニティが蹴りを打つと、ザ・サードは刀のツカでそれを受け止めた。
そして受け止めたまま、押し返す要領で斬りつける。
インフィニティの肩のアーマーがパックリと口をあけた。
続けて来た斬撃をかわして、間合いを取ると、インナーアーマーの強化ゴムが切れていた。
皮一枚斬れて少し血が出ている。
(どうにも…避けきれない)
受けるも避けるもうまくいかない。つまり勝ち目がない。
騒ぎを聞きつけた警察が来たのか、サイレンの音が遠くから響いてきた。
「…ふむ、ここまでか」
ザ・ソードは突然刀を鞘に収めた。
『なに…?』
「今から逃げても、我の雇い主は逃げられないだろう。つまり金が払えん。契約は無効になった」
ザ・ソードの殺気が消えた。
『ちょ、ちょっと待てよ、俺との決着は!?』
「金にならん事はせん…命を粗末にすることもあるまい」
と、両手を袖に収めると、ぞうりを引きずるように闇に消えていった。
「そんな! まってくださいな!センセイ!先生ぃ!!」
モノラルの叫び声と近づいてきたサイレンの音で辺りは騒がしくなってきた。
しばし呆然としていたインフィニティは頬をぽりぽりと掻くと、バイクに乗ってその場を後にした。
今まで戦ってきて、苦戦はあったが何とか相手は倒して終わってきた。
が、今回は明らかに負けだ。成す術がまったくなかったのだ。
『負けてショックなのかい?』
秘密基地に帰って来た元気のない京介に、ブレインが声をかけた。
「いや、いや…あいつとまたあったらと思うと、素直に怖い」
ため息とともに、椅子に座る。
「もーまったく勝てる気がしねぇんだもん。あの後もう一撃出されてたら真っ二つだった自信があるぜ」
そんな自信は持ちたくないが。
「勝てる気がまったくしない」
『そうかな。彼は能力の特殊性はあるが、今までの相手とそう違うほどでもない』
意外な言葉だったのか、京介はブレインを見る。
「でもよ、ご覧の通り完全敗北だぜ?」
『そりゃあ、得て不得手な相手は存在する。だが君は自分の力以上に私を見くびっている。
たとえばそのスーツ、見かけは変わらないが、パイルマニアとの戦いを参考にして耐熱性を増してある。
もう一度戦ったとして、君は前ほど苦戦しないだろう』
京介はインナースーツを少し撫でてみた。そういえば材質が少し違う気がする。
『一度勝てなかった程度なんだ。
私が次には勝てる装備を用意してやる。
私にはそれが出来る。私がついている限り君に同じ相手に二度の敗北はない』
淡々とされど自信に満ちた声だ。
「…そうだな。1人で戦ってるわけではないもんな…」
京介はそういって立ち上がった。
「よろしく頼む」
『どこに?』
「シャワーだ。もう少し機能性も考えて欲しいもんだ」
『善処しよう』
京介はにっと笑って部屋を後にした。
『それにまあ…あの相手ならば他に方法もある』
ブレインは京介の去った後にポツリと呟いた。