第3話『グッド・スピード』
京介がインフィニティとなってしばらくが経ち、ネットなどでもヒーローとしてもとてはやされるようになった。
能力者の中にはハデに暴れるものも多く、それを倒しに駆けつけるわけだから当然インフィニティも目立ってしまう。
この間はマスコミにつけられて、なかなか基地に帰還できなかった。
「あー、ねみぃ…」
蒼い雪の能力者が何人いるのか知らないが、昼に夜にと事件を起すために、京介の生活サイクルは完全に破壊されてしまっている。
アルバイトもやめる事になった。
それをサイコ・ブレインに告げたら。
『金ならいくらでも出してやる』
と、札束をボンと出された。
ブレインの知能を持ってすれば、株でもギャンブルでも読み放題なのだとか。
まあ京介の能力でも金ならばいくらでも手に入れる方法はある。
(あの彩子が、高校まで辞めろって言い出すんだからな…)
断ったが。
学歴など何の意味もないのは分かるが、彩子の能力はその学歴の為に欲した結果手に入れたものだけに、京介としてはなんとも複雑だ。
「今日もサボりー?」
寝転んでいた京介の目に円奈瞳の顔が飛び込んできた。
「…お前はいつも元気そうだなー」
その顔をボーっと見つめつつ言った。
「なになに、また夜勤明け?」
京介は上体を起した。
「…まあそんなようなもんだ」
「いい加減留年しちゃうぞー?」
かわいらしいキンキンした瞳の声が寝不足の頭に響いて軽く不快だ。
「もー少し、声のトーン落とせ…」
「本格的に眠いんだ? 保健室のベットとかで寝ればいいのに」
むろん常連だったが、いい加減回数が多いので締め出されたのが一年ほど前である。
今は説明するのも面倒くさい。
「お前も一緒に寝るか?」
とりあえず早めに会話を終了させるためにそう言った。
「私、育ちがいいから、こんなところで眠れなーい」
眠気もまったくなさそうだ。
京介は無視して寝転ぶと、再び目を閉じた。
瞳は京介の寝顔を見てくすりと笑うと、教室に戻って行った。
しっかり夕方まで熟睡してしまい、帰宅する事となった。
コンクリートの床で寝ていたため、少し体が痛い。
部活に勤しむ生徒を尻目に校門から出た。
「あーちょっと待って!」
声がして振り向くと、体操服の瞳が立っていた。
「着替えてくるから少し待ってて、一緒に帰ろ!」
「お前んち、俺と正反対じゃないか」
「送ってよ」
とウインクすると着替えに行ってしまった。
「…なんか最近妙に絡んでくるなぁ、あいつ」
などといいつつ、20分ほど校門の近くで時間を潰していると、瞳が制服に着替えて出てきた。
「おまたせ、行こっ」
「おせーよ」
「シャワー浴びてたから」
人を待たせといてこの女は。そう思った京介であったが、動くたびに流れてくるセッケンの匂いは悪くない気分であった。
瞳としては異性に汗臭いと思われたくないのは当然であろう。
「…お前と帰るのって初めてだな」
「まあ、家が正反対の場所だからね」
瞳はニッと笑って答えた。
「どっか寄ろうよ」
瞳がそう言うので、ジャンクフードでお馴染みのお店に入る事になった。
京介はコーラ、瞳はセットに安いバーガーを二個つけた。
「…よく食うな」
「部活のあとだもん。それに太らない体質だし」
と、シェイクのストローに吸い付いた。
一階の外が見える小さい二人席に向かい合う形になっており、辺りから見るとカップルという所か。
「最近なんか、よく話すようになったよな」
それまでも別に話さないという事はなかったが、ここ二週間くらいで妙に会話する事が増えた。
「チャンスだったから」
「チャンス?」
瞳はうんと、首を縦に一度振った。
「天舞さんがいないから」
「なんで彩子が関係あるんだよ」
瞳はため息を一つついた。
「これだもん」
瞳は京介に気があるのである。
京介は彩子に気があるために、踏み込めずにいたのだが、彩子が表向き病気で来れないので、間を詰めるチャンスだと言っているのだ。
「つまり私は、任意くんが、す…」
好き、と言おうとした瞬間、突然爆音とともに、ガラスが割れてテーブルや椅子が風圧で吹き飛ばされた。
何かがすごい勢いで通り過ぎた。
店を破壊して通り過ぎた。
突然の事に呆気取られた京介だったが、今しがたまで目の前にいた瞳の姿が消えていることに気がついた。
「…なっ!?」
破壊された通り後を追って外に出ると、何かか色んな建物を破壊しながら移動しているのが見えた。
「サイコ! 聞こえるか!」
京介は携帯のボタンをワンタッチしてサイコ・ブレインに通信を送った。
『どうした、任意くん』
「なんだかよく分からんものが、街を破壊しながら超スピードで移動している」
ブレインは検索を走らせると、衛生で街を移した。
そして高速で動く何かをカメラで捉えると、映像を拡大した。
『人?…新手の超人のようね、二人いる』
「2人?」
『1人は女子高生風の…』
「それだ、一緒にいた円奈がそいつにさらわれた」
京介は辺りを見回すと、近くの煙草の自動販売機を開くと中に入った。
偽装してある秘密基地への通路の一つである。
『円奈瞳と一緒にいた?』
「ああ」
『彩子には黙っておくよ』
少しからかうように言った。
「ありがたくって涙が出るな、スーツ転送してくれ」
ブレインからデータが発信され、京介の体が強化スーツに覆われた。
「よしっ、待ってろよ円奈」
マスクを被ると、停めてあったバイクにまたがった。
気を失っていた瞳が目を覚ますと、辺りの風景が全て線だった。
つまりすごいスピードで移動している。
そんな速度で移動しているのに瞳の体に負担はない。空中に浮いてるような感覚があり、風も感じない。
「おめざめかい」
声がして見下ろすと、下ですごい勢いで走っている前身タイツの男がいた。
「あれぇ?」
「私の名はハイ・スピード。お嬢さん、巻き込んでしまってすまないな」
ハイスピードはニッとマスクから覗いてる口で笑みを作った。
「どういたしましてぇ…って、どうなってるんですかコレ?」
「ふむ、どうやら私が高速で動く時に自分を守る為に張られるバリアのようなものの歪みに、君がハマっちゃったようなんだね」
壁を幾つも破壊して通り抜けつつ、ハイスピードは軽い口調で言った。
「どういうことですか?」
「さてなぁ、ボクもこの力を手に入れたのは最近だからね、わからない事ばかりでね」
ほっ、とばかりにハイスピードが気合を入れると、ビルの壁を駆け上り、そして駆け降りていった。
「ようし、少しばかり扱えるようになってきた」
「あのう、どうして、走ってるんですか?」
瞳の疑問に、ハイスピードは軽く考える仕草を見せる。走りながら。
「ある時ね。すんげぇ速く走れることに気が付いたのよ」
「はい」
「んでぇ、試しにトップスピードなんてどれくらいかなぁなんて思っちゃって」
「それが今ですか?」
「そうそう。でねー、困ったことに…」
しばし間が流れた。
「…とまれなくなっちゃってるんですね!?」
瞳が先に答えを口にした。
「…そうなんだよぅ、はははは」
ハイスピードは乾いた笑いを浮かべた。
ハイウェイに出た。
『止まれ!』
瞳とは違う声がした。
ハイスピードが声のした方を見ると、バイクで横に並んだインフィニティの姿があった。
「わお、マジもののインフィニティじゃないか!」
ハイスピードが感嘆の言葉をあげた。
「俺、ファンなのよね、握手してもらっていい?」
『今は遠慮したいな』
凄まじい風の抵抗を受けながら、インフィニティは断ってみた。
握手なんてしたら大変な事になってしまう。
『とりあえず止まれ! 話はそれからだ!』
ハイウェイに落ちていた石をバイクが踏んでしまい、体制を崩し少し後退してしまう。
『ちっ!』
ハンドルを回すと、またハイスピードに並んだ。
「止まりたいのはやまやまなんですがね、止まってくれなくて、足が」
ハイスピードはポリポリと頭を掻いた。
『なんだと…くそっ、円奈!平気なのか!?』
「へっ?あっ?はい、なんとか…」
突然、初対面のヒーローに名前を呼ばれて、瞳はマヌケな声を出してしまった。
『サイコ、何とかならないか?』
通信を送ると、すぐに返答が帰ってきた。
『インフェイト(バイク)のバックにパラシュートが内蔵してある。脱出用の装備だ。
それをとりつけて…あとは踏ん張って貰うしかないな』
『円奈はどうするんだよ!』
状況はよく分からないがハイスピードが急停止すれば、瞳は吹き飛ばされるか叩きつけられるか、またはGのショックでどうにかなってしまうか。
何にしても普通の人間である瞳には耐え切れないだろう。
『簡単だ。君が受け止めてやればいい』
『俺が平気でも、円奈が衝撃でつぶれちまうぞ!』
と、言った後にインフィニティはブレインの意図を理解した。
『…なるほど』
『便利だな、君の能力は』
ブレインは推定衝撃や角度などを割り出したデータをバイクのディスプレイに映し出した。
だがインフィニティはそんなものを理解は出来ないので、気休めだが。
『よし、受け取れ』
インフィニティはバイクのバックの収納口からパラシュートボックスをハイスピードに手渡した。
ハイスピードはランドセルタイプのそれを背負う。
「どのタイミングでどうすりゃいいんだって?」
『合図するから、ジャンプしろ。その瞬間にパラシュートを開いて、あとは足で踏ん張れ!』
ハスピードはひゅうと口笛を鳴らした。
『円奈、お前は俺が受け止めてやる。少し怖いかもしれないが大丈夫だ、信じろ!』
瞳は状況が理解できてないようだったが、首を縦に振った。
『行くぞ! 3・2・1、いけっ!』
「しやっ!」
ハイスピードは気合とともに地面を蹴った。
空中でパラシュートを展開すると、すごい勢いでブレーキがかかり、ハイスピードの体が凄まじい勢いで引っ張られた。
「きゃっ!?」
瞳の体が激しく吹き飛ばされた。
『円奈!』
インフィニティはバイクのスピードを上げると追いかけていった。
ハイスピードの速度はかなり殺されたが、それでもまだかなりの速度をたもっている。
両足で地面にブレーキをかけると、アスファルトを削り、地面にめり込み、数十メートルほどしてようやく止まった。
「…あだだ、肩が外れた」
パラシュートのせいであるが、踏みこんだ足が平気な辺りは、やはりハイスピードも超人であった。
瞳を追いかけているインフィニティは飛ばされている瞳より前に出ると、落下地点を見図って、バイクから飛び降りた。
足を念入りに強化すると、地面を滑るように着地する。
地面をえぐりながら方向転換をすると、胸と腕のアーマーを外した。
そしてすごいスピードで飛び込んできた瞳を受け止めた。
『ぐっおおおおっ!』
押される力に抵抗するように吠えると、受け止めた瞳を後ろに放り投げた。
後ろには海があり、スピードを十分に殺された瞳の体は、水しぶきをあげて海に落ちた。
インフィニティも投げた体制から倒れて地面を滑ると、そのまま海に突っ込んだ。
水中で気を失っている瞳を抱きかかえると、海面に出た。
『平気か?』
マスクの通信機からブレインの声が聞こえてきた。
インフィニティは瞳の呼吸を感じると。
『ああ、平気みたいだ』
ブレインはインフィニティの事を心配していったのだが。とりあえずその返答で無事は察した。
インフィニティは倒れてうめいているハイスピードのそばまでやってきた。
瞳はとりあえず地面に寝かしておいた。
『…おい、あんたは大丈夫か?』
さっき外した腕のアーマーを取り付けながら、話しかけた。
「両肩ぁ、外れちまってよぉ…いてぇぇ、散々だぜぇ」
『俺が言いたいよソレは。バイクまでオシャカだし・・・どれだけ被害が出たと思ってやがる』
不思議と死亡者はいないようだが建物の被害は甚大だ。
インフィニティはハイスピードの後ろに回ると、肩に触れた。
『はっ!』
ごりん、という鈍い音がして、ハイスピードの肩がはまった。
「いいっつっ!?」
『我慢しろ。事情は後で聞かせてもらうからな』
ハイスピードは腕が動く事を確認すると、肩に触れてみた。
一瞬激痛が走ったが、痛みはもう消えていた。
「おーすげえ…あの子にも悪いことしちゃったなぁ。怪我とかぁ、なかったのかい?」
コキコキと首を鳴らしながら、ハイスピードは瞳の心配をした。
『ああ、受け止める瞬間にあいつの肉体を強化したからな。かすり傷もなかった』
「そうか」
ハイスピードはそう聞くと、ニヤリと笑った。
「じゃあ悪いけど、今日のところは帰るよ」
と言うと、すごい速度で逃げ出した。
『…あっ!・・・・・・バイクなしじゃ追いつけないか。まあいいか、悪人じゃなさそうだし』
ちゃんと止まれるんだろうか、という心配はあったが。