第3話
わーい、クリスマスだ、クリスマス~。
今日、あたしはみやびちゃんと二人で、クリスマスの街をのんびり腕を組んで歩いてた。
周囲には、素敵なイリュミネーションがいっぱい!
本当に綺麗だよね、街を灯りで飾っただけなのに、こんなに街が綺麗に感じるなんて、思わなかった!
でも、残念ながら、あたしと一緒にいるのは、恋人でも何でもなくて、ただのパートナーにして同居人だ。
ただの、つけたら失礼かな? あたしとみやびちゃんは、一応、ふかーい絆で、結ばれてるからね。
「みやびちゃん、みやびちゃん! 綺麗だよね、街に出てきて良かったよね!」
「あー……? やっぱり冬は面白くないなあ……。女の子がみんな厚着ばっかしてて……」
「もーっ! こんな綺麗な景色より、女の子の方ばっか見てたの、信じらんないっ!」
あたしはプーッとむくれる。いつもあたしが色んな場所に連れまわしても、みやびちゃん、ちっとも楽しそうじゃないんだもん。あたしだって、いい加減落ち込むよ。
「安心しなって、つむじが一番可愛いからさ。それを再確認してただけだよ」
「そうじゃなくて、景色! 景色をちゃんと見てよ! みやびちゃん、あたしたち、景色を見に来たんだよ!」
あたしはグッと胸の前で両手を握り締めて、下から力一杯、みやびちゃんを睨み付けた。
目に凄い念をこめてみやびちゃんを見ているのに、みやびちゃんにはまったく通じてない。
それどころか、
「やっぱり、つむじは可愛い可愛い」
あたしの頭をなでなでなんてして、寛いでる。
もーっ、だめだね、これは……。
「みやびちゃんなんて知らないっ!」
あたしはもう一度頬をプーッと膨らませて、ツカツカと歩く足を速めた。当然、みやびちゃんもついてこようとするのをとめる。
「あたし、トイレいってくるから、そこで待ってて!」
「あたしも一緒に行くよ!」
「平気だってば、いいから、そこで待ってて!」
あたしはだーっと駆け出した。トイレいくというのは本当だけど嘘だ。
ちょっとみやびちゃんの行動に頭に血がのぼったから、みやびちゃんのいないところに行って、気持ちを落ち着けたかったのだ。
みやびちゃんから大分遠ざかって、トイレに近づいたとき、突然あたしの頭がくるくる回りだした。
何、これ……?
あたしは地面にぺたんと膝をつく。そのまま徐々に意識が遠のいていった。
最後に見たのは、なんだか、蛙みたいにのっぺらな美形の男の人だった。
目が覚めたら、あたしは縛られていた。
あたしは縛られていた!!
このあたしが……縛られてる!?
まさか、民間保管官のあたしが今度は事件の被害者になっちゃったの!?
民間保管官というのは、荒事専門の便利屋さんというか、国から委託されて犯罪者を取りしまる者たちのことだ。
大抵の者は子供で、しかも超能力者だ。
厳密にはあたしは超能力は持ってないんだけどね。でも、とある事情でみやびちゃんのパートナーとして選ばれて、一緒に事件解決に当たっている。
みやびちゃんとパートナーになったおかげで、普段、ミニスカートしか履けなかったり、色々大変な思いをしているのだ。
パートナーとして選ばれた理由は聞かないでね、といっても、すぐにばれちゃうだろうけど。
それはともかく、あたしは縛られてる!
当然縄抜けなんて、できない! ……と思うけど、もしかしたら、縄抜けの才能、あたし、ここで目覚めないかな。
ちょっと縄が痛かったけど、あたしは必死に縄から逃げようと手足を動かした。
幸いなことに縛られてるのは手首と足首だけだ。
ミニスカートなので、この姿で色々動くとはしたない姿になっちゃうけど……それは仕方ないよね……って、あれ?
そこでようやくあたしは気づいた。あたしの服が違う……?
デートのときは、白いセーターと白いもこもこコート、赤いチェックのミニという姿だったのに、今は……これ、体操着……? そして下にはいてるのは、噂だけ聞いたことある。ブルマというやつだ。
遥かむかーしの人が、運動するとき、下に履いてたやつだ。
何か、この格好、これはこれで恥ずかしいよぅ……。
そのとき、パッと一面にまばゆい光が点った。
そしてそれまで影に隠れて見えなかったところに、一人の男の人がいるのを発見した。
その人はあたしが最後の見た記憶の男の人、蛙みたいにのっぺらな美形の男の人、そして服装は王子様だった。かぼちゃパンツの王子さまスタイルをしている。はっきり言って、ダサい。
「目覚めたかーい? まどぅまぁぜぇるぅ」
男の人は白い歯にきらりと光を浮かべて、笑みを作る。
「僕は王子さまだよ、プリンスと呼んでくれて構わない。さあ、二人で、愛の巣を築こうではないか!」
やだ、何、この人、きもい……。
あたしの夢見る王子様は絶対、こんな人じゃないってば!!
それでもあたしは、とりあえず一番気になってることを聞いてみた。
「なんであたし、体操服なの?」
「それは僕が着替えさせたからだよーまどぉまぁぜるぅ」
「き、き、き、着替えさせた!? あたしの裸、見たの!?」
「安心したまえ、僕は女の子の裸にも、女の子の下着にも、女の子にも興味はないから。僕が興味があるのは、体操服を着た女の子だけさ」
男の人は爽やかに、何一つ迷いも曇りもない表情で言い切る。
ま、また、変態さんだー!?
「こ、こないで! 変態っ! あたしにこんなことしたらも、どうなるかわかってるの!? あたし、こう見えても、民間保安官なんだからねっ!?」
「すると君も超能力者かい? でも、関係ないね。なぜなら、僕は人の心を操るから」
「へっ?」
「君は僕に恋をすることになる。どんな能力をもっていても、僕には逆らえない」
途端、あたしの視界がピンクに染まった。
目の前にいるのはあたしの王子様、王子様……。
あたしの目はきっとハートマークになっていただろう。だって、ついに出会えたんだもん、理想の王子様に!
王子さまはあたしを縄から解き放ってくれた。
そしてあたしをぎゅっと抱きしめてくれる。
「この体操着越しの胸の膨らみ、Bカップだね。いいね、いいね、Aだと小さすぎるし、Cだと大きすぎて学生らしくない。ますます理想だ」
王子さまは何かわからないことをつぶやいてるけど、そんなつぶやきも、王子さまの口から発せられると、素敵な詩のように感じられる。
あたしはますますぎゅっと王子さまに抱きついた。
「大好き……愛してるよ……」
王子さまとぎゅぎゅしてるだけで、あたし、幸せ。こんなに幸せなら、もっと早くぎゅぎゅしてればよかったな。一緒ぎゅぎゅしてたいな。
王子さまはあたしのお尻を夢中で撫で出す。
「このブルマ越しのお尻のざらざらぷにぷに感がたまらないんだ。ああ、生きてて良かった」
あたしも生きてて、王子さまと出会えて、よかったよ。
あたしが運命の神さまに感謝して、王子さまとそうして抱き合っていると、突然、近くの窓ガラスが割れて、一人の少女が部屋に飛び込んできた。
「ここにいたか! つむじ!」
うん? みやびちゃん? みやびちゃん、どうしたんだろ、そんな慌てた表情をして?
「どうしたの、みやびちゃん? 何、そんなに慌ててるの?」
「つむじこそ何やってるんだ!? そんな格好して、そんな蛙男にいいようにされて!?」
「へっ、へ……」
あたしは1億秒ほど、凍りついた。
あたしが一億秒に感じた時間、実際には1秒も立たなかったのだろう。
だが、一億秒に感じる時間たっぷり凍りついてから、あたしは叫んだ。
「何なのよ、これは!?」
「それはこっちの台詞だ!」
あたしとみやびちゃんは顔を合わせて叫ぶ。そしてあたしは、蛙男を思い切り突き飛ばした。
「ぐへっ!!」
潰れた蛙みたいな声を出して、蛙男は地面に這いつくばった。その際、顔を思い切り地面に打ち付けたらしく、美形な顔に擦り傷がついていた。
だが、蛙男は、その傷の痛みを感じていないようだった。
ただ、ただ、驚いた顔で、あたしたちの顔を交互に見る。
「何故だ……僕の能力は、僕のことをその人の理想の異性に思わせる、という能力なのに……」
そんな能力だったんだ……。道理で、あたし、この人に色々されても不快に感じなかったはず。でも、されたことを今考えてみても、自分にあんなことされたなんて、気持ち悪いよー。
あたしは蛙男をきっと睨んだ。
「あなたのしてたことは犯罪なんだからっ! しっかりお縄についてもらうからね!」
お縄という言い方は時代劇めいてて古臭い言い方だなあ、と思ったものの、もう正直、そんなことはどうでも良かった!
早くこの蛙男をなんとかしたかった!
しかし、蛙男はあたしたち二人の顔を交互に見ると、納得したように言った。
「そうか、お前ら、同性愛者だったんだな。だから、俺の能力が利かなかったんだな」
「ちがーーう!」
あたしは力を込めて叫ぶ。
違うもん、あたし、同性愛者じゃないもん! それはみやびちゃんのことは好きだし……理想の異性って、王子さまみたいな男性というだけで、どういう男性が理想かもわかってないけど……。
しかしあたしの否定の言葉を華麗にスルーして、蛙男はシリアスに呟く。
「同性愛者ということは、当然そっちの女にも僕の能力は通じないな……」
「通じる、通じるってば! あたしは理想の男の人って、どんなのかわからないし、みやびちゃんもノーマルだってば!!」
「いや、あたしには通じないぞー。あたしが愛してるのは女の子のパンツだ! 特につむじのパンツが一番好きだー!」
み、みやびちゃん、それ、自慢にならないよ……。変態さはむしろ蛙男とどっこいなんじゃないのかな……。
あたしはたらりと冷汗を流した。
あたし達二人と対峙して、蛙男は動揺した様子を見せていない。
いや、動揺してたけど、それは能力が通じないことであって、何かあたし達の戦闘力というか戦闘能力は完全に自分より下だと見下しているように見える。
まだ何か、奥の手があるの……?
あたしがそう考えたとき、蛙男は懐から黒光りする拳銃を取り出して……あたしたちに突きつけてきた。
「民間保安官だろうが超能力者だろうが、所詮は素手。銃にはかなわないだろう?」
蛙男はへらっと不気味な笑いを浮かべる。
拳銃……そんなものは仕事でみやびちゃんも振り回してるから見慣れてるし、ましてやこっちに銃があろうがなかろうが能力発動したみやびちゃんには大した脅威でない、脅威でないんだけど……。
銃を手にした犯罪者など、みやびちゃんは素手で何度も倒してる、倒してるけど……。
それにはみやびちゃんの能力が発動しないといけない。
でも、そのための条件が……いつものミニスカートならまだしも、この格好だとさらに一層恥ずかしすぎるよ……。
無理、無理だから、ぜーったい無理っ!
「み、みやびちゃ……ん……」
「大丈夫、あたしに任せておけばつむじは平気だから。あたしを信じてな」
へ、平気、って、だから、平気じゃないんだってば……。
その余裕のある態度が気に障ったのか、蛙男はいきなり発砲した。弾丸がみやびちゃんの頬を軽く掠ったみたいで、少し血が流れる。
「馬鹿にするなよっ! こっちには銃があるんだからなっ! さあ、二人とも体操服に着替えるんだ! ……って、もう一人は着替えてるか! 女の子二人が体操服でうはうは! 僕ってばなんて幸せなんだ!」
やだ、もう蛙男色々逝っちゃってる! このままじゃ、みやびちゃんが危ないよ。あたしだけならともかく、みやびちゃんまで、変なことされるのはいやだ!
あたしは覚悟を決めて、ブルマをずーるっと下に下げた。一緒にパンツまで下げないように、最新の注意をする。これであたしのベビーブルーのパンツが丸見えになってしまった。
蛙男は平然と笑みを浮かべる。
「言っただろう、僕は女の子の下着には興味はない。興味があるのは体操服姿(ブルマ姿)だけだ。そんなことして注意を引こうとしても、無駄だぞ」
わかってる。そうでなくてあたしの目的は……。
「つ、つむじのパンツー! 今日は水色だー!」
みやびちゃんから凄まじい力の波動が発せられる。
これがみやびちゃんの超能力、絶対無敵だ。
みやびちゃんは女の子のパンツを見ると、絶対無敵の強さを発揮するのだ。
そして蛙男ごときは……みやびちゃんの敵にもならなかった。
もーっ、恥ずかしい、恥ずかしい!!
また、パンツ、さらけ出した!!
今日は見られた相手は一人、みやびちゃんを入れたら二人だけど、毎回毎回、能力発動のためにパンツをさらけ出さないといけないあたしの気持ちになってよ!
しかも今回はスカートまくるだけじゃ済まなくて、履いてるブルマを自分で下げて、パンツ全部丸出しって……。
はぁ……。
こんなあたしに、いつか理想の王子さま、見つかるのかな。見つかっても、こんなあたしじゃ、王子さま、嫌がりそうな気がする……。
あたしは意気揚々と帰宅中のみやびちゃんの後ろをとぼとぼ歩いていた。
みやびちゃんのことは好きだけど、何であたしなんだろ? なんであたしがみやびちゃんのパートナーに選ばれたんだろ?
そんなことを考えてるとみやびちゃんはふと立ち止まった。
「そう言えば、今日はクリスマスイブだよね……」
「う、うん、そうだけど……?」
今更、何言ってるんだろ? さっきまで全然興味なさそうな退屈そうなそぶりしてたのに。
「あげるっ!」
みやびちゃんはひとつのファンシーな包装紙に包まれた箱を渡した。
あたしにプレゼント……? え、え??
「あたしにプレゼント? 何で? いつの間に用意してたの?」
「いやー、あたしも、こういうの興味ないから、用意してなかったんだけど、さっきつむじがトイレ行くと言ったとき、怒ってたみたいだから……」
つまりプレゼント贈って、ご機嫌取りしよう、と考えたのね。
でも……やっぱり嬉しいな、たとえご機嫌取りでも、人からプレゼントもらうのって。
「まさか、パンツだったりしないよね? プレゼント?」
「さすがに下着屋が近くになかったから、違うよ」
とりあえずあたしは包みを開けてみた。中には指輪がひとつ入っていた。
みやびちゃんは自分の手をあげて見せた。その左手の薬指にはわたしに送ったのと同じ指輪、ペアリングがはまっていた。
え、え、これって、どういう意味?? 普通薬指のペアリングって、恋人同士って、ことだよね!? まさか、みやびちゃん、わたしのこと、実は……って、パターン??
しかしあたしの視線を受け止めて、みやびちゃんは無表情に言った。
「こうしておけば魔よけにもなるでしょ?」
魔よけって、そうだね、みやびちゃんに薬指のペアリングの意味、知ってること期待する方が馬鹿だった。
あたしは、はぁっと、もう一回、深いため息を吐き出してから、指輪を薬指に嵌めた。
やっぱりみやびちゃんのこと、あたし好きだな……。
この気持ちは恋愛じゃないけど、でも、今現在、みやびちゃんが世界で一番大事な人なのは確かだ。
なんだかんだで、その一番の人と、こうしてクリスマスを過ごせたあたしは、嫉妬団に付けねらわれても仕方ないくらいの、幸せ者だったのかもしれない。