第2話
「うわー、綺麗!」
あたしはうっとり、と周囲を見回す。
今日、あたし、こと、宮野つむじは、水族館に来ていた!
ここは都心ある某水族館! 館内は狭いけど、でも、水族館というだけであたしの胸はときめいちゃう!
だって、あたし、水族館、大好きだもん!
そんなはしゃぐあたしの横で、みやびちゃんは、ぼさぼさの髪をかき乱しながら、面倒そうに言う。
「あー、それより、ご飯、食べよ。あたしゃ、腹、減ったぞー」
もう! みやびちゃんってば、本当に情感薄い子なんだから!
あたしも、決してはしゃいでる理由はみやびちゃんと二人きりだからじゃないんだからね! みやびちゃんとデートだなんて、これっぽっちも考えてないんだから!
あたしは仕方なさそうに息をついて、レストランの方を指差す。
「じゃあ、あそこで食事する? あそこ、中にも水槽あって、お魚見ながら、食事できるんだって」
「食べられるのか?」
「だ、だめ!! 食べちゃ、だめだよ!!」
あたしはみやびちゃんに釘を刺しながら、そのレストランに入った。
なんだか、格好いい感じの男の店員さんに、席のひとつに案内される。
そこの席の水槽で泳いでる魚は、あんまり綺麗なお魚さんでなかったので、あたしはがっかりしてしまった。
せっかくこういう店来たから、綺麗なお魚さん見ながら食事できると思ったのに……。
仕方ないから、あたしはじーっとみやびちゃんの顔を観察した。
みやびちゃん、何だか、眠そう。あんまりこういう場所来るの、好きじゃないからなあ。今日もあたしが無理矢理、連れ出した感じだし。
みやびちゃん、実はいやいやだったのかなあ……。
そんなあたしの視線に気づいたのか、みやびちゃんは不思議そうにあたしに視線を返してきた。
「……なに?」
「ううん、みやびちゃん、楽しくないのかなあ、と心配になって」
「うーん……そうでもない」
「うん? 楽しいの?」
「つむじと一緒だから」
みやびちゃんはさらりと言う。
どういうこと? あたしと一緒だったら、楽しい?
じゃあ、あたしと一緒じゃなかったら、嫌だったのかな? やっぱり来たくなかったのかな?
あたしは何だかその返事聞いて、少し落ち込んでしまった。
今日は実は記念日なの!
あたしとみやびちゃんが初めてコンビを結成して、1年目の記念日!
もうあれから1年になるんだなあ……。
あたし、みやびちゃんと出会う前までは、凄く後ろ向きな女の子だった。
ドジだし、どんくさいし、容姿は平凡だし、頭もコンピュータの使い方が人よりすぐれてるだけで他は人以下だし。
こんなあたしが人に好かれたり、人のためになったりすること、できるとは思ってなかっだ。
でも、みやびちゃんとコンビを組んでから、あたしの日常は変わった!
民間保安官、それがあたしとみやびちゃんに与えられた、新しい役割!
それは国から依託されて犯罪者を取り締まる超能力を持った子供たちのことを言うのだけど、あたしは超能力、何ももってないのに、みやびちゃんのパートナーとして、民間保安官に採用された。
それというのも、みやびちゃんの能力が……って、これは今は言わないでおくね!
そのうち機会があれば、いずれ……気が向いたら言う!
それはともかく、あたしはみやびちゃんに凄く感謝しているから、この1年を記念して、みやびちゃんが喜ぶ場所につれていってあげたかったんだけど……こんなことなら、女性の下着売り場にでも、つれていってあげたら、よかったかなあ……。
水族館、あたし、大好きなの。お魚さん見てるの、楽しいし……だから、みやびちゃんも喜ぶかなあ、と思ったんだけど……。
あたしはみやびちゃんの方を上目遣いで見た。
みやびちゃんは、今度はあたしの視線に気づかないで、ぼーっとメニューと睨めっこしている。
まあ、いいか、楽しくなるのはこれからだよね!
あたしはポジティブに考えることにした! 今日はまだ終わってないのだ。これから思い出を作ればいい!
「やるぞー!」
あたしが小さくつぶやいた言葉を聞きつけたのが、みやびちゃんはこっちを不思議そうに見る。
あたしはパッと顔を赤くして、また顔をうつぶせた。
「ぱ、ぱんつだー!」
そう叫びながら、みやびちゃんがひどく興奮してる。
レストランを出ると、そこはパンツ天国だった!
……ということはなくて、なぜか歩いてる女の人が、みんな、逆立ちしている。しかもスカート履いた子だけ。よって、下着がみんな、丸見えなのだ。
「な、なに、これ!? あ、明らかに、不自然だよ、これ!」
「そうかー? あたしは幸せだぞー。目の保養になる」
「そんな喜んでる場合じゃないでしょ! あの子なんて、泣きながら逆立ちして歩いてるよ! あたし事情聞いてくるからね!」
あたしはその女の人に声をかけにいった。
「こんにちは! 何があったんですか!」
「あ、あ、あ……変な男の人が……」
「……男の人?」
「その人が逆さま、といったら、こうなって……どうしよう、これじゃ、あたし、表歩けない……」
女の人はめそめそと泣きだす。でも、逆立ちしてる人と会話するのって、何か、変。視線が凄い下のほう見ないといけないし。
「その人、どこにいます? あたし達が懲らしめにいきます!」
「水族館の……ペンギンの水槽の前……」
「わかりました! って、みやびちゃん、何してるの!?」
みやびちゃんは携帯を取り出して、その女の人のパンツを撮ろうとしてた。
女の人はきゃーと逆立ちのまま、逃げ出す。
「や、やめて、撮らないで!?」
「大丈夫、パンツだけしか撮りませんから。顔は撮りませんから!」
大真面目に言うみやびちゃんの腕をぐいっとつかんで、あたしは引っ張った。
「そ、それ、どっちにしてもセクハラよ! いくよ、みやびちゃん!」
「ぱ、パンツ、記念にパンツ写真!?」
もーっ! みやびちゃん、相変わらず、変態さんなんだから!
女の子のパンツが好きな女の子なんて、聞いたことないよ!
でも、こういう日に事件に出くわすなんてついてないなあ……。
さっさと終わらせて、記念日の続き、するんだから!
あたしは歩きながら、そう決意を固めた。
直ぐに犯人は見つかった!
堂々と女の子を指差しては大声で叫んでいる。
「逆さまっ!」
その一言で、また女の子が逆立ちになった。
どう見ても……あの人が犯人だよね……。
またむやみにその人がワイルド系の美形な男の人だったのが、凄い残念な気になる。
美形の無駄遣い、こんなところでしなくていいのに。美形はすべての女の子の共通財産なのに。
あたしはその美形な男の人に話しかけてみた。
「そこのあなた! 何してるの!」
「あん……?」
美形はやたら鋭い目つきであたしを見ている。
「そんなの決まってるだろう……?」
「何してるの?」
「パンツみてんだよ、うるせぇな!」
「……」
やっぱり変態さんだった。ここにも変態さんがいた……。
「みやびちゃん、やっつけちゃって!」
「……あいよ」
それから美形とみやびちゃんの戦いになった。
今日はあたし、安心してその戦いを見ていた。
みやびちゃんは実は、女の子のパンツを見ると、しばらくの間、無敵になる、という超能力を持っているのだ。
今日はあたしがパンツを見せなくても、十分パンツを見てるから、余裕で美形を逮捕できる!
毎回事件のたびに、みやびちゃんにパンツ見せるの、凄く恥ずかしいし!
だから、今日は安心、と思ってたんだけど、なんだか、みやびちゃん、負けてる……?
美形の蹴りでみやびちゃんは吹っ飛んだ。この美形、強い!!
「みやびちゃーーん!?」
あたしはみやびちゃんに駆け寄る。そしてみやびちゃんを庇って、止めを刺そうとしている美形の前に立ちはだかる。
「もうやめて! あたし達の負けだから!」
「はん? ズボンはいてる女の子には容赦しねぇ、とどめさす!」
それはみやびちゃんはスカートじゃないけど、そこが注目点なの……?
「いやっ、お願いだから、やめて!」
「邪魔するなら、お前もこうしてやる! 逆さまっ!」
って、え、えっ、え!? あたしも逆立ちになった!? あたし、今日も一応、事件に遭遇してきたときのためにも、スカート履いて履いてきたのに!?
今日もパンツが丸見えだよーー!?
「いやーっ、やめてー!?」
「青パンツ!?」
そう、あたし、今日は水族館だから、下着の色、青にしたのだ。
だって、水族館と言えば青でしょ!?
みやびちゃんはあたしのパンツ見て、喜んでる。
「いやーっ、見ないで、見ないでってば!!」
「つむじのパンツーっ!」
みやびちゃんはゆらりと立ち上がった。そしてあたしの脇を抜けて、美形のところまで、静かに近づいていく。
美形は馬鹿にした顔でみやびちゃんを見下ろす。
「はん? まだやろうっていうのか?」
「青ぱーんつ!」
みやびちゃんのパンチが、美形の顔にまともに炸裂した。
美形の人、今度はよけられなかった……?
それから、みやびちゃんのいつもの無双タイムがはじまった。
「もう……何であたしのパンツばかりで、みやびちゃん、元気になるのよぅ……」
倒れた犯人の近くで、あたしは逆立ちを辞め、普通に足で立ちながら、ぐしぐしと泣いていた。
犯人が意識を失ったことで、逆立ち状態は解除されたみたいだ。
でも、結局今日もパンツ、みんなの前でさらけ出しちゃった。今日はそういうことしなくてもいい、と思ってたのに。
みやびちゃんは困った顔をすると、あたしに背中を向け、そそくさとその場を立ち去った。
あ、逃げた……。
あたしが手の付けられない子供みたいに泣いてたから、あたしを見捨てたんだ。
「みやびちゃんのばかーっ!」
あたしはますますぐしぐしと泣いてしまう。
泣いてるときくらい、なぐさめてよ! じゃないと、泣き止むタイミングが難しいじゃないの!
下を向いて泣きながら、何か変な風に八つ当たりしていると、そのとき、ぽんと頭にぶつかった。
ふかっとして、やわらかいもの。
見上げると、そこには、淡い綺麗な青色をした、いるかのぬいぐるみが、目の前にあった。
「え、これ……?」
「やるよ、だから、泣き止め」
いるかの隣を見ると、そこにはみやびちゃんの顔があった。わざわざ、これを買いにいってくれてたらしい。
「え、でも……高いでしょ、これ……?」
こんな大きいぬいぐるみ、結構高いはずだ。
いいのかな、もらっちゃって……?
「つむじには仕事でお世話になってるし、これくらい、別にいいよ」
「ありがとう!」
あたしはぎゅっとぬいぐるみを抱き締めた。
あたし、いるか、だーいすき!
そんな喜んでるあたしを見て、みやびちゃんまでニコニコしている。
いつも無表情なのに、こんな風に喜んでるのがわかるみやびちゃんも珍しい。
あたしはみやびちゃんに満面の笑みを浮かべてみせた。
「でも、みやびちゃんが、記念日、覚えてるとは思わなかった!」
「……記念日?」
「うん、二人でコンビを結成した記念日! 今日でちょうど、1年目だよ!」
「へえー、そうだったのか……」
って、みやびちゃん、全然覚えてない!?
仕事でお世話になってるって、文字通りお世話になってるからお金はいらないという意味で、記念日の記念に、あたしにプレゼントくれたわけじゃないんだね……。
でも、いっか! 今日は楽しかったし。
って、みやびちゃんを楽しませるつもりが、結局、あたしだけ楽しんじゃったけど……まあ、いいか。
みやびちゃんはあたしをじーっと見ながら、ぼそっと呟く。
「まあ、ある意味、それが記念品だな」
「そうだね、1年目の記念品だね! 大事にする!」
「そうじゃなくて、青パンの記念品……」
って、いるかのぬいぐるみ買ってくれたの、それ!?
あたしがいるかが大好きだ、と知ってたわけじゃなくて、ただ単に、青色だったから買っただけなの!?
「もう、みやびちゃんのばかばかばか!」
あたしはくるくる腕を振り回して、みやびちゃんをぽかぽか殴る。
でも、いっか。やっぱり、なんだかんだであたし、楽しい! みやびちゃんといて、あたし楽しいから!
やっぱりみやびちゃんと出会って、あたしの毎日は変わった。
ありがとう、みやびちゃん。
そして。
みやびちゃん、だーい好きだよ。