第1話
お風呂場からはシャワーの音が聞こえる。
同居人のみやびちゃんがお風呂に入ってる音だ。
あたしは台所でブロッコリーと格闘していた。
こんなに大量のブロッコリー、どうしよう……ちょっと買い過ぎちゃった……。
今日はスーパーでブロッコリーが大安売りだった。思わず衝動に駆られて、あたし、買えるだけ買ってきてしまったのだ。
家の電話が鳴り出した。
あーっ、もう、人が悩んでるタイミングでかかってくるなんて、いったい、どこの誰よ!
あたしが台所から慌てて戻ると、タオルで身体を隠したみやびちゃんが既に電話に出てくれていた。
あの、みやびちゃんの真剣な表情……もしかして、依頼かな……?
「はい、分かりました。早速、現場に向かいます」
ガチャとみやびちゃんは電話を切る。
そしてあたしに一言、言う。
「つむじ、依頼だよ。今度の相手は、連続殺人犯、らしい」
あたし達は探偵……とはちょっと違う。
強いて言うなら、能力者による、荒事専門の便利屋さん、と言った感じだ。
あたし達の時代では、科学の発展と共に超能力開発も進んでいて、一部の人間には不思議な力が目覚めることもある。そうした力を持つものを能力者といっていた。
この22世紀のトーキョーでは、治安が悪化し、さまざまな兵器、能力を帯びた犯罪者には、警察の方だけでは事件を取り締まるのが限界を迎えていたのだ。
そこで民間の能力者に武器携帯のライセンスを発行し、民間から依頼を受けて犯罪を取り締まる、民間保安官と呼びれるあたし達が誕生したのである。
と言っても、あたしにはみやびちゃんみたいな能力はない。あたしは無能力者だった。
その上、生まれつきどんくさくて、あたしはみやびちゃんのように銃を振り回して戦うのも無理だ。
あたしの役目は主にみやびちゃんのサポート。情報支援のサポートだ……と精神衛生的に思っておこう……。
実際には、あたしみたいな能力がない人間がみやびちゃんのパートナーになったのは理由があったが、理由はまあ、いずれ、そのうち気が向いたときにでも……説明する……。
あたしはタッチパネルを何もない空中に呼び出すと、素早く指を動かし、この事件の情報を検索していく。
今の時代、画面がなくても、目に直接半透明な文字が浮かんでくるので、便利であった。
「うんと、犯人は……ここから東の方に向かって、逃走中! 死体にナイフで×のマークを大きく刻むことから、クロスキラーと呼ばれてるみたい」
「犯人のプロフィールなんて、どうでもいいよ! それより、ちんたら走ってないで、もっと急いで!」
「こ、これが精一杯なんだよぉ~」
「もーっ、仕方ないなあ……」
ひょぃとみやびちゃんはあたしを小脇に抱えた。
って、な、なにっ!?
「ちょ、みやびちゃん、何するの!?」
「黙ってな、舌噛むよ。いくぞ!」
うわーうわー、早い早い。まるで怪盗のごとく屋根を伝って現場に向かい……そしていた! 目の前の下を、犯人らしい人物が走ってる!
ひょい、とみやびちゃんは今いる屋根から飛び降りる。そして犯人の前に降り立ち、あたしから手を離した。
あたしはどすんと地面にしりもち。もう、みやびちゃんってば、乱暴なんだから……。
みやびちゃんはクロスキラーに、ごっつい大型の銃を突き付ける。
「さて、これでよし。治安維持法598条の権限において、クロスキラー、お前を逮捕する!」
「民間保安官もだいぶ人手不足なようだな。お前らみたいな女子高生くらいの小娘にこんな依頼、まわしてくるなんてな! 逮捕できるものなら、やってみろ!」
クロスキラーは銃を見てもひるむことなく、不適に微笑んでいる。
みやびちゃんはそんなクロスキラーから視線を逸らさず、真面目な表情でいった。
「つむじ! いつものを頼む!」
いつものって、あ、あれっ!? あれをっ!?
幾ら二人……三人しかいないとは言え、あれはできればしないで済ませたいな……。
「この程度の相手、必要ないでしょ! みやびちゃん、さっさと倒しちゃってよ!」
「えーっ、今日はいつもの、ないんだ……。やる気、なくした……」
露骨にみやびちゃんはがっかりしてみせる。
その一瞬の隙をついて、クロスキラーが動く!
「もーっ、みやびちゃん、前、前!」
クロスキラーはみやびちゃんの構えてる銃を恐れず、襲い掛かってきた!
あ、あれ……何でこんな状況になってるのだろう……?
視界の遠くには、倒れてるみやびちゃんがいる。
てっきり、楽勝だと思ってたのに!
理由は簡単だ。クロスキラーも、みやびちゃん達と同じ、能力者だったのだ。
目の前には、ナイフを構えたクロスキラーが……。
「さてと、大分てこずったが、後はお前だけだな……どう切り刻んでくれようか……」
「あ、あたしは切り刻んでも、別に楽しくない、と思います……」
は、早く、ここから逃げなきゃ……。逃げて応援を呼ばなきゃ……。
でも、例え不意をついて駆け出しても、クロスキラーの能力は超加速。銃を構えたみやびちゃんを、一瞬でナイフで倒してしまったくらいのスピードだ。あたしが走ったくらいでは、すぐ追いつかれてしまう。
本当にどうしたらいいんだろう……もう誰か助けて!?
こういう乙女のピンチのときは、白馬の王子様が助けてくれるものでしょ!?
そんなしょうもないことを考えつつ、あたしは震えながらうちまだで少しずつ、下がる。
「楽しいか楽しくないかは、実際に切り刻んでみれば、分かるさ……」
えーん、この人、何か気が狂ってるよぅ。みやびちゃん、助けて……。
って、みやびちゃん、ぴくっと動いた!? まだ意識があるみたい……。
よしこうなったら……。
恥ずかしかったけど、あたし、えいっとあたしは自分のスカートをまくって見せた。
「どうしたんだ、またそんな縞パンなんて俺に見せ付けやがって……お色気で命乞いか……?」
「誰があなたなんかに見せてるのよ! みやびちゃん、こっち見て!!」
みやびちゃんの空ろな視線がこっちを見る。そしてあたしのパンツを見るやいなや、傷がみるみるうちに回復していった。
「へへっ、つむじのパンツ! しっかり拝ませて、いただいたぜ!」
「お前も能力者か!? 同性のパンツ見て復活とは変態だな!」
「てめぇに変態呼ばわりされるいわれはねぇ! あたしは可愛い女の子が好きなんだーっ!」
そこからはみやびちゃんの逆転無双モードだった。
みやびちゃんは何か嬉しいことがあると5分間だけ無敵になる能力者だった。
そしてみやびちゃんは女の子が好きな女の子、つまり変態さんだ。
あたしがみやびちゃんのパートナーに選ばれたのもそれが理由だ。つまりいざというとき、みやびちゃんにパンツを見せてあげる女の子が必要とされていたのだ。
数十秒の戦いののちに、クロスキラーは雅ちゃんの足元に転がった。
「やった! クロスキラーを倒した!」
あたしはきゃっと飛び上がる。みやびちゃんはもう既に元の無愛想な様子に戻っていた。
「つむじの今日のパンツは縞パンと……」
「きゃぁ!? 忘れて、あたしのパンツのことは忘れて!」
でも、また次の事件でピンチになったら、あたしのパンツ、人前で見せないといけないんだよね……。
だから、毎回事件のときに履いてくるパンツには気を使うよ……。
「こいつどうする? 多分つむじの好みだと思って、顔だけは傷つけないでおいてあげたけど」
確かに顔は格好いいけど、こんなのと付き合うつもりなんて、さすがにないから!
もーっ、みやびちゃん、乙女だけど、乙女心、分かってないなあ……。
あたしはみやびちゃんと腕を組んだ。
「それはほっといて、もういいから! さっさと局に突き出して、あたし達は帰ろ!」
結局白馬の王子さまは助けてくれなかったけど、まっ、今だけはみやびちゃんに王子様役、してもらおう、と。
みやびちゃんはやれやれと息を吐き出して、あたしに引きずられるままに、言えに向かって歩き出した。
あたしはふと、思い出す。
「そう言えば、台所に放置してきたブロッコリー、どうしよう?」
「別に、任せるよ。つむじの作った料理なら、何でも食べてやる」
みやびちゃんはあくびしながら言う。みやびちゃん、相変わらず優しいな。
みやびちゃんとパートナーになったの、最初は貧乏くじだと思ったけど、今は気に入ってる。
少なくても毎日退屈はしないし、こんな生活も悪くないよね!