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マコトノナツ  作者: mia
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7.無意識に


 結局、夕飯まで食べていくことになり、一之瀬の父親とまで知り合うことになった。一之瀬の両親の熱烈な接待に気圧され、勧められるがまま平らげ、寮の門限ギリギリになったところで、ようやく一之瀬家を後にした。暗いから危ないと、一之瀬も寮の玄関前まで付き添うことになり、二人で日の暮れた道を歩いている。


「今日はなんか、一杯ご馳走になっちゃって悪かったな」

「いえ。こちらこそすいません。母も父も、真さんが褒めてくれるので嬉しくなって、調子に乗ってご迷惑をおかけして……真さん?」


 ピタリと足を止めた真を、一之瀬が不思議そうに振り返る。


「てぃっ!」

「いたっ!え?何を……」


 いきなりジャンプして一之瀬の額にデコピンをくらわせた真は怒った顔をしていた。リュックを抱えなおしてさっさと歩きだす。我に帰った一之瀬は慌てて後を追う。外に出ているためか、ダテ眼鏡をかけた彼は情けない表情をしている。


「ま、真さん。僕、何か気に障るようなことを言ってしまいましたか……?」

「言った。また謝っただろ。敬語は癖みたいだから仕方ないけど、何でもかんでも自分を低くするな。いやそうじゃない。身長の話じゃないって」


 小学生の時に背の高い男子にからかわれて以来、身長が大きすぎる男子に恐怖心を抱くようになったと話してから、一之瀬は自分の背の高さがコンプレックスになってしまったようだ。今も、真に嫌われてしまったのかと誤解しているのか、泣きそうになっている。


「な、泣くなよ。あたし泣き虫は嫌いなんだよ。身長の事も気にしてないって言ってるだろ」


 なんだか話がややこしいことになってきたな


 真がため息をつくと、一之瀬の肩が大きく跳ねた。図体の大きい彼が小さく見え、慰めようと頭を撫でてあげるかと思ったが届かない。仕方ないので背中を軽く叩く。


「一之瀬君のお父さんとお母さんに会えて、色々と話せて楽しかったよ。美味しい手料理でもてなしてくれてさ。嬉しかった」

「真さん……!」


 ぱあっと、一之瀬の周りにお花が飛ぶのが見えたのはあたしの気のせいか。うん、気のせいだということにしておこう。


 本当、一之瀬君って分かりやすいよな


 他愛もないことを話して、大学の英国式庭園に通りかかった時一之瀬が、ある方へと目を向けた。懐かしそうに目を細める先には、園芸学科の生徒が授業で育てている花壇や植木鉢が並んでいる。


「一之瀬君は何育ててんの?トウモロコシ?トマト?それともハーブか?」

「いえ、僕は仕事があって世話をできていないんです。ほとんど同じグループの人たちが面倒を見てくれていて……あ、あの花壇が僕のグループの担当です」


 一之瀬が指さした花壇にしゃがみ込み、真は色鮮やかに咲き誇る、赤と黄の薔薇に見惚れた。背の高く大輪の赤の薔薇と、背の低く小さな黄の薔薇が仲良く寄り添っている。


「赤は“ドフトボルケ”で、黄は“ロサ・エカエ”という品種の薔薇なんです。薔薇は育てるのが難しくて、皆こまめに気にかけて。僕にもメールで写真を送ってくれたりしてくれましたね。ここまで成長して、僕も嬉しいです」


 隣にしゃがみ込んだ一之瀬の横顔を見る。彼は綺麗に手入れのされている薔薇に笑みを綻ばせていた。


「良かったね。今更だけど、園芸学科に入ってまで世話するとか、花が好きなんだな」


「はい、好きです」


 その笑顔で、あたしを見た。その言葉は、あたしに向けられたものではないと分かっているのに胸を打つ鼓動が速くなった。


 何なんだ、コレ……


「そろそろ戻らないと寮長に怒られてしまいますね。行きましょうか」


 首を傾げている真に気づかず、一之瀬は立ち上がろうとした。が、つんのめって中腰の体勢になった。その原因となるものに目を落とすと、一気に顔を赤くした。


 ん?


 異変に気づいて視線を巡らせた真は、次の瞬間、硬直した。


 アタシハナニヲシテイル


 見間違いでなければ、見たままを報告すると、あたしが一之瀬君の灰色のカーディガンの袖を掴んでいるではないか。どうしてこうなった。運動神経どうした。


「ご、ごめん!カーディガン伸びちゃうよな!悪い悪い!」


 即座に手を放し、紛らわそうと豪快に笑い飛ばす。


「さ、行こう行こう!寮のおばちゃんにどやされちゃうからな!」


 頬が熱い。心臓が五月蝿い。黙れ黙れ。心臓が黙ったら死ぬのかな。なんて馬鹿なことを考えながら腰を上げる。笑った膝を叱咤して、歩き始めるはずだった。なのに──


「……好きです」


 耳元で囁かれたのは一之瀬の声だった。少し上擦っていて、だけどはっきりと聞こえた言葉は、今度は真に向けられたもの。

 一之瀬の腕の中に閉じ込められた真は頭の中が真っ白になって、ただ、彼から爽やかでいて甘い香りがすることしか分からなかった。腰に回された力強い腕、襟足に添えられた手に、息が詰まりそうになった。一之瀬の胸に押し込められていた手を動かすと、彼が少し離れた。


「いちの、せ……」


 顔を傾けて近づけてくる彼に、真は言葉を切る。

 夜空のもと、お互いの表情も曖昧になった中でも明瞭に分かるほど間近に迫り、二人は──


「……んなわけねーだろ!阿呆かぁっ!」


 そんな真の怒声の後、鳩尾に痣にならない程度に拳を入れられた一之瀬が悶絶する光景が繰り広げられたとか。



照れ隠しする真が可愛くて思わず暴走しちゃった一之瀬くん。

次回は、そんな可哀想な彼の回想の予定です。

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