22.触れたら、とける
「ごちそうさまでした。今日は本当にありがとうございました」
出された料理を平らげ、話も尽きないまま、日も暮れ始めたところで真たちは帰り支度をしだした。
夕美子と夏樹は残念そうにしながらも、また遊びに来て欲しいと玄関先で見送る。
そこに自分の部屋に行っていた一之瀬がコートとマフラーを手に戻ってきた。
「一之瀬君、どっか出かけるのか?」
真が尋ねると少し考えるような顔つきをし、微笑して頷いた。
「はい。大学の近くの本屋に、ちょっと用がありまして」
「ふぅん」
途中で神城、未唯、芹川と別れ、しばらくして蓮実と涼とも別れた。
真は一之瀬と二人きりになったことで先ほどの涼との言い争いでの気まずさを思い出し、黙り込んでしまった。一之瀬から話しかけることもない。
皆でいた時の騒がしさはどこへやら、薄っすらと積もった雪を踏みしめる音だけが二人を取り囲む。
長く続く沈黙に耐えかねた頃、本屋が見えた。
「じゃあね、また」
真はぎこちない笑みを浮かべながら、片手を軽く上げ、大学の正門へと続く交差点の横断歩道を渡ろうとした。ちょうど青信号だ。
下ろしかけた真の手が、不意に温もりに包まれた。
え?
振り向きかけた身体とは逆方向に手が引っ張られ、思わずよろける。
「ぶっ」
ぼすんと顔面からぶつかった先は、一之瀬の腕だった。何が起こっているのか分からず茫然としている間に、歩道を渡り終え、大学内に。人は誰もいない。
「ちょっ、本屋に行くんじゃなかったのか?なんで大学まで……」
「ついでですから、寮まで送ります」
「本当についでなのか?」
「ええ、“ついで”です」
やけに繰り返される“ついで”。いくら鈍感な真でも気づいていた。
一之瀬は本屋に行くことを口実に、自分を寮まで送ろうと考えていたのだ。正直に申し出ても〈いや、いいってば〉と断られるから。
その証拠に、一之瀬は今、満足そうな顔をしている。
踊らされた感じがして少し悔しいけれども、やはり嬉しさが大きく勝る。我ながら単純だと真は思った。
何気なく繋がれた手に目を落とすと顔に熱が集まり、慌てて視界から外した。
「……ああもう。鼻、折れるかと思った」
照れ隠しで愚痴っぽくなった。打ちつけた鼻を空いている、もう片方の手でさすっていると、
「えっ、そんなに痛かったんですか?」
大きな手が何の躊躇いもなく重ねられた。
「え」
「大丈夫ですか?僕が急に引っ張ったりした所為で……」
「近い!顔、近いって!何ともないから!ほんの冗談です!すみませんでした!」
至近距離で覗き込まれ、更に鼻の頭を労わるように撫でられ、許容範囲を超えたのか、耳まで真っ赤になった真は一之瀬の体をぐいっと押しやる。
普段は身長差のおかげで安心していたが、一之瀬にとってしてみれば、いつでも距離を詰められるのだ。失念していた。
「良かった。安心しました」
一之瀬は苦悶の表情で頭を抱えている真に、なぜか嬉しそうに言った。
……もしかして確信犯、なのか?
「さ、行きましょうか」と再び歩きだす。
真は冷たい風に煽られて露になった、一之瀬の髪に隠されていた青色のピアスを見上げ、ため息を零した。




