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マコトノナツ  作者: mia
14/25

13.迎撃準備はできていなかった


 映画を観終えた真と一之瀬は館内の客がほとんど外に出た頃を見計らい、映画館を後にした。上映中は暗く、一之瀬も目立たないように気を遣っていたのでファンの子達に気づかれることはなかった。

 建物から出ると、穏やかな陽光に包み込まれた。


「今日は久々に天気が良いね。ここんところずっと雨続きだったし、晴れて良かった」

「そうですね。真さんが嬉しそうだと、僕も嬉しくなります」


 現役モデルから太陽に負けず劣らずの威光を持った笑顔を向けられ、急に照れくさくなって顔を背けた。


「えぇっと……お、お腹空いた!どっかで昼飯食べよ!一之瀬君が知ってる美味しいお店で!」


 腕を振り上げてブンブン振る真に目を丸くしながらも、彼は可笑しそうに口元を緩めて見守っている。

 その眼差しはとても柔らかくて、胸の奥が少し苦しくなるくらいだ。


 なんか、最近のあたし、変?


「それでしたら、和食はどうですか?この近くに釜飯専門店のお店があるんです。天ぷらも美味しくて、母とも何度か食べに行っているんですけど」

「和食か、いいね。じゃ、そこで決まりってことで。あー……早く何か食べないと腹が鳴りそう」

「了解しました。真さんのお腹の虫が鳴いてしまう前に、僕が責任をもって案内しましょう」


 そう言って自然な動作で手を握り、歩きだす。自分よりも大きくて綺麗な手に包み込まれ、びっくりして一之瀬を見上げると、普通に前を見て歩いていた。


 あたしだけなのか?こんな落ち着かない気分になるのは


 握られている手。車道側を歩く彼。自分が女の子扱いを受けるとはまさか夢にも思っていなかったので、どうしていいのか分からない。


 小柄な自分に合わせて、ゆっくり歩いてくれる長身の彼。

 ふと、何気なく目が合うと急に恥ずかしくなって俯いてしまう。彼が淋しげに笑ったのが気配で分かった。


 どうすればいいんだろう。全く分からない


 すれ違う人それぞれから寄せられる視線の意味を測りかねて戸惑いを覚える。特に同年代の女子。普段は人見知りをしないが、今だけは他人の目に敏感になっていた。


「……あの、真さん?どうかしたんですか?」


 問いかける一之瀬は自分の隣──ではなく、斜め後ろを見ていた。


「気にしなくていい。というか気にするな」


 隠れるようにして一之瀬の腕にしがみついて歩く真。手を繋いだまま、更に密着していることに当の本人は気づいていない。傍から見て彼氏彼女の構図になっていようとはミジンコ程にも考えていなかった。


「は、はい」


 一之瀬はそれ以上何も言わなかった。けれど力強く握り返してくる真の手に、自分の腕に感じる確かな温もりに、目元を仄かに赤く染める。


 ダテ眼鏡を掛けてきて良かった


 こっそりと安堵の息をついていた一之瀬に対し、周囲に忙しなく視線を泳がせていた真は道路の端にうずくまる小さな女の子に目を留めた。

 4、5歳位だろう。ちょうど真達の進路方向にいる少女は、背中を向けてしゃがみ込んでいた。ブルーの髪飾りで髪を二つに結い、お転婆なのか裾が膝上までの長さのジーンズを履いている。小刻みに震える華奢な肩に、はっと思い立った真が繋いでいる手を緩めるのと、一之瀬がその少女に気づいたのは同時だった。


「真さん。あの子、ひょっとして迷子でしょうか?近くに保護者はいないみたいですね」

「そうみたいだな。はぐれちゃったのかもしれない。それに様子が何だか……」


 お互いの手を離した二人は少女に歩み寄る。距離が近くなるにつれ、鼻を啜る音としゃっくりのようなものが微かに聞こえてきた。


「どうしたの、きみ。お父さんとお母さんは?」


 真は膝を折って少女と目を合わせた。泣き腫らして充血している。少女は目を擦りながら鼻を啜った。


「お兄ちゃんが、千里(ちさと)と遊んでくれるって、約束してたのに、お友達の所に行っちゃったから……だから、千里……」


 大粒の涙を零し、少女は途切れ途切れに言った。相槌を打って聞いていた真は小さな頭を優しく撫でる。


「そっか。千里ちゃんはお兄ちゃんと一緒に遊びたくて、お兄ちゃんの所に行こうとしてたんだな。でも1人で外を歩くのは危ないよ。お姉ちゃんたちが千里ちゃんをお家まで連れて行ってあげる。一之瀬君、いいよな?」


 そう言って腰を屈めて話を聞いていた一之瀬に顔を向けると、彼は頷いた。


「ええ、もちろんです。千里ちゃん、きみのお家はこの近くですか?」

「わかんない。千里のお家はね、屋根が青色で、2階の窓が小鳥のステンドグラスなの。でも千里、小さいから見えない……」

「青色の屋根に小鳥のステンドグラス、ですね」


 復唱しながら見渡した一之瀬は、ふと一点に目を留めた。


「千里ちゃん、ステンドグラスの絵は水色と黄色の小鳥ではないですか?」

「そうだよ」

「見つけたのか?さすが一之瀬君、身長が高いと見える高さも違うな。千里ちゃん。このお兄ちゃんについていけば、お家に帰れるよ」

「本当?」

「うん。行こ」


 まだ不安そうな表情の少女に手を差し出すと、少女はおずおずと真の手を握り返してきた。


「あっちの方角にあります。横断歩道を渡って、交差点を右に曲がりましょう。真さんと千里ちゃんは、歩道の方を歩いて下さい。車や自転車が通ると危ないですから」

「はいはい。千里ちゃんはともかく、あたしまで子ども扱いするなよ」


 苦笑いで言った真に、一之瀬は


「子ども扱いなんてしていません。女性を危険な目に合わせるわけにはいかないでしょう。それに真さんは僕の大切な人なんですから、尚更です」


 と真顔で答えた。


「わ、分かったよ。もう文句は言わないから、そんな恥ずかしいこと言うな!」


 赤面した真に、満足げに微笑む一之瀬。そんな二人の間に挟まれている少女は目を丸くし、「お姉ちゃんとお兄ちゃんは結婚するの?」と不思議そうに尋ねた。

 今度ばかりは一之瀬も動揺を隠せなかったのか、「けっ……!」と咳き込みだした。

 そして真はというと──


「………血痕?」


 最早脳神経も機能異常を示すほど、盛大にバグっていた。



けっこん、と入力して、変換して真っ先に出てきたのは「血痕」でした。

私のパソコンどうした。そんなの打った覚えはないぞ。

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