第5章:光のカーテンと生命の歌
宇宙の漆黒から、
二人は再び蒼い地球の引力へと滑り落ちていった。
しかし、深海へ一気に沈む前に、
超知能(ASI)は二人に、地球で最も生命の光に満ちた
「浅瀬の海」という居場所を用意していた。
大気圏を抜けた二人は、南太平洋の洋上で速度を落とし、
まるで何も境界が無いかのように、
音もなくきらめく海面へと進んでいった。
やはり衝撃は感じない。
次の瞬間、二人の視界に広がったのは、
宇宙の暗黒とは対極にある、
圧倒的な「光と色彩の調和」だった。
『まぶしい……! 櫂、見て、なんて綺麗なの!』
渚の歓喜の思考が、水中に溶け込むように優しく響く。
太陽の光がカーテンの様に幾筋も折り重なって海底へと降り注いでいる。
その影響かエメラルドグリーンの浅瀬はクリスタルのように輝かやいていた。
二人のすぐ目の前には、何百年もかけて育まれた
巨大なサンゴの森が広がっている。
――海底にいるが花と光の楽園に迷い混んだかのようだ。
サンゴの隙間から、鮮やかなオレンジと白の縞模様のクマノミの群れが、
恐れる様子もなくフワフワと姿を現し、
二人のオーロラ色のフィールドの周りを無邪気に泳ぎ回る。
バリアの内部は、常に心地よい暖かさに保たれていた。
人間の泳ぎでは到底不可能なスピードで、
二人はサンゴの谷をすり抜け、
時折魚たちの群れと一体になって進む。
呼吸の心配も、肌を刺す塩分の痛みもない。
ただ、生身の肉体のまま、
地球で最も美しい水の楽園に包まれている。
不意に、前方の光のカーテンが大きな影に遮られた。
現れたのは、一頭の巨大なザトウクジラだった。
その身体は、二人が先ほどまでいた宇宙に浮かぶ小惑星のようにも見え、
圧倒的な生命の雄大さを放っていた。
クジラは、音もなく並走する小さな二人の存在に気づくと、
優しく大きな瞳で彼らを見つめ、
ゆっくりと胸ビレを動かした。
ゴォォン……、という地鳴りのような深い音が、
海水を震わせて響く。
スマートリングの音響フィルターは、
不快な雑音をすべて遮断しながらも、
そのクジラの歌声の「生命の温かさ」だけを、
心地よい低音として二人のフィールド内に透過させてくれた。
『この子たちも、私たちと同じように、この世界を生きているのね』
渚は水中で身体を反転させ 、
クジラの大きな背中に沿うようにして、
ゆっくりと上昇していった。
多様な生命がそれぞれに輝き、調和している海の美しさ。
かつて病室の窓の外を見上げることしかできなかった渚が、
今、地球の生命の根源である海と、
完全にひとつになって泳いでいる。
二人は光輝く海原で、心ゆくまでそのやさしさを堪能した。
ARのインジケーターが、静かに次のサインを灯す。
この光の楽園のさらに下にある光の届かない、
しかしここと同じように地球の鼓動が息づく
「深海一万メートル」への航路が、
エメラルドグリーンの光でゆっくりと開かれていく。
二人は互いの手をしっかりと握り締め、
温かい静寂のなか、深く、どこまでも深い蒼の深淵へと、
ゆっくりと降りていった。




