1日で終わる令嬢vs聖女
「アンジェさまは、冷たい女性です!」
ああ、また聖女ロティが何か喚いているわ。
決まって10人以上の人目がある場所で、私の人間性を否定し、なじらずにはいられない娘。
『聖なる加護が与えられた女』ということで聖女だと教会が認定したけれど、聖なる加護とは、この他人に押しつける物差しのことなのかしら。
「もう決まった婚約者だからって、お昼も放課後も、オーバル侯爵令息さまを放ったらかしなんて!」
今日のステージは講堂なのね。先日は朝の学園正門前でしたし。
講義の開始前。この講義を受ける人数の7割ほどが集まっているようだから、ちゃんと頃合いを見計らっているのよね。
ほら、私の座る上段をちらちら伺う興味津々の目、目、目。注目を浴びて輝く、彼女はまるで舞台女優のよう。
私の友人たちが、眉をひそめて囁いてくる。
「アンジェさま、あのかたの話に耳をお貸しになる必要はございませんわ」
「伯爵家の養女とはいえ、ロティさんは元は平民ですもの」
「ふふ、ありがとう。でも、伯爵家の養女に言い返せない姿を見せる方が、私の不信に繋がります」
確かに耳障りですけど、それを無視するのも可哀想。あんなに一生懸命さえずっているのですもの。
餌を欲しがっているのですわ。私の反論、という。
「オーバルさまは、お家と生徒会のお仕事でお疲れなのです! それを癒やして差し上げるのだって、婚約者の責任でしょう!? なのに、アンジェさまはオーバルさまのお手伝いすらされないなんてっ」
悲壮感ただよう涙声に、「信じられない」とかぶりをふる度にふわりと舞うコーラルピンクの髪。
ふわふわ、うねうね……
「ふふっ」
「な、何を笑ってるんですかっ!?」
……ごめんなさい、その揺れる髪が、虫を心待ちにしてる食虫花に見えたのよ。
でも、そうね。
そろそろ講義が始まることだし、甲高い声も充分聴いたわ。
貴女の欲しがってる餌を与えましょうか。はち切れるほど、お腹いっぱい、ね。
「ロティさん、こちらにいらして」
友人たちは後列の席に着き、私ひとりになったところで、彼女に微笑む。
気まずそうにした彼女は、渋々といった足取りで近づき、私の席横の通路で立ち止まった。
「ほら、ここなら、あんなに声を張り上げなくても私だけに聴こえてよ?」
「……!」
講堂に、密やかなざわめきが生まれる。
彼女が私を糾弾する声をあげていたのは、講堂のほぼ真ん中。私は彼女のステージが始まる前には、いつも座るこの窓際の上段に、既に座っていた。
彼女は自ら、講堂の真ん中に立ったのだ。それはいったい、何故かしら?
「あんな離れた場所から叫ぶ必要は、全くなかったのに」
「だって……アンジェさまのお側に近づくなんて、私には恐れ多いし」
「まあ。私の行動をなじることはできるのに、側には寄れないなんてことあるの?」
「伯爵家の養女の私には、侯爵令嬢のアンジェさまは貴いおかたなんですっ」
都合が悪くなると身分差をもち出す。
けれどそれは恐れ多いからではなく、ロティは『大多数の生徒と同じく』アンジェに逆らえないと、周囲の同調、同情を求めるためだ。
そわそわと落ち着かない素振りも、私に睨まれて萎縮しているように周囲は受け取るでしょうしね。
「だったらなおさら、私の良くないところを大勢に聴かせるより、こっそり教えてほしかったわね」
「アンジェさまを良くないだなんて! 私、そんなつもりじゃ……!」
「あら、ではどんなつもりだったの?」
「……え?」
「私がオーバル侯爵令息の婚約者にふさわしくない、と言いたかったのではないの?」
「そんなつもりじゃ!」
「どんなつもりだったの?」
あれだけ私を大声でなじっておいて、彼女は私を『オーバルにふさわしくない婚約者』以外にどう見せたかったのかしら。
ロティ嬢の奔放な行動の数々は、学園では有名だ。
上位貴族に会釈もせず、かと思えば気軽に男子生徒の体に触れ、話しかけ、マナーが違えば涙をためてお目こぼしを願い、言葉の裏を読もうともしない。
特に私の友人たちが危惧するのは、生徒会役員で私の婚約者でもあるオーバル侯爵令息に対する態度だ。
『聖女の身の安全は生徒会が保たねばならない』という学園と教会の取り決めを、『聖女が生徒会室に入り浸っても構わない』と解釈し、茶菓子を持って生徒会室に押しかけているらしい。
私の婚約者、オーバルは学園で1、2を争う美形と評判。騎士課の風紀委員でも公爵家次男の生徒会長でもなく、文官まっしぐら生徒会会計係であるオーバルに、聖女はくっついているのだとか。
身の安全を求めて生徒会室にいるのなら、騎士課の彼(あだ名はゴリラ)とくっいていれば良いのにね。
「ねえ、ロティさん。教えて下さらないの? あなたはどんなつもりで、私を責めたのか」
「あ、アンジェさまは酷いです……私が逆らえないと知ってて意地悪を……」
「大勢の前で私を悪女のように罵ったあなたの行いは、酷くて意地悪ではないのかしら」
「私は、本当のことを言っただけですっ。意地悪なんかじゃありません!」
罵られはしたけれど、彼女の言ったことは事実なのよね。ただ、ニュアンスが違うだけ。
「そうね。では、答えあわせをしましょうか」
私が微笑んだことが意外だったのか、ロティは「へ?」と肩すかしをくらったような間のぬけた様子で眉を寄せる。
講義も始まることだし、彼女を早く席に戻さないとね。
「まず、オーバルが侯爵家の仕事と生徒会の仕事で疲れている、だったかしら。あなたは侯爵家の仕事をご存知? 貴族間の調整役よ。伯爵家以下の領地収入管理、家督問題の相談役、王室への入閣人事、政略結婚の調整、そして問題を起こした家の処遇と懲罰の決定」
ロティはここで、びくりと肩をすくめる。
自分の行動が伯爵家に響くことに、まさか今さら気づいたのかしら。
「今は学生だから家業の補助も内勤が多いけど、卒業したら社交もプラスされる。生徒会会計なのは予行練習のようなもの。この程度で疲れたなんて言う男なら、オーバルに侯爵家を支える資格などないわ。オーバルは疲れたとあなたに言ったの?」
「い、いえ……。で、でも、疲れてそうだから、私がお茶とお菓子を持っていって……」
「それなのだけど」
オーバルの苛立ちが眼前に見えるようで、私の口調がキツめになる。
「彼のデスクは書類だらけよ。生徒会予算、クラブからの申請書、決裁できるもの、不備のもの。全て整頓されて置かれている。あなたはそのデスクのどこにお茶を置いたの?」
まさか書類の上じゃないでしょうね、という私の視線から、ロティは目を泳がせ、逸らした。
やはり、ね。
大事な書類の上にトレーを置かれ、こぼれるかもしれないティーポットとカップを目にし、砂糖や蜜が着いている指が書類周りでうろうろしている。
……オーバル、胸中察するわ。耐え難かったでしょう。
「参考までに教えてあげますね。そんなだから、オーバルはお茶の時間を決めているの。飲みながら仕事なんかしないわ。時間になったら私がお茶を差し入れているから、あなたは心配しなくていいの」
「え……?」
「あら、意外? オーバルは私とのお茶会を欠かしたことはないのよ」
そもそもの彼女の主張『アンジェは冷たい女』説を崩すことになったけど、調べない方が悪いわよね。
もちろん、オーバルのお茶の時間をロティに教えることはないわ。
「それから、お昼も放課後もオーバルを放っておいている、と仰ったかしら」
「あ、あのっ! 私、勘違いしてたみたいで! アンジェさまとオーバルさまがちゃんと愛し合ってると分かったから、安心しました! おふたりは真実の愛で結ばれてらっしゃるのね、素敵!」
あらまあ、急激な変わりよう。
聖女らしく、胸の前で指を組み、祈りのポーズまで私に捧げてくれて。
機を見るに敏ね。
このまま私に口を開かせていたら、婚約者がいる男を、お昼も放課後も拘束していた女だという証明をされてしまうのだから。
でも、だめよ。逃がさない。
「そういうの、いいから」
「なっ……!?」
聖女という肩書きで隠された、下衆な顔。
より格上の、より美形な、より裕福な男を選んで自分をアピールしていることは、我が家の影によって調べがついているのよ。
「私とオーバルがちゃんと愛し合っていなかったら、あなたはお昼と放課後、彼をどうするつもりだったの?」
「だ、だからそれは……っ!!」
「私が彼を癒やす責任を放棄しているから、あなたは自分が彼を癒やしていると言いたかったのよね?」
「わ、私そんなこと言ってな……」
「いいえ、私は聴いたわ。私は疲れたオーバルを癒やすという婚約者の責任を果たしていないと。具体的に教えてちょうだい。あなたの言う癒やしって、なに?」
さあ、あなたの口から聞かせなさい。
「生徒会長のことは、どうやって癒やしてあげていたの?」
放課後。
帰宅する前の短いデートの中で、オーバルは生徒会室の惨劇を教えてくれた。
「新聞部が突撃してきてさ。ロティ嬢との関係を会長に鬼インタビューしてたよ」
「面白い記事を提供できて良かったわ」
もっとも、『性なる加護を与えられし女! 聖女ロティのホーリーナイト!』なんていう下世話な見出しの校内新聞を見ることなく、怒った教会に聖女を剥奪された彼女は学園を去るみたいだけどね。
アンジェ、オーバル、ロティ→鍋と皿。フルネーム考える気力はなかった。
多分友人にタジンとかル・クルーゼとかいる。




