黙ってやられる乙女じゃないのよ
夜会への出席を決めたのは、結婚披露のパーティーも終わり、そろそろ夫婦揃って社交界に出ようと夫が言い出したことだ。
似合うドレスを贈ると張り切る夫に、嬉しいような面映ゆいような心地になりつつ、やはり心が弾んだ。
添い寝をした夜からずいぶん経つが、彼は変わらずオリビアに優しいし、愛情表現をしてくれる。
最近は、オリビアもさりげなく気持ちを伝えたり、手紙を送ったりしている。
ただ、そんな努力はヒロインに夫を盗られたくないだけの執着のような気もして、時折り不安にもなった。
夫のことは大事だ。たぶん、好ましいと思っている。
けれど、執着心がすぎてしまえば、元々過激な性分のオリビアが何を仕出かすか、自分でもわからない。
前世の記憶を持ったオリビアは正直、ゲームの中のオリビアより気が強い。
負けん気も強く、衝動的ではないが、あまり堪え性があるとも言えない。
────どうにか潰したいわ、なあんて思うのよね。
筆頭公爵家の当主である夫への王女の恋慕は、もはや社交界に知れ渡っている。
父や兄たちは、毅然としていろと励ましてくれるが、友人たちには気を遣われている。
夫は、一度だけ彼の方から話を振り、『心配はいらない』とだけ告げた。
そのひと言に縋り、オリビアは背筋を伸ばしている。
だから、夜会への出席は、夫なりの気遣いなのだと思う。
夫婦揃って仲睦まじく出席すれば、多少なりとも噂は落ち着くだろう、と。
でも、おそらく王女の方も、なかなか社交に出ない夫に会うチャンスなわけで。
何かしらのアクションは起こすだろうと、オリビアは周到に予測を立てていた。
夫と王女には、取り立てて接点はない。
ただ、従姉妹であるオリビアと婚約する人がどんな人か、気になって探した際に一目惚れしたらしい。悪趣味すぎる。
従姉妹とは言っても、亡き母が王妹ではあるが、オリビアも数えるほどしか会ったことがない。
あくまで王族と侯爵令嬢、という距離感だ。
だからこそ、わざわざ婚約相手を探す、という意味不明さが気持ち悪い。
それこそ、ここが『乙女ゲームの中だから』という根拠な気がしてくる。
もしそうだとしたら、夫と王女が恋に落ちるのも、ありえる気がしてしまうのだ。
「だめだめ、しっかりしなさい。オリビア」
ただでやられるオリビアではない。そして、やられていい立場じゃない。
オリビアは陛下と父の意向を背負い、使命を持って嫁いだ公爵夫人。易々と明け渡してなるものか。
これはオリビアだけでなく、家門や家族、使用人たちも含め広く影響を与える事象だ。
陛下や王太子が王女を抑えられるわけはない。できるなら、これまでだってそうしている。
だから、オリビアがしっかりしないといけないのだ。皮肉なことに。
「渡さないわ。でも、愚かな振る舞いも、してやるものですか」
オリビアは、誇り高き貴族夫人。
無様に負けることも、恥を晒すわけにもいかない。そんなことは許せない。
毅然と粛々と、これぞ公爵夫人という自分でいたいのだ。
そして、幸か不幸かオリビアは可愛げがない頑固者。
ちょっとセンチメンタルぶったって、根っこは負けん気が強いお転婆。
ここが乙女ゲームの中だろうと何だろうと。
悪いけど、負ける気なんかちっともないんだから。




