ちょっぴり繊細ぶってみたい
気持ちが不安定なのは、月の障りのせいかもしれない。鈍い腹痛を堪えながら、オリビアは納得した。
今晩からしばらくは、夫とは別のベッドで休む。少し心細いような気もするが、身体を休めるにはちょうどいい。
噂を心配した父や兄から手紙が来たが、返事をする気にはなれなかった。
毎日のようにお菓子や花を持って帰宅し、顔色や体調を細かく気遣ってくれる夫がよそ見しているとは、さすがに思わない。
ただ、王女から夫への恋慕は確かなようで、彼女は隠すことすらしないと聞く。
夫は、王女からの好意を知っているのだろうか。
もし知らないとしたら。でも、知っているとしたら。
────知っていたら、どうだというの。
政略結婚だ。互いに恋情などなく、婚約してわずか三ヶ月で結婚した。
恋愛結婚に憧れていた夫の心を縛る権利など、オリビアにだってないのではないだろうか。
毎日、夫が帰宅することに安堵して、花や贈り物にほっこりして、お返しは何にしようかと楽しく悩む。
そんな日々を送っているから、脅かされることを異常に恐れてしまうのかもしれない。
「……オリィ?」
うつら、うつら、と浅い眠りを繰り返していたオリビアは、吐息くらい囁かな呼びかけに瞼を開いた。
いつからかオリビアを愛称で呼ぶようになった夫が、暗闇の中でほっと息をつく。
「体調が悪いと聞いた。魘されていたが……大丈夫か?」
「ええ。お出迎えできず、申し訳ありません」
「そんなの構わない」
ベッドの端に腰を下ろした夫に、オリビアは内心首を傾げた。
今夜から私室で休むと、言伝を頼んだはずだ。なぜ彼がここにいるのか。
オリビアの髪を撫でながら、壮絶な美形が小さく微笑む。眩しい。
「きみがいないと、ベッドが広くてな。どこか落ち着かないから、顔を見に来た」
「まあ……」
うちの旦那様ったら、本当に可愛らしい。
無表情がデフォルトのくせに、言葉を躊躇わないのがこの人のすごいところだ。
オリビアも、この素直さを見習わないといけない。
「月のものの時は、あまり眠れないのか?」
「わたくしの場合は、ですが。少々眠りが浅いですわね」
「そうか……その、隣に入っても?」
迷いながらも、甘えるようなことを言われて、ほっこりしながら隣を空ける。
するりと潜り込んだ夫は、オリビアを背中から抱くように腕を回し、お腹を大きな手で覆った。
あたたかくて、耳元にかかる息が少しくすぐったくて、気遣いが嬉しくて、思わず笑みが漏れる。
「きみは頑張り屋なのだろう。あっという間に我が家は心地よくなった。しかし、きみ自身を大切にしなければ」
「ふふ。はい、ありがとうございます」
「……ところで」
お腹に当てた手を、ゆっくりと撫でるように動かしながら、体温を分ける夫が言い淀む。
少し眠いオリビアは、低く甘い声を聴きながら、安心していることを自覚した。
この人が隣にあることを、オリビアこそが望んでいる。
いつからか、なぜなのかはわからない。たぶん、理由の大部分は夫自身の努力だ。
でも、オリビアは確かに夫を可愛らしいと感じていて、やっぱり盗られたくないなと思う。身勝手にも。
ならば、オリビアはオリビアにできるすべてで、夫を大事にしなければならない。
「きみを悩ませるのは、どのようなことだ? 私には話せないだろうか」
昨日の晩餐の時、誤魔化したのを気にしていたらしい。
敵わないなと笑いながら、でも王女のことを聞く勇気もなくて、オリビアは苦笑する。
恋や愛とは、こんなに臆病になるものなのか。知らなかった。
「……そのうち、形になったら聞いていただけますか。手を借りるかもしれません」
こんなに優しい夫が他の女を選ぶとは、考えたくない。
でも、王女は騎士団長や長兄には見向きもせず、一心に夫だけを想っているらしい。
つい、何かの拍子に、見目麗しい砂糖菓子のような王女の恋心に触れたら。
そう思うだけで胸がざわざわして、呼吸が苦しくなる。
「わかった。だが、私はいつでも手を貸すと、それだけは覚えておいてくれ」
すっかり頼りがいのある当主になった夫の言葉に頷き、オリビアは瞼を下ろす。
きっと、今夜はゆっくり眠れる。




