ちょろ…素直な旦那様は可愛い
結婚式は朝イチだったから、やることは山積みでも時間はある。
実家から来た侍女と身支度を整え、屋敷内をすべて見回って必要な人員を洗い出し、再び実家と連携。
新侍女長を使用人に周知し、奥様直下の司令塔として認識させた。もちろん力技、ごり押しですわ。
幸い、夫は早く家に馴染んでくれたと好意的だし、使用人たちも怯えているが忠実。
うん、なかなかいい感じではなかろうか。
晩餐ではにこやかに夫を褒め讃え、氷華の君(笑)の冷徹な顔をどっかに置き忘れた夫は、にこにこ喜ぶ。
平穏な家庭を築くには、環境って大事よね。
後でこっそりとお礼を伝えに来た家令曰く、のらりくらりと責任感の芽生えない新当主に困っていたとのこと。
急遽引き継いだ仕事のみで手いっぱいで、使用人の違和感にも気づかない。というか、気にしない。
これまでは誰かがやっていたことだ。自覚がなければ、自分こそがやらねばならないとは思わない。
伝えど伝えどなかなか自覚せず、どうしたものかと困り果てていた時に、オリビアが茶会で喧嘩を売った。
おまえこそが当主だろうと、未来の妻から檄を飛ばされたことで、やっと自覚が芽生えたらしい。
人間、どこにスイッチがあるかわからないものである。
オリビアの気高い姿と、己の価値を客観視する姿勢が、いい刺激となった。とのこと。
よくわからないが、家令曰く『二度目惚れ』。頼られたい性分なので、妻に頼ってもらえるように精進するらしい。
よし、どんどん頼ろう。めろめろになってもらい、がんがん諸々に着手していこう。
実家の人員をフルに活用し、各要所は今や侯爵家の者が担っている。育成次第、順次引き継いでいく予定だ。
不思議なもので、好意を持ってもらっているとわかれば、不気味なほどの変わり身も可愛いものだ。
ちょろ……素直さは美徳だ。ぜひその調子でいてくれたまえ。
「でも、ちょっとだけ複雑だったりして」
すっぽかされることもなく初夜も完遂し、政略結婚の目的もきちんと果たされた。
すべてが順調。だからなのか、オリビアはほんの少し不安になった。
今、たとえばヒロインである王女様に籠絡されたら。
ヒロインの思惑通り、何を置いても最優先にしちゃったりしたら。
────わたくし、冷静でいられるのかしら……?
ちょろい旦那様を、オリビアは可愛らしいなと思っている。
オリビアを喜ばすべく手を尽くす姿は、得難いとすら。
そんな旦那様を略奪でもされたら。
「そりゃ毒くらい盛るわよー……」
服毒もするし刺客も差し向けるし、最終的に階段から突き落とすと思う。心底。
これを不当だと言うなら、略奪した方はどうだというのか。
確かに、王女は陛下の御子。公爵夫人より立場は高い。
だけど。でも。
「我が妻、何がそんなにきみを悩ませる?」
とある日の晩餐。夫の帰宅を待って二人で食事をする最中、ふと静かな問いかけがあった。
思考に没頭していたオリビアは、失態だと焦って顔を上げたのだが。
「話してごらん」
不器用に微笑む美貌。
怜悧な顔立ちを緩め、伺うように少し首を傾げて、心配だと訴える青の瞳を見たら、なんだか急に泣きたい心地になった。
だって、この頃オリビアの参加する茶会では、王女の新しい恋の話で持ち切りで。
相手が既婚者ということもあり、背徳感が興奮と興味を煽って、それはもう盛り上がっている。
みなオリビアが来ると口を噤む。公爵夫人に失礼な口を利く者はいない。
でも、空気が、雰囲気が、オリビアの一挙一動を観察し、嘲笑している。
王女に夫を寝盗られそうな女。くすくすと、扇子の向こうで口端を歪めて。オリビアを嗤う。
────少し、疲れているのかもしれないわ。
結婚してひと月、朝から晩まで家政の取り仕切りに奔走し、帳簿を改め調べ物をして、夜は妻の務め。
いくら仕事が好きとはいっても、オーバーワークなのかもしれない。
「ごめんなさい、あなた。今日は早めに休みますわね」
ちゃんと笑って言えたはずなのに、美貌の夫の表情は晴れなかった。




