お舐めでないよ坊ちゃん
オリビアのうちは大変なお金持ちなので、屋敷の敷地は阿呆のように広い。移動は基本、馬車である。
婚約者との茶会が開かれる庭園まで馬車に乗り、到着して扉が開く。
「……まあ」
思わず、声が漏れた。
意外なことに、婚約者である氷華の君(笑)が馬車の外で、エスコートのための手を差し出している。
すぐに微笑んで受け取ったが、内心はハテナマークでいっぱいだった。
というのも、氷華の君(笑)はこの婚約に不満を持っているはずである。
ゲームでは、自由気ままな次男だったのに急遽爵位を継ぐことになり、恋愛結婚に憧れていた彼は見事に捻くれた。
政略的な婚約の意義はもちろん理解していたものの、オリビアとの縁を喜ばしくは思えない。
個人的には、生粋のご令嬢より天真爛漫なお馬鹿さんが好きなのかなと予想している。
なので、初対面の時ももちろん無表情だったし、基本的にしゃべらない。
まあ、あの時はオリビアも混乱していたのもあり、茶会はほぼ無音だった。
高位貴族は動作に音を立てないから、ガチの無音。使用人たちはさぞやびくびくしていたことだろう。申し訳ない。
ゲームでは、気を遣ったオリビアがあれこれと話しかけては素っ気なくされ、気落ちしていた。
今のオリビアは、自分の機嫌は自分で取れと思っているので、フォローなんかする気はない。
断罪回避のために婚約者を攻略? まさか。そんな低姿勢に出る気はさらさらない。
そんなことするくらいなら、さくっと婚約破棄でもして修道院に行く。平民落ちも可。
父もオリビアのこういう性格は諦めているので、程々に、常識の範囲内での努力はしろとだけ口酸っぱく言っていた。
苦労を背負いまくる父なので、禿げないか心配だ。
「……ご令嬢は、この婚約を望んでおられるのか」
ぼんやりしていたら、紅茶を一口飲んだ氷華の君(笑)がそんなことを問う。
オリビアは、必死に笑いを堪えた。
だって、なんだそれ。仮にも公爵家当主が言う台詞か。
扇子で口元を覆い、嘲笑を隠す。
「わたくしは宰相の娘。侯爵令嬢ですわ。公爵閣下」
つい、と視線を向けると、わずかに怯む気配。
「筆頭公爵家に嫁ぐ身として、不足はないと自負しております」
いい歳して甘ったれているんじゃない。
ご両親と兄君が遺した家を守れるのは、いったい誰だと心得ているのか。
前世なんて記憶のあるオリビアだって、しっかりと地に足をつけて今世を生きてきた。
由緒ある侯爵家の令嬢、陛下を公私ともにお支えする宰相の娘として、瞬き一つや指先までコントロールして生きている。
前世の記憶を持っているだけの、誇り高き貴族令嬢なのである。
「閣下は、いかがでしょう。筆頭公爵家の名を掲げ、国内の貴族家を牽引する高位貴族として、わたくしでは不足だとお思いで?」
不満なら、そう言ってみろ。
主君である陛下が気にかけ、国政を掌握する宰相が娘を差し出したことを、拒絶できる気概があるのならば。
問いかけているが、これは詰問だ。それ以外の意図はない。
筆頭公爵家の当主たる器を持っているかどうか、己の言葉で語れと迫っている。
ごくりと鳴る喉の音は、彼のものか。周囲の使用人のものか。
うっすらと微笑み、首を傾げて答えを待つ。
「…………いや」
ややあって、わずかに視線を逸らした婚約者が呟き、そして次に顔を上げた時には強い目をしていた。
知らず、オリビアの口の端が上がる。
「素晴らしい縁を得たと、そう考えている」
「まあ。嬉しいこと」
白々しく喜んで見せるオリビアは、紛れもなく貴族だった。
これ以外の生き方など、オリビアは知らない。骨の髄まで染みついた貴族としての生き方を、誇っている。




