【後日談】氷華の君(笑)
つい、思いついてしまい…後日談です。
よろしければ、お読みください!
「よ、い……しょっ、と」
大きなお腹を抱えながら、オリビアは本棚の前にいた。
妊娠九ヶ月も過ぎ、いつ産まれても大丈夫だと太鼓判を押されている。
散歩がてら、悩み解決のための資料を探して、書庫までてくてく歩いてきた。
「おおおおお奥様!」
「オリィ!!」
慌てて駆け込んできたのは愛しい旦那様と、先代の頃から長く勤める家令。
心配性の夫はともかく、いつも冷静沈着な家令がこうも慌てる姿を見るのは初めてだ。
オリビアはちょっぴり反省した。
そうよね。妊婦が鈍器くらい厚い貴族図鑑なんか持っていたら、ひやひやするわよね。
家令が受け取った鈍器……もとい貴族図鑑をテーブルに置いてくれたので、椅子に腰掛ける。夫も隣に座った。
「貴族図鑑……? 何に使われるのです?」
「名づけに困っているのよ」
そう。目下の悩み事は、子供の名前。いくら考えても決められないのだ。
「……氷華の君(笑)が、どうしても頭を離れないの……」
アイス=クリームやらヒョーカやら、ありえない候補しか浮かばなくて、ほとほと困っている。
隣で顔を覆う夫の耳が赤い。可愛い。
「それは……子に恨まれるから、本気でやめてほしい……」
「そうですわよね。キラキラでもないのに改名されちゃうやつですわ」
なので。
「貴族図鑑を眺めて、いい名前を探そうかと」
「それでいいのか……?」
「ちゃんと考えてくださいませ」
そうは言うけれど、やっぱり氷華の君(笑)は強い。
「ソルベ。シャーベット」
「……」
「あなたも考えてくださいませ」
「あー…………ぷ、プティ……?」
だめだ。オリビアたち夫婦に、名づけのセンスはない。
家令はお手本みたいな笑顔で二人の発言をスルーし、屋敷のみなに候補を募りましょうか、と現実的なアドバイスをくれた。
どこから聞きつけたのか、王家の従兄妹たちも参加しての名づけ合戦は、オリビアの陣痛が始まったことで一時休戦となった。
王宮から飛んで帰ってきた夫が、部屋の前の廊下を檻に入れられた獣のごとく彷徨く中、オリビアは丸一日の出産を無事に乗り切った。
朦朧とする意識の中、最初に目に飛び込んできたのは、赤子より泣いているのではと思うほどぐしゃぐしゃの夫の顔で、思わず笑みがこぼれた。
「あなた……泣きすぎですわ」
「オリィ、オリィ、ありがとう。頑張ってくれてありがとう。きみは素晴らしい妻だ、愛してる」
「ええ、わたくしも。子は……?」
「可愛い可愛い、もう世界がひっくり返るほど可愛い男の子だ」
すでに親バカを発揮し始める夫がおかしい。
と思っていたが、連れて来られた赤子は、本当にびっくりするくらい可愛かった。
夫とそっくりの髪と目、生まれたてなのに非常に整った顔立ち。
いっそ続編の主人公と言われても頷ける。さすがヒーローの息子。
あれ。やっぱりオリビアも、夫に負けないくらい親バカかもしれない。
その日は身体を休めることに専念し、次の日になるとオリビアも少しずつ食事が摂れるようになってきた。
となると、気になるのは、やはりあれである。
「あなた、名前は決まりました?」
「候補が多くてな、選別に時間がかかりそうだ」
「抽選にします?」
「まじめに考えてくださいませ」
今度は医師に窘められた。また同じ展開になってしまった。困る。
一つずつ名前が書かれた紙は、使用人たちの個性溢れる字で記されていて、眺めているだけで楽しい。
「あ、これ……」
二枚の紙に目が留まった。一段と力強く、自信を持って書かれたとわかる丁寧な文字が、同じ名前を綴っている。
『 シルヴェスター 』
確か、夫の亡くなった父、前公爵の名前だ。
ちらりと夫を見ると、彼は紙の束を几帳面に頭文字順に並べているところだった。
端正な横顔を、オリビアは遠慮なく眺める。
うちの旦那様ったら、こんなところまで可愛らしい。
頼りがいがあって、オリビアをとっても大切にしてくれて、父になって二日目にして立派な親バカだ。
そんな可愛くて優しい旦那様との子供を、彼を慈しみ育てた人と同じ名で呼べたら、どれだけ幸せだろう。
幸福であれ。健やかであれ。大好きな旦那様も、愛しい我が子も。
後日、使用人たちを集めて、必死に涙を堪える旦那様が後継の名前を発表した。
家令と元侍女長が泣き崩れたと聞き、赤子に乳を含ませながら、オリビアは得意気に笑う。
ええ。いつだって、弾は充分。
この先どんな強敵と出合っても、ぜーんぶ退けてあげますからね。
ありがとうございました!




