体幹とプライドは淑女の武器
よろしくお願いします!
────あれ? おかしいな。
恐ろしいまでの美貌を持つ婚約者と対面した瞬間、オリビアはひどい頭痛と目眩に襲われた。
ふらりと傾ごうとする身体を、意地と根性と体幹で咄嗟に立て直す。
自分は、そう、オリビア・ルノア侯爵令嬢。四人兄妹で、兄が三人いる末っ子長女。
初対面の婚約者は、シュヴァル・モメント公爵。
若くして爵位を賜ることになった彼の後ろ盾となるため、またルノア侯爵の影響力を高めるため、決められた政略的な縁である。
『氷華の君』なんていう笑っちゃうような二つ名の通り、公爵はそれはもうとんでもない美形だ。
白に近い水色の髪と、蒼天のような青い瞳。パーツがすべて理想通りに配置され、無表情こそが彫刻めいて美しい。
筆頭公爵家といえど、当主夫妻と後継者の急逝による爵位継承だったため、シュヴァル自身の奮える力が足りない。
そのため、陛下と宰相を務めるルノア侯爵の熟考の末、国内の政治的バランスを崩さないよう、オリビアが嫁ぎルノア侯爵家が後ろ盾に立つこととなった。
つまり、半分以上はシュヴァル側の都合である。オリビアはまったくもって彼とは初対面。
だというのに、オリビアは彼のことを知っていた。
乙女ゲーム『姫君は愛されすぎちゃってラブファントム』の攻略対象その一、メインヒーローなのである。
命名はオリビアではない。断じて。
オリビアには、前世の記憶がある。
ひたすら会社と自宅を往復する地道な人生で、唯一の趣味が乙女ゲームや漫画本だった。
その中で、あまりハマらなかった乙女ゲームの中の世界に転生した。どんな皮肉だ。鬼畜にも程がある。
せめて、どハマりした作品ならば、もっとテンションも上がるのに。
転生自体には、幼少の頃から薄々気づいていたが、はっきりと自覚したのはまさに今。
初対面の婚約者、その美貌を目にした瞬間である。
────あ、これNTRだわ。
そう、『姫君は〜(自主規制)』は、メインヒーローがまさかの既婚者。
まじでファントムってんじゃねえ。と、前世のオリビアは思ったものである。色々と拗らせて潔癖だったので。
あまりの衝撃に倒れかけたが、謎のプライドにより立て直した。
一瞬、支えようと婚約者が手を出しかけたのを見て、嫌だなと思ってしまったのだ。
何せ、ゲームは現時点でもう始まっている。
まだ主人公の王女が片想いをしている段階だが、いずれ『氷華の君(笑)』は彼女に傾倒していくのだ。
婚約者と政略結婚して、家庭を持ったというのに、だ。今世のオリビアもなかなか潔癖なのである。
というか、乙女ゲームのメインヒーローが既婚者ってアリなのか。普通に不倫略奪だぞ。
オリビアの立ち位置は、いわゆる『悪役令嬢』ならぬ『悪妻』である。
夫に執着し支配しようとし、あらゆる手を使ってヒロインを害したことで、王家への叛意を問われ断罪される役どころ。
はあ? はああ??
政略結婚した夫がよそに女を作りゃ、そりゃ怒るしどうにか取り戻そうとするわ。
だって政略。家と家との契約。しかも陛下の意向込み。
それをぶち壊すのが王女ってどうなの。
しかも、氷華の君(笑)の後ろ盾のための政略結婚である。
本当に申し訳ないが、王女じゃ力不足だからオリビアなんである。
王家は、すべての貴族の中立。王女は国益のための駒。
もし王女で事足りるんなら、陛下が噛んでいるんだからお相手として宛てがわれる。
そうじゃない時点でお察しなのである。
────なんだろう。ショックとかより、腹立つな。
ほんのり恋心を抱くくらいなら、まあ百歩譲って許容できる。だって政略だし。別に好きじゃないし。
でも、縁あって結婚するんである。どうせなら歩み寄って、いい関係を築きたい。
まあ、まあまあ、あれだ。
他にも攻略対象はいるし、王女が誰を選ぶか、現段階では確定じゃない。
なので、とりあえず。
「潰せるとこ潰しとこ」
「は?」
「いいえ。紅茶が美味しいですわね」
怪訝そうな婚約者ににこりと愛想笑いをしつつ、オリビアは心の中で闘志を燃やした。




