雪に溶ける再会── 十年の孤独を超えて
あれから十年がたった。
ガレリアとの戦争は泥沼化し、私は鉄の仮面を被って国を治めた。
クラウスは一度も王都に戻らなかった。
公爵家の家督を継がぬ次男という後ろ盾を捨て、
敢えて最も過酷な、最前線に身を投じる一騎士となったのだ。
彼は戦鬼となってガレリアを蹂躙し、
私の、国の盾であり続けた。
家名に頼らず、騎士として這い上がった彼は、
前線で仲間とともに、冷酷に自分たちを使い潰そうとする女王を非難しただろうか。
あまりに過酷な戦いを強いてしまった。
四年前に父が退位し、私が正式な女王となった。
戦争が終わるまではと、隣に誰か置くことはしなかった。
そして先日。ガレリアが完全に降伏し、
戦争は終わった。
戦後処理や執務を終え、ようやく戻れた寝室の扉をノックする音が聞こえた。
「入っても……?」
低い、落ち着いた声。
けれど、かつての少年の面影を残す響き。
「……ランカスター、閣下?」
私の心が脈打った。
「先王陛下と父に許可はとってきました」
私は震える指で扉を開けた。
そこには、最上位の臣下の礼をとり、片膝を突くクラウスがいた。
頬の傷跡、逞しくなった肩。
サラサラだった髪が日に焼けて燻んで見える。
「前触れもなくどうしたの?夜も更けているわ」
「少し、歩きませんか?」
およそ十年ぶりの再会だというのに、
クラウスはそんなそぶりをちっとも見せない。
エスコートの権利を乞うような、彼の手が伸びる。
「いいわ。顔を上げて?行きましょう」
私は手早く外套をまとって、彼の手を取った。
心地よく届く声に、かつてを思い出し、
もっと話したいと、素直にそう思った。
二人で雪がちらつく中庭へ出る。
「あなたがずっと前線で戦っていたこと、後から知って驚いたわ。今やランカスター閣下だもの。立派よ。……努力したのね。」
そう告げると、泣きそうな顔をしたクラウスが私を見た。
「あなたが重荷を背負っていなければいいのだけど…ごめんなさい。至らない女王で」
「…そんなことは!」
「もっと早く終わらせられれば。あなたの十年を奪うことになってしまったわ。あなたには選ぶ権利があったのに…」
「私が、選びました」
クラウスが私の言葉を遮る。
その声は静かで、青白く光るような雪に溶け込むような冷徹な響きがあった。
「え……?」
「この十年。あなたの隣に立つ資格を得るために、
おのれの目で見て、手で掴み、選んできました。
あの日立てなかった、あなたの隣に立つために」
クラウスは私を見つめたまま、微かに目を細めた。
「……あの日、拒絶された私は、ようやく悟ったんです。公爵家の次男として用意された椅子に座り、
あなたに守られるだけの子供では、隣を歩くことなどできないのだと」
彼は自嘲するように唇を歪め、視線を落とした。
「盤石な後ろ盾も、約束された安泰も、俺には不要だった。そんなもので手に入れた君の隣になど、価値はなかった。
……なんとしてでも自分の力で辿り着きたかった。
だから、俺は戦場を選んだ。君が守りたいこの国を、一人の男として守り抜くために」
再び顔を上げた彼の瞳には、臣下としての理性の奥から、執念に近い光が覗いているようだった。
「これを義務だと思っているのなら、あなたは相当に鈍感だ」
クラウスは少しだけ苦笑し、さっきまで覗いていただけだったその光を隠すことなくさらけ出す。
「どうか、私にご慈悲を……
この十年、あなたの隣だけを乞うてきた、愚かな私にあなたのご慈悲を。」
その瞳に熱を宿しながら、クラウスが再び跪く。
息を呑むほどの眼差しで、彼が私を見ている。
本当に?この手をつかんでいいの?
一度手放したはずの彼の手を……
クラウスのパサパサの髪にふんわりと雪が降る。
幼い頃の雪遊びを思い出す。
自らも真っ白になりながら、私の頭に積もった雪を払ってくれた優しい手。
不器用で、少し勝手で、そしてその何倍も優しい手。
「あのころと一緒ね……クラウ……」
そう言いながら彼の髪に、雪ごと触れる。
彼がわずかに身じろいで、あの頃の片鱗が垣間見えた気がして、差し出された手が微かに震えて。
──ああ、涙が勝手に溢れてくる。
「……許します。許すわ、クラウ。……ほんとうは、ずっと、待っていたの」
瞬間、私は彼の逞しい腕の中に強く引き寄せられた。
冷えた軍服ごしに彼の熱い体温が伝わる。
最後に会った時よりも、ずっと逞しく、固くなった腕。
胸元から微かに伝わる硝煙の匂いが、彼が戦い抜いてきた歳月を、私に突きつけてくる。
十年。
一人で背負うべきだと思ってきた。
女王として立つと決めたから。
それが私の責務だと、そう思って走り続けてきた。
孤独に耐える日々も、恐怖で押しつぶされそうな夜も、
民を危険に晒しながら、弱音を吐く権利などないと押し殺してきた。
彼の背中に回した手に、ぎゅっと力を込めると、
返事をするように彼もまた、その腕で抱き締め返す。
──あなたも、一緒に戦ってくれていたのね。
彼の熱を確かめるように、もう一度力を込める。
私の熱も、あなたに移ればいい。
二人の熱を分け合うように、ずっと。
クラウスが私の髪に顔を埋め、深く息を吐く気配がした。
胸元に耳を当て、じっと動かない私に彼が口を開く。
「あー、その……そろそろ冷えてきたんだ。リーゼ、部屋に入れて温めてくれないか?」
十年前震えていたあの声が、今は耳元で驚くほど甘く、少しだけ強引に響く。
「……いいわよ」
私が背伸びして答えると、彼は子どものように笑って、二人で顔を寄せ合った。
「君の部屋にやっと入れる」
呟くようにそう言ったクラウスが、
もう離さないとばかりに私の手を握った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
10年越しの再会、そして「孤独」が溶ける瞬間を見守っていただけて嬉しいです。
次回からは視点が変わり、第3話【騎士の執念──お荷物と呼ばれた少年の決意】をお届けします。
クラウス側の物語を知ることで、この第2話の再会シーンを、また違った色に感じていただけたら幸いです。
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